「力による支配」ではなく「法の支配」による国際秩序へ――たとえICCに問題があっても、裁判官への制裁は許されない
――2026年8月18日に、アメリカ合衆国(以下「米国」といいます)は国際刑事裁判所(以下「ICC」といいます)の赤根智子 裁判官を資産凍結の対象に指定しました。この投稿記事は、その措置が壊したものを批判します
この投稿記事の要点
2026年8月18日に、米国国務省は、ICCの赤根智子 裁判官と、同裁判所検察局のアブドゥライ・セイ 上級法廷弁護士を、大統領令14203号に基づく制裁の対象に指定しました。同じ日に、財務省外国資産管理局が両名を特別指定国民リストに掲載しました。
指定の理由として国務省が述べたのは、両名が「ICC管轄権に同意していない政府の当局者を捜査・逮捕・拘禁・訴追しようとするICCの活動に直接従事した」ことです。すなわち、裁判官が裁判官として職務を行ったこと、それ自体が理由です。
裁判官の職務遂行を理由とする報復は、ICCに関するローマ規程70条1項(e)が「司法運営を妨害する犯罪」として定めるものと、構成要件において重なります。重なることと犯罪が成立することとは別であり、故意、目的、管轄および個人責任は、それぞれ別に判断されます。それでも、ICCが自らの司法運営を守るために犯罪と定めた行為を、締約国でない大国が、国家の政策として行っているという事実は残ります。
米国はローマ規程の締約国ではありません。しかし、締約国でないことは、他国の裁判官を個人として罰する権限を与えません。この2つは別の問題です。
この投稿記事は、「この制裁が国際法に違反する」とは結論しません。米国を拘束する具体的な条約上の義務または慣習国際法上の規則は見当たりません。これは国際法上は禁止されていない非友好的措置(retorsion)として構成される余地が残ります。この投稿記事が主張するのは、「裁判官の職務の遂行に個人的な不利益を結び付ける措置は、司法の独立とICCの機能を制度として害する」という点です。この批判は、違法性の有無にかかわらず成り立ちます。
赤根智子 裁判官は、2025年12月12日にモスクワ市裁判所からも欠席のまま有罪判決を受けています。同じ1人の裁判官が米国とロシアの双方から個人的な措置の対象とされています。この投稿記事は、両者を同じ基準で測ります。
制裁の対象とされたICC関係者は13人に達し、裁判官だけでも18人のうち9人です。裁判官の半数です。個別の裁判官への散発的な措置ではなく、裁判所の構成そのものに向けられています。
ICC加盟は、価値観外交の具体的な成果として位置付けられた取り組みです。その5か月前の2006年11月30日に、麻生太郎 外務大臣は「民主主義、自由、人権、法の支配、そして市場経済」を「普遍的価値」として掲げる「価値の外交」と、「自由と繁栄の弧」を提唱していました。2016年8月27日には、安倍晋三 内閣総理大臣が「力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場」としてインド太平洋を育てる責任を述べています。「価値の外交」も「自由と繁栄の弧」も「自由で開かれたインド太平洋」も、ICC加盟も、いわゆる保守の政権が掲げたものです。ICCを見捨てることは、日本の保守が20年かけて築いた看板を最も試される場面で降ろすことです。
日本がICCを支持してきた理由は、公式に記録されています。東京裁判(極東国際軍事裁判)です。2007年4月13日の参議院本会議で、麻生太郎 外務大臣は、東京裁判について「事後法の禁止に反するなど、法的な諸問題に関しいろいろな議論がある」と認め、ローマ規程には「罪刑法定主義、刑事責任の不遡及を始めとする刑法の一般原則」が置かれているから日本の加盟には歴史的意義があると答弁しました。加盟を実現したのは第一次安倍晋三内閣であり、参議院本会議の承認は196対0でした。
極東国際軍事裁判でラダ・ビノード・パール 判事が突いたのは、勝者による裁き、事後の基準、そして司法によらない処断でした。ローマ規程11条、22条、23条および24条は、その批判に条文で答えたものです。そして今回の措置には、パール判事が指摘した3つの欠陥がそのまま揃っています。東京裁判を批判しながら、この措置を容認することはできません。
日本国政府の対応は、外務報道官談話にとどまりました。日本はICCの分担金を最も多く負担する国であり、赤根智子 裁判官の国籍国でありながら、2025年2月の大統領令以降は締約国の共同声明に一度も参加しておらず、国際刑事裁判所の特権及び免除に関する協定の締約国でもありません。
「独立性を尊重するから前に出ない」という説明は、1949年4月11日の国連損害賠償事件で国際司法裁判所が示した勧告的意見と正面から衝突します。国籍国の外交的保護と国際機関の機能的保護とが競合する場合について、同意見は「一方に他方に対する優先を与える法規則は存在せず、また、国家または機関のいずれかに国際請求の提起を差し控えることを強いる法規則も存在しない」と述べています。差し控える義務はありません。差し控えているのは、選択です。
ICCの機能的保護とは切り離し、在外邦人の保護という立場から抗議するのであれば、司法判断に一切立ち入らないため、干渉の問題は生じません。それでも干渉になると言うのであれば、日本がICCへ最大の分担金を拠出していること自体が干渉になってしまいます。外交特権に準ずる地位にある日本国籍者ですら守られないのであれば、そうでない日本人は、なおさら守られません。
『国家安全保障戦略』は、法の支配を主権および経済と並ぶ第3の「国益」として明文で列挙しています。理念でも価値観でもありません。同じ文書は、法の支配に基づく国際秩序の実現を「我が国の安全保障にとって死活的に重要である」と書いています。
日本は、力による解決という選択肢を持っていません。ここでいう「力による解決」とは、国際法上の根拠を欠く一方的な強制のことであり、武力の行使の三要件を満たす自衛とは別のものです。専守防衛と非核三原則は政策としての選択であり、日米同盟の機能は「約23兆円もの金額を投入しても」自主防衛では代替できないと算定されています。経済力についても、政府自身が人口減少、少子高齢化および厳しい財政状況を認めています。
普遍的価値と国際秩序は、有事に同志国を集めるための旗印です。『国家防衛戦略』は、同志国を「普遍的価値と戦略的利益等を共有する」国と定義し、防衛の第3のアプローチを「自由で開かれた国際秩序の維持・強化のために協力する同志国等との連携」と定めています。台湾をめぐる事態が起きたとき、日本が掲げられるのは取引ではなく原則です。旗印の価値は、掲げた回数ではなく、不利なときに降ろさなかった回数で決まります。この価値の毀損は、有事に何か国が日本の側に立つかという、数の問題です。
米国は、この秩序の創設者であるだけでなく、受益者です。1979年の在テヘラン米国大使館員人質事件では、米国自身が国際司法裁判所へ訴え、国際的に保護された地位にある者の不可侵を国際的な法廷に認めさせました。安全保障理事会の常任理事国として、ICCへの事態の付託を拒否権で止めずに成立させてもいます。合衆国憲法6条2項は、条約を「国の最高法規」に数えます。自ら掲げた基準で測られることを拒む立場は、その基準を掲げ続けることと両立しません。
国際秩序には3つの類型があり、権威の源泉はそれぞれ国家主権、物質的パワー、法の支配です。「力による支配」への移行とは、日本が「被支配国」の側に置かれることを意味します。
制度は、初期には主導国を拘束し、後期には追随国を拘束します。日本にとって、いま制度が壊れることは、拘束を受ける段階に入る前に保護を失うことです。
法は、力の量に比例しない唯一の資源です。大国による横暴を許すこととは、日本にとって、その資源を自ら手放すことです。
いま国際的な刑事司法を解体しようとしている米国は、戦後の国際秩序を設計した国です。1941年の大西洋憲章で「武力の行使の放棄」と「より広範かつ恒久的な一般的安全保障の体制」を提唱したのは米国の大統領であり、1945年に憲章が採択されたのは米国の都市であり、ニュルンベルクの首席検察官は米国連邦最高裁判所の現職の判事でした。国際連合本部の敷地は米国の民間人が寄贈し、通常予算の分担率も米国が最大です。米国が戦前の国際連盟に加わらなかったことと、戦後の国際連合に加わったことの差が、両者の帰結を分けました。その国が、いまICCの裁判官9人を個人として指定しています。
ニカラグア事件の判決は、履行されませんでした。賠償は1円も支払われず、1991年9月26日に事件は総件名簿から削除されました。それでも、この判決は国際司法裁判所への信頼を回復させ、付託される事件を増やしました。執行されないことと、無意味であることとは違います。
国際法は、執行力を捨てることによって成立した法です。武力による判決の強制は憲章が禁じ、94条2項の先には拒否権があります。それでも多くの判決が履行されるのは、警察がいるからではなく、守らなければ守らなかったことが記録されるからです。執行力を持たない法において、判断を下す者は制度の全部です。その者を個人として罰することは、法が現実に触れる唯一の接点を断つことです。
40年前にも、同じ国が国際裁判所の判断を拒みました。ただし、拒んだ相手も、拒み方も違います。ニカラグア事件の相手は国際司法裁判所(ICJ)であり、今回の相手はICCです。ニカラグア事件で、米国は管轄権を争い、敗れ、手続から退出し、選択条項受諾宣言を撤回し、安全保障理事会で2度にわたり拒否権を行使しました。しかし、その4つはいずれもICJ規程と国際連合憲章が用意した手段です。2026年に用いられたのは、裁判官個人の資産の凍結でした。どの条文にも用意されていません。
同じニカラグア事件の本案判決が、禁止される干渉の本質を「強制」と定義しました。ただし、同じ判決は、経済援助の停止、砂糖の輸入枠の削減および貿易禁輸を不干渉義務の違反とは認めませんでした。そこから確実に言えるのは、次の一点です。貿易禁輸ですら干渉と評価されないのであれば、日本国政府が抗議することは、干渉に当たりようがありません。「独立性の尊重」を理由とする沈黙は、この判決に照らしても、1949年の勧告的意見に照らしても、支えを持ちません。
制裁を擁護する議論には、実際の言葉があります。マルコ・ルビオ 国務長官はICCを「腐敗し、致命的に政治化された」と呼び、寄稿では「左派の非政府組織、独善的なグローバリスト、そして敵対的な第三世界の政府からなるネットワーク」と書きました。締約国125か国のうち、日本はその1つです。
リンジー・グラハム 上院議員は、逮捕状の執行に協力する同盟国に対し「貴国の経済を叩き潰す」と述べました。そして、ジョン・ユー 教授らの論考は、ICCへの主要拠出国として日本を名指しし、米軍による防衛を期待できないと警告すべきだと提案しています。
ICCへの批判の多くは正当です。有罪判決は13件、すべてアフリカの事態から出ています。しかし、批判が正当であることと、裁判官個人を資産凍結の対象へ指定してよいこととは、別です。批判は制度をよくするために行われます。国務長官が述べている目的は「体系的に解体する」ことです。
この裁判所は理論から生まれたのではありません。1945年のニュルンベルク、1946年の東京、1993年の旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)、1994年のルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)を経て、1998年に160か国が集まり、120か国の賛成で作られました。ローマ規程の前文が数えているのは、法理論ではなく「数百万の子ども、女性および男性」です。80年かかりました。崩すのに必要だったのは、1つの指定でした。
検証の対象
米国国務省 "Advancing the United States' Campaign to Address the Threat Posed by the International Criminal Court" (2026年8月18日)
大統領令14203号 "Imposing Sanctions on the International Criminal Court" (2025年2月6日署名、90 Fed. Reg. 9369)
はじめに――この投稿記事の目的と、筆者の立場
2026年8月18日に、米国は、ICCの赤根智子 裁判官を制裁の対象に指定しました。資産が凍結され、米国の管轄下にある者との取引が禁じられます。
この投稿記事は、その措置を検証します。国際法、法哲学、日本と米国の戦後の歩み、そして国際法の執行という5つの角度から見ていきます。
最初に、筆者の立場を開示します。私は法律家ではありません。複数の民事訴訟を本人訴訟で追行している、1人の当事者にすぎません。ただ、裁判所という制度に自分の権利の実現を託し、その制度が独立していることを前提に書面を書き続けてきた者として、この措置を他人事として読むことができませんでした。
この投稿記事は、次の5つの手続を守ります。
第1に、米国政府の主張は、要約せずに原文のまま引用します。批判の対象を弱く描いてから批判することはしません。
第2に、検証の根拠となる文献は、引用のたびに、著者、書名、出版社、発行年およびページを示します。2回目以降も省略しません。公開されている資料は、書名からその資料へ移動できるようにしました。読者が前の章に戻ることなく、その場で原典に当たって確かめられるようにするためです。
第3に、事実の記述と、検証の結果と、私の評価とを文の形で区別します。「〜と述べています」は事実、「〜は成り立ちません」は典拠に照らした検証の結果、「〜と考えます」は私の評価です。
第4に、米国の措置を擁護する論拠を擁護する側の言葉で紹介します。第3章と第15章がそれに当てられています。私が反対する立場だからこそ、最も強い反対論を正面から扱う必要があると考えました。
第5に、同じ基準をロシアにも適用します。第12章がそれに当てられています。この投稿記事は反米の記事ではありません。法原則の記事です。
第1章 2026年8月18日に何が起きたか
指定の内容
2026年8月18日に、米国国務省が大統領令14203号に基づき2名を制裁の対象に指定しました。ICCの赤根智子 裁判官と、同裁判所検察局のアブドゥライ・セイ 上級法廷弁護士です。
同じ日に、財務省外国資産管理局が両名を特別指定国民リストに掲載しました。掲載事項には、氏名、所在地、生年月日、出生地、国籍、性別および旅券番号が含まれます。現職の国際裁判所の長が麻薬取引や資金洗浄の関係者と同じ様式で列挙されたことになります。
出典: Office of Foreign Assets Control, "Recent Actions: August 18, 2026" (U.S. Department of the Treasury, 2026年)
指定の効果は、次のとおりです。米国の管轄下にある財産および財産上の利益が凍結されます。そして米国の者は、原則として対象者とのあらゆる取引を禁じられます。取引には役務の提供が含まれ、違反には国際緊急経済権限法に基づく刑事罰が予定されています。法務に関する役務は、一般許可によって一定の範囲で認められています。
出典: 31 C.F.R. Part 528, "International Criminal Court-Related Sanctions Regulations" (U.S. Government Publishing Office)
ここに至るまでの経緯
この措置は、突然のものではありません。
2020年6月11日に、当時のドナルド・トランプ大統領が大統領令13928号に署名しました。同年9月2日に、ファトゥ・ベンスーダ 検察官(当時)と、ファキソ・モチョチョコ 検察局管轄権・補完性・協力部長が指定されました。
出典: Executive Order 13928, "Blocking Property of Certain Persons Associated With the International Criminal Court," 85 Fed. Reg. 36139 (Office of the Federal Register, 2020年)
2021年4月1日に、ジョー・バイデン大統領が大統領令14022号に署名し、これを撤回しました。国務省は翌日に、制裁と査証制限の終了を発表しています。
2025年2月6日に、ドナルド・トランプ大統領が大統領令14203号に署名しました。附属書にはカリム・カーン 検察官(当時)が名指しされ、同月13日に指定されました。
その後の指定は、次のとおりです。2025年6月5日に裁判官4名。同年8月20日に裁判官2名と次席検察官2名。同年12月18日に裁判官2名。そして2026年8月18日に、所長を務める赤根智子 裁判官と検察局のアブドゥライ・セイ 上級法廷弁護士です。
これで、制裁の対象とされたICC関係者は13人になりました。裁判官だけでも、18人のうち9人です。
出典: 東野篤子「【基礎の基礎シリーズ】ICC赤根所長に対するトランプ政権の制裁について、これだけは知っておきましょう」(Webサイト「東野篤子が読み解くヨーロッパ国際政治」、2026年8月21日)
裁判官の半数です。個別の裁判官に対する散発的な措置ではありません。裁判所の構成そのものに向けられています。
ICC自身の集計によれば、この時点で、18名の裁判官のうち9名、次席検察官2名の全員、前検察官1名および職員1名が米国の制裁対象となっています。
出典: International Criminal Court, "The ICC strongly rejects new US sanctions designations" (International Criminal Court, 2026年8月19日)
裁判官の半数が判決を書いたことを理由に、1つの国から資産凍結の対象とされています。これが現在の状態です。
「解体」という目標
2026年7月に、マルコ・ルビオ国務長官は、ICCを解体するための外交上の取組を開始したと表明しました。制裁の拡大、各国への脱退の働きかけ、資金拠出の停止の要求を含むと報じられています。2026年8月18日の声明は、この取組の一環として位置付けられています。
出典: "Marco Rubio launches sweeping campaign to dismantle ICC 'threat to US sovereignty'" (Euronews, 2026年7月14日)
つまり、今回の指定は、特定の判断への抗議ではありません。裁判所という制度そのものを機能しなくすることが公然と目標として掲げられています。
第2章 米国政府が述べた理由をそのまま読む
批判の前に、批判される側の言い分を正確に置きます。
国務省の声明
2026年8月18日の国務省の声明は、次のように述べます。
The Trump Administration has been clear: the International Criminal Court (ICC) is a corrupt and fatally politicized supranational court that has maliciously abused its authority and exceeded its mandate.
(トランプ政権は明確にしてきた。ICCは、悪意をもって権限を濫用し、その負託を逸脱した、腐敗し、致命的に政治化された超国家的裁判所である。)
These individuals have directly engaged in efforts by the ICC to investigate, arrest, detain, or prosecute officials whose government has not consented to ICC jurisdiction.
(これらの者は、ICCの管轄権に同意していない政府の当局者を捜査し、逮捕し、拘禁し、または訴追しようとするICCの取組に直接従事した。)
The Trump Administration stands ready to take additional measures, if necessary, to systematically dismantle the ICC until it is incapable of threatening American sovereignty.
(トランプ政権は、必要であれば、ICCがアメリカの主権を脅かすことができなくなるまで同裁判所を体系的に解体するため、追加の措置をとる用意がある。)
大統領令14203号の論理
根拠となる大統領令14203号は、次の論理を採っています。
大統領令14203号が置いた前提は、次の3点です。
[1] ICCは、米国およびイスラエルを標的とする不当な行動をとってきた。
[2] 両国はローマ規程の締約国ではないから、同裁判所は両国に対して管轄権を有しない。
[3] 同裁判所が保護対象者を捜査し、逮捕し、拘禁し、または訴追しようとするいかなる試みも、米国の国家安全保障および外交政策に対する「異常かつ重大な脅威」を構成する。
そのうえで国家緊急事態を宣言し、国際緊急経済権限法に基づいて資産を凍結します。
出典: Executive Order 14203, "Imposing Sanctions on the International Criminal Court," 90 Fed. Reg. 9369 (Office of the Federal Register, 2025年)
この理由には、1つの特徴があります
読み返していただきたいのは、指定の理由として述べられた文です。
「ICCの管轄権に同意していない政府の当局者を捜査し、逮捕し、拘禁し、または訴追しようとするICCの取組に直接従事した」。
ここに書かれているのは、収賄でも、証拠の捏造でも、職権の私的な流用でもありません。裁判官が裁判官として、検察官が検察官として職務を行った、ということだけです。
しかも今回の指定について、米国政府は、赤根智子 裁判官が関与した特定の決定を名指ししていません。2025年12月18日の指定では、同月15日の上訴裁判部の決定に賛成票を投じたことが理由として明示されていました。今回はそれもありません。
つまり今回の理由は、実質的には「その裁判所の長であること」に近いところまで抽象化されています。
第3章 「非締約国だから拘束されない」という主張は、どこまで通るか
米国の主張の中核は、条約法上の原則にあります。この章では、その主張を擁護する側の言葉で提示し、そのうえで射程を確認します。
主張は、それ自体としては正しい部分を含みます
条約は、締約国でない国を拘束しません。これは条約法に関するウィーン条約34条が定める原則であり、争いがありません。
この原則から米国の立場を最も体系的に定式化したのは、デューク大学のマデライン・モリス 教授の論文です。この論文は、ICCの管轄権が非締約国国民に及ぶことは、非締約国の既存の権利をその同意なしに変更するものだと論じます。
International tribunals have been firm in laying down that in principle treaties, whether bilateral or multilateral, neither impose obligations on States which are not parties nor modify in any way their legal rights without their consent.
(国際裁判所は、条約は、二国間のものであれ多数国間のものであれ、原則として当事国でない国に義務を課すことも、その同意なくしてその法的権利を何ら変更することもない、ということを確固として述べてきた。)
この一文は、マデライン・モリス 教授自身の文ではありません。国際法委員会の1966年条約法草案注釈からの引用として、この論文が掲げているものです。
この論文は、普遍的管轄権の委任という説明にも反論します。個別の国が行使する普遍的管轄権と、国際裁判所に委任された管轄権とは、結果において実質的に異なります。国際裁判所は威信と政治的な権威が大きく、発展途上の法分野において不均衡な影響力を持ち、国内制度と異なり是正のための立法上の安全弁もない、というのです。したがって、国家による普遍的管轄権の行使への同意は、国際裁判所への委任への同意と同等ではない、というのです。
出典: Madeline Morris, "High Crimes and Misconceptions: The ICC and Non-Party States," Law and Contemporary Problems 64, no. 1 (Duke University School of Law, 2001年)、13-66ページ
制裁を積極的に擁護する論者もいます。アメリカン・エンタープライズ研究所のイヴァナ・ストラドナー 研究員(当時)とジョン・ユー 教授は、次の3点を論じます。
[1] ICCは、二重基準を助長する政治的な機関である。
[2] 米国はローマ規程を批准していないから、同裁判所は正統な権限を欠く。
[3] 補完性の原則からしても、米国が自ら捜査した以上は同裁判所の関与は許されない。
そして、国際規範はそれに同意した国のみを拘束すべきである、と述べます。
出典: Ivana Stradner and John Yoo, "Should the US Use Sanctions to Influence the ICC?" (American Enterprise Institute, 2021年1月11日)
日本の教科書は、この論点をどう扱っているか
非締約国国民に管轄権が及ぶことは、国際法学において争点として認識されています。岩沢雄司『国際法 第2版』は、次のように整理します。
ICC の人的 (ratione personae) 管轄は、行為地のいかんにかかわらず、ICC 締約国の国民に及ぶ。場所的 (ratione loci) 管轄は、被疑者の国籍のいかんにかかわらず、ICC 締約国の領域で行われた犯罪に及ぶ。安保理が事態を ICC に付託する場合には、ICC の管轄は ICC 非締約国の国民や領域にも及ぶ。
第2は、ICC 規程の非締約国の国民がその国の同意なしに訴追され得ることである。行為地国が同意を与えていれば、ICC 規程の非締約国の国民がその国の同意なしに訴追され得る。ICC 規程はこの点において国際法に反したという主張もあるが、少数説にとどまる。
「少数説にとどまる」。これが日本の標準的な教科書の評価です。しかし、少数説であることは、その主張が論じるに値しないということを意味しません。そもそも、この投稿記事は、この論点について結論を出す必要がありません。
なぜ結論を出す必要がないか
ここがこの章の要点です。
仮に、米国の主張を全面的に認めるとします。すなわち、ICCが非締約国国民に管轄権を及ぼすことは国際法に反する、と認めるとします。
それでも、そこから「だからその裁判所の裁判官を個人として資産凍結の対象にしてよい」という結論は出てきません。
この2つは、まったく別の問題だからです。第1の問題は、ICCの管轄権の範囲という、条約解釈の問題です。第2の問題は、他国の管轄権行使に対して、いかなる対抗手段が許されるかという、国家責任法の問題です。
法の世界では、相手が違法なことをしたと考えるとき、何をしてもよいことにはなりません。自力救済には要件があります。国内法において、隣人が違法に自分の土地を占拠していると考えても、その隣人の預金を勝手に差し押さえることはできません。国際法においても同じです。その要件は、後記第6章で確認します。
さらに言えば、米国には、規程の中で争う手段がありました。ローマ規程16条は、国際連合安全保障理事会が捜査または訴追の延期を要請できることを定めています。実際に、2002年の決議1422号および2003年の決議1487号によって、この手続が用いられた先例があります。
正確に述べます。16条による延期は、安全保障理事会の積極的な決議を要します。常任理事国であることは拒否権を与えるにすぎず、単独で延期を実現する権限を与えるものではありません。決議1487号の更新は、2004年に賛成が集まらず断念されました。この手段が確実に使えたとは言えません。
しかし、この手続は規程の内側にあります。用いて失敗することと、用いずに裁判官個人を資産凍結の対象へ指定することとは、性格が違います。前者は制度の中で負けることであり、後者は制度の外へ出ることです。米国は後者を選びました。
出典: Cyril Laucci, "US Sanctions Against the ICC: From Stupor to Action" (Opinio Juris, 2025年12月19日)
第4章 制裁は、ローマ規程70条が定める犯罪と構成要件において重なります
条文を読みます
ICCに関するローマ規程70条は、「司法運営を妨害する犯罪」を定めています。同条1項の(d)および(e)は、次のとおりです。
(d) Impeding, intimidating or corruptly influencing an official of the Court for the purpose of forcing or persuading the official not to perform, or to perform improperly, his or her duties;
(裁判所の職員に対し、その職務を遂行させず、または不適切に遂行させるよう強制しもしくは説得する目的で、妨害し、威迫し、または不正に影響を及ぼすこと。)
(e) Retaliating against an official of the Court on account of duties performed by that or another official;
(裁判所の職員に対し、その職員または他の職員が遂行した職務を理由として報復すること。)
(e)号の文言を国務省の声明の文言と並べます。
規程70条1項(e)――「裁判所の職員に対し、その職員または他の職員が遂行した職務を理由として報復すること」
国務省の声明――「これらの者は、ICCの管轄権に同意していない政府の当局者を捜査し、逮捕し、拘禁し、または訴追しようとするICCの取組に直接従事した」
後者は、前者の構成要件を指定した側が自ら記述したものと読めます。「遂行した職務を理由として」という要件について、これほど正面から一致する記述は多くありません。
ただし、ここで限界を明示します。文言が重なることと、犯罪が成立することとは、別です。規程70条は故意を要求し、(d)号については職務を遂行させない目的または不適切に遂行させる目的を要件とします。さらに、管轄、適用法および個人責任の帰属について、それぞれ別に判断しなければなりません。米国は規程の締約国ではなく、実際に訴追が行われる見込みも高くありません。
したがって、この投稿記事が述べるのは、「犯罪が成立する」ではなく「規程70条1項(e)が犯罪として定めた行為と、構成要件において重なる」までです。それでも、意味は残ります。ICCが自らの司法運営を守るために犯罪と定めた行為を、締約国でない大国が、国家の政策として行っているという事実は、それ自体で評価に値するからです。
学説も、そう述べています
ゲッティンゲン大学のカイ・アンボス 教授は、制裁が規程70条1項(d)および(e)の犯罪に該当すると明言します。同教授は、この措置を「法そのものに対する攻撃」と評しています。
出典: Kai Ambos, "The Sanctioning of Law: On the US Government's Sanctions Policy Against the International Criminal Court" (Verfassungsblog, 2025年12月18日)
アムステルダム大学のハルメン・ファン・デル・ウィルト 名誉教授も、制裁がオランダ刑法およびローマ規程70条に違反すると論じます。同教授は、オランダ政府が2025年のNATOハーグ首脳会議に際してこの問題を公に議論すらしなかったことを「注目に値し、かつ体裁の悪いこと」と評しています。
出典: Harmen van der Wilt, "Countering US Assaults on the International Criminal Court: A Missed Opportunity for the Dutch Government at the NATO Summit in The Hague?," Journal of International Criminal Justice (Oxford University Press, 2026年)
国際連合の人権専門家14名も、2025年2月10日の共同声明において、制裁が規程70条の司法運営を妨害する犯罪に該当するように見える(would appear to amount to)、と述べました。
Imposing sanctions on court personnel for carrying out their professional responsibilities constitutes a flagrant violation of human rights and undermines the principles of judicial independence and the rule of law.
(その職業上の責務を遂行したことを理由として裁判所の職員に制裁を科すことは、人権の露骨な侵害であり、司法の独立および法の支配の原則を損なう。)
公平のために――反対の見解も示します
規程70条による訴追には、法律上の障害があるという指摘があります。
コーネル大学のブライアン・コックス 研究員は、次の2点を挙げます。第1に、規程12条2項(a)の属地管轄は5条の犯罪に限定されており、規程51条5項により規程が手続証拠規則に優越するから、5条の犯罪について管轄権が確立しない限り70条の単独での訴追はできません。第2に、非締約国の国民は70条の遵守義務を負わず、同条の犯罪は慣習国際法上の犯罪でもないから、罪刑法定主義の問題が生じます。
出典: Brian L. Cox, "Exploring Some Limitations to the ICC's Ability to Charge US Officials with Contempt" (Just Security, 2020年8月5日)
この指摘は、傾聴に値します。しかし、注意していただきたい点があります。
ブライアン・コックス 研究員が論じているのは、「ICCが米国の当局者を訴追できるか」という執行の問題です。「その行為が司法運営の妨害に当たるか」という評価の問題ではありません。
処罰できないことと、正しいこととは違います。国内法においても、公訴時効が完成した行為は処罰できませんが、それが正しい行為になるわけではありません。
そして、締約国会議も、この評価に近づいています。2025年12月5日に採択された決議は、裁判所の職員に対しその遂行した職務を理由として報復しようとするいかなる試みにも、深く憂慮すると述べました。そのうえで、そのような脅威が規程70条の司法運営を妨害する犯罪を構成しうる(may constitute)ことを想起する、としています。
出典: Assembly of States Parties, "Strengthening the International Criminal Court and the Assembly of States Parties," ICC-ASP/24/Res.6 (International Criminal Court, 2025年12月5日)
第5章 国際組織の独立と、裁判官の免除
特権免除は、裁判官個人の利益のためにあるのではありません
国際組織とその職員が特権免除を享有することの根拠について、岩沢雄司『国際法 第2版』は次のように述べます。
国際組織及び職員も特権免除を享有する。これは外交免除の類推に基づくが、国際組織の任務の能率的な遂行という要請(機能説)に専ら根拠を持つ。
小寺彰ほか編『講義国際法 第2版』も、同じ理解を示します。
国際組織が他の法主体から独立してその任務を有効に遂行していくためには、国際組織自身に対して、さらに当該組織の任務を遂行する職員および専門家等に対して、一定の特権免除が認められる必要がある。
この点は、決定的です。裁判官の免除は、裁判官が特別扱いされるべき人だからあるのではありません。裁判官が外部からの圧力によらずに判断できなければ、裁判という制度そのものが成り立たないからあるのです。
国際刑事裁判所の特権及び免除に関する協定26条は、この趣旨を明文で確認しています。
The privileges and immunities provided for in articles 15 to 22 of the present Agreement are granted in the interests of the good administration of justice and not for the personal benefit of the individuals themselves.
(この協定15条から22条までに定める特権及び免除は、司法の適正な運営の利益のために与えられるものであり、個人自身の個人的な利益のために与えられるものではない。)
ローマ規程48条2項
ローマ規程48条2項は、裁判官の地位を次のように定めます。
The judges, the Prosecutor, the Deputy Prosecutors and the Registrar shall, when engaged on or with respect to the business of the Court, enjoy the same privileges and immunities as are accorded to heads of diplomatic missions...
(裁判官、検察官、次席検察官及び裁判所書記は、裁判所の職務に従事し、またはこれに関して行動する場合には、外交使節団の長に与えられるものと同一の特権及び免除を享有する。)
ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)のデヴィカ・ホヴェル 教授は、この規定を1973年の国際的に保護される者に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約と結び付けます。そして、資産凍結と渡航制限は「保護される者に対する攻撃」を構成しうると論じます。そうであれば、接受国および国籍国には積極的な保護義務が生じます。日本は、赤根智子 裁判官の国籍国です。
出典: Devika Hovell, "Raising the Cost of U.S. Coercion Against the ICC" (Just Security, 2025年8月26日)
国際司法裁判所は、この問題を3度扱っています
第1に、1949年の国連の職務中に被った損害の賠償事件です。 国際司法裁判所は、国際連合が国際法人格を有すること、そして明文の定めがなくても、その職員に機能上の保護を与える能力を有することを認めました。
このような理由から、国連は、一定の範囲内で、その職員に機能上の保護 (functional protection) を与える措置を講じる能力があると、憲章上、必然的に推断される
岩沢雄司『国際法 第2版』も、同じ事件を「黙示的権限の法理」を確立したものとして扱っています。
他方で国際組織は、設立文書に明示されていなくても、組織の任務の遂行に不可欠な権限を、必然的な含意により (by necessary implication) 有する。これを黙示的権限 (implied powers) の法理という。この法理をはっきり認めたのが、1949年国連損害賠償事件勧告的意見である。
第2に、1989年のマジル事件です。 国際司法裁判所は、国際連合の特権及び免除に関する条約6条22節が国籍のいかんを問わず特別報告者に適用されると判断しました。基準は、行政上の地位ではなく任務の性質である、というのです。
22項の目的は、国連職員以外の者に対して国連が任務を与えることができるようにするためであり、かつ、任務を独立して遂行するために必要な特権免除を保証するためであることは明らかである。
第3に、1999年のクマラスワミ事件です。 国際司法裁判所は、特別報告者が職務の範囲内で行動した場合に裁判手続からの免除を享有すること、そして公的資格での行為であるかを第一次的に認定するのは国際連合事務総長であることを確認しました。
出典: 薬師寺公夫ほか編集代表『判例国際法 第3版』(東信堂、2019年)、133ページ
これらに共通する考え方は1つです。国際組織の職員の独立は、その職員を派遣した国を含む、すべての国によって尊重されなければなりません。
なぜ、この論理が今回の措置に及ぶか
米国はローマ規程の締約国ではなく、国際刑事裁判所の特権及び免除に関する協定の締約国でもありません。したがって、これらの条約上の義務を直接に負うわけではありません。
しかし、次の2点は残ります。
第1に、米国は国際連合の特権及び免除に関する条約の締約国です。ICCの職員が国際連合安全保障理事会に報告するために本部に赴くことを妨げる査証拒否は、1947年の国際連合本部協定に反する疑いがあります。国際司法裁判所は1988年の勧告的意見において、国家が国内立法によって条約上の義務を免れられないことを確認しています。
出典: 岩沢雄司『国際法 第2版』(東京大学出版会、2023年)、503ページ
国内では憲法や法律が国際法に優先することが多いが、国際関係においては国際法が国内法に優先する。これは一般に承認された基本原則である。ICJ は1988年に国連本部協定事件において「国際法が国内法に優先することは、国際法の基本原則である」と宣言した。
国は国際義務の不履行を正当化するために国内法を援用することはできない。この原則は1872年アラバマ号事件において既に認められた。
大統領令は国内法です。国内法によって国際法上の義務が消えることはありません。
第2に、そもそもの問題があります。締約国でないことは、その条約の下で権利を得られないことを意味するにすぎません。他国の裁判官を個人として罰する新たな権限を与えるものではありません。
第6章 仮に対抗措置として構成しても、要件を満たしません
最初に、この章の位置づけを明示します。米国は、この措置を国際法上の対抗措置(countermeasure)であるとは主張していません。国務省の声明にも、大統領令にも、その構成は現れません。
したがって、この章は、米国が主張していない構成をこちらから当てはめてみるという作業です。仮に対抗措置として構成するならどうなるか、という限度の検討です。
対抗措置とは何か
岩沢雄司『国際法 第2版』は、次のように説明します。
対抗措置 (countermeasure) とは、他国に国際違法行為をやめさせ、事後救済の義務の履行を迫るために、自ら国際義務に反する措置をとることである。その措置は本来は違法だが、対抗措置に当たれば違法性が阻却される。国際法では、国内法と異なり、このような自力救済(自助)が法の実現手段として許されている点に特徴がある。
自力救済が許されるからこそ、その要件は厳格です。
第1の要件――手続
第2は、手続的要件である。対抗措置をとる前に、違法行為の中止や事後救済の履行を要求しなければならない(52条1項(a))。先例でも認められた要件で、確立している。国家責任条文は、対抗措置をとる決定を責任国に通告することも求めた(同(b))。
赤根智子 裁判官が所長に選出されたのは2024年3月11日です。2026年8月18日の指定に先立って、米国が同人に対し、違法行為の中止を要求し、対抗措置の決定を通告し、交渉を申し出た事実は確認できません。国務省の声明にも、そのような記載はありません。
第2の要件――均衡性
要件の第3は、均衡性である。……国家責任条文は「当該国際違法行為の重大性と問題となった権利を考慮しつつ」「被った被害と」均衡するものでなければならないと定めた(51条)。
米国が被ったとする被害の内容です。現時点で、米国の国民がICCによって逮捕され、拘禁され、または訴追された事実はありません。アフガニスタンの事態における捜査は、2020年3月5日に上訴裁判部が認可して以降、米国の要員について訴追に至っていません。
これに対して、措置の内容は、現職の裁判官18名のうち9名の資産凍結です。銀行口座、クレジットカード、送金、電子メール、クラウドストレージにまで影響が及んでいると報告されています。
出典: Coalition for the International Criminal Court, "Criminalising Accountability: The US Lawfare against the International Justice System" (Coalition for the International Criminal Court, 2026年)
そもそも、対抗措置は、相手国に義務の履行を促すためのものです。国務省が掲げた目的は「体系的に解体する」ことでした。解体は、履行の要求ではありません。制度そのものの除去です。対抗措置の概念に、そのような目的は含まれていません。
第3の要件――名宛人
対抗措置は、国際違法行為について責任を負う国に対してとられるものです。個人に対してとられるものではありません。
今回の措置の名宛人は、日本国でもなければICCでもありません。赤根智子 裁判官とアブドゥライ・セイ 上級法廷弁護士という2人の自然人です。責任を負うとされる主体と、不利益を課される主体とが一致していません。
ICCのシリル・ロウチ 主任弁護人は、この点を含めて、米国の措置が適法な対抗措置の要件をいずれも満たさないと論じています。
出典: Cyril Laucci, "US Sanctions Against the ICC: From Stupor to Action" (Opinio Juris, 2025年12月19日)
公平のために――報復(retorsion)という構成
対抗措置ではなく、報復として構成する余地はあります。報復とは、非友好的ではあるが、それ自体は適法な行為をいいます。入国の許否や、自国の管轄内における取引の規制は、原則として国家の裁量に属します。特定の条約上の制約がない限り、経済上の措置は一般に許容される、という議論です。
出典: Edmarverson A. Santos, "U.S. Sanctions on the ICC: Are They Legal Under International Law?" (Diplomacy and Law, 2026年8月18日)
この構成には一定の説得力があります。しかし、次章で見るとおり、今回の措置の効果は米国の管轄を越えて働いています。自国の管轄内における裁量という説明は、そこで成り立たなくなります。
補論――制裁は、相手の行動を変えるのか
適法性を離れて、実効性の側から見ておきます。
エドワード・ルトワック 戦略研究者は、相手の行動を思いとどまらせる方法を2つに分けます。日本語版の訳語では、報復によって思いとどまらせる「制裁による諫止」と、目的の達成を物理的に妨げることで思いとどまらせる「拒否による諫止」です。
出典: エドワード・N・ルトワック(武田康裕=塚本勝也訳)『エドワード・ルトワックの戦略論 戦争と平和の論理』(毎日新聞出版、2014年)、347ページ
そして、制裁による諫止について、次の逆説を指摘します。
合理的な人間は簡単に諫止される。つまり、一つの小規模な都市に対して一発の核兵器であってもすでに受け入れがたい損害であろう。しかし、思い止まらせなければならないのはヒトラー、スターリン、毛沢東、ポル・ポト、サダム・フセインのような人間であり、侵略はまず考えられないとする優しい心の持ち主ではない。さらに、そうした人間は、自らの権力が続く限り、まさしくどんな規模の損害であっても侵略の代償として受け入れられると考える連中である。
この記述は核抑止を論じたものであり、今回の措置を論じたものではありません。しかし、指摘されている構造は同じです。制裁によって行動を変えるのは、もともと行動を変える用意のある者です。変える用意のない者には効きません。
この構造を裁判官に当てはめてみます。
自分の口座が凍結されるからといって判断を変える裁判官には、この制裁は効きます。変えない裁判官には効きません。すなわちこの措置は、法に従って判断する裁判官には無効であり、圧力に応じて判断を変える裁判官にのみ有効です。
制裁が効いたとすれば、それは、その裁判所に圧力へ応じる裁判官がいたということを意味します。効かなかったとすれば、制裁は目的を達しないまま、裁判官の私生活を破壊しただけということになります。
どちらであっても、この措置は正当化されません。
第7章 制裁は、米国の管轄を越えて働いています
域外適用の限界
国家管轄権の行使には、国際法上の根拠が必要です。岩沢雄司『国際法 第2版』は、次のように述べます。
国家管轄権を行使するには、属地主義(領域)、属人主義(国籍)など、国際法によって認められる根拠によらなければならない。……共通していえるのは、国と対象事項との間に実質的な連関 (substantial connection) が必要ということである。
そして、米国が国籍以外の要素へと連関を拡大してきたこと、それが国際紛争を生んできたことも、この書籍は明記しています。
属人主義の法的基礎は、通常は国籍という絆である。しかしアメリカは、アメリカとの連関を国籍以外の要素にも拡大してきている。……このような域外適用は、他国の抗議を招き、国際紛争となった。
1982年シベリア・パイプライン事件が例である。……アメリカはソ連に対する経済制裁として、アメリカで製造された又はアメリカの技術を用いて外国で製造された機器をソ連に輸出することを禁止する措置をとった。西欧諸国はこれに強く抗議し、イギリスは1980年通商利益保護法により自国企業がアメリカの輸出禁止措置に従うことを禁止した。
1996年に米州機構米州法律委員会は、ヘルムズ=バートン法(キューバに対する制裁立法)に基づくアメリカの管轄権行使は国際法に適合しないと結論した。
歴史は繰り返されています。今回は、対象がソ連向けの機器やキューバ関連の資産ではなく、国際裁判所の裁判官の生活口座であるという違いがあるだけです。
現に何が起きているか
これまでに制裁対象となったICCの関係者について、次の事態が報告されています。米国外の銀行口座の凍結と閉鎖、クレジットカードの停止、送金の遮断、家族名義の口座への波及、旅行およびホテルの予約の一方的な取消、電子メールおよびクラウドストレージへのアクセスの遮断。
出典: Coalition for the International Criminal Court, "Criminalising Accountability: The US Lawfare against the International Justice System" (Coalition for the International Criminal Court, 2026年)
これらの多くは、米国の法令が直接に命じた結果ではありません。欧州の金融機関が二次的な指定を恐れて自主的に取引を打ち切った結果です。これを過剰遵守といいます。
制度としては、31 C.F.R. Part 528に自動的な二次制裁の規定はありません。しかし大統領令14203号1条(a)(ii)(B)は、保護対象者に対するICCの活動に「実質的な援助、後援、または資金的・物的・技術的支援」を提供した外国人を国務長官の判断で指定できると定めています。この規定が存在する限り、第三国の金融機関にとって、指定対象者との取引を続けることは、自らが指定されうる領域に足を踏み入れることを意味します。
出典: Executive Order 14203, "Imposing Sanctions on the International Criminal Court," 90 Fed. Reg. 9369 (Office of the Federal Register, 2025年)
法文の上では、これは自国の管轄内における規制です。効果の上では、世界中の金融機関に対する行為規範として働いています。
経済的手段が力の資源になるということ
内閣情報官を経て国家安全保障局長を務めた北村滋 元国家安全保障局長は、経済安全保障の第1の側面を経済を安全保障政策の力の資源として利用する政策と位置付けます。
一つ目に、「経済を、安全保障政策の力の資源として利用する政策」。勢力均衡政策の一環としての経済の利用で、「エコノミック・ステートクラフト(経済を使った国策)」と呼ばれるものだ。分かりやすく言えば経済的措置を武器の代わりに使うという攻撃的又は能動的側面だ。
「経済的措置を武器の代わりに使う」。この記述は、経済制裁一般についてのものであって、今回の措置を論じたものではありません。しかし、性格は正確に言い当てています。今回、その武器が向けられた先は、侵略国でも、核開発を進める国でもありません。125か国が設立した裁判所の裁判官です。
欧州における法的な反作用
欧州連合には、1996年の理事会規則2271/96、いわゆるブロッキング規則があります。附属表に掲げられた外国法に基づく司法上、仲裁上または行政上の決定を域内で承認せず、執行しないこと。保護対象者にその外国法を遵守させないこと。損害の回復を請求する権利を認めること。この3つを柱とします。
早稲田大学の須網隆夫 名誉教授は、この規則を分析したうえで、次のように述べます。
委員会が規則1条2項に基づき、委任規則を採択して、大統領令14203号を規則の付属表に追加することは十分に可能である
この論文は、締約国一般に対しても提言を行っています。
全てのローマ規程締約国は、そのための一つの手段として、ブロッキング規則のような対抗立法の制定を直ちに検討する必要があるだろう
出典: 須網隆夫「国際刑事裁判所に対する経済制裁と対抗立法――EUのブロッキング規則の検討――」篠田英朗編『危機にある国際刑事裁判所(ICC):国際政治の荒波にさらされて』ROLES REPORT No.48 (東京大学先端科学技術研究センター、2025年)、44ページ
日本には、これに相当する立法がありません。後記第13章で改めて扱います。
第8章 法哲学[1] フラーの8つの要請に照らすと、これは法の形式を満たしていません
ここからは、国際法の議論を離れます。仮に今回の措置が国際法上適法であったとしても、なお残る問題があるからです。それは、この措置がそもそも「法」と呼べる形式を備えているか、という問題です。
レックス王の失敗
米国の法哲学者であるロン・フラー 教授は、レックス王という架空の君主の寓話から議論を始めます。レックス王は法を改革しようとして、8つの異なる仕方で失敗します。
出典: Lon L. Fuller, The Morality of Law, rev. ed. (Yale University Press, 1969)、33-38ページ
この8つの失敗を裏返せば、法が法であるために満たさなければならない8つの要請になります。
[1] 一般性
[2] 公布
[3] 遡及処罰の禁止
[4] 明確性
[5] 無矛盾
[6] 遵守が可能であること
[7] 恒常性
[8] 公権力の行為と宣言された準則との一致
出典: Lon L. Fuller, The Morality of Law, rev. ed. (Yale University Press, 1969)、46-91ページ
ロン・フラー 教授は、これらを法の「内在的道徳」と呼びました。そして、次のように述べます。
A total failure in any one of these eight directions does not simply result in a bad system of law; it results in something that is not properly called a legal system at all.
(これら8つの方向のいずれか1つにおける全面的な失敗は、単に悪い法体系をもたらすのではない。それは、およそ法体系と呼ぶにふさわしくない何かをもたらす。)
日本の教科書も、この8つの要請を「法の内的道徳の八原理」として扱っています。
出典: 瀧川裕英=宇佐美誠=大屋雄裕『法哲学』(有斐閣、2014年)、236ページ
8つの要請に照らします
[1] 一般性。 法は、名前を挙げた個人に向けられるのではなく、一般的な準則として定められなければなりません。大統領令14203号の附属書には、カリム・カーン 検察官(当時)の氏名が直接に書かれていました。以後の指定は、いずれも国務長官が個人の氏名を挙げて行っています。財務省の掲載事項には、氏名、生年月日、出生地および旅券番号が含まれます。これは一般的な準則ではなく、名指しです。
[3] 遡及処罰の禁止。 大統領令14203号は2025年2月6日に署名されました。しかし2025年6月5日に指定された裁判官4名のうち2名について示された理由は、2020年3月5日にアフガニスタンの事態における捜査を認可した決定です。大統領令の署名の5年近く前の職務行為が後から作られた根拠によって不利益の理由とされています。
[4] 明確性。 今回の赤根智子 裁判官に対する指定の理由は、「ICCの管轄権に同意していない政府の当局者を捜査し、逮捕し、拘禁し、または訴追しようとするICCの取組に直接従事した」というものです。指定の対象となる決定は示されていません。所長として「直接従事」に当たらない行為の範囲を、対象者は知ることができません。
[6] 遵守が可能であること。 ここが最も重い点です。裁判官が指定を免れる方法は、法を適用しないこと、すなわち裁判官としての職務を放棄することしかありません。しかしローマ規程の下で、裁判官は職務を遂行する義務を負っています。この措置は、対象者に対し、義務の履行を放棄することを条件として不利益を回避せよと求めています。ロン・フラー 教授の言う「不可能を強いる法」の典型です。
[8] 公権力の行為と宣言された準則との一致。 大統領令が宣言する目的は、米国の国民を保護することでした。しかし国務長官が2026年7月に表明した目的は、裁判所を解体することです。宣言された準則と、実際の運用とが一致していません。
8つのうち、少なくとも5つの要請について、重大な疑義があります。
想定される反論を先に扱います
反論1「大統領令は一般的な指定基準を定めており、個別の指定はその適用にすぎない。刑罰法規と個別の判決との関係と同じである」。
これは強い反論です。大統領令14203号1条(a)(ii)は、指定の要件を一般的な文言で定めています。したがって、形式の上では一般性の要請を満たしていると言えます。
しかし、刑罰法規と個別の判決との関係と同じであるという点は、成り立ちません。刑罰法規の場合、個別の適用は独立した裁判所が対審手続を経て行います。ここでは、基準を定めた者と、それを個人に適用する者と、その効果を執行する者とがすべて行政部です。一般性の要請が意味を持つのは、基準の定立と適用とが分かれているからです。分かれていないとき、一般的な基準は、名指しに理由を与える形式にすぎません。
反論2「国際緊急経済権限法に基づく措置は刑罰ではなく、将来に向けた規制である。したがって遡及処罰の禁止は適用されない」。
法的な性質としては、そのとおりです。資産凍結は刑罰ではありません。
もっとも、ロン・フラー 教授が論じているのは、刑罰法規の技術的な要件ではなく、法が人の行為を導く仕組みとして働くための条件です。過去の行為を理由として重大な不利益が課されるとき、その行為の時点で不利益を予見できなかったのであれば、法は行為を導く役割を果たしていません。「これは規制であって刑罰ではない」という区別は、その働きを変えません。
私の評価
以上を踏まえて申し上げます。ロン・フラー 教授が述べたのは、8つのいずれか1つにおける全面的な失敗が法体系と呼べない何かをもたらすということでした。今回の措置は、1つの措置であって法体系ではありません。したがって、ロン・フラー 教授の命題をそのまま当てはめることはできません。
それでも、私は次のように考えます。この措置は、法が人の行為を導くための条件を複数の方向で同時に損なっています。とりわけ、対象者が不利益を避ける唯一の方法が自らの法的義務の放棄であるという点において、これは法による統治の名に値しません。
補足――米国の裁判所も、同様の判断に近づいています
この評価は、日本から見た外在的な批判にとどまりません。米国の連邦地方裁判所も、大統領令14203号の一部について憲法上の疑義を示しています。2025年7月30日に、ニューヨーク州南部地区連邦地方裁判所は、原告に対する執行を恒久的に差し止め、同大統領令を内容に基づく言論規制として「推定的に違憲」と判断しました。
出典: Lisa Davis, "New International Criminal Court Sanctions and the Threat to U.S. Democracy" (Just Security, 2026年8月20日)
もっとも、この種の差止めは、米国内の原告に対する適用に限られます。既に指定された外国人に対する制裁を妨げるものではありません。同年7月18日にメイン州連邦地方裁判所が発した仮の差止めについて、この点を明確に指摘する論者もいます。
出典: Orde F. Kittrie, "Media mischaracterized federal court decision on ICC sanctions" (Center for Ethics and the Rule of Law, University of Pennsylvania, 2025年7月29日)
第9章 法哲学[2] ラートブルフ公式と、ニュルンベルクの遺産
ラートブルフ公式
ドイツの法哲学者であるグスタフ・ラートブルフ 教授は、1946年の論文において、法的安定性と正義とが衝突する場合の処理を次のように定式化しました。
正義と法的安定性との衝突は、次のように解決されるべきであろう。すなわち、制定と力によって保障された実定法は、その内容が不正義であり合目的的でない場合であっても優位を持つ。ただし、実定法の正義に対する矛盾が耐えがたい程度に達し、法律が「不正な法」として正義に道を譲らなければならない場合は、この限りでない。……正義が追求すらされず、正義の核心である平等が実定法の定立にあたって意識的に否認された場合には、その法律は単に「不正な法」であるにとどまらず、およそ法としての性質を欠く。
英訳は、次のとおりです。
Where there is not even an attempt at justice, where equality, the core of justice, is deliberately betrayed in the issuance of positive law, then the statute is not merely 'flawed law', it lacks completely the very nature of law.
(正義が追求すらされない場合、正義の核心である平等が実定法の定立において意図的に裏切られる場合には、その法律は単に「瑕疵ある法」であるにとどまらず、法としての性質をまったく欠く。)
この定式は、ナチス期のドイツにおいて制定された法律の効力をどう扱うかという、切迫した問いから生まれました。日本の教科書も、この文脈で扱っています。
出典: 瀧川裕英=宇佐美誠=大屋雄裕『法哲学』(有斐閣、2014年)、232ページ
平等の意識的な否認
ラートブルフ公式の後段が問題にするのは、「正義の核心である平等が意識的に否認された」場合です。
今回の措置について、平等の否認は、次の点に現れています。
米国政府は、ICCがタリバンの最高指導者に対して逮捕状を発付したこと、ロシアの大統領に対して逮捕状を発付したことについては、制裁を科していません。制裁の対象となったのは、米国およびイスラエルに関わる判断に関与した裁判官です。同じ裁判所の同じ手続に基づく、同じ性質の判断であるにもかかわらず、対象国の違いによって扱いが分かれています。
ゲッティンゲン大学のカイ・アンボス 教授も、タリバンをめぐる扱いとの不整合を指摘しています。
出典: Kai Ambos, "The Sanctioning of Law: On the US Government's Sanctions Policy Against the International Criminal Court" (Verfassungsblog, 2025年12月18日)
法の一般性が名指しによって破られ、平等が対象国によって否認されています。グスタフ・ラートブルフ 教授の定式に照らせば、これは「不正な法」の問題ですらなく、法としての性質を欠くという問題に近づきます。
ニュルンベルクの遺産
国際連合のマーガレット・サッターズウェイト 裁判官及び弁護士の独立性に関する特別報告者は、2026年1月26日の声明において、次のように述べました。
Sanctions targeting ICC justice personnel strike at the very heart of the promise born of the Rome Statute and the Nuremberg and Tokyo trials.
(ICCの司法に携わる者を標的とする制裁は、ローマ規程ならびにニュルンベルクおよび東京の裁判から生まれた約束の、まさに核心を打つものである。)
ここで日本人として、避けて通れない論点があります。
ニュルンベルクと東京の裁判については、日本国内に長く議論があります。事後法ではないか、勝者の裁きではないか、という批判です。この投稿記事は、その論争に決着をつけようとするものではありません。
しかし、次の点は指摘しておきたいと考えます。
ニュルンベルクと東京の裁判に対する最も強力な批判は、まさに「一般的な準則によらず、勝者が敗者を名指しで裁いた」という点にありました。事後法の禁止、法の一般性、裁く者と裁かれる者の非対称。批判の中身は、いずれも法の形式に関わるものです。
その批判を正当なものと考える人ほど、今回の措置を擁護できないはずです。今回起きているのは、まさに、強い国が自国に不利な判断をした裁判官を一般的な準則によらずに名指しで罰するという事態だからです。批判の論理は、そのままここに当てはまります。
そして、ローマ規程が作られた理由の1つは、この批判に応えることでした。あらかじめ条約によって犯罪を定義し、あらかじめ手続を定め、あらかじめ裁判所を設置しておきます。勝者が事後に法廷を作るのではなく、事前に常設の裁判所を置きます。それがニュルンベルクと東京から引き出された教訓でした。
小寺彰ほか編『講義国際法 第2版』は、この経緯を次のように記します。
その結果、1998年のローマでの外交会議で「国際刑事裁判所(ICC)に関するローマ規程」が採択された。米国のように、締約国となることに否定的な国もみられるが、締約国となる国の数は拡大している。
事後の名指しをやめて、事前の一般的な準則にすること。それがローマ規程の意義でした。その裁判所の裁判官を事後に名指しで罰すること。これは、ニュルンベルクと東京への批判に応えて作られた仕組みをその批判が向けられた当のやり方で壊す行為です。
第10章 法哲学[3] 法の支配か、力の支配か
ダイシーの定式
「法の支配」という語は、しばしば漠然と用いられます。イギリスの憲法学者であるアルバート・ダイシー 教授は、これに3つの意味を与えました。
第1に、恣意的な権力の不在です。何人も、通常の裁判所において通常の法の定める方法により法の明確な違反が確定されたのでなければ、身体または財産に不利益を受けません。
出典: A. V. Dicey, Introduction to the Study of the Law of the Constitution, 8th ed. (Macmillan, 1915)、183-184ページ
第2に、法の下の平等です。すべての者が身分のいかんを問わず、通常の裁判所が運用する通常の法に服します。
出典: A. V. Dicey, Introduction to the Study of the Law of the Constitution, 8th ed. (Macmillan, 1915)、189ページ
第3に、憲法の一般原則が個別の事件についての裁判所の判断の帰結として形成されるということです。
出典: A. V. Dicey, Introduction to the Study of the Law of the Constitution, 8th ed. (Macmillan, 1915)、191ページ
邦訳は、次の文献にあります。
出典: A・V・ダイシー(伊藤正己=田島裕訳)『憲法序説』(学陽書房、1983年)、179-186ページ
第1の意味に照らします。赤根智子 裁判官は、いかなる裁判所においても、いかなる法の定める方法によっても、審理を受けていません。行政部の判断のみによって、財産上の不利益を受けています。適正手続の観点からは、事前の通知も、証拠へのアクセスも与えられていないと報告されています。
出典: Coalition for the International Criminal Court, "Criminalising Accountability: The US Lawfare against the International Justice System" (Coalition for the International Criminal Court, 2026年)
これは、アルバート・ダイシー 教授が定義した意味における恣意的な権力の行使に当たります。
シュクラーのリーガリズム
ハーバード大学のジュディス・シュクラー 教授は、リーガリズムを次のように定義しました。
the ethical attitude that holds moral conduct to be a matter of rule following, and moral relationships to consist of duties and rights determined by rules
(道徳的な行いを準則に従うことの問題として捉え、道徳的な関係を準則によって定められる義務と権利から成るものとして捉える、倫理的態度)
邦訳は、次の文献にあります。
出典: J・N・シュクラー(田中成明訳)『リーガリズム 法と道徳・政治』(岩波書店、1981年)
ジュディス・シュクラー 教授は、この態度が政治から切り離されうるという想定を批判した人です。すなわち、法は政治の外にあるという自己理解こそが法律家のイデオロギーである、と論じました。ICCを「政治化されている」と批判する側は、この論点を持ち出すことができます。
しかし、ジュディス・シュクラー 教授の批判は、法をやめて力に戻れという主張ではありません。法が政治から完全に自由ではないことを認めたうえで、なお準則に従うという実践に価値を見いだす議論です。
「あの裁判所は政治的だ」という指摘が正しいとしても、そこから出てくる帰結は、「だから裁判官の口座を凍結してよい」ではありません。「だから手続によって争え」です。争う手続は、前記第3章のとおり、用意されていました。
力による支配とは何か
土山實男『安全保障の国際政治学 第2版』は、トゥキュディデス『戦史』におけるメロス対話を引きます。アテネがメロスに対して述べた言葉です。
「神も人間も強きが弱きを従えるもの」で、これはアテネが支配するために作った法則ではなく「すでに世に遍在するものを継承」しているにすぎない、「諸君とて権力の座につけば同じようにふるまうはずだ」とアテネが言い、結局、会談は決裂した。その冬、アテネはメーロスに攻め入り、成年男子全員を死刑に処し、婦女子を奴隷にし植民五百人を派遣した、というくだりで第五巻は終わっている。
この書籍はまた、次の一節も引いています。
「力によって獲得できる獲物が現れたとき、正邪の分別にかかずらわって侵略を控える人間などあろうはずがない」
「強者が弱者を従えるのは古来世のつね」。これがメロス対話の論理です。
今回の措置を貫いているのも、同じ論理です。裁判所の判断が正しいか誤っているかは、争点になっていません。争点になっているのは、米国がその判断に服することを望まない、ということだけです。そして、望まないという意思を通すために用いられたのは、法的な手続ではなく、金融という力です。
国際法が力の前で無力だという主張は、目新しいものではありません。岩沢雄司『国際法 第2版』は、その主張を次のように紹介します。
国際政治学の現実主義者は、国際関係における力と国益の役割を強調し、法の意義を否定した(モーゲンソーなど)。国は国際法を自国の利益に合致するときだけ守り、自国の利益に反するとき、特に国際危機のときには、国際法を無視すると主張した。
そして、この書籍はこれに答えます。
しかし国際法は、全般的には、よく遵守されているといってよい。「ほぼ全ての国はほぼ常に国際法上のほぼ全ての原則及びほぼ全ての義務を遵守している」というヘンキンの言葉は有名である。
問題は、この「ほぼ常に」が崩れる国と時点です。今回崩したのは、国際秩序の設計者を自任してきた国です。
軍事の側から見ても、結論は同じです
法の支配を軍事の側から論じた文献があります。湾岸戦争で機甲師団を指揮し、ボスニアで国際連合保護軍の司令官を務めたルパート・スミス 元イギリス陸軍大将の著作です。
この著作は、現代の紛争において望ましい成果の内容を、次のように述べます。
本書で検討した《人間戦争》のすべての例のなかで、望ましい成果はいずれも安定した国家の確立であった。すなわち、民主的に統治され、国際規範の枠内で法の支配が機能し、人権という概念が充分発達し、財政的・通貨的調整が信頼できるような方法で経済活動が営まれている国家がその戦争の結果として樹立されることである。
そして、次のように続けます。
はっきり言えば、これは戦略的目標と定義されるかもしれない——したがって、戦術的に法の埒外で軍事行動をとることは、自分の戦略的目標を攻撃することを意味する。
しかし、望ましい成果の特質のなかに持続可能な法の支配があるならば、これに向けてあらゆる努力を傾けるべきであり、軍事力の効用は法の支配を確立することになる。
狙いが法の支配を生み出すことであれば、法と倫理の限界を超えた軍事力行使には効用はない。なぜなら、その軍事力の使い方が、軍事力使用の目的と矛盾しているからだ。
ルパート・スミス 元大将の著作は、この文脈においてICCに明示的に言及しています。
旧ユーゴスラヴィア戦争犯罪法廷(ICTY)や国際刑事裁判所(ICC)等国際人道法に違反する事件に対処するため、法廷を設置すればするほど、我々は軍事行動に参加している兵士の立場について確信をもつ必要が増す。
ここに書かれているのは、理想論ではありません。40年近く軍務に就いた指揮官の実務からの結論です。
法の支配は、軍事力を外側から縛る枠ではありません。軍事力が達成しようとしている目的そのものです。だから、目的と矛盾する手段には効用がありません。これがこの著作の論理です。
今回の措置に当てはめます。米国が掲げた目的は、自国民の保護と主権の擁護でした。用いられた手段は、国際的な司法機関の裁判官を判断の内容を理由として罰することでした。
私は、経済的な力についても、同じ論理が当てはまると考えます。法の支配を掲げながら法の外側で力を用いれば、その力は自らの目的を攻撃します。
第11章 法哲学[4] 司法の独立と権力分立――ボルトン演説の反転
ボルトン演説
今回の措置の原型は、2018年9月10日の演説にあります。ジョン・ボルトン 大統領補佐官(国家安全保障担当、当時)がフェデラリスト・ソサエティにおいて行ったものです。
同演説は、ICCを批判する理由の1つとして、権力分立を挙げました。米国憲法は立法、行政、司法を分けているのに、ICCはそのうち司法と行政とを融合させている、というのです。
そして、次の措置を予告しました。
We will ban its judges and prosecutors from entering the United States. We will sanction their funds in the U.S. financial system, and we will prosecute them in the U.S. criminal system.
(我々はその裁判官および検察官の合衆国への入国を禁止する。我々は合衆国の金融システムにおける彼らの資金に制裁を科す。そして我々は合衆国の刑事制度において彼らを訴追する。)
この予告のうち第2の部分は、2020年9月2日に初めて実行され、2026年8月18日の指定に至るまで繰り返されています。第3の部分、すなわち刑事訴追は、現在まで実行されていません。
論理は反転しています
ここに、この投稿記事で最も指摘したい構造があります。
権力分立を理由にICCを批判した側が実行したのは、行政部の長が司法機関の構成員をその判断を理由として、司法手続によらずに罰することでした。
権力分立の核心を『法の精神』は次のように述べます。裁判権が立法権および執行権から分離されていなければ、自由はありません。
出典: Montesquieu, De l'esprit des lois (1748年)、第11編第6章。邦訳は、モンテスキュー(野田良之ほか訳)『法の精神 上』(岩波書店、1989年)
裁判権が執行権から分離されているとは、裁判官が下した判断を理由として、執行権が裁判官に不利益を課さないということだと私は考えます。この分離が失われた状態を私たちは古くから知っています。
すなわち今回の措置は、権力分立の名において、権力分立が禁じてきたことを行っています。批判の根拠として掲げた原理を批判の実行方法によって否定しています。
ICC自身の言葉
ICCは、2026年8月19日の声明において、次のように述べました。
a flagrant attack against the independence of an impartial judicial institution
(公平な司法機関の独立に対する露骨な攻撃)
When judicial actors are threatened for applying the law, it is the international legal order itself that is placed at risk.
(司法に携わる者が法を適用したことを理由として脅かされるとき、危険にさらされるのは国際法秩序そのものである。)
締約国会議の議長団も、同じ日に声明を発しました。
These sanctions erode the shared commitment to the rule of law, the fight against impunity, and the preservation of a rules-based international order.
(これらの制裁は、法の支配、不処罰との闘い、および規則に基づく国際秩序の維持に対する共通の約束を侵食する。)
司法の独立が重要である理由を述べます
ここで、少し個人的なことを書きます。
私は法律家ではありません。代理人を立てずに、自分で書面を書いて裁判所に提出している当事者です。相手方には代理人がついていることもあります。知識でも経験でも、私が及ばない場面は多くあります。
それでも書面を書き続けられる理由は、1つです。「裁判官が当事者の力の大小によらず、提出された主張と証拠だけを見て判断してくれる」という少なくとも建前上の前提が存在するからです。
その前提が崩れた世界を考えてみます。強者に不利な判断を書いた裁判官の預金を凍結できる世界です。その世界では、私が何を書いても意味がありません。裁判官は、私の主張が正しいかどうかではなく、私の反対当事者を怒らせないかどうかを考えるようになるからです。
司法の独立は、裁判官のための特権ではありません。力の弱い側が力ではなく理由によって争えるようにするための唯一の仕組みです。
今回の措置は、ICCの裁判官に対して、まさにその圧力をかけました。ある判断を書けば資産凍結の対象へ指定されます。書かなければ指定されません。裁判官の職務の遂行に、判断の内容に応じた個人的な費用が結び付けられました。
これが常態化した先にあるのは、判断の内容が判断者の危険に応じて決まる世界です。それはもはや裁判ではありません。
国際裁判所は、紛争を解決する以外の仕事もしています
国際裁判所の機能は、目の前の事件に決着をつけることだけではありません。国際海洋法裁判所の柳井俊二 元判事(元外務事務次官)は、次のように述べます。
ICJ、ITLOS、仲裁裁判所等の国際裁判所は、国際紛争の平和的解決について重要な役割を果たしているが、それに加えて、その判例を通じて国際法の漸進的発達にも貢献している。
この書籍は、勧告的意見についても、次のように述べます。
勧告的意見は、拘束力のある判決で紛争を解決するというものではないが、海洋法の規則を明確にし、また、紛争の法的側面を解明して紛争解決を容易にするという役割もあると思われる。
判例を通じて法を明確にし、発達させること。これが国際裁判所のもう1つの仕事です。
裁判官が判断の内容を理由として個人的な不利益を受ける状態が続けば、この機能も失われます。明確にすれば罰せられる論点について、裁判所は判断を避けるようになるからです。失われるのは、目の前の事件の解決だけではありません。法そのものの発達です。
第12章 ロシアによる欠席判決と、同じ基準で測る
事実
2025年12月12日に、モスクワ市裁判所は、ICCのカリム・カーン 検察官(当時)と、裁判官8名(退任した者を含む)に対し、欠席のまま有罪判決を言い渡しました。赤根智子 裁判官も、その8名に含まれています。刑期は3年6月から15年までです。全員が国際指名手配とされました。
罪名は、無実であることを知りながら刑事責任を追及したこと、故意の違法な拘禁、および戦争を挑発する目的での外国国家代表に対する攻撃の準備です。
出典: "Russia Jails ICC Judges, Prosecutor in Absentia Over Putin Arrest Warrant" (The Moscow Times, 2025年12月12日)
背景にあるのは、2023年3月にICCがロシアの大統領に対して逮捕状を発付したことです。ロシアはローマ規程に署名しましたが、批准せず、2016年11月16日に署名を撤回しています。
国際連合の特別報告者は、2026年2月4日に、次のように述べました。
ICCの裁判官および検察官は、その公的職務の遂行において行った行為につき、ローマ規程の下で機能的免除を享有する
そして、欠席裁判が有効な通知、独立した弁護人へのアクセス、防御を行う可能性を欠いており、適正手続の最低基準に達しないとして、市民的及び政治的権利に関する国際規約に反すると認定しました。有罪判決は「独立した司法および検察の職務の行使を犯罪化しようとする前例のない試み」であるとも述べています。
同じ基準で測ります
前記第4章から第11章までの議論をロシアの措置に当てはめます。
ローマ規程70条1項(e)の構成要件。裁判官が遂行した職務を理由とする報復です。当てはまります。
国際組織の機能的独立。裁判官の職務行為を犯罪として扱うものです。侵害しています。
ロン・フラー 教授の8つの要請。事前の告知も聴聞もないまま不利益が課されている点で、[8]公権力の行為と宣言された準則との一致を欠きます。
アルバート・ダイシー 教授の第1の意味における法の支配。欠席のまま、事前の防御の機会なく身体の自由に関する不利益が課されています。恣意的な権力の行使に当たります。
権力分立。他国の裁判官の判断を自国の刑事手続によって罰するものです。司法の独立に対する干渉です。
結論として、ロシアの措置も、米国の措置と同じ理由で、同じように批判されなければなりません。
違いも、正確に述べます
もっとも、両者には形式の違いがあります。
ロシアの措置は、刑事裁判の形式を採っています。少なくとも裁判所が判断し、罪名が特定され、量刑が示されています。もちろん、欠席で防御の機会がない裁判に手続的な価値はほとんどありません。しかし、形式の上では司法作用の外観を保っています。
米国の措置は、行政部の判断のみによります。裁判所は関与せず、罪名も特定されず、国務長官が指定を決定し、財務省が実施します。指定に先立つ告知も、聴聞も、ありません。指定の後に外国資産管理局へ削除を申し立てる制度は、31 C.F.R. Part 501 Subpart Hに置かれています。しかし、それは同じ行政機関に対する再考の求めであり、独立した判断者による審理ではありません。
どちらがより重いかは、評価が分かれるところでしょう。私は、次のように考えます。ロシアの措置は、法の形式を利用した迫害です。米国の措置は、法の形式を用いないまま同等の効果を実現する迫害です。前者は法を汚し、後者は法を迂回します。
そして、実効性においては、後者の方が強いと言えます。ロシアの判決による拘禁刑は、赤根智子 裁判官がロシアまたはロシアの請求に応じる国へ入国しない限り執行されません。米国の指定は、公表されたその日から効力を生じます。そして、前記第7章のとおり、指定を受けた者との取引を続ける第三国の金融機関は、自らが指定されうる領域に入ります。オランダの銀行口座に生じている事態は、その過剰遵守を通じた結果として報告されているものであり、大統領令が直接に凍結したものではありません。
1つの事実
赤根智子 裁判官は、米国とロシアの双方から、個人として不利益を課されている裁判官です。
この事実は、しばしば見過ごされます。
もっとも、この事実から引き出せることには限りがあります。2つの国から攻撃されていることは、第3の軸における偏りを否定しません。後記第15章のとおり、ICCが長くアフリカの事態に集中してきたという批判には、根拠があります。「双方から罰せられているから中立である」という推論は、成り立ちません。
言えるのは、次のことだけです。今回の措置は、米国に不都合な判断への報復です。ロシアの措置は、ロシアに不都合な判断への報復です。どちらも、判断の内容を理由に判断者を罰しています。裁判所が偏っているかどうかという問いと、裁判官を罰してよいかという問いとは、別の問いです。
第13章 日本国政府の対応は、自らの戦略文書に反しています
何をしたか
2026年8月19日に、外務省が外務報道官談話を発表しました。全文は次のとおりです。
1. 今般、国際刑事裁判所(ICC)の裁判所長である赤根智子判事が、米国の制裁措置の対象として新たに追加されました。
2. 我が国は、国際社会における最も重大な犯罪の処罰と撲滅、法の支配の徹底のため、常設の国際刑事法廷であるICCを一貫して支持してきています。このような立場から、今回の措置は大変残念です。
3. 我が国としては、引き続き、関係国等と意思疎通を取りつつ、国際社会における法の支配の強化に取り組んでいく考えです。
同じ日に、高市早苗 内閣総理大臣も「大変残念」と述べ、米国との意思疎通を継続する方針を示しました。撤回の要求には言及していません。
出典: 「ICC赤根所長への制裁「大変残念」=高市首相」(時事通信、2026年8月19日)
この談話に書かれていないこと
3項からなる談話に、次のものは1つも含まれていません。
[1] 赤根智子 裁判官が日本国民であるという事実への言及
[2] 日本がローマ規程の締約国であるという事実への言及
[3] 締約国としての義務への言及
[4] 措置の撤回の要求
[5] 国際法上の評価
[6] 日本の金融機関に対して、米国の大統領令が日本国内で直接の法的効力を持たないことを示す指針
「大変残念です」。国民である現職の国際裁判所長がその職務を理由に外国から資産を凍結されたことに対する、国家としての応答がこれです。
日本が置かれている位置
日本は、この問題について、傍観できる位置にいません。
日本は、2007年7月17日に加入書を寄託し、同年10月1日にローマ規程の締約国となりました。
出典: 外務省「国際刑事裁判所(ICC)」(外務省)
2025年度の日本の分担率は約14.6パーセント、金額にして約45億6,000万円です。日本は、ICCに対する最大の分担金拠出国です。
出典: 外務省「国際刑事裁判所(ICC)の概要」(外務省、2026年)
そして赤根智子 裁判官は、2018年から2027年までを任期とする裁判官であり、2024年3月11日に所長に選出されました。日本人としては3人目の裁判官であり、所長就任は初めてです。
この人選は、日本国政府が行ったものです。赤根智子 裁判官は、法務総合研究所長であった時期にICC裁判官選挙への立候補の要請を受けました。日本国政府は2016年に正式に候補として指名し、2017年の締約国会議における選挙で擁立しています。同人は第1回投票で当選しました。
出典: 東野篤子「【基礎の基礎シリーズ】ICC赤根所長に対するトランプ政権の制裁について、これだけは知っておきましょう」(Webサイト「東野篤子が読み解くヨーロッパ国際政治」、2026年8月21日)
最大の資金拠出国であり、所長の国籍国でもあります。この2つを兼ねる国は、日本しかありません。
3つの不作為
第1に、2025年以降の共同声明に、いずれも参加していません。
2025年2月7日に79か国、同年6月に52か国、同年7月に48か国がそれぞれ共同声明を発しました。日本は、いずれにも参加していません。
公平のために申し添えます。日本は、2024年6月15日の共同声明には参加しました。93か国が署名したこの声明は、裁判所とその職員が威迫を受けることなく職務を遂行すべきことを主題としています。すなわち日本は、参加できないのではありません。2025年2月に大統領令14203号が署名されて以降、参加していないのです。
出典: "Joint Statement in support of the International Criminal Court" (2024年6月15日)
出典: 佐藤慧「「法の支配」による国際秩序の危機――国際刑事裁判所(ICC)への米国制裁がもたらすもの」(Dialogue for People、2025年10月11日)
第2に、国際刑事裁判所の特権及び免除に関する協定を締結していません。
この協定は、裁判所の職員および裁判所と協働する個人に対し、強制措置に対する広範な保護を与えるものです。締約国は80か国に上ります。日本は、署名すらしていません。2007年4月13日の参議院本会議において、加入の予定がない旨が答弁されています。
出典: United Nations Treaty Collection, "Agreement on the Privileges and Immunities of the International Criminal Court," Multilateral Treaties Deposited with the Secretary-General, Chapter XVIII-13 (United Nations)
Human Rights Watchは、第24回締約国会議に向けた提言において、未締結の締約国に協定の批准を求めました。日本は、その名宛人に含まれます。
出典: Human Rights Watch, "Human Rights Watch Briefing Note for the Twenty-Fourth Session of the International Criminal Court Assembly of States Parties" (Human Rights Watch, 2025年11月19日)
第3に、対抗立法がありません。
前記第7章のとおり、欧州連合には1996年の理事会規則2271/96があります。日本には、これに相当する法令がありません。日本の金融機関が米国の指定を理由に赤根智子 裁判官との取引を打ち切ったとしても、それを禁じる国内法上の根拠が存在しません。
何をすべきか
前記の「この談話に書かれていないこと」と「3つの不作為」は、そのまま日本政府がとるべき措置を指し示します。私は、次の5点を挙げます。
[1] 国内の金融機関に対し、米国の大統領令が日本国内で直接の法的効力を持つものではないことを明示する指針を示すこと
[2] 外務報道官談話より高い水準で国家としての意思を表明すること
[3] 今後は締約国の共同声明に参加すること
[4] 国際刑事裁判所の特権及び免除に関する協定を締結すること
[5] 理事会規則2271/96に相当する対抗立法を検討すること
なお、[1]から[3]と同じ趣旨の提言は、すでに公表されています。
出典: 篠田英朗「ICC赤根所長に対する米国の制裁:日本政府が行うべき三つのこと」(アゴラ、2026年8月20日)
「独立性を尊重するから前に出ない」は、法的に成り立ちません
日本政府が強く出ない理由として、しばしば次の説明がなされます。国際機関の職員は国籍国から独立して職務を果たすことが期待されている。だから、赤根智子 裁判官が日本人だからといって日本政府が前面に出て守ることは、かえってICCへの介入になりかねない、と。
この説明は、国際法の到達点と違います。
答えは77年前に出ています。1949年4月11日、国際司法裁判所は国連損害賠償事件の勧告的意見において、この論点を正面から扱いました。国際機関が職員の被害について請求を提起する権利、すなわち機能的保護と、職員の国籍国が請求を提起する権利、すなわち外交的保護とが競合したときに、どちらが優先するのか。
When the victim has a nationality, cases can clearly occur in which the injury suffered by him may engage the interest both of his national State and of the Organization. In such an event, competition between the State's right of diplomatic protection and the Organization's right of functional protection might arise, and this is the only case with which the Court is invited to deal.
(被害者が国籍を有する場合、その被った損害が国籍国と機関の双方の利益に関わる事案が生じうることは明らかである。その場合、国家の外交的保護の権利と、機関の機能的保護の権利との競合が生じうる。そして、これが裁判所に付託された唯一の場合である。)
In such a case, there is no rule of law which assigns priority to the one or to the other, or which compels either the State or the Organization to refrain from bringing an international claim.
(そのような場合において、一方に他方に対する優先を与える法規則は存在せず、また、国家または機関のいずれかに国際請求の提起を差し控えることを強いる法規則も存在しない。)
「差し控えることを強いる法規則は存在しない。」
日本政府の説明は、この一文と正面から衝突します。差し控える義務はありません。差し控えているのは、義務だからではなく、選択だからです。
同じ勧告的意見は、続けてこう述べます。
The Court sees no reason why the parties concerned should not find solutions inspired by goodwill and common sense, and as between the Organization and its Members it draws attention to their duty to render "every assistance" provided by Article 2, paragraph 5, of the Charter.
(裁判所は、関係当事者が善意と常識に基づく解決を見いだせない理由を見いだせない。そして、機関とその加盟国との間については、憲章2条5項が定める「あらゆる援助」を与える義務に注意を促す。)
善意と常識。そして、あらゆる援助を与える義務。国際司法裁判所が示したのは、機関と国籍国とが互いに退き合う関係ではありません。共に助ける関係です。
さらに同じ意見は、機能的保護の位置付けについてこう述べています。
The traditional rule that diplomatic protection is exercised by the national State does not involve the giving of a negative answer to Question I (b).
(外交的保護は国籍国によって行使されるという伝統的な規則は、問題I(b)に対して否定的な回答を与えることを含意しない。)
国籍国の外交的保護があることは、機関の機能的保護を否定しません。逆もまた同じです。1949年に、両者は排他ではないと確認されています。
国際刑事司法を専門とする立命館大学の越智萌 准教授も、Webサイト「X」において同じ点を述べています。
国際機構の独立性の尊重と、国籍国による国民の保護は《両立》します。
国際機構職員である国民を守ることは、国家の権利です。
それを行使しないのであれば、国家である意味がありません。
「それを行使しないのであれば、国家である意味がありません。」
私は、この一文に同意します。
在外邦人の保護という立て方であれば、干渉の問題は生じません
さらに、実際的な道筋があります。
日本政府がICCの独立性への配慮を理由とするのであれば、ICCの機能的保護とは切り離し、在外邦人の保護という立場から抗議すればよい。この立て方であれば、ICCの司法判断に一切立ち入りません。日本が述べるのは、次の事実だけです。
[1] 日本国民が、犯罪事実の摘示も、告知も、聴聞もないまま、外国政府によって資産凍結の対象とされたこと
[2] その結果、銀行口座、送金、電子的な役務へのアクセスという生活の基盤が失われていること
[3] 日本政府は、自国民が受けているこの取扱いについて説明を求め、是正を要求すること
ICCがどのような判断をしたかは、この3点のいずれにも関係しません。司法判断の当否に触れないのですから、干渉になりようがありません。
そして、この論点には決定的な裏返しがあります。
干渉になると言うのであれば、日本がICCへ最大の分担金を拠出していること自体が干渉になってしまいます。資金を出すことは許され、国民の保護を求めることは許されない。この区別に、法的な根拠はありません。ICCの独立性を守るための行動が干渉に当たるという理屈を突き詰めると、支援そのものが干渉になるという不合理に行き着きます。
もう1つの裏返しがあります。
外交官に準ずる地位にある日本国籍者ですら守られないのであれば、そうでない日本人は、なおさら守られません。
海外に住む日本人にとって、これは抽象論ではありません。現地の政府に権利を侵害されたとき、日本政府がどこまで動くのかという問題です。今回、その答えの1つが示されました。現職の国際裁判所長で、日本国民で、外交特権に準ずる地位にある人物について、日本政府が発したのは「大変残念です」でした。撤回の要求はありません。抗議もありません。
この前例は、赤根智子 裁判官だけの問題では終わりません。在外邦人の保護がどの水準で行われるのかについて、1つの目安が公開の場に置かれました。
7か月前、日本国政府は「力強く支援する」と述べていました
この談話には、比較の対象があります。
2026年1月7日に、高市早苗 内閣総理大臣は赤根智子 裁判官と会談し、次のように述べました。
ICCがその役割を果たせるよう、日本政府としてICC及び赤根所長を力強く支援していく
日本人のICC所長として責務を果たしている赤根所長に敬意を表する
1月に「力強く支援していく」。8月に「大変残念です」。
その間に起きたのは、支援すると約束した相手が実際に攻撃されたという事実だけです。支援の約束は、支援が必要になった時点で「残念」に変わりました。
制裁は、生活に及んでいます
抽象的な話ではありません。赤根智子 裁判官は、2026年8月23日に産経新聞の電話インタビューへ応じ、次のように述べています。
米社VISAのクレジットカードは日本で発行したものを含めて、使えないと思う。制裁により、私用のGmailも使えなくなる。
日本で発行されたクレジットカードです。ここで、発言の性質を正確に押さえます。赤根所長が述べているのは「使えないと思う」であり、特定のカードが現に利用不能となったことを筆者が確認したものではありません。
しかし、そう理解せざるを得ない状況に置かれていること自体が前記第7章で述べた域外適用の効果です。日本国内で日本の金融機関が発行したカードについて、日本国民である本人が使えないと考えざるを得ない。米国の指定は、そこまで届いています。
同じインタビューで、赤根智子 裁判官はこうも述べています。
正直なところ、食欲が落ち、眠れないときもあるが、日本からの応援が「がんばろう」という気持ちの原動力になっている。私は日本政府に指名され、ICC裁判官になった。日本はICC存続のため、力を貸してほしい。
「私は日本政府に指名され、ICC裁判官になった。」
これは、事実の指摘です。前記のとおり、日本国政府は2016年に赤根智子 裁判官をICC裁判官の候補として正式に指名し、2017年の締約国会議における選挙で擁立しました。送り出したのは、日本政府です。その日本政府が、送り出した相手の罰せられたときに述べたのは「大変残念です」でした。
そして、同じインタビューで、日本の対応についてこう述べています。
日本はこれまで、テロや麻薬取引対策で米国の制裁に追随してきた。今回のICC制裁は、全く意味合いが異なる。
このままでは、いずれ米国はICC全体に制裁を科すだろう。そうなれば、「法の支配」が崩れるきっかけになる。
すでに、米国に呼応してチャドとベネズエラがICCからの脱退を表明しています。赤根智子 裁判官は、アジアでも同じ動きが出る可能性を挙げ、日本がアジアの締約国との協力を強めることの重要性を指摘しました。
出典: 「ICC赤根智子所長「日本は米国と対話を」制裁は「法の支配」揺るがす、電話会見で訴え」(産経新聞、2026年8月24日)
「大変残念です」では足りない理由
外務報道官談話は、日本が「法の支配の徹底のため」にICCを支持してきたと述べます。
その支持の内容が分担金の拠出と、遺憾の表明にとどまるのであれば、それは支持ではなく後援です。後援者は、被後援者が攻撃されたとき、遺憾の意を表明すれば足ります。締約国は、そうではありません。締約国は、条約上の義務を負っています。
ローマ規程86条は、締約国が裁判所に対し全面的に協力する義務を負うことを定めています。70条4項(a)は、締約国が自国の領域内または自国民によって行われた同条の犯罪を自国の刑事法令の対象とすることを求めています。
日本は、2007年に国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律を制定しました。同法の第4章は「国際刑事裁判所の運営を害する罪」と題され、53条から65条までを置いています。そのうち64条は、次のとおり定めます。
第六十四条 国際刑事裁判所職員が職務を執行するに当たり、これに対して暴行又は脅迫を加えた者は、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
2 国際刑事裁判所職員に、ある処分をさせ、若しくはさせないため、又はその職を辞させるために、暴行又は脅迫を加えた者も、前項と同様とする。
そして65条は「この章の罪は、刑法第三条の例に従う。」と定め、日本国民の国外犯にも及ぼしています。
出典: 「国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律」(平成19年法律第37号)64条および65条
規程70条1項(d)が定める脅迫による妨害は、この64条2項が捉えています。職務を辞させるための脅迫まで含まれており、国外犯にも及びます。
しかし、(e)号については、条文の上で差があります。(e)号が定めるのは「遂行した職務を理由とする報復」です。これに対して64条は、暴行または脅迫を要件とします。遂行済みの職務に対する報復であって、暴行も脅迫も伴わない態様、たとえば資産の凍結や取引の禁止を、64条が捉えるかどうかは、条文から明らかではありません。
これは、日本の履行の完全性に関わる論点として残ります。
超党派の議員連盟は、2026年8月19日に緊急の非難声明を発表しました。共同代表である中谷元 元防衛大臣は、「戦争犯罪をなくすために作られたICCの否定は世界の人権、民主主義への挑戦で許されない」と述べています。
出典: 「ICC赤根所長への米制裁、超党派議連が非難声明」(ニューズウィーク日本版、2026年8月19日)
議員が声明を出し、政府が「大変残念です」と述べています。この順序は、逆であるべきだと私は考えます。
邦人の生命と財産が懸かっています
この問題を最も具体的な形で述べます。
赤根智子 裁判官は、日本国民です。日本国政府が候補として指名し、締約国会議の選挙で擁立し、送り出した人物です。そして、この人物の財産は現に制約を受けています。
国民の財産が外国の措置によって制約を受けたとき、政府が何をするかは、外交保護の中心的な問題です。前記のとおり、この立て方であれば、ICCの独立性との緊張も生じません。
ここで、1つの反論を先に扱います。「政府は水面下で撤回を求めているのではないか」という見方です。
産経新聞の「産経抄」は、この点にこう触れています。
高市早苗首相は制裁について「大変残念に思う」と述べた。米国への批判を控えたものの、水面下では制裁の撤回を強く求めていると、信じたい。
「信じたい」です。この語を選んだのは、政府に厳しい立場の書き手ではありません。その書き手ですら、日本国政府が水面下で撤回を求めていると書き切っていません。
私は、水面下の交渉が行われていないと申し上げるつもりはありません。行われている可能性はあります。しかし、公表された資料からは確認できません。
そして、後記第20章で述べるとおり、執行力を欠く国際法において履行を支えているのは他国の評価です。評価の対象になるのは、公にされた言葉です。水面下の要求は、他国からは見えません。
記録に残るのは、公にされた言葉です。公にされた言葉は、「大変残念です」でした。
第14章 弱くなる国こそ、法に依拠しなければなりません
法の支配は、理念ではなく、日本国政府が列挙した国益です
2022年12月16日に国家安全保障会議決定および閣議決定を経て策定された『国家安全保障戦略』は、「我が国の国益」という節を設け、守り発展させるべき国益を3つ列挙しています。
第1は、主権と独立の維持、領域の保全、そして国民の生命、身体および財産の安全の確保です。第2は、経済成長を通じた繁栄の実現です。そして、第3がこれです。
自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値や国際法に基づく国際秩序を維持・擁護する。特に、我が国が位置するインド太平洋地域において、自由で開かれた国際秩序を維持・発展させる。
法の支配は、掲げられた理念でも、共有する価値観でもありません。主権および経済と並ぶ、明文で列挙された第3の国益です。
そして、これは2022年に新しく置かれた立場ではありません。『国家安全保障戦略』の初版は、2013年12月17日に国家安全保障会議決定および閣議決定を経て策定されました。その「我が国の国益と国家安全保障の目標」の節は、守るべき国益として次のものを挙げています。
自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値やルールに基づく国際秩序を維持・擁護すること
文言をそのまま比べてみます。2013年は「普遍的価値やルールに基づく国際秩序」。2022年は「普遍的価値や国際法に基づく国際秩序」。
9年を隔てて、同じ命題が置かれています。しかも、後の版のほうが表現は強くなっています。「ルール」が「国際法」になりました。日本国政府は、法の支配を国益として掲げ続け、その根拠をより明確に国際法へ寄せたということです。
政権は交代しました。安全保障環境も変わりました。それでも、この一点は動いていません。ICCの裁判所長が国際法上の職務を理由に制裁を科されたとき、日本国政府が問われているのは、13年にわたって自ら掲げてきたこの国益です。
同じ文書は、安全保障政策の遂行方法そのものについても、次の原則を置いています。
自由、民主主義、基本的人権の尊重、法の支配といった普遍的価値を維持・擁護する形で、安全保障政策を遂行する。
安全保障政策は、法の支配を擁護する「形で」遂行されます。手段の選び方までがこの原則によって規律されているということです。
そして、次のようにも述べます。
法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を実現し、地域の平和と安定を確保していくことは、我が国の安全保障にとって死活的に重要である。
「死活的に重要」。これは日本国政府の言葉です。
2022年12月16日に国家安全保障会議決定および閣議決定を経て策定された『国家防衛戦略』も、冒頭の戦略環境の分析において同じ立場を示しています。
力による一方的な現状変更やその試みは、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序に対する深刻な挑戦であり、ロシアによるウクライナ侵略は、最も苛烈な形でこれを顕在化させている。
日本は、力による解決という選択肢を自ら閉じています
日本にとって法の支配が「死活的」である理由です。
第1の理由は、日本が軍事力による解決という選択肢を持っていないことにあります。これは能力の不足ではなく、選択です。そして、その選択は憲法にさかのぼります。
先に、語の意味を限定します。ここでいう「力による解決」とは、国際法上の根拠を欠く一方的な強制を指します。他国の領域を奪うこと、経済的な圧力によって他国の主権的決定を置き換えること、そして今回のように他国の裁判官を個人として罰することです。武力攻撃を受けた場合の自衛は、これに含まれません。自衛は、国際連合憲章51条が認め、日本の政府解釈が武力の行使の三要件によって限定してきた行為です。日本が持たないのは前者であって、後者ではありません。この2つを混同すると、以下の議論は成り立ちません。
日本国憲法の前文は、日本の安全の基礎を明示し、続けて、国家一般に対する要求を置いています。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
(中略)
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
「諸国民の公正と信義に信頼して」。日本の安全と生存は、他国が公正と信義に従って行動することを前提に組み立てられています。他国が法に従わなくなれば、日本はその前提を失います。これは理念の問題ではなく、安全保障の設計の問題です。
そして「いづれの国家も」。大国を除くとは書かれていません。「政治道徳の法則は、普遍的なもの」。適用される国と適用されない国とがあるとは書かれていません。
自国の裁判権に服さない者を裁こうとしたことを理由に、他国の裁判官へ制裁を科す。それは、自国のことのみに専念して他国を無視する行為です。そして、法則の普遍性を否定する行為です。日本国憲法の前文が退けた構図が、そこにあります。
憲法の選択は、現在の政策にも引き継がれています。
平和国家として、専守防衛に徹し、他国に脅威を与えるような軍事大国とはならず、非核三原則を堅持するとの基本方針は今後も変わらない。
専守防衛は、相手の領域で問題を解決しないという意味です。軍事大国とならないとは、力の量で相手を上回ることを目標としないという意味です。日本は、力によって自国の主張を通すという経路を自ら閉じています。
費用の面でも同じ結論になります。防衛大学校の武田康裕 名誉教授は、在日米軍の役割を自衛隊が代替する場合の経費をライフサイクルコストから積算し、次のように結論しています。
日本にとって、日米同盟の機能を自主防衛努力や他国との防衛協力によって完全に代替することはほぼ不可能である。
同じ書籍は、日米同盟の解体を前提とした先行研究について、次のように述べています。
約23兆円もの金額を投入しても日米同盟が提供する安全保障の水準を「自主防衛」では達成できないことを示した
政策としても、費用としても、日本は自力で安全を確保する選択肢を持っていません。
経済力の下降は、政府自身が認めています
第2の理由は、経済力です。これも私の見立てではなく、政府文書の記述です。
国内に目を転じれば、我が国は、人口減少、少子高齢化、厳しい財政状況等の困難な課題に直面している。
人口が減ること、高齢化が進むこと、財政が厳しいこと。この3つは、いずれも国力の下降に直結します。防衛費を増額したとしても、周辺国との力の差が縮まる見通しはありません。
軍事力に頼れず、経済力も相対的に下がっていきます。この2つを前提としたときに日本に残る手段です。
「力による支配」とは、秩序の類型が変わることです
ここで、国際秩序の類型について整理しておきます。
慶應義塾大学の宮岡勲 教授は、ジョン・アイケンベリー 教授の議論を紹介するなかで、国際秩序を支える論理を3つに分けています。均衡、命令、そして同意です。
この書籍が掲げる表の内容は、次のとおりです。
均衡(balance) ―― 秩序は勢力均衡型。権威の源泉は国家主権。道義的目的は自律性の維持。国家間関係は非階層的で、同等な諸大国の間に成り立ちます。
命令(command) ―― 秩序は階層型。権威の源泉は物質的パワー。道義的目的は支配的国家の利益。国家間関係は階層的で、支配国と被支配国の間に成り立ちます。
同意(consent) ―― 秩序は立憲型。権威の源泉は法の支配。道義的目的は公共財の創出。国家間関係は時に階層的で、指導国と追随国の間に成り立ちます。
出典: 宮岡勲『入門講義 安全保障論』(慶應義塾大学出版会、2020年)、88ページ。この表は、Ikenberry (2011, 48)の表を参考にして宮岡勲 教授が作成したものです
この表は、この投稿記事が第10章で立てた問いに、そのまま答えています。
「法の支配」と「力による支配」とは、程度の違いではありません。秩序の類型そのものが違います。 権威の源泉が法の支配である秩序と、権威の源泉が物質的パワーである秩序。道義的目的が公共財の創出である秩序と、道義的目的が支配的国家の利益である秩序。
そして、この表には、もう1つ読むべき列があります。国家間関係の欄です。命令型の秩序において、国家は「支配国と被支配国」に分かれます。
日本は、どちらでしょうか。
日本は支配国ではありません。軍事力による解決の選択肢を閉じ、経済力の相対的な地位が下がっていく国は、命令型の秩序において支配する側には立ちません。
すなわち、「力による支配」への移行とは、日本にとって、被支配国の側に置かれることを意味します。
制度は、強い国を先に縛り、弱い国を後で縛ります
同じ書籍は、強国が自ら制度に縛られることを受け入れてきた理由を説明しています。
強国がこの戦略を取るようになってきた理由は二つある。一つは、戦争の結果生じた「パワーの非対称」の状況で、弱小諸国を安心させ、秩序の正統性を高め、ルールの履行費用を抑えるためである。そして、もう一つは、パワーの相対的衰退を見越して、自国にとって望ましい取り決めを固定化するためである。
そして、制度が働く時期について、次のように述べます。
制度は、一方で「主導国が弱小・追随諸国よりも強力である初期においては、主導国を拘束する」が、他方で「弱小・追随諸国が次第にパワーを蓄える後期においては、弱小・追随諸国を拘束する」のである
ここから2つの帰結が出ます。
第1に、米国自身にとっても、制度を壊すことは自国の将来の利益に反します。強国が制度を受け入れる理由の1つが「パワーの相対的衰退を見越して、自国にとって望ましい取り決めを固定化するため」であるなら、衰退が始まってから制度を壊す行動は、自らの保険を解約する行動です。
第2に、日本にとって、制度が壊れる時期はこれ以上ないほど悪いものです。制度は初期には主導国を拘束し、後期には追随国を拘束します。日本は「次第にパワーを蓄える」側ではなく、その逆にいます。拘束を受ける段階に入る前に、保護を失うことになります。
なぜ弱い側にとって法が重要か
土山實男『安全保障の国際政治学 第2版』は、イギリス学派の議論を紹介するなかで、次の指摘を引いています。
国際法が各国の国益擁護のための道具ではなくすべての国々を一様に拘束するものと考えたり、勢力均衡が強国の優位のためではなく国際体系の維持のためだけにあると考えたり、あるいは、大国が時に侵略国ではなく、ただ「大きな責任」を果たしているだけだと考えたりすることは、いずれもつねに錯誤である
この指摘は、冷静に受け止めるべきものです。国際法が常にすべての国を一様に拘束するという理解は、素朴にすぎます。
しかし、そこから引き出される帰結は、国によって異なります。
力の強い国にとって、法は選択肢の1つです。法に従うこともできますし、従わないこともできます。従わなかった場合の費用を自らの力で吸収できるからです。
力の弱い国にとって、法は選択肢ではありません。法が守られなければ、残るのは力の比較だけです。そして力を比較すれば、負けます。
弱くなっていく国にとって、法の支配は理念ではありません。生存の条件です。
「力による支配」が戻れば、日本が先に払います
『国家安全保障戦略』は、国際秩序への挑戦を次のように記述しています。
他国の国益を減ずる形で自国の国益を増大させることも排除しない一部の国家が、軍事的・非軍事的な力を通じて、自国の勢力を拡大し、一方的な現状変更を試み、国際秩序に挑戦する動きを加速させている。
「軍事的・非軍事的な力を通じて」。日本国政府は、力による現状変更を軍事に限定していません。
同じ文書は、経済的な手段についても具体的に述べています。
本来、相互互恵的であるべき国際貿易、経済協力の分野において、一部の国家が、鉱物資源、食料、産業・医療用の物資等の輸出制限、他国の債務持続性を無視した形での借款の供与等を行うことで、他国に経済的な威圧を加え、自国の勢力拡大を図っている。
日本国政府は、経済的な手段による威圧を国際秩序への挑戦として名指ししています。
今回の措置は、資産の凍結と金融からの遮断という経済的な手段によって、国際的な司法機関の判断を覆そうとするものです。手段の性質において、日本国政府が名指ししてきたものと同じです。
そして、日本が「経済的な威圧は許されない」と述べるとき、その主張を支えているのは法です。力ではありません。日本には、経済的な威圧に力で対抗する手段がありません。 前記のとおり、軍事力による解決の選択肢は自ら閉じており、経済規模の相対的な地位も下がっています。
日本が依拠できるのは、経済的な威圧が法に反するという主張だけです。その主張が通るためには、法の支配が権威の源泉である秩序が維持されていなければなりません。
先例は、作った国だけのものではありません。国際的な司法機関の判断を経済的な手段で覆せるという先例が作られれば、次にそれを使う国を、日本は選べません。
力による一方的な現状変更とは何か
『国家防衛戦略』が非難する「力による一方的な現状変更」に、今回の措置は当てはまるでしょうか。
当てはまります。同じ文書は、有事と平時の境目が曖昧になっていること、軍事と非軍事の境目も曖昧になっていることを繰り返し指摘しています。経済的手段が力の資源として用いられることは、前記第7章で引いた北村滋『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』がまさに論じているところです。
今回の措置は、法によって設立された機関の判断を法によらない手段で覆そうとするものです。既存の秩序をその秩序の中の手続によらずに変更しようとする点において、「力による一方的な現状変更」の定義に当てはまります。
日本国政府が非難してきた行為の類型に、今回の措置は含まれます。ただ、行為者が同盟国であるというだけです。
秩序を掘り崩しているのは誰か
「法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序」という表現は、日本国政府の戦略文書に繰り返し現れます。その秩序が指す内容です。
日本の発展を支えた自由で開かれた国際秩序とは、アメリカが保証するハードパワーを背景に、開かれた形で国家間の関係を統べる一連のルール、規範、そして制度である。それは安全保障秩序、経済秩序、人権秩序という3つの柱から構成されている。
この定義に従えば、今回の措置は、第1の柱と第3の柱の双方に関わります。ICCは、国際法を通じて重大な犯罪の処罰を担う機関であり、安全保障秩序と人権秩序の交点に位置するからです。
そして、その秩序を掘り崩している主体について、この書籍の序章は次のように述べます。
駒となりかねない存在が礎石としての役割を果たし、国際秩序を支えてきたのは、アメリカ主導のリベラル国際秩序の枠組みがあってこそでもあった。トランプ政権のアメリカはこの秩序を自ら覆しつつある。それは日本にとっての根本的なジレンマを赤裸々に露呈させている。
一方、アメリカ主導の秩序が自壊に近い形で崩壊しつつある中で、中国はそこでのリーダーシップの不在とアメリカのプレゼンスの真空をよいことに自らの戦略的利益を推進しようとするかもしれない。そうなった場合、日本は大きな戦略的損失を被ることになるだろう。
この本が刊行されたのは2020年8月であり、今回の措置の6年前です。すなわち、ここで述べられた「根本的なジレンマ」は、今回はじめて生じたものではありません。日本は、6年前に指摘されていた問題に、いまだ答えを出していません。
だからこそ、同盟国に対しても言わなければなりません
「法の支配に基づく国際秩序」を掲げる国が同盟国による法の支配の侵害には何も言わないとすれば、その掲げ方は信用されません。
なぜなら、そのとき「法の支配」という語は、原則の名ではなく、特定の国を批判するときにだけ持ち出される道具の名になるからです。道具として使われた原則は、他の国が同じ道具を使うことを止められません。中国またはロシアが自国に不利な国際的な判断に対して同じことをしたとき、日本の批判の根拠は失われています。
前記第12章のとおり、ロシアは既に同じことをしています。そして日本国政府がそのロシアの措置に対して非難の声明を出したことは、公表された資料からは確認できません。
原則は、自分に不都合なときに適用してはじめて原則になります。同盟国に対して言えない原則は、原則ではありません。
防衛省防衛研究所の高橋杉雄 防衛政策研究室長(当時)は、国際連合について次のように述べています。
国際連合は国家間の協力組織であり、国家を上回る権威としての超国家政府ではない。
これは正確な指摘です。ICCも同じで、国家を上回る権威ではありません。125か国が条約によって作り、その運営費を分担して支えている機関にすぎません。
だからこそ、支えている国が支えるのをやめれば、それは終わります。日本は、その最大の支え手です。
有事に日本が掲げる旗印は、これです
ここまでの議論は、抽象論に見えるかもしれません。しかし、これは有事の話です。
『国家防衛戦略』は、日本が単独で自国を守ることを想定していません。
今や、どの国も一国では自国の安全を守ることはできない。戦後の国際秩序への挑戦が続く中、我が国は普遍的価値と戦略的利益等を共有する同盟国・同志国等と協力・連携を深めていくことが不可欠である。
「普遍的価値と戦略的利益等を共有する」。この限定を読み落とさないでください。同志国とは、地理的に近い国のことでも、経済的な結び付きが強い国のことでもありません。価値を共有する国のことです。
日本が誰を頼れるかは日本が何を掲げてきたかによって決まるという構造がここに書かれています。
同じ文書は、防衛の3つのアプローチのうち第3をこう定めています。
第三のアプローチは、自由で開かれた国際秩序の維持・強化のために協力する同志国等との連携を強化することである。
連携の目的として書かれているのは、「自由で開かれた国際秩序の維持・強化」です。日本の領土の防衛ではありません。日本が他国へ協力を求めるときの名目がここに書かれています。
中国への対応についても、同じ書き方がされています。
我が国の防衛力を含む総合的な国力と同盟国・同志国等との協力・連携により対応すべきものである。
「対応すべきもの」の主語に、日本だけが置かれていません。
旗印は、不利なときに降ろさなかった実績でできています
台湾をめぐる事態が起きたとき、日本は同盟国と同志国に結集を呼び掛ける立場に立ちます。
そのとき、日本は何を掲げるのか。
日本は、参加すれば見返りを与えるという取引を提示できる立場にありません。他国の部隊の費用を肩代わりできる国でもありません。日本が提示できるのは、原則です。力による一方的な現状変更を許さないという原則であり、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序を守るという原則です。
これが合言葉であり、旗印です。
そして、旗印にはこの性質があります。掲げた回数ではなく、不利なときに降ろさなかった回数で価値が決まります。
2022年以降、日本はG7の一員としてロシアへの制裁に加わり、ウクライナへの支援を続けてきました。その根拠として掲げられたのは、力による一方的な現状変更への反対です。この掲げ方が通用したのは、相手がロシアだったからではありません。原則だったからです。
同じ原則が同盟国に対しては適用されないのであれば、それは原則ではありません。原則でないものは、他国を動かしません。
そして、この点は必ず持ち出されます。日本が有事に同志国へ呼び掛けたとき、呼び掛けられた国の中には、こう問い返す国があります。自国民である国際裁判所長が制裁を受けたときに撤回さえ求めなかった国がいま我々に法の支配を語るのか、と。
そのとき、日本に反論の材料はありません。事実だからです。
価値の毀損は、国益の後退です
整理します。
普遍的価値と国際秩序は、日本にとって理念ではありません。有事に人を集めるための資源です。『国家防衛戦略』が同志国を「普遍的価値と戦略的利益等を共有する」国と定義したとき、政府はこの資源の性質を正確に書いています。
軍事力は、装備と訓練によって蓄積されます。経済力は、生産と投資によって蓄積されます。旗印は、不利なときに降ろさなかった実績によって蓄積されます。
そして、いま日本はこの蓄積を取り崩しています。
この毀損は、国益の後退です。理念が傷つくという話ではありません。有事に何か国が日本の側に立つかという、数の話です。
しかも、この後退は日本が自ら選んで行っているものです。米国は、日本に沈黙を求める声明を出していません。日本国政府は、自らの判断で「大変残念です」を選びました。
取り崩した資源は、有事に買い戻せません。
法の支配は、日本にとって唯一の非対称な資源です
整理します。
軍事力では勝てません。政策としても選んでいませんし、費用としても代替できません。経済力の相対的な地位は下がっていきます。政府自身が人口減少、少子高齢化および厳しい財政状況を認めています。
この2つを差し引いたときに日本に残るものです。
法です。 力の量に比例しない唯一の資源が法です。国際的な司法機関の判断が力の量にかかわらず尊重されるという前提の下でのみ、日本の主張は日本の力を超えて通ります。
秩序の類型が命令型へ移り、権威の源泉が物質的パワーへ移れば、この非対称な資源は消えます。残るのは力の比較だけになり、そして力を比較すれば、日本は負けます。
大国による横暴を許すこととは、日本にとって、自らの唯一の資源を手放すことです。
そして、いまその横暴を行っているのが同盟国であるという事情は、この計算を1つも変えません。
第15章 想定される反論に答えます
この章では、この投稿記事に向けられうる反論をできる限り強い形で提示し、それぞれに答えます。
反論1「ICCは政治化しており、二重基準で運用されている」
この反論を最も強い形で提示します。
アメリカン・エンタープライズ研究所のイヴァナ・ストラドナー 研究員(当時)とジョン・ユー 教授の論考は、次のように論じます。ICCは独立を標榜しながら、実際には二重基準を助長する政治的な機関です。長くアフリカの事態に集中してきました。中国による新疆ウイグル自治区での行為や、記録の残るベネズエラにおける人道に対する犯罪については、捜査を控えてきました。管轄権が及ばないという説明は用意されていますが、その管轄権の判断自体が選択的に用いられています。国際規範は、それに同意した国のみを拘束すべきです。そして同論考は、制裁の解除は重大な誤りであるとし、同盟国への働きかけと対外援助を通じた圧力までを政策として提案します。
出典: Ivana Stradner and John Yoo, "Should the US Use Sanctions to Influence the ICC?" (American Enterprise Institute, 2021年1月11日)
パレスチナの事態については、より具体的な争いがあります。パレスチナが国家性を満たすのか。国連総会決議のみを根拠に加入を受理してよかったのか。境界の確定が同意していない第三国であるイスラエルの権利の決定を伴わないのか。これらは、擁護する側が正面から争っている論点です。
出典: Eugene Kontorovich, "The Palestinian ICC Bid and U.S. Interests" (U.S. House Committee on Foreign Affairs, 2015年2月4日)
私は、これらの批判のうち事実に関する部分を否定しません。アフリカへの集中は事実です。管轄権の判断に選択の余地があることも、そのとおりです。パレスチナの国家性についての争いも、真剣なものです。
しかし、この批判は制裁を正当化しません。2つの理由があります。
第1に、批判の帰結が対応していません。裁判所の運用が偏っているという批判の適切な帰結は、締約国会議における制度改革の要求、管轄権に関する異議の申立て、そして規程16条による延期の要請です。いずれも制度の内側にあります。裁判官の預金を凍結することは、偏りを是正しません。偏りの向きを変えるだけです。
第2に、この批判を採るなら、制裁の対象は一貫していなければなりません。アフリカの事態のみを扱う裁判所が偏っているというなら、アフリカの事態を扱った裁判官も同じ扱いを受けるはずです。しかし制裁を受けたのは、米国およびイスラエルに関わる判断に関与した裁判官だけです。二重基準を批判する側の運用が二重基準になっています。
反論2「そもそも、あの裁判所は腐敗している」
国務省の声明は、ICCを「腐敗し(corrupt)」と表現しました。この非難にも、材料があります。
2026年7月24日に、カリム・カーン 検察官(当時)が性的不品行の申立てをめぐる締約国の投票によって罷免されました。ICCの検察官が罷免されたのは、これが初めてです。
出典: United Nations, "ICC Prosecutor removed from office" (United Nations, 2026年7月24日)
この事実は、重く受け止められるべきものです。私は、これを軽く扱うつもりはありません。
しかし、次の2点を指摘します。
第1に、カリム・カーン 検察官(当時)を罷免したのは締約国です。この事実が示すのは、制度が機能不全であることではありません。制度が自らを正す手続を持ち、それを実際に用いたということです。
第2に、時系列が合いません。カリム・カーン 検察官(当時)が制裁の対象に指定されたのは2025年2月13日であり、罷免の1年5か月前です。指定の理由は、不品行ではなく、イスラエルの当局者に対する逮捕状の請求でした。罷免は、制裁を事後に正当化する事情になりません。
「腐敗している」という非難は、判断の内容を理由としてその裁判所の裁判官を罰してよい、という結論を支えません。腐敗を理由とするのであれば、対象は腐敗した者であるはずです。実際に対象とされたのは、腐敗が問題とされていない裁判官9名です。
反論3「主権国家が自国の管轄内で誰と取引するかを決めるのは、当然の権限である」
これは、最も筋の通った反論です。前記第6章で紹介したとおり、報復として構成する余地はあります。
しかし、次の2点で成り立ちません。
第1に、前記第7章のとおり、この措置の効果は米国の管轄内にとどまっていません。欧州の金融機関による口座の閉鎖という形で、域外に及んでいます。自国の管轄内における裁量という説明では、この効果を説明できません。
第2に、目的が公然と述べられています。国務長官は、裁判所を「体系的に解体する」と述べました。自国の管轄内における取引の規制は、他国および国際機関の存立を左右する目的のために用いられたとき、もはや管轄内の規制ではありません。
反論4「米国の国民が同意していない裁判所によって裁かれるのは不当である」
この懸念は、理解できます。実際に、日本が同じ立場に置かれることも想定できます。
しかし、この投稿記事の議論は、その懸念を否定していません。前記第3章のとおり、非締約国国民に対する管轄権の当否について、この投稿記事は結論を出していません。
問題は、その懸念に対する手段の選び方です。ローマ規程16条は、安全保障理事会が捜査または訴追の延期を要請する手続を定めています。米国は、2002年および2003年に実際にこの手続を用いました。前記第3章のとおり、この手段が今日も確実に使えるとは言えません。しかしそれは、規程の内側の手段を試みなくてよい理由にはなりません。
反論5「制裁の効果は限定的である。実害は第三者の過剰な自主規制にすぎない」
この反論には、認めるべき部分があります。前記第7章のとおり、報告されている実害の多くは、米国の法令が直接に命じた結果ではなく、第三国の金融機関が二次的な指定を恐れて自主的に取引を打ち切った結果です。因果の帰属は、単純ではありません。
しかし、次の点が残ります。過剰遵守は偶然に生じるものではありません。大統領令14203号1条(a)(ii)(B)が支援を提供した外国人を指定できると定めているからこそ生じます。効果が第三者を経由することは、その効果を設計した者の責任を減らしません。
そして、実害は現に生じています。銀行口座の凍結と閉鎖、クレジットカードの停止、送金の遮断、電子メールおよびクラウドストレージへのアクセスの遮断が報告されています。ICCは、2025年10月31日に、事務用ソフトウェアを商用製品から公開されているものへ移行しました。
出典: Jennifer Tridgell, "Justice Recoded: Why It Matters That the International Criminal Court Embraced Open Source Software and Ditched Microsoft" (EJIL:Talk!, 2025年11月20日)
この移行の理由を制裁のみに帰することはできません。しかし、裁判所が業務の基盤を見直さざるを得ない状況に置かれていることは、事実です。
反論6「日本には、米国に反対する余裕がない」
これが日本国内で最も広く共有されている感覚だと、私は受け止めています。日米同盟は日本の安全保障の基軸であり、同盟国と対立することの費用は大きい、という判断です。
この判断の重さは、認めます。しかし、次の点を申し上げます。
第1に、この投稿記事が求めているのは、対立ではありません。締約国としての義務の履行です。共同声明への参加、協定の締結、国内の金融機関への指針の提示。いずれも、同盟関係を損なうことなく実行できます。79か国は既に共同声明を出し、そのうちの多くは米国の同盟国です。
第2に、逆の費用があります。日本が自国民である現職の国際裁判所長が資産凍結されても何も言わない国であることが確認されたとき、他の国の受け止めは変わります。日本人が国際機関の要職に就くことの価値は下がります。日本が国際的な規範形成の場で発言することの重みも下がります。
第3に、そして最も重要な点として、前記第14章のとおり、法の支配は日本にとって理念ではなく生存の条件です。同盟国であっても、法の支配を破ったときには破ったと言うことです。それを言えない国が他国に対して法の支配を求めることはできません。
反論7「筆者は国際法の専門家ではない」
そのとおりです。私は法律家でもなければ、国際法の研究者でもありません。
この投稿記事が引いた典拠は、いずれも書店で購入できるか、政府、大学および研究機関のWebサイトで無料で読めるものです。私が行ったのは、それらを読み、条文と声明を突き合わせ、日付と数字を確認したことだけです。
誤りがあればご指摘ください。訂正します。ただし、その指摘は、この投稿記事が挙げた典拠に即したものであってほしいと思います。
反論8「米国政府が公式に述べている理由は、管轄権への不同意である」
これは、擁護論の中核です。実際の言葉を引きます。
These individuals have directly engaged in efforts by the ICC to investigate, arrest, detain, or prosecute officials whose government has not consented to ICC jurisdiction.
(これらの個人は、ICCの管轄権に同意していない政府の当局者を捜査し、逮捕し、拘禁し、または訴追しようとするICCの取組に直接従事した。)
We will not tolerate its assault on state sovereignty.
(我々は、国家主権に対するその攻撃を容認しない。)
前記第3章のとおり、非締約国国民への管轄権の当否について、私はこの投稿記事で結論を出していません。争いのある論点だからです。
しかし、この理由付けには決定的な穴があります。同意していないのは、米国です。制裁を受けたのは、裁判官です。
不同意を理由とするなら、その帰結は「ICCの決定は米国を拘束しない」です。米国はそう主張できます。逮捕状の執行を拒否できます。ローマ規程16条による延期を安全保障理事会に求めることもできます。実際、2002年と2003年にそうしました。
不同意から出てこないのは、「だから相手の裁判官の預金を凍結してよい」という結論です。両者の間に論理の橋はありません。管轄権を争うことと、裁判官個人を罰することとは、別の行為です。
反論9「あれは腐敗したカンガルー法廷である」
この表現は、実際に使われています。
The International Criminal Court (ICC) is a corrupt and fatally politicized supranational court that has maliciously abused its authority and exceeded its mandate.
(ICCは、腐敗し、致命的に政治化された超国家的裁判所であり、その権限を悪意をもって濫用し、その負託を超えた。)
同じ日に、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ 首相もこう述べています。
The ICC has become a kangaroo court that cloaks its abuse of power in the language of international law while undermining the very principles of justice.
(ICCは、正義の原則そのものを掘り崩しながら、その権力の濫用を国際法の言葉で覆い隠すカンガルー法廷になった。)
ここで注意すべきは、評価語だけが並んでいることです。「腐敗」「致命的に政治化」「悪意をもって濫用」「カンガルー法廷」。いずれも、誤りの所在とその内容を示していません。
裁判所の判断が誤っていると主張するなら、示すべきは判断の誤りです。ローマ規程は上訴の手続を持ちます。管轄権への異議も、規程19条が定めています。誤りを示す手続が用意されている場面で、誤りを示さずに形容詞を並べ、その形容詞を根拠に相手の口座を凍結する。これは論証ではありません。
そして、逮捕状を発付した裁判官が「カンガルー法廷」の構成員であるなら、その裁判官が発付したロシアの大統領に対する逮捕状も、同じ「カンガルー法廷」の産物です。前記第12章のとおり、そちらへの制裁はありません。
反論10「ICCは左派NGOと独善的なグローバリストのネットワークである」
同じ国務長官は、寄稿でこう書いています。
The ICC is backed and run by a powerful network of leftist nongovernment organizations, smug globalists, and hostile Third World governments.
(ICCは、左派の非政府組織、独善的なグローバリスト、そして敵対的な第三世界の政府からなる強力なネットワークによって支えられ、運営されている。)
「敵対的な第三世界の政府」。ここに、この論法の性質が出ています。
ICCの締約国は125か国です。そのうち33か国がアフリカ、19か国がアジア太平洋、20か国が東欧、28か国がラテンアメリカおよびカリブ、25か国が西欧および「その他の国」の区分です。
出典: "The States Parties to the Rome Statute" (Assembly of States Parties, International Criminal Court)
日本は、そのうちの1か国です。この論法に従えば、日本は「敵対的な第三世界の政府」の側か、「独善的なグローバリスト」の側に分類されます。日本国政府が一貫して支持してきた裁判所を、そのように呼ぶ国が同盟国です。
なお、この寄稿の表題は「Why We're Dismantling the ICC(なぜ我々はICCを解体しつつあるのか)」です。解体は、比喩ではなく方針として述べられています。
反論11「アメリカ人が海の彼方へ連行されて裁かれることは、独立宣言が拒んだことである」
国務長官は、制裁の当日にこう書いています。
In honor of our Declaration of Independence, Americans will never be transported beyond seas to be tried for pretend offenses.
(我々の独立宣言に敬意を表し、アメリカ人が架空の罪のために海の彼方へ連行されて裁かれることは決してない。)
「海の彼方へ連行されて裁かれる」は、アメリカ独立宣言がジョージ3世に対して掲げた告発条項の文言です。
引用としては正確です。しかし、引用元の文書が何を求めていたかを見てください。独立宣言が糾弾したのは、被告人を本来の裁判地から引き離し、法によらない手続で裁くことでした。求められていたのは、裁判からの自由ではありません。適正な裁判です。
そして、赤根智子 裁判官は誰も海の彼方へ連行していません。連行されていない人物が、連行していない裁判官の資産を凍結しました。独立宣言を引くのであれば、比較すべき対象は逆です。前記第11章のとおり、司法手続によらずに司法機関の構成員を罰する行為こそが、独立宣言の起草者が権力の濫用として列挙したものに近い。
反論12「ICCには陪審裁判も、伝聞証拠の排除もない。手続保障が足りない」
これは、評価語ではなく制度の指摘です。真剣に扱う価値があります。ヘリテージ財団のブレット・シェーファー 上席研究員は、ローマ規程の採択直後からこれを論じてきました。
most likely would not provide many of the basic legal rights of Americans, such as a trial by jury, forbidding trials in absentia, and the right of the accused to confront his accuser
(陪審による裁判、欠席裁判の禁止、被告人が告発者と対面する権利など、アメリカ人の基本的な法的権利の多くを提供しないであろう。)
この指摘には、答えるべき部分があります。陪審制を採らない刑事裁判所は世界に多数あり、日本の裁判所もその1つです。伝聞証拠の扱いは法域によって異なります。制度の違いは、それ自体では手続保障の欠如を意味しません。
しかし、より重要なのは次の点です。この批判が正しいとして、そこから出てくる帰結は「アメリカ人をICCに引き渡さない」であって、「ICCの裁判官の口座を凍結する」ではありません。
そして、皮肉なことに、この批判は制裁そのものに、より正確に当てはまります。前記第8章のとおり、今回の指定に先立つ告知はなく、聴聞もなく、独立した判断者による事前の審理もありません。手続保障の欠如を理由として、手続保障のない措置がとられました。
反論13「協力する国も制裁する。日本も例外ではない」
これは仮定ではありません。実際に述べられています。
リンジー・グラハム 上院議員は、逮捕状の執行に協力する国について、こう述べました。
So, to any ally, Canada, Britain, Germany, France, if you try to help the ICC, we're going to sanction you. (中略) If you help the ICC, we're going to crush your economy.
(だから、いかなる同盟国であれ、カナダ、イギリス、ドイツ、フランス、もしICCを助けようとするなら、我々は貴国に制裁を科す。(中略)ICCを助けるなら、我々は貴国の経済を叩き潰す。)
そして、日本は名指しされています。
The United States should warn countries that contribute substantially to the ICC (中略) that they cannot expect American troops to protect any nation seeking to prosecute and imprison them.
(米国は、ICCに実質的な拠出を行っている国々に対し、自国の兵士を訴追し投獄しようとする国を米軍が守ることは期待できないと警告すべきである。)
同論考は、ICCへの主要な拠出国として日本、イギリス、フランスを挙げています。
日本の安全保障を、ICCへの拠出と引き換えに秤にかける。これが提案として公表されています。この提案が現実になれば、日本は選択を迫られます。締約国としての義務か、同盟の保護か。
私は、この構図こそが問題だと考えます。法の支配とは、こうした取引が成り立たないようにする仕組みのことです。取引が成り立つ世界では、日本は常に弱い側に立ちます。前記第14章のとおりです。
反論14「米国の立場は一貫している。異常視すべきではない」
日本語圏で最も丁寧に述べられている擁護論は、次のものです。経済評論家の朝香豊は、こう書いています。
それでもこれをトランプ政権が異常だからだと単純に考えるのは、避けてもらいたいところだ
同記事は、クリントン政権の署名から現在までの米国の対ICC政策を辿り、その一貫性を示します。
私は、この指摘の事実部分を争いません。米国がICCの管轄権に懸念を持ち続けてきたことは、そのとおりです。1998年のローマ会議で反対票が投じられ、2002年にアメリカ役務員保護法が制定され、二国間免除協定が結ばれてきました。
しかし、一貫していることは、正しいことではありません。
そして、一貫していません。管轄権を争うという方針は一貫しています。裁判官個人の資産を凍結するという手段は、2020年6月の大統領令13928号が最初です。それ以前の30年近く、米国は同じ懸念を、規程16条の延期要請、二国間協定、拠出の停止という手段で表明してきました。手段は変わりました。
変わったのは、争いの場を裁判所の外へ移したことです。管轄権を争うのは、法の内側の行為です。裁判官の生活を破壊するのは、法の外側の行為です。前者が30年続いたことは、後者を正当化しません。
第16章 ICCへの批判が正当であることと、制裁が許されることとは、別です
ここまで、擁護論に個別に答えてきました。この章では、擁護論の中でも最も強い部分を、擁護する側よりも強く提示します。そのうえで、それでも制裁が正当化されないことを述べます。
批判は正当です。ここは争いません
ICCに対する批判は、米国だけのものではありません。締約国からも、アフリカの研究者からも、出ています。そして、その多くは正当です。
第1に、有罪判決が極端に少ない。
The ICC has handled hundreds of cases, achieving only 13 convictions and 4 acquittals
(ICCは数百件の事件を扱い、有罪判決13件、無罪判決4件を得たにすぎない。)
第2に、有罪判決がすべてアフリカの事態から出ている。
From its pioneering judgement in 2012 to the most recent in 2025, all ICC convictions for Rome Statute crimes have arisen from situations in Africa.
(2012年の先駆的な判決から2025年の最新のものまで、ローマ規程上の犯罪に関するICCの有罪判決はすべてアフリカの事態から生じている。)
第3に、締約国の離脱が続いている。
2026年7月に、チャド、ベネズエラ、ブルキナファソ、マリおよびニジェールが離脱を表明しました。チャド政府は、裁判所の実効性が「限定的で不均一(limited and uneven)」であり、「政治的な道具化(political instrumentalisation)」があると批判しています。
出典: "Five Countries Announce Departure From International Criminal Court" (The Algemeiner, 2026年7月28日)
第4に、検察官が罷免された。
2026年7月24日に、締約国会議はカリム・カーン 検察官(当時)を賛成82、反対13、棄権15で罷免しました。
第5に、執行力がない。
逮捕状を出しても、締約国が協力しなければ執行されません。中国は非締約国であり、安全保障理事会による付託も中国の拒否権によって阻まれます。2020年のウイグル人側の申立ては捜査に至りませんでした。
この点は、日本語でも指摘されています。米外交・安全保障専門誌『ディプロマット』東京特派員の高橋浩祐は、これらの制度的な弱点を挙げたうえで、それと裁判官個人への制裁とは別問題であると論じています。
出典: 高橋浩祐「ICC赤根所長に米制裁 日本政府はなぜ強く抗議しないのか」(Yahoo!ニュース エキスパート、2026年8月20日)
以上の5点を、私は否定しません。ICCは、不完全な裁判所です。
それでも、制裁は正当化されません
理由は3つです。
第1に、批判の帰結が対応していません。
有罪判決が13件しかないという批判の帰結は、手続の迅速化であり、証拠収集能力の強化であり、締約国の協力義務の履行です。アフリカ偏重という批判の帰結は、他の地域の事態への着手です。執行力がないという批判の帰結は、締約国が協力することです。
裁判官の銀行口座を凍結することは、このいずれも実現しません。
有罪判決は増えません。地域の偏りは是正されません。執行力は上がりません。下がります。制裁を恐れて協力を控える国が出るからです。批判が正しいとすれば、制裁は批判された欠陥を悪化させます。
第2に、批判する側が、批判の基準を自らに適用していません。
アフリカ偏重を批判するのであれば、アフリカの事態を扱った裁判官も同じ扱いを受けるはずです。実際に制裁を受けたのは、米国およびイスラエルに関わる判断に関与した裁判官だけです。前記第12章のとおり、ロシアの大統領に対する逮捕状に関与した裁判官への制裁はありません。
選択的正義を批判する手段が、選択的でした。
第3に、自浄が働いた事実が、逆の証拠として扱われています。
カーン検察官の罷免は、ICC批判の材料として使われています。しかし、罷免したのは締約国です。ノルウェー政府は、この点をこう述べました。
An institution accused of answering to no one has just done what few international bodies ever have and held one of the most powerful persons inside it to account.
(誰にも責任を負わないと非難されてきた機関が、国際機関がめったに行わないこと、すなわち内部で最も強力な人物の1人に責任を取らせることを、いま行った。)
An institution that cannot discipline itself hands its adversaries their strongest weapon. One that can, takes it away.
(自らを律することのできない機関は、敵対者に最強の武器を手渡す。律することのできる機関は、それを取り上げる。)
罷免は、制度が機能した証拠です。それを機能不全の証拠として引くのは、逆立ちしています。
区別すべきものを区別します
朝日新聞は社説で、この区別を明確にしています。ICCへの正当な批判と、裁判所を力で潰すこととは、次元が異なる、と。
出典: 一田和樹「赤根智子ICC所長への米国制裁をめぐる報道比較」(Webサイト「note」、2026年8月21日)による紹介
私は、この区別に同意します。そして、区別の意味をもう一段はっきりさせます。
批判は、制度をよくするために行われます。制裁は、制度をなくすために行われています。
これは私の解釈ではありません。目的が公然と述べられています。
Our whole of government campaign to dismantle the threat posed by the ICC to national sovereignty will be sweeping (中略) The Trump Administration stands ready to take additional measures, if necessary, to systematically dismantle the ICC until it is incapable of threatening American sovereignty.
(ICCが国家主権にもたらす脅威を解体するための我々の政府全体の取組は、包括的なものとなる。(中略)トランプ政権は、必要であれば、ICCがアメリカの主権を脅かすことができなくなるまで体系的に解体するため、追加の措置をとる用意がある。)
批判する者は、批判の対象が存続することを前提とします。存続しなければ、批判は届きません。解体を目的とする行為は、批判ではありません。
第17章 この裁判所は、80年の犠牲の上に建っています
ここまで、条文と声明を突き合わせてきました。この章では、条文の手前にあるものを書きます。
ICCは、理論から生まれた組織ではありません。数えられた死者の上に建っています。
1945年、ニュルンベルク
始まりは、報復を選ばなかったことでした。
ニュルンベルク国際軍事裁判の首席検察官ロバート・ジャクソンは、1945年11月21日の冒頭陳述でこう述べました。
That four great nations, flushed with victory and stung with injury stay the hand of vengeance and voluntarily submit their captive enemies to the judgment of the law is one of the most significant tributes that Power has ever paid to Reason.
(勝利に沸き立ち、傷を負わされた4つの大国が、復讐の手を押しとどめ、捕らえた敵を自らの意思で法の裁きに委ねる。これは、力が理性に対して払った最も意義深い敬意の1つである。)
「力が理性に対して払った敬意」。この一文が、国際刑事司法の出発点です。
勝者は、負けた側を裁判なしに処刑できました。歴史上、繰り返しそうされてきました。1945年に選ばれたのは、そうしないことでした。押しとどめられたのは、復讐の手です。
いま起きているのは、その逆の運動です。法の裁きを、力で押しとどめようとしています。
1946年、東京
翌1946年1月19日、極東国際軍事裁判所条例が公布されました。1条はこう定めます。
The International Military Tribunal for the Far East is hereby established for the just and prompt trial and punishment of the major war criminals in the Far East. The permanent seat of the Tribunal is in Tokyo.
(極東における重大な戦争犯罪人の公正かつ迅速な裁判および処罰のため、ここに極東国際軍事裁判所を設立する。裁判所の常設の所在地は東京とする。)
この裁判の評価は、日本で分かれています。事後法であるという批判、勝者の裁きであるという批判、そして裁判所の構成そのものへの批判があります。私は、ここでその評価に立ち入りません。
しかし、1点だけ指摘します。争いのある裁判であっても、それは裁判でした。起訴状があり、弁護人がつき、証拠調べがあり、判決が書かれました。手続がありました。
今回、赤根智子 裁判官に対して行われたのは、そのいずれでもありません。起訴状はありません。弁護の機会はありません。証拠調べはありません。判決もありません。あるのは、リストへの掲載だけです。
東京裁判を「勝者の裁き」と批判する立場に立つ人ほど、この点を重く見るはずです。批判の理由は、手続が足りなかったことにあったからです。手続が足りない裁判を批判した論理は、指定に先立つ手続が1つもない措置を擁護できません。
念のため、正確を期します。指定のあとには、手続があります。米国財務省の外国資産管理室(OFAC)は、31 C.F.R. 501.807に基づき、指定の解除を求める行政上の申立てを受け付けています。
出典: "Filing a Petition for Removal from an OFAC List" (Office of Foreign Assets Control)
しかし、それは指定のあとです。処理に要する期間は事案により異なり、相当に長期となり得ると、同室自身が述べています。指定に先立つ告知も、反論の機会も、証拠の開示もありません。効果は指定の日から生じ、申立てが係属している間も続きます。
手続がないのではありません。順序が逆です。先に不利益を課し、あとから争わせる構造です。裁判は、これを許しません。
1993年と1994年、二度の失敗
ニュルンベルクと東京のあと、常設の裁判所は作られませんでした。冷戦が始まったからです。
再び国際的な刑事法廷が作られたのは、48年後です。
旧ユーゴスラビア。1993年5月25日、国際連合安全保障理事会は決議827により旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(ICTY)を設置しました。
ここで、時系列を正確に述べます。この裁判所は、紛争が終わったあとに作られたのではありません。紛争の最中に作られました。紛争は1991年に始まり、設置後も続き、1995年まで終わりませんでした。
裁判所自身は、この紛争の全体についてこう記述しています。
more than 100,000 people were killed and two million people, more than half the population, were forced to flee
(10万人を超える人々が殺害され、人口の半数を超える200万人が避難を強いられた。)
この数字は、紛争全体を通じたものです。設置の時点までの犠牲者の数ではありません。
そして、次の事実が重い意味を持ちます。スレブレニツァについて、同裁判所はこう認定しています。
the Tribunal has determined that the number of Bosnian men and boys killed in Srebrenica is between 7,000 and 8,000.
(裁判所は、スレブレニツァで殺害されたボスニアの男性および少年の数を7,000人から8,000人の間と認定した。)
1995年7月11日から19日までの、9日間の数字です。
裁判所が設置されてから、2年後の出来事です。
これは、この投稿記事にとって都合のよい事実ではありません。裁判所があっても、スレブレニツァは起きました。国際刑事司法に犯罪そのものを止める力があるという主張は、この事実の前で成り立ちません。
私が申し上げるのは、別のことです。裁判所がなければ、7,000人から8,000人という認定は残りませんでした。誰が命じ、誰が実行したかも、記録されませんでした。後記第20章のとおり、執行力を欠く法において、記録は残る数少ないものの1つです。裁判所は、それを作りました。
ルワンダ。1994年11月8日、安全保障理事会は決議955によりルワンダ国際刑事裁判所(ICTR)を設置しました。こちらは、事後です。ジェノサイドは1994年4月から7月にかけて行われ、裁判所はその4か月後に作られました。国際連合は、その背景をこう記述しています。
In just one hundred days, more than one million women, men, and children were murdered—primarily Tutsi, but also Hutu and others who opposed the genocide.
(わずか100日の間に、100万人を超える女性、男性および子どもが殺害された。主にツチであるが、フツおよびジェノサイドに反対したその他の人々も含まれる。)
なお、国際連合の資料には「80万人を超える(over 800,000)」という表記もあります。1990年代から2000年代にかけて用いられてきた数値です。
出典: Michael P. Scharf, "Statute of the International Criminal Tribunal for Rwanda" (United Nations Audiovisual Library of International Law)
80万人か、100万人か。この幅そのものが、何が起きたかを語っています。数え切れなかったのです。
そして、ICTYは、自らの位置をこう述べています。
The ICTY was the first war crimes court created by the UN and the first international war crimes tribunal since the Nuremberg and Tokyo tribunals.
(ICTYは、国連が創設した最初の戦争犯罪法廷であり、ニュルンベルクおよび東京の法廷以来、最初の国際戦争犯罪法廷であった。)
ニュルンベルク、東京、そして旧ユーゴスラビアとルワンダ。この系譜は、国際連合の機関自身が述べているものです。日本の東京は、その2番目に置かれています。
1998年、ローマ
常設の裁判所を作ろうという合意は、この2つの事後的な裁判所のあとに生まれました。
1998年6月15日から7月17日まで、ローマで国際連合全権外交使節会議が開かれました。160か国が参加しました。7月17日、規程は賛成120、反対7、棄権21で採択されました。
出典: "UN Diplomatic Conference Concludes in Rome with Decision to Establish Permanent International Criminal Court" (United Nations Press Release L/2889, 1998年7月20日)
そのローマ規程の前文は、こう始まります。
Conscious that all peoples are united by common bonds, their cultures pieced together in a shared heritage, and concerned that this delicate mosaic may be shattered at any time,
Mindful that during this century millions of children, women and men have been victims of unimaginable atrocities that deeply shock the conscience of humanity,
Recognizing that such grave crimes threaten the peace, security and well-being of the world,
Affirming that the most serious crimes of concern to the international community as a whole must not go unpunished and that their effective prosecution must be ensured by taking measures at the national level and by enhancing international cooperation,
Determined to put an end to impunity for the perpetrators of these crimes and thus to contribute to the prevention of such crimes,
(すべての人民が共通の絆によって結ばれ、その文化が共有された遺産として編み合わされていることを意識し、この繊細なモザイクがいつ何時砕かれるかもしれないことを憂慮し、
今世紀の間に、数百万の子ども、女性および男性が、人類の良心を深く揺るがす想像を絶する残虐行為の犠牲者となってきたことを心に留め、
そのような重大な犯罪が世界の平和、安全および福祉を脅かすことを認識し、
国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪が処罰されないままであってはならず、その実効的な訴追が国内的措置および国際協力の強化によって確保されなければならないことを確認し、
これらの犯罪の実行者の不処罰に終止符を打ち、もってそのような犯罪の防止に寄与することを決意し、)
「数百万の子ども、女性および男性」。
条文の第1段落に置かれているのは、法理論ではありません。数です。そして、その数は人の数です。
「人類の良心を深く揺るがす(deeply shock the conscience of humanity)」。この一文を書くために、20世紀が費やされました。
125か国が、いまも締約国です
2026年現在、ローマ規程の締約国は125か国です。アフリカ33、アジア太平洋19、東欧20、ラテンアメリカおよびカリブ28、西欧および「その他の国」の区分25。
出典: "The States Parties to the Rome Statute" (Assembly of States Parties, International Criminal Court)
日本は、そのうちの1か国です。そして、最大の資金拠出国です。
前記第16章のとおり、2026年7月に5か国が離脱を表明しました。ハンガリーも2025年に脱退を通告しました。しかし、発効の4日前に撤回しています。
出典: 国際連合寄託者通告 C.N.225.2025.TREATIES-XVIII.10(2025年6月3日)および C.N.180.2026.TREATIES-XVIII.10(2026年5月29日)
積み上げられたものと、削られているもの
整理します。
1945年 復讐の手を押しとどめ、法に委ねる選択がなされた
1946年 東京にも裁判所が置かれた
1993年 紛争の最中に裁判所が作られ、それでもなお、その2年後にスレブレニツァが起きた
1994年 100日で100万人が殺されたあとで、もう1つ作られた
1998年 160か国が集まり、120か国の賛成で常設の裁判所が決まった
2002年 ローマ規程が発効した
2026年 その裁判所の所長が資産凍結の対象へ個人として指定された
80年かかりました。
この裁判所は、思いつきで作られたのではありません。作られるまでに、そして作られたあとにも、人が死んでいます。10万人、100万人、8,000人。数えられた人と、数え切れなかった人がいます。ローマ規程の前文が「数百万」としか書けなかったのは、正確な数が分からないからです。
その積み重ねの上に立つ人物が、その職務を行ったことを理由に、リストに載せられました。
指定に先立つ告知はありません。聴聞もありません。争えるのは、指定されたあとです。前記第8章のとおりです。
80年かけて積み上げたものを崩すのに、必要だったのは1つの指定だけでした。
不完全であることは、壊してよい理由になりません
前記第16章のとおり、この裁判所は不完全です。有罪判決は13件です。すべてアフリカの事態から出ています。執行力がありません。検察官が罷免されました。
そのすべてを認めます。
しかし、不完全さは、80年の積み重ねを消してよい理由にはなりません。不完全な裁判所は、裁判所がない状態より優れています。1945年に4つの大国が押しとどめたのは、完全な裁判への確信からではありません。裁判をしないことのほうが悪いという判断からです。
そして、裁判所が壊れて困るのは、力を持たない側です。前記第14章のとおりです。ローマ規程の前文が数えた「数百万」は、大国の国民ではありませんでした。守られなかった人々です。
その人々のために作られた仕組みを、大国が壊しています。
第18章 日本がICCを支持してきた理由――東京裁判の教訓
前記第17章では、この裁判所が80年の犠牲の上に建っていることを述べました。この章では、その80年のうち、日本が引き受けた部分について述べます。
なぜ日本はICCを支持してきたのか。理由は、公式に記録されています。東京裁判です。
パール判事が述べたこと
極東国際軍事裁判において、インドから派遣されたラダ・ビノード・パール 判事は、被告人の全員について無罪の意見を書きました。11か国から選ばれた11人の裁判官のうち、ただ1人です。
その意見書は、1,235ページに及びます。原本は英語で、国立国会図書館デジタルコレクションで公開されています。
出典: "Judgement of Justice Pal" pp. 1-1049、"Judgement of Justice Pal" pp. 1050-1235 (International Military Tribunal for the Far East, International Prosecution Section、1948年11月、国立国会図書館デジタルコレクション)
その理由は、道義ではありません。法の構造についての批判でした。
パール判事が問題としたのは、「平和に対する罪」および「人道に対する罪」が行為の時点で確立した国際法上の犯罪ではなかったという点です。行為の後に作られた法によって処罰することは、罪刑法定主義に反する。これが批判の中心にあります。
ここで、誤解を避けるために明示します。パール判事は、残虐行為が行われなかったと述べたのではありません。南京における事実について、証拠は圧倒的であると述べています。バターンにおける行為についても、真に憎むべき残虐であると評しています。その上で、それらの行為を実際に行った者がこの法廷にいるかという点を争いました。
「日本は何もしていない」という主張ではありません。「この法廷は、法廷としての条件を満たしていない」という主張です。
パール判事の意見の結びは、広く知られています。原本は英語であり、次に掲げるのは日本語で流布している訳文です。
時が熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また、理性が虚偽からその仮面を剥ぎとったあかつきには、そのときこそ、正義の女神は、その秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くに、そのところを変えることを要求するだろう。
「正義の女神は、その秤を平衡に保ちながら」。この一文が求めているのは、日本の免責ではありません。秤が水平であることです。
そして、秤が水平でなかった理由は、はっきりしています。裁いたのは勝者であり、裁かれたのは敗者だけだったからです。法は戦争の後に作られ、適用される対象は初めから決まっていました。
日本政府は、東京裁判の教訓としてICCを説明してきました
パール判事の批判に対する制度上の答えが、ICCです。これは私の解釈ではありません。日本国政府自身が、そのように説明してきました。
2007年4月13日の参議院本会議で、犬塚直史 参議院議員は次のように述べています。
第二次世界大戦後、事後法による勝者の裁きのそしりを免れることができないニュルンベルクと東京裁判の反省を踏まえて、国連のILCで議論が重ねられ
そして、常設の国際刑事裁判所を「人類が初めて手にした」ものと位置付けました。
これに対する麻生太郎 外務大臣の答弁は、決定的です。
事後法の禁止に反するなど、法的な諸問題に関しいろいろな議論がある
外務大臣が東京裁判について事後法の問題があることを国会で認めています。そのうえで、ローマ規程についてこう述べます。
同規程には、罪刑法定主義、刑事責任の不遡及を始めとする刑法の一般原則が規定
我が国のICC加盟は歴史的に大きな意義を有するものと考えております
論理は、明快です。東京裁判には事後法の問題があった。ローマ規程には罪刑法定主義と不遡及が置かれている。だから日本が加盟することには歴史的意義がある。
この説明は、国内向けだけのものではありません。2010年に日本国政府とマレーシア政府などが共催したICCに関する法律専門家会合の報告書には、外務省の担当者の説明として、次の記録があります。
the particular reason why Japan supported the ICC was derived from the lessons it learned from the International Military Tribunal for the Far East.
(日本がICCを支持した特別な理由は、極東国際軍事裁判から得た教訓に由来するものであった。)
日本は、東京裁判を経験した国として、ICCを支持すると国際的に説明してきました。
この整理は、筑波大学の東野篤子 教授が日本の政策史をたどって示したものです。
出典: 東野篤子「『勝者の裁き』を繰り返さないために――日本はなぜICCを支持してきたのか」(Webサイト「東野篤子が読み解くヨーロッパ国際政治」、2026年8月23日)
ローマ規程は、その批判に条文で答えています
パール判事が突いた点に、ローマ規程は条文で答えています。
規程22条1項は、次のように定めます。
A person shall not be criminally responsible under this Statute unless the conduct in question constitutes, at the time it takes place, a crime within the jurisdiction of the Court.
(何人も、問題となる行為が、それが行われた時に裁判所の管轄権の範囲内にある犯罪を構成する場合でなければ、この規程に基づいて刑事上の責任を負わない。)
同じ条の2項は、犯罪の定義を厳格に解釈し、類推によって拡張してはならないこと、そして疑義があるときは捜査、訴追または有罪の判決を受ける者に有利に解釈すべきことを定めます。
これは、パール判事が東京裁判について述べたことと、正面から対応しています。
同じ構造は、ほかの条文にもあります。11条は、この規程の効力発生後に行われた犯罪についてのみ管轄権を有すると定めます。23条は、法律なければ刑罰なし。24条は、刑事責任の不遡及です。
東京裁判型の順序は、戦争、勝者による法廷の設置、敗者の裁き、でした。
ICC型の順序は、平時における条約の作成、犯罪と刑罰と手続と管轄権の事前の確定、そして将来の行為への適用です。
順序が逆です。そして、この逆転こそ、パール判事の批判に対する答えです。
加盟を実現したのは、第一次安倍内閣でした
もう1つ、記録しておくべき事実があります。
日本がローマ規程を国会で承認したのは2007年4月27日、加入書を寄託したのは同年7月17日、締約国となったのは同年10月1日です。第一次安倍晋三内閣、麻生太郎 外務大臣の時代です。
そして、国会の承認は超党派でした。衆議院では全会一致、参議院本会議では196対0です。
出典: 東野篤子「『勝者の裁き』を繰り返さないために――日本はなぜICCを支持してきたのか」(Webサイト「東野篤子が読み解くヨーロッパ国際政治」、2026年8月23日)
反対は、1票もありませんでした。
外務省は、加入に際して、ICC加盟が「価値の外交」の一環としての「法の支配」の推進に寄与すると位置付けています。
この「価値の外交」という語には、出所があります。
「価値の外交」と「自由と繁栄の弧」――2006年11月30日
ICC加盟の5か月前です。2006年11月30日に、麻生太郎 外務大臣は日本国際問題研究所のセミナーで講演を行いました。題名は「「自由と繁栄の弧」をつくる 拡がる日本外交の地平」です。
その講演で、外務大臣は日本外交に2つの柱を立てました。
第一に、民主主義、自由、人権、法の支配、そして市場経済。そういう「普遍的価値」を、外交を進めるうえで大いに重視してまいりますというのが「価値の外交」であります。
第二に、ユーラシア大陸の外周に成長してまいりました新興の民主主義国。これらを帯のようにつなぎまして、「自由と繁栄の弧」を作りたい、作らねばならぬと思っております。
「民主主義、自由、人権、法の支配、そして市場経済」。この5つが「普遍的価値」として名指しされ、それを重視することが「価値の外交」と定義されました。
そして、その5か月後に、日本はICCへ加盟しています。同じ内閣です。同じ外務大臣です。
偶然の並びではありません。「法の支配」を普遍的価値として掲げた外務大臣がその5か月後に、法の支配を国際刑事司法において実現する裁判所へ加盟する条約の承認を国会へ求め、東京裁判の教訓を理由として説明しました。ICC加盟は、「価値の外交」の具体的な成果として位置付けられた事業です。
「自由で開かれたインド太平洋」――2016年8月27日
この系譜は、第一次安倍内閣で終わりませんでした。
2016年8月27日に、ケニアのナイロビで開かれた第6回アフリカ開発会議(TICAD)において、安倍晋三 内閣総理大臣が基調演説を行いました。
世界に安定,繁栄を与えるのは,自由で開かれた2つの大洋,2つの大陸の結合が生む,偉大な躍動にほかなりません。
そして、日本が負う責任について、こう述べます。
日本は,太平洋とインド洋,アジアとアフリカの交わりを,力や威圧と無縁で,自由と,法の支配,市場経済を重んじる場として育て,豊かにする責任をにないます。
これが「自由で開かれたインド太平洋」の出発点です。
「力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場」。
この一句をいま起きていることと並べます。力によって、威圧によって、法の支配を担う裁判官が罰せられています。日本の総理大臣が10年前に「無縁で」と述べた2つのものが、いま国際刑事司法の中心へ持ち込まれています。
20年の系譜と、その帰結
年表にします。
2006年11月30日 麻生太郎 外務大臣が「価値の外交」と「自由と繁栄の弧」を提唱しました。普遍的価値として「民主主義、自由、人権、法の支配、そして市場経済」を挙げています
2007年4月27日 同じ内閣、同じ外務大臣の下で、ローマ規程が国会で承認されました。参議院本会議は196対0
2013年12月17日 『国家安全保障戦略』の初版が、普遍的価値とルールに基づく国際秩序の維持・擁護を国益として明記しました
2016年8月27日 安倍晋三 内閣総理大臣が「力や威圧と無縁で、自由と、法の支配、市場経済を重んじる場」を掲げました
2022年12月16日 『国家安全保障戦略』が、普遍的価値と国際法に基づく国際秩序の維持・擁護を、主権および経済と並ぶ第3の国益として掲げました
2026年1月7日 高市早苗 内閣総理大臣が、ICCと赤根智子 裁判官を「力強く支援していく」と述べました
2026年8月19日 「大変残念です」
20年の系譜は、ここで途切れたと私は考えます。
前記第14章のとおり、『国家安全保障戦略』は法の支配を理念としてではなく国益として掲げています。国益とは、守るべきものです。そして、この20年の系譜において、法の支配は一貫して普遍的価値の中核に置かれてきました。2006年の「価値の外交」でも、2016年のインド太平洋でも、2013年と2022年の『国家安全保障戦略』でも、同じ位置にあります。
ICCは、その系譜の一部です。外部に置かれた別の課題ではありません。日本が20年かけて掲げてきた看板の具体的な中身の1つです。
したがって、ICCを見捨てることは、外交上の1つの判断を見送ることではありません。20年にわたって掲げてきた看板を最も試される場面で降ろすことです。
そして、この点には見落とされやすい含意があります。「価値の外交」も「自由と繁栄の弧」も「自由で開かれたインド太平洋」も、いわゆる保守の政権が掲げたものです。ICC加盟も同じです。この系譜を守ることは、日本の保守にとって外在的な課題ではありません。自らが20年かけて築いたものを維持するかどうかという、内在的な課題です。
東京裁判を批判する立場こそ、ICCを守る理由を持ちます
ここから、1つの帰結が出てきます。
東京裁判への批判の核心を次の3点と理解するとします。
[1] 勝った国が負けた国を、自らの定めた基準で裁いてはならない
[2] 犯罪と刑罰は、行為の前に定めておかなければならない
[3] 司法は、政治権力から独立していなければならない
この3点を掲げるなら、その帰結は国際刑事司法の否定ではありません。勝敗と独立に、事前に成立した、恒久的な法制度を作ることです。
そして、それがICCです。
東京裁判を「事後法による勝者の裁き」として批判してきた立場こそ、ICCを守る最も強い理由を持ちます。批判の内容が正しいのであれば、その批判が求めていたものは、まさにICCが提供しているものだからです。
そして、いま起きていること
その裁判所の所長が判断を下したことを理由として、大国から個人として罰せられています。
この構図を、パール判事が示した基準へ当てはめます。
秤は、水平でしょうか。
罰しているのは、その裁判所の管轄権に服することを拒んだ国です。罰せられているのは、その裁判所の裁判官です。ローマ規程の締約国は125か国あり、米国はその1つではありません。規程に従わない立場を選んだ国が規程に従う者を罰しています。
適用されているのは、行為の前に定められた法でしょうか。
前記第8章のとおり、指定の根拠とされた大統領令14203号は2025年2月6日に署名されました。一方、2025年6月5日に指定された裁判官のうち2名について示された理由は、2020年3月5日の決定です。5年近く前の職務行為が後から作られた根拠によって不利益の理由とされています。
裁いているのは、独立した司法機関でしょうか。
裁判所は関与していません。国務長官が指定を決定し、財務省が実施します。罪名の特定も、告知も、聴聞もありません。
勝者による裁き。事後の基準。司法によらない処断。
パール判事が東京裁判について指摘した3つの欠陥がそのまま揃っています。そして今回それを行っているのは、東京裁判で裁く側にいた国です。裁かれているのは、その批判を制度によって乗り越えるために作られた裁判所において所長を務める日本人です。
東京裁判を批判しながら、この措置を容認することはできません。両立させるには、「勝者の裁きは悪い。ただし、勝つのが自国の同盟国であるときを除く」と言わなければなりません。それは、批判ではありません。立場の表明です。
パール判事が求めたのは、秤が水平であることでした。いま傾いているのは、80年前と同じ方向です。
第19章 米国は、この秩序を作った国です
前記第18章では、日本がなぜICCを支持してきたのかを述べました。この章では、米国がこの秩序について何をしてきたのかを述べます。
結論を先に置きます。いま国際刑事司法を解体しようとしている国は、戦後の国際秩序を設計した国です。
1941年、大西洋憲章
出発点は、1941年8月14日です。米国のフランクリン・ローズヴェルト 大統領と英国のウィンストン・チャーチル 首相が共同宣言を発しました。大西洋憲章です。
その第8項は、次のように述べます。
they believe that all of the nations of the world, for realistic as well as spiritual reasons must come to the abandonment of the use of force. Since no future peace can be maintained if land, sea or air armaments continue to be employed by nations which threaten, or may threaten, aggression outside of their frontiers, they believe, pending the establishment of a wider and permanent system of general security, that the disarmament of such nations is essential.
(両者は、現実的な理由からも精神的な理由からも、世界のすべての国が武力の行使の放棄に至らなければならないと信ずる。国境の外への侵略を脅かし、または脅かしうる国々が陸海空の軍備を用い続けるならば、将来のいかなる平和も維持され得ないのであるから、両者は、より広範かつ恒久的な一般的安全保障の体制が確立されるまでの間、そのような国々の軍備縮小が不可欠であると信ずる。)
「武力の行使の放棄」。「より広範かつ恒久的な一般的安全保障の体制」。
この2つの語が国際連合の設計図になりました。そして、それを書いた一方は、米国の大統領です。
1945年、サンフランシスコ
1945年4月25日から6月26日まで、サンフランシスコで国際機構に関する連合国会議が開かれました。50か国が参加し、国際連合憲章が採択されます。憲章は、同年10月24日に効力を生じました。
出典: United Nations, "History of the UN" (United Nations)
開催地は、米国です。
そして、ここに1つの対比があります。
国際連盟を提唱したのは、米国のウッドロウ・ウィルソン 大統領でした。しかし、米国は国際連盟に加盟しませんでした。上院がヴェルサイユ条約の批准を拒んだためです。設計した国が入らないまま出発した機構のたどった経過は、歴史のとおりです。
国際連合が国際連盟とは比較にならない規模へ発展した理由は、複数あります。しかし、その1つが、米国が今回は中にいたことであった点は、否定できません。
ニュルンベルクの首席検察官は、現職の連邦最高裁判所判事でした
前記第17章で引いたロバート・ジャクソンの冒頭陳述について、1つ補います。
この人物の当時の職は、米国連邦最高裁判所の判事です。1945年5月2日に、ハリー・トルーマン 大統領が署名した大統領令9547号は、次のように定めています。
Associate Justice Robert H. Jackson is hereby designated to act as the Representative of the United States and as its Chief of Counsel
(陪席裁判官ロバート・H・ジャクソンを、ここに米国の代表およびその首席法律顧問として行動するよう指定する。)
米国は、自国の最高裁判所の現職判事を国際刑事司法の出発点へ送り出しました。
そのジャクソンが述べたのは、前記第17章で引いた一節です。「力が理性に対して払った敬意」。
勝った側が復讐の手を止めて、捕らえた敵を法の判断に委ねる。それを最も高い敬意と呼んだのは、米国の裁判官でした。
本部は、ニューヨークにあります
国際連合の本部が置かれているのは、ニューヨークです。その敷地は、寄贈によって取得されました。
1947年3月25日に、ジョン・D・ロックフェラー2世が850万ドルを寄贈しました。マンハッタンのイースト・リバー沿いにある6ブロックの敷地を購入し、そこへ恒久的な本部を建てるためです。トリグブ・リー 国際連合事務総長が受領しました。
出典: United Nations, "Secretary-General Accepts $8,500,000 Gift for the Purchase of UN Site" (UN Photo, 1947年3月25日)
米国の民間人が敷地を買い、米国の都市に本部が建ちました。
そして、資金の面でも同じです。米国は、国際連合の通常予算について最大の分担国です。2025年の分担率は22パーセント、金額にして8億2,040万ドルでした。
出典: Pew Research Center, "How the United Nations is funded, and which countries pay the most" (Pew Research Center, 2025年7月31日)
設計し、開催し、招致し、最も多く支えてきた国です。
ニューヨークにある機関の存在感について
ここで、1つの事実を置きます。
ドナルド・トランプ 大統領は、ニューヨークで不動産業を営んできた実業家です。国際連合の本部は、同じ市にあります。マンハッタンの東側に、6ブロックの敷地を占めています。
その存在感を知らない立場にはありません。
これは、非難ではありません。そして、法的な論証でもありません。措置がどのような認識の下で行われたかについての私の見方です。
その見方を書く理由は、1つです。今回の措置は、国際機構というものが何であるかを知らないまま行われたのではない、と私が考えるからです。知らずに壊すことと、知って壊すこととは、責任の重さが違います。
創設者としての責任と、常任理事国としての責任
米国が負っている責任は、2つあります。
第1に、創設者としての責任です。大西洋憲章を書き、サンフランシスコで会議を開き、自国の最高裁判所判事をニュルンベルクへ送り、本部を自国に置き、最も多くの分担金を負担してきました。この秩序は、米国が作ったものです。
第2に、常任理事国としての責任です。国際連合憲章24条1項は、次のように定めます。
国際連合の迅速且つ有効な行動を確保するために、国際連合加盟国は、国際の平和及び安全の維持に関する主要な責任を安全保障理事会に負わせるものとし、且つ、安全保障理事会がこの責任に基く義務を果すに当って加盟国に代って行動することに同意する。
「主要な責任」です。そして、その責任を負う機関において、米国は拒否権という特権を持ちます。後記第20章のとおり、ニカラグア事件では、その拒否権が2度用いられました。
特権と責任は、対になっています。常任理事国が他の加盟国に代わって行動することに全加盟国が同意しているのは、常任理事国がその責任を果たすという前提があるからです。その前提の上に、拒否権という例外的な権限が置かれています。
米国は、この秩序を使ってきました
米国は、この秩序を作っただけではありません。使ってきました。
1979年、テヘラン。在テヘラン米国大使館が占拠され、館員が人質とされました。米国は、イランを国際司法裁判所へ訴えました。1980年5月24日、裁判所は判決を下しました。
しかし、イランは出廷せず、判決にも従いませんでした。
(i)1979年に発生した在テヘラン米大使館員人質事件は、1980年に ICJ が下した判決によっても解決されなかった。アルジェリアの仲介によって 1981年に締結されたアルジェ合意によって解決された。
米国がそのとき裁判所へ持ち込んだのは、国際的に保護された地位にある者の不可侵でした。外交官の身体と施設は、受入国の力から切り離されていなければならない。米国は、この原則を国際的な法廷に認めさせました。
2026年に米国が凍結の対象としているのは、国際的に保護された地位にある裁判官の資産です。
ここで、留保を1つ置きます。外交官の不可侵は、1961年の外交関係に関するウィーン条約と慣習国際法に基づくものであり、米国はその締約国です。ICCの裁判官の免除については、前記第5章のとおり、米国を直接に拘束する条約上の根拠を特定できません。私が述べているのは法的義務の同一性ではなく、米国が何を原則として主張してきたかということです。
安全保障理事会を通じた利用もあります。
安保理は 41条に基づき、国際調査委員会の設置(スーダン 2004年決議 1564など)、ICC 検察官への事案付託(スーダン 2005年決議 1593など)、大量破壊兵器の処分要求(イラク 1991年決議 687など)なども行った。
ICCへの事態の付託は、安全保障理事会の決議によって行われます。そして、常任理事国である米国は、この付託を拒否権によって止めることができます。
ここは、正確に述べます。2005年3月31日の決議1593は、賛成11、反対0、棄権4で採択されました。米国は、賛成したのではありません。棄権しています。常任理事国の棄権は、決議の採択を妨げません。
出典: "Resolution 1593 (2005)" (United Nations Digital Library)
出典: David Bosco, "Tenth Year Anniversary of UNSCR 1593, Which Referred the Situation in Darfur to the International Criminal Court" (Lawfare)
したがって、この投稿記事は「米国が付託を支持した」とは述べません。述べるのは、米国が拒否権を持ちながら用いず、その結果として付託が成立したということです。
なお、同決議の主文の文言について、筆者は原文を取得できませんでした。非締約国の要員に関する規定が置かれているという指摘がありますが、この投稿記事はその内容を確認していないため、評価に用いません。
米国は、この裁判所の非締約国です。しかし、自国が不都合を被らない事態については、この裁判所を働かせる側に立ってきました。
建国の理念と、条約に対する姿勢
米国は、普遍的価値を掲げて建国された国です。
1776年の独立宣言は、すべての人が平等に造られ、譲り渡すことのできない権利を与えられていると述べました。これは特定の国民に固有の権利としてではなく、人一般に属する権利として書かれています。普遍的価値という語が指すのは、この種の主張です。
合衆国憲法6条2項は、条約についてこう定めています。
This Constitution, and the Laws of the United States which shall be made in Pursuance thereof; and all Treaties made, or which shall be made, under the Authority of the United States, shall be the supreme Law of the Land; and the Judges in every State shall be bound thereby, any Thing in the Constitution or Laws of any State to the Contrary notwithstanding.
(この憲法、これに準拠して制定される合衆国の法律、および合衆国の権限に基づいて締結され、または将来締結されるすべての条約は、国の最高法規である。各州の裁判官は、州の憲法または法律に反する定めがあっても、これに拘束される。)
条約を「国の最高法規」に数える憲法です。日本国憲法98条2項が条約の誠実な遵守を定めているのと、発想が重なります。
念のため申し添えます。この条項は米国の国内法の序列を定めるものであり、米国が締約国でない条約に拘束されることを意味しません。前記第3章のとおり、米国はローマ規程の締約国ではありません。ここで述べているのは法的義務ではなく、この国が何を掲げてきたかということです。
自ら掲げた基準で測られることを拒めるか
まとめます。米国は、次のことを行ってきました。
[1] 大西洋憲章によって、戦後秩序の原則を提示しました
[2] サンフランシスコで、国際連合憲章を成立させました
[3] その本部を自国の都市に置きました
[4] ニュルンベルクで、国際刑事司法の先例を作りました
[5] 自国が被害を受けたときには、国際司法裁判所へ訴えました
[6] 常任理事国として、ICCへの事態の付託を成立させました
この国は、この秩序の創設者であり、受益者です。
自ら掲げた基準で測られることを拒む立場は、その基準を掲げ続けることと両立しません。米国が普遍的価値と法の支配を掲げ続けるのであれば、その基準による批判は外からの押し付けではありません。自らの基準による評価です。
そして、後記第20章のとおり、国際司法裁判所は、援助の停止、砂糖の輸入割当ての削減、貿易の禁輸という一連の経済的措置ですら不干渉原則の違反とは評価しませんでした。貿易の禁輸が干渉に当たらないのであれば、意見を述べ、是正を求めることが干渉に当たる余地はありません。
したがって、日本が米国へ意見を述べることは、妨げられていません。
作った側が壊しています
ここまでを1つに束ねます。
1941年 米国の大統領が「武力の行使の放棄」と「恒久的な一般的安全保障の体制」を提唱しました
1945年 米国の都市で憲章が採択され、米国の現職最高裁判所判事がニュルンベルクの首席検察官を務めました
1947年 米国の民間人が本部の敷地を寄贈しました
1998年 その延長線上に、常設の国際刑事裁判所が設立されました
2026年 米国が、その裁判所の裁判官9人を個人として制裁の対象に指定しています
同じ国です。
ロバート・ジャクソンが「力が理性に対して払った敬意」と呼んだもの。それを、いま同じ国が引き揚げています。
前記第17章のとおり、1945年に4つの大国が復讐の手を押しとどめたのは、完全な裁判への確信からではありません。裁判をしないことのほうが悪いという判断からでした。その判断を下した国が、いま裁判を行う者を罰しています。
創設者であることは、免罪符ではありません。むしろ逆です。作った者には、それを壊さない責任があります。国際社会の平和と安全の維持に主要な責任を負う機関の常任理事国であることも、同じです。特権を与えられた者に求められるのは、慎重さと堅実さです。
そして、この点は、日本にとっても他人事ではありません。創設者が自ら壊すとき、その秩序に依拠してきた国は、依拠する対象を失います。前記第14章のとおり、日本は法の支配を国益として掲げ、力による解決という選択肢を自ら閉じてきました。その前提を作った国が前提を降りるとき、最も影響を受けるのは、前提の上に立ってきた国です。
第20章 国際法の執行――40年前のニカラグア事件と、いま
前記第19章までで、この措置が成り立たないことを述べてきました。ここで、1つの反論を先に置きます。国際法には執行力がないのだから、成り立たないと言ってみたところで何も変わらない、という反論です。
この反論には、正面から答える必要があります。答えるための材料は、40年前に、同じ国と、同じ問題について、すでに出ています。
1984年から1991年までに起きたこと
1984年4月9日に、ニカラグアは米国を国際司法裁判所(以下「ICJ」といいます)へ訴えました。米国がニカラグア国内の反政府勢力(コントラ)を訓練し、武装させ、資金を供与し、ニカラグアの港湾に機雷を敷設したことは、武力不行使義務と不干渉義務に反するという訴えです。
米国は、まず、ICJに管轄権がないと主張しました。1984年11月26日に、ICJはこの主張を退け、管轄権を認めました。
そこで米国は、手続から退出しました。1985年1月18日付の書簡で、米国の代理人は次のように通告しています。
the United States is constrained to conclude that the judgment of the Court was clearly and manifestly erroneous as to both fact and law. (中略) Accordingly, it is my duty to inform you that the United States intends not to participate in any further proceedings in connection with this case, and reserves its rights in respect of any decision by the Court regarding Nicaragua's claims.
(米国は、裁判所の判決が事実および法の双方について明白かつ明瞭に誤っていたと結論せざるを得ない。(中略)よって、米国が本件に関する以後の手続に参加しない意向であること、そしてニカラグアの請求に関する裁判所のいかなる決定についても自国の権利を留保することを、貴殿に通知することが私の職務である。)
さらに、1985年10月7日に、米国は、1946年8月26日に寄託していた選択条項受諾宣言の終了を国際連合事務総長へ通告しました。宣言そのものに付されていた条件に従った通告であり、1986年4月7日に効力を失いました。以後、米国は、他国から一方的にICJへ提訴されない地位に戻りました。
出典: Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States of America), Merits, Judgment, I.C.J. Reports 1986, p. 14, para. 36
裁判は、米国が不在のまま進みました。1986年6月27日に、ICJは本案判決を言い渡しました。主文は16項からなります。賛成12票、反対3票で、コントラの訓練、武装、装備および資金供与が不干渉義務に違反すると認定しました。同じ票数で、ニカラグアの港湾への機雷敷設が武力不行使義務、不干渉義務、主権および海上通商の自由に反すると認定しました。そして、賛成12票、反対3票で、米国がニカラグアに生じた全損害を賠償する義務を負うと判断しました。
出典: International Court of Justice, "Case concerning military and paramilitary activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States of America): Judgment of 27 June 1986" (Communiqué No. 86/8, 1986年6月27日)
ニカラグアは、判決の履行を求めて国際連合へ持ち込みました。1986年7月31日の安全保障理事会第2704回会合で、判決の即時かつ完全な遵守を求める決議案S/18250が採決に付されました。賛成11、反対1、棄権3。反対した1票は米国であり、常任理事国の反対によって決議案は否決されました。
同じことが3か月後に繰り返されました。1986年10月28日の第2718回会合で、決議案S/18428が採決に付され、賛成11、反対1、棄権3で否決されました。反対したのは、同じ米国です。
出典: United Nations Security Council, "Repertoire of the Practice of the Security Council, Supplement 1985-1988, Chapter VIII" (United Nations)
安全保障理事会が動かないため、総会が動きました。1986年11月3日に、総会は決議41/31を採択しました。判決の即時の遵守の必要性を求める決議です。賛成94、反対3、棄権47。反対したのは、エルサルバドル、イスラエルおよび米国の3か国でした。翌1987年11月12日にも、総会は同じ題名の決議42/18を採択しています。
出典: United Nations General Assembly, "Judgment of the International Court of Justice of 27 June 1986 concerning military and paramilitary activities in and against Nicaragua: need for immediate compliance" (A/RES/41/31, 1986年11月3日)
賠償は支払われませんでした。1991年に、政権が交代した後のニカラグアは手続の続行を望まない旨をICJへ通知し、1991年9月26日付の裁判所長命令によって、事件は総件名簿から削除されました。
出典: International Court of Justice, "Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States of America)" (International Court of Justice)
米国が用いた手段は、いずれも制度の内側にありました
ここまでの経過を手段の性質で並べ直します。
[1] 管轄権を争ったこと。ICJ規程36条6項は、管轄権の有無に争いがあるときは裁判所の裁判によって決定すると定めています。米国は、この仕組みの中で争い、判断を受けました。
[2] 手続に参加しなかったこと。ICJ規程53条が正面から予定している事態です。同条は次のように定めます。
1. Whenever one of the parties does not appear before the Court, or fails to defend its case, the other party may call upon the Court to decide in favour of its claim.
(1 当事者の一方が裁判所に出頭せず、または自己の主張を弁護しない場合には、他方の当事者は、自己の請求に有利に裁判するように裁判所に要請することができる。)
2. The Court must, before doing so, satisfy itself, not only that it has jurisdiction in accordance with Articles 36 and 37, but also that the claim is well founded in fact and law.
(2 裁判所は、そうする前に、第36条および第37条に従って管轄権を有することだけでなく、その請求が事実上および法律上十分な根拠を有することをも確認しなければならない。)
不出廷は、規程が想定し、その場合に裁判所が負う義務まで定めている行為です。制度の内側にあります。
[3] 選択条項受諾宣言を撤回したこと。宣言そのものに付されていた条件に従って行われました。国は、義務的管轄権に服するかどうかを選ぶことができます。撤回は、その選択の取消しにすぎません。
[4] 拒否権を行使したこと。国際連合憲章27条3項が常任理事国に与えた権限です。判決の執行について、憲章94条は次のように定めます。
1. Each Member of the United Nations undertakes to comply with the decision of the International Court of Justice in any case to which it is a party.
(1 各国際連合加盟国は、自国が当事者であるいかなる事件においても、国際司法裁判所の裁判に従うことを約束する。)
2. If any party to a case fails to perform the obligations incumbent upon it under a judgment rendered by the Court, the other party may have recourse to the Security Council, which may, if it deems necessary, make recommendations or decide upon measures to be taken to give effect to the judgment.
(2 事件の一方の当事者が裁判所の与える判決に基いて自国が負う義務を履行しないときは、他方の当事者は、安全保障理事会に訴えることができる。理事会は、必要と認めるときは、判決を執行するために勧告をし、又はとるべき措置を決定することができる。)
執行の場は安全保障理事会であり、そこには拒否権があります。判決の名宛人が常任理事国であるとき、執行の道は初めから閉じています。この構造は、憲章が作られたときから存在します。米国は、その構造を使いました。
4つとも、条文に根拠があります。不出廷も、宣言の撤回も、拒否権の行使も、それ自体は国際法に違反しません。違法と認定されたのは、機雷の敷設であり、コントラへの支援であり、判決の不履行です。手続上の対応そのものではありません。
2026年8月18日に用いられた手段は、この4つのいずれとも違います。赤根智子 裁判官個人の資産を凍結し、米国の管轄下にある者との取引を禁じるという措置は、ローマ規程にも、国際連合憲章にも、ICJ規程にも、どこにも用意されていません。
この判決が「干渉」を定義しました
ニカラグア事件の本案判決は、不干渉原則の内容を正面から定義した先例としても読まれています。判決の205項は次のように述べます。
Intervention is wrongful when it uses methods of coercion in regard to such choices, which must remain free ones. The element of coercion, which defines, and indeed forms the very essence of, prohibited intervention, is particularly obvious in the case of an intervention which uses force, either in the direct form of military action, or in the indirect form of support for subversive or terrorist armed activities within another State.
(干渉は、自由なままでなければならないそれらの選択に関して強制の方法を用いるとき、違法となる。禁止される干渉を定義し、まさにその本質をなす強制の要素は、直接的な軍事行動の形であれ、他国内における破壊的または恐怖主義的な武力活動への支援という間接的な形であれ、力を用いる干渉の場合に、とりわけ明白である。)
決め手は強制(coercion)です。ICJは、干渉を干渉たらしめるものが強制であると述べました。批判ではありません。非難でもありません。意見の表明でもありません。相手が自由に決めるべき事柄について、その決定を力によって置き換えることです。
干渉の定義を2026年に当てはめます
この定義を当てはめる前に、同じ判決のうち、私の立論に不利に働く部分を先に置きます。
同じ判決は、経済的措置を不干渉義務の違反とは認めませんでした。ニカラグアは、1981年4月の経済援助の停止、同じ月の砂糖の輸入枠の90パーセント削減、そして1985年5月1日の貿易禁輸を挙げて争いました。これらについて、ICJはこう述べています。
unable to regard such action on the economic plane as is here complained of as a breach of the customary-law principle of non-intervention
(この事件で申し立てられているような経済面における行動を、慣習国際法上の不干渉原則の違反とみなすことはできない)
したがって、「経済的な制裁は強制であるから干渉に当たる」という推論をこの判決から導くことはできません。私は、その推論をしません。
そのうえで、この判決から確実に言えることを2つに絞ります。
第1に、日本国政府による抗議は、干渉に当たりません。
これは、確実に言えます。ICJが不干渉違反と認めなかったのは、援助の停止、輸入枠の削減、そして貿易禁輸です。外交上の抗議は、そのいずれよりも弱い行為です。貿易禁輸ですら干渉と評価されないのであれば、意見を述べ是正を求めることが干渉に当たる余地はありません。
前記第13章のとおり、日本が述べうるのは、[1]国民が個人として不利益を受けたことに対する是正の要求、[2]自国が締約国である条約に基づく免除の尊重の要求、[3]制裁の撤回の要求です。いずれも、相手の自由な選択を力によって置き換えるものではありません。
日本国政府が「独立性の尊重」を理由に沈黙するとき、その理由は成り立ちません。抗議が干渉になるという説明は、ニカラグア判決の基準に照らしても、前記第13章で引いた1949年の勧告的意見に照らしても、支えを持ちません。
第2に、米国の措置を評価する枠組みは、不干渉原則ではありません。
ニカラグア判決の不干渉原則が対象とするのは、国家が主権に基づいて自由に決定できる事項について、他国が強制を用いる場合です。ICCは国家ではありません。そのため、この措置を不干渉原則で評価しようとすれば、どの国のどの主権的決定が強制されたのかを特定しなければなりません。この投稿記事は、その特定をしません。
米国の措置を評価する枠組みは、前記第4章から第7章までで述べたものです。すなわち、ローマ規程70条1項(e)との構成要件上の重なり、国際組織および裁判官の免除、対抗措置の要件、そして管轄の域外適用です。
この区別は、この投稿記事の主張を弱めるものではありません。日本が抗議しない理由として持ち出される「干渉になる」という説明は、最も強い形をとっても成り立ちません。この区別は、そのことをかえって明らかにします。
判決は、履行されませんでした
賠償は、1円も支払われていません。
判決の主文は、賠償の義務を認めたうえで、額は当事国の合意がなければ裁判所が決めると述べ、そのための手続を留保しました。裁判所は、命令によって、賠償の形式および額に関する書面の提出期限を定めました。ニカラグアは、1988年3月29日に申述書を提出しています。
しかし、米国は、事件に参加することを拒み続けました。
the Memorial of Nicaragua was filed on 29 March 1988, while the United States maintained its refusal to take part in the case
(ニカラグアの申述書は1988年3月29日に提出されたが、他方で米国は本件に参加することの拒否を維持した)
1990年に、ニカラグアで政権が交代しました。翌1991年9月に、ニカラグアは手続の続行を望まない旨を裁判所へ通知しました。
The United States told the Court that it welcomed the discontinuance and, by an Order of the President dated 26 September 1991, the case was removed from the Court's List.
(米国は、その取下げを歓迎する旨を裁判所へ述べ、1991年9月26日付の裁判所長命令によって、事件は裁判所の総件名簿から削除された)
判決から5年で、この事件は消えました。違法と認定された行為について、賠償は行われませんでした。安全保障理事会は2度動こうとして、2度とも同じ国の拒否権で止まりました。総会は2度決議しましたが、勧告にとどまりました。
これが、国際法における執行の実際です。
国際法には、判決を執行する仕組みがありません
なぜこうなるのか。制度の側に理由があります。
いま国際司法裁判所の所長を務める岩沢雄司 裁判官は、東京大学の教授であった時期に書いた教科書で、国内の裁判との違いを2点に整理しています。第1に、国際裁判は当事国の同意がなければ行い得ないこと。第2に、判決の執行を担保する仕組みが整っていないことです。
国内社会は中央集権が実現しており、当事者が裁判所の判決に従わないときは、判決は公権力によって強制執行される。これに対して分権的な国際社会においては、判決の実施は紛争当事国に委ねられる。
同じ書籍は、当事国が判決を履行しないときに公権的にそれを執行する仕組みが国際社会には整っておらず、憲章94条2項が置かれているだけであって、判決を公権的に執行する仕組みは国内法と比べると極めて不十分だと述べています。
出典: 岩沢雄司『国際法 第2版』(東京大学出版会、2023年)、611ページ
そして、その94条2項が働く場所は、安全保障理事会です。前記のとおり、そこには拒否権があります。判決の名宛人が常任理事国であるとき、執行の道は初めから閉じています。
加えて、執行の手段そのものにも限界があります。判決を履行しない国に対して、相手方の当事国は、国際法に反しない返報を行うことができ、要件を満たせば対抗措置をとることもできます。しかし、判決の履行を強制するために武力を用いることは、憲章2条4項と2条3項によって許されません。国際連盟の下では禁じられていなかった手段が、国際連合の下では閉じられました。
出典: 岩沢雄司『国際法 第2版』(東京大学出版会、2023年)、652ページ
つまり、国際法は、執行力を捨てることによって成立した法です。武力による強制を禁じたとき、法は、自らを実現する最後の手段を手放しました。残ったのは、当事国の自発的な履行と、他国の評価です。
それでも、ほとんどの判決は履行されています
ここで、重要な事実を1つ置きます。執行の仕組みがないことと、判決が守られないこととは、同じではありません。
同じ書籍は、こう述べています。
履行が必要なものでも、裁判が国の同意なしには行い得ないために実際にはよく履行されている。
理由は、同意にあります。国際裁判は、当事国が同意しなければ行えません。同意して裁判に臨んだ国は、その結果にも従うことが多い。仲裁についても同じことが述べられています。関係国の同意なしに仲裁は行われないため、仲裁判断はたいてい履行される、と。
出典: 岩沢雄司『国際法 第2版』(東京大学出版会、2023年)、620ページ
では、履行されない事件はどれか。同じ書籍が名指ししているのは、3件です。
1974年漁業管轄権事件(対アイスランド)、1979年在テヘラン米大使館員人質事件、1986年ニカラグア事件などである。
いずれも、一方的に提訴され、被提訴国が手続を欠席した事件です。ニカラグア事件は、国際法が守られない典型ではありません。守られない例外として、名指しされる事件です。
この区別は、この投稿記事の主張にとって重要です。「国際法は守られないものだ」という一般論から出発するなら、今回の制裁を批判する意味はありません。しかし、事実はそうではありません。多くの判決は履行されます。履行されないのは、同意なしに裁判へ引き出された大国が手続そのものから退出した場合です。そして、それは記録されます。
履行されなかった判決が残したもの
賠償は支払われませんでした。では、あの判決は無駄だったのか。
そうではありませんでした。同じ書籍は、ICJの利用状況の推移について、次のように述べています。
1966年にエチオピアとリベリアが南アを訴えた南西アフリカ事件でICJが原告の原告適格を否定したことで途上国はICJに失望したとされ、事件は減少傾向を示した。ところが、1986年にニカラグア事件でICJがアメリカの国際法違反を認定したことで途上国の信頼が戻り、事件は増加傾向に転じた。
読み返してください。賠償を1円も得られなかった判決が国際司法裁判所への信頼を回復させ、付託される事件を増やしました。
理由は、明白だと考えます。あの判決は、小国が大国を訴えて勝てることを示したからです。執行はされませんでした。しかし、「訴えても無駄だ」という前提が崩れました。ニカラグアは賠償を得られませんでしたが、そのあとに提訴した国々は、裁判所という場が機能することを知りました。
判決の価値は、執行にあったのではありません。存在したことにありました。
執行力の欠如が意味すること
ここまでを3つに整理します。
[1] 国際法には、判決を強制する仕組みがありません。94条2項があるだけで、その先には拒否権があります。武力による強制は禁じられています。
[2] それでも、ほとんどの判決は履行されています。同意を基礎とする制度だからです。履行されない事件は、例外として名指しされます。
[3] 履行されなかった判決すら、制度への信頼を回復させました。執行されないことと、無意味であることとは、違います。
この3点から出てくる結論は、1つです。執行力を持たない法において、法を法たらしめているのは、判断が下され、記録され、評価されるという過程そのものです。判決が守られるのは、警察がいるからではありません。守らなければ、守らなかったことが記録されるからです。
1986年の判決は、40年後のいまも、米国の行為が違法であったことを示す文書として存在します。総会決議41/31の94対3という票数も、残っています。反対した3か国の名も、残っています。賠償は消えましたが、記録は消えませんでした。
そして、ここに2026年の措置の意味があります。
執行力を持たない法にとって、判断を下す者は、制度の全部です。警察がいない以上、裁判官が判断を下すこと以外に、法が現実に触れる接点はありません。判断を下す者を個人として罰することは、その唯一の接点を断つことです。
法に違反する国があっても、法は残ります。違反として記録されるからです。しかし、記録する主体が壊れれば、違反は違反として記録されなくなります。執行力を持たない法にとって、これは制度の停止と同じ意味を持ちます。
だからこそ、日本が「大変残念です」としか言わなかったことが決定的な意味を持ちます。執行力のない法において、他国の評価は制裁ではなく、法そのものの一部です。記録に残るのは、抗議した国の名と、しなかった国の名です。ICCへ最も多くの資金を出しながら、自国民である裁判官が制裁の対象とされたときに撤回を求めなかった国として、日本の名が残ります。
ここで、1つの事実を置きます。いま、国際司法裁判所の所長も、国際刑事裁判所の所長も、日本国民です。岩沢雄司 裁判官は2025年3月3日にICJ所長へ選出されました。赤根智子 裁判官がICC所長へ選出されたのは、前記第13章のとおり2024年3月11日です。国際裁判の2つの中核機関の長を1つの国の国民が同時に務めています。日本の国際法学と司法実務が戦後に積み上げてきたものの結果です。
その一方が個人として罰せられたときに、日本国政府が述べたのは「大変残念です」でした。
40年で変わったこと
1986年と2026年を並べます。
1986年、争いの場は法廷にありました。米国は法廷で管轄権を争い、負け、法廷から退出し、執行の場である安全保障理事会で拒否権を使いました。すべて、法が用意した手続の内側です。判決に従わなかったことは違法ですが、従わないための方法は合法でした。
2026年、争いの場は裁判官個人の生活へ移りました。米国が凍結したのは、国家の資産ではありません。機関の口座でもありません。1人の裁判官の資産です。標的は判断ではなく、判断をする人です。
40年前、米国は「この裁判所には管轄権がない」と主張しました。それは、法の言葉です。誤っているかもしれませんが、法の土俵の上で争うための言葉です。
2026年に述べられたのは、「体系的に解体する」でした。これは、法の言葉ではありません。
1986年の米国は、判決に従いませんでした。2026年の米国は、判決を出す人を罰しています。この違いは、程度の違いではありません。前者は法に違反する行為であり、後者は法が成り立つ条件そのものを壊す行為です。
法に違反する国があっても、法は残ります。違反として記録され、評価されるからです。しかし、裁判官が判断したことを理由に罰せられるようになれば、記録する主体そのものが消えます。違反を違反と呼ぶ者がいなくなれば、違反という概念も消えます。
40年かけて、争いは法廷から個人の口座へ降りてきました。
おわりに――赤根智子 裁判官の言葉について
制裁の指定から3日後、赤根智子 裁判官は次のようにコメントしました。
今回の私に対する制裁は、ある程度予期していたことで驚きはない。重要なのは、これを国際的な「法の支配」の終焉の始まりとさせないこと。日本と日本の皆様の支援が重要な鍵となるだろう。
「日本と日本の皆様の支援が重要な鍵となるだろう」。
このコメントは、2026年8月21日のものです。日本国政府の外務報道官談話は、その2日前の8月19日に出ています。つまり、政府がこの言葉に応答したのではありません。順序は逆です。
そして、8月21日以降に政府が新たに何かを述べた事実は、確認できていません。
私は、この投稿記事を書きながら、繰り返し1つのことを考えていました。
法の支配とは、強い者が自分に不利な判断にも従うということです。それ以外の意味はありません。自分に有利な判断にだけ従うのであれば、それは法ではなく、力の別名です。
トゥキュディデスが書き残したメロス対話から、2,400年余りが経ちました。「神も人間も強きが弱きを従えるもの」という命題は、いまも生きています。ICCという制度は、その命題を少しでも動かそうとする試みでした。125か国が条約を結び、資金を出し合い、裁判官を選び、手続を定めました。完全な制度ではありません。偏りもあります。しかし、力の比較以外の基準を国際社会に持ち込もうとした、数少ない試みの1つでした。
その試みは、いま、解体を公言する国によって攻撃されています。そして、それを最も多く支えてきた国は、「大変残念です」と述べました。
私が本人訴訟で書面を書き続けられるのは、裁判官が力ではなく理由を見てくれるという前提があるからです。その前提は、当たり前に存在するものではありません。誰かが守らなければ、消えます。
赤根智子 裁判官は、米国とロシアの双方から罰せられながら、法を適用し続けています。その職務を守ることは、遠い国の遠い制度の話ではありません。力の弱い側が力ではなく理由によって争えるという前提を守ることです。
日本は、その前提を最も必要とする国の1つです。
そして、見ているのは私だけではありません。
赤根智子 裁判官がICCへ入るきっかけは、上司の言葉であったと伝えられています。「あなたが行ってくれれば、若い世代が後に続いてくれるはずだ」。
出典: 「<産経抄>赤根ICC所長を守れるのか、国際機関をめざす若者は注視している」(産経新聞、2026年8月25日)
後に続くはずだった若い世代がいま見ているのは、行った先で罰せられた人物に対して、送り出した国が「大変残念です」と述べる場面です。
国際機関で働くことを志す人にとって、これは将来の条件そのものです。自国が指名し、選挙で擁立し、当選させた人物であっても、大国から個人として攻撃されたときには守られない。その前例が、いま作られつつあります。
最後に、1つの疑問に答えておきます。批判したところで何も変わらないのではないか、という疑問です。
国際法の実務家は、この点を正面から扱っています。南シナ海に関する仲裁判断が履行されていない現実を論じるなかで、東北大学の西本健太郎 教授は次のように述べます。
国内裁判所の場合とは異なり、国際裁判所の判決を無視する国に対して、判決を強制的に執行する制度は存在しない。それにもかかわらず、多くの場合には国際裁判所の判決は履行されているが、南シナ海事件における中国のように履行を拒否する国に対して強制的に従わせる手段は存在しない。このことは、国際裁判による紛争解決の限界といえる。もっとも、強制的に従わせる手段がないからといって、裁判所による判断に意味がないわけではない。判断に従わない国に対しては、紛争の相手方のみならず、他の国からも国際法に違反していると非難される場合がある。
強制する手段はありません。しかし、非難されることには意味があります。国際法の世界では、これが履行を支えている仕組みです。
だから、書きます。
参考文献
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United Nations Treaty Collection. "Agreement on the Privileges and Immunities of the International Criminal Court," Multilateral Treaties Deposited with the Secretary-General, Chapter XVIII-13. United Nations. https://treaties.un.org/doc/Publication/MTDSG/Volume II/Chapter XVIII/XVIII-13.en.pdf
東京裁判および日本のICC加盟に関する資料
麻生太郎「「自由と繁栄の弧」をつくる 拡がる日本外交の地平」外務省、2006年11月30日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/enzetsu/18/easo_1130.html
「TICAD VI開会に当たって・安倍晋三日本国総理大臣基調演説」外務省、2016年8月27日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/afr/af2/page4_002268.html
"Resolution 1593 (2005)." United Nations Digital Library. https://digitallibrary.un.org/record/544817
David Bosco. "Tenth Year Anniversary of UNSCR 1593, Which Referred the Situation in Darfur to the International Criminal Court." Lawfare. https://www.lawfaremedia.org/article/tenth-year-anniversary-unscr-1593-which-referred-situation-darfur-international-criminal-court
"Judgement of Justice Pal," pp. 1-1049. International Military Tribunal for the Far East, International Prosecution Section, 1948年11月、国立国会図書館デジタルコレクション。https://dl.ndl.go.jp/pid/9884339
"Judgement of Justice Pal," pp. 1050-1235. International Military Tribunal for the Far East, International Prosecution Section, 1948年11月、国立国会図書館デジタルコレクション。https://dl.ndl.go.jp/pid/9884340
"Errata Sheet to the Judgement of Justice Pal." International Military Tribunal for the Far East, International Prosecution Section, 1948年11月、国立国会図書館デジタルコレクション。https://dl.ndl.go.jp/pid/9884338
「第166回国会 参議院本会議 第16号」2007年4月13日。https://kokkai.ndl.go.jp/txt/116615254X01620070413
Ministry of Foreign Affairs of Japan. "Report of the Third Regional Round-Table Meeting on the ICC." 外務省、2010年。https://www.mofa.go.jp/policy/inter_law/law/pdfs/icc_rt3.pdf
Rome Statute of the International Criminal Court, art. 22, "Nullum crimen sine lege." International Criminal Court, 1998. https://www.public.law/world/rome_statute/article_22_nullum_crimen_sine_lege
東野篤子 教授および報道
東野篤子「【基礎の基礎シリーズ】ICC赤根所長に対するトランプ政権の制裁について、これだけは知っておきましょう」Webサイト「東野篤子が読み解くヨーロッパ国際政治」、2026年8月21日。https://higashinoatsuko.theletter.jp/posts/f12836d4-cd15-46f1-8ca7-53303c89da42
東野篤子「『勝者の裁き』を繰り返さないために――日本はなぜICCを支持してきたのか」Webサイト「東野篤子が読み解くヨーロッパ国際政治」、2026年8月23日。https://higashinoatsuko.theletter.jp/posts/d9858040-56e0-4bd0-9804-f5f87e1aeaea
三井美奈「ICC赤根所長 会見要旨「クレジットカード、メール使えず」「EUで制裁の無効化訴え」」産経新聞、2026年8月24日。https://www.sankei.com/article/20260824-4MUPB6UV4VINFAIUGYKLOU5D6I/
三井美奈「ICC赤根智子所長「日本は米国と対話を」制裁は「法の支配」揺るがす、電話会見で訴え」産経新聞、2026年8月24日。https://www.sankei.com/article/20260824-AC7OICFWPVKAHCCKGKAHEMXU4U/
「<産経抄>赤根ICC所長を守れるのか、国際機関をめざす若者は注視している」産経新聞、2026年8月25日。https://www.sankei.com/article/20260825-C2NLD7UXL5PY5FOYQGSIME3XGA/
戦後国際秩序の成立に関する資料
"The Atlantic Charter." The Avalon Project, Yale Law School, 1941年8月14日. https://avalon.law.yale.edu/wwii/atlantic.asp
"Executive Order 9547." The Avalon Project, Yale Law School, 1945年5月2日. https://avalon.law.yale.edu/imt/imt9547.asp
United Nations. "History of the UN." United Nations. https://www.un.org/en/about-us/history-of-the-un
United Nations. "Secretary-General Accepts $8,500,000 Gift for the Purchase of UN Site." UN Photo, 1947年3月25日. https://media.un.org/photo/en/asset/oun7/oun7771368
Pew Research Center. "How the United Nations is funded, and which countries pay the most." Pew Research Center, 2025年7月31日. https://www.pewresearch.org/short-reads/2025/07/31/how-the-united-nations-is-funded-and-who-pays-the-most/
国際司法裁判所の裁判例および国際連合の文書
Military and Paramilitary Activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States of America), Merits, Judgment. I.C.J. Reports 1986, p. 14. International Court of Justice, 1986年6月27日. https://www.icj-cij.org/case/70
International Court of Justice. "Case concerning military and paramilitary activities in and against Nicaragua (Nicaragua v. United States of America): Judgment of 27 June 1986," Communiqué No. 86/8. International Court of Justice, 1986年6月27日. https://www.icj-cij.org/node/100900
Reparation for Injuries Suffered in the Service of the United Nations, Advisory Opinion. I.C.J. Reports 1949, p. 174. International Court of Justice, 1949年4月11日. https://www.icj-cij.org/case/4
Statute of the International Court of Justice. International Court of Justice, 1945年6月26日. https://www.icj-cij.org/statute
International Court of Justice. "Current Members." International Court of Justice. https://www.icj-cij.org/current-members
Charter of the United Nations. United Nations, 1945年6月26日. https://www.un.org/en/about-us/un-charter/full-text
国際連合広報センター「国際連合憲章 第14章」国際連合広報センター。https://www.unic.or.jp/info/un/charter/text_japanese/
United Nations Security Council. "Repertoire of the Practice of the Security Council, Supplement 1985-1988, Chapter VIII: Consideration of questions under the responsibility of the Security Council for the maintenance of international peace and security." United Nations. https://main.un.org/securitycouncil/sites/default/files/en/sc/repertoire/85-88/Chapter 8/85-88_08-29-Letter dated 22 July 1986 from the Permanent Representative of Nicaragua.pdf
United Nations General Assembly. "Judgment of the International Court of Justice of 27 June 1986 concerning military and paramilitary activities in and against Nicaragua: need for immediate compliance," A/RES/41/31. United Nations, 1986年11月3日. https://digitallibrary.un.org/record/280672
日本国政府の文書
『国家安全保障戦略』2022年12月16日国家安全保障会議決定・閣議決定。https://www.cas.go.jp/jp/siryou/221216anzenhoshounss-j.pdf
『国家安全保障戦略』2013年12月17日国家安全保障会議決定・閣議決定。https://www.cas.go.jp/jp/siryou/131217anzenhoshou/nss-j.pdf
「日本国憲法」1946年11月3日公布、1947年5月3日施行。https://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j01.html
『国家防衛戦略』2022年12月16日国家安全保障会議決定・閣議決定。https://www.mod.go.jp/j/policy/agenda/guideline/strategy/pdf/strategy.pdf
外務省「国際刑事裁判所(ICC)に対する米国の制裁(外務報道官談話)」外務省、2026年8月19日。https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/pageit_000001_03136.html
外務省「国際刑事裁判所(ICC)」外務省。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icc/index.html
外務省「国際刑事裁判所(ICC)の概要」外務省、2026年。https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100437651.pdf
外務省「国際刑事裁判所に対する協力等に関する法律」外務省。https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/icc/pdfs/kyoryoku_02.pdf
国際法
岩沢雄司『国際法 第2版』東京大学出版会、2023年。
小寺彰=岩沢雄司=森田章夫編『講義国際法 第2版』有斐閣、2010年。
薬師寺公夫=坂元茂樹=浅田正彦=酒井啓亘編集代表『判例国際法 第3版』東信堂、2019年。
法哲学および憲法学
Fuller, Lon L. The Morality of Law. Rev. ed. Yale University Press, 1969.
Radbruch, Gustav. "Statutory Lawlessness and Supra-Statutory Law (1946)." Translated by Bonnie Litschewski Paulson and Stanley L. Paulson. Oxford Journal of Legal Studies 26, no. 1 (2006): 1–11. https://academic.oup.com/ojls/article-abstract/26/1/1/1505665
グスタフ・ラートブルフ(小林直樹訳)「実定法の不法と実定法を超える法」尾高朝雄=野田良之=阿南成一=村上淳一=小林直樹=常盤敏太訳『ラートブルフ著作集 第4巻 実定法と自然法』東京大学出版会、1961年。
Shklar, Judith N. Legalism. Harvard University Press, 1964.
J・N・シュクラー(田中成明訳)『リーガリズム 法と道徳・政治』岩波書店、1981年。
Dicey, A. V. Introduction to the Study of the Law of the Constitution. 8th ed. Macmillan, 1915.
A・V・ダイシー(伊藤正己=田島裕訳)『憲法序説』学陽書房、1983年。
Montesquieu. De l'esprit des lois. 1748.
モンテスキュー(野田良之=稲本洋之助=上原行雄=田中治男=三辺博之=横田地弘訳)『法の精神 上』岩波書店、1989年。
瀧川裕英=宇佐美誠=大屋雄裕『法哲学』有斐閣、2014年。
安全保障および国際政治
土山實男『安全保障の国際政治学 第2版』有斐閣、2014年。
宮岡勲『入門講義 安全保障論』慶應義塾大学出版会、2020年。
武田康裕『日米同盟のコスト 自主防衛と自律の追求』亜紀書房、2019年。
ルパート・スミス(山口昇監修、佐藤友紀訳)『軍事力の効用 新時代「戦争論」』原書房、2014年。
エドワード・N・ルトワック(武田康裕=塚本勝也訳)『エドワード・ルトワックの戦略論 戦争と平和の論理』毎日新聞出版、2014年。
船橋洋一=G・ジョン・アイケンベリー編『自由主義の危機 国際秩序と日本』東洋経済新報社、2020年。
柳井俊二編著『海と国際法』信山社、2024年。
高橋杉雄『日本で軍事を語るということ 軍事分析入門』中央公論新社、2023年。
北村滋『経済安全保障 異形の大国、中国を直視せよ』中央公論新社、2022年。
制裁を擁護する側の論拠
Marco Rubio. "Advancing the United States' Campaign to Address the Threat Posed by the International Criminal Court." U.S. Department of State, 2026年8月18日. https://www.state.gov/releases/office-of-the-spokesperson/2026/08/advancing-the-united-states-campaign-to-address-the-threat-posed-by-the-international-criminal-court
Marco Rubio. "Why We're Dismantling the ICC." The Wall Street Journal, 2026年7月14日.
Brett D. Schaefer. "The International Criminal Court: Threatening U.S. Sovereignty and Security." The Heritage Foundation, 1998年7月2日. https://www.heritage.org/report/the-international-criminal-court-threatening-us-sovereignty-and-security
"Lindsey Graham Warns US Allies Over Netanyahu Warrant." Newsweek, 2024年11月23日. https://www.newsweek.com/lindsey-graham-warns-us-allies-over-netanyahu-warrant-1990635
朝香豊「赤根智子所長が「制裁対象」に…アメリカが国際刑事裁判所(ICC)を拒否し続けるのはなぜか」現代ビジネス、2026年8月21日。https://gendai.media/articles/-/170410
高橋浩祐「ICC赤根所長に米制裁 日本政府はなぜ強く抗議しないのか」Yahoo!ニュース エキスパート、2026年8月20日。https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/003c74243c4d7b80949382664df14f27ff75a357
国際刑事司法の系譜
Robert H. Jackson. "Opening Statement for the Prosecution." Trial of the Major War Criminals before the International Military Tribunal, Vol. II, 1945年11月21日. https://avalon.law.yale.edu/imt/11-21-45.asp
Charter of the International Military Tribunal for the Far East, 1946年1月19日. https://www.un.org/sites/un2.un.org/files/doc.3_1946_tokyo_charter.pdf
Rome Statute of the International Criminal Court, UN doc. A/CONF.183/9, 1998年7月17日. https://legal.un.org/icc/statute/99_corr/cstatute.htm
"The Conflicts." International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia. https://www.icty.org/en/about/what-former-yugoslavia/conflicts
"Facts About Srebrenica." ICTY Outreach Programme. https://www.icty.org/x/file/Outreach/view_from_hague/jit_srebrenica_en.pdf
"About the ICTY." International Criminal Tribunal for the former Yugoslavia. https://www.icty.org/en/about
"Outreach Programme on the 1994 Genocide against the Tutsi in Rwanda and the United Nations." United Nations. https://www.un.org/en/preventgenocide/rwanda/
"UN Diplomatic Conference Concludes in Rome." United Nations Press Release L/2889, 1998年7月20日. https://press.un.org/en/1998/19980720.l2889.html
"The States Parties to the Rome Statute." Assembly of States Parties, International Criminal Court. https://asp.icc-cpi.int/states-parties
学術的な論評および報告書
Ambos, Kai. "The Sanctioning of Law: On the US Government's Sanctions Policy Against the International Criminal Court." Verfassungsblog, 2025年12月18日. https://verfassungsblog.de/sanctions-us-icc-united-states/
Cox, Brian L. "Exploring Some Limitations to the ICC's Ability to Charge US Officials with Contempt." Just Security, 2020年8月5日. https://www.justsecurity.org/71830/two-limitations-to-the-iccs-ability-to-charge-us-officials-with-contempt/
Hovell, Devika. "Raising the Cost of U.S. Coercion Against the ICC." Just Security, 2025年8月26日. https://www.justsecurity.org/119583/raising-cost-us-coercion-icc/
Kittrie, Orde F. "Media mischaracterized federal court decision on ICC sanctions." Center for Ethics and the Rule of Law, University of Pennsylvania, 2025年7月29日. https://www.penncerl.org/the-rule-of-law-post/media-mischaracterized-federal-court-decision-on-icc-sanctions/
Laucci, Cyril. "US Sanctions Against the ICC: From Stupor to Action." Opinio Juris, 2025年12月19日. https://opiniojuris.org/2025/12/19/us-sanctions-against-the-icc-from-stupor-to-action/
Morris, Madeline. "High Crimes and Misconceptions: The ICC and Non-Party States." Law and Contemporary Problems 64, no. 1 (2001): 13–66. https://scholarship.law.duke.edu/lcp/vol64/iss1/3/
Santos, Edmarverson A. "U.S. Sanctions on the ICC: Are They Legal Under International Law?" Diplomacy and Law, 2026年8月18日. https://www.diplomacyandlaw.com/post/us-sanctions-on-the-icc
Stradner, Ivana, and John Yoo. "Should the US Use Sanctions to Influence the ICC?" American Enterprise Institute, 2021年1月11日. https://www.aei.org/op-eds/should-the-us-use-sanctions-to-influence-the-icc/
van der Wilt, Harmen. "Countering US Assaults on the International Criminal Court: A Missed Opportunity for the Dutch Government at the NATO Summit in The Hague?" Journal of International Criminal Justice, 2026. https://academic.oup.com/jicj/advance-article/doi/10.1093/jicj/mqag023/8690370
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Human Rights Watch. "Human Rights Watch Briefing Note for the Twenty-Fourth Session of the International Criminal Court Assembly of States Parties." Human Rights Watch, 2025年11月19日. https://www.hrw.org/news/2025/11/19/human-rights-watch-briefing-note-for-the-twenty-fourth-session-of-the-international
須網隆夫「国際刑事裁判所に対する経済制裁と対抗立法――EUのブロッキング規則の検討――」篠田英朗編『危機にある国際刑事裁判所(ICC):国際政治の荒波にさらされて』ROLES REPORT No.48、東京大学先端科学技術研究センター、2025年、24–44ページ。https://peacebuilderscenter.jp/wp-content/uploads/2026/01/2.-Suami.pdf
篠田英朗「ICC赤根所長に対する米国の制裁:日本政府が行うべき三つのこと」アゴラ、2026年8月20日。https://agora-web.jp/archives/260819204022.html
佐藤慧「「法の支配」による国際秩序の危機――国際刑事裁判所(ICC)への米国制裁がもたらすもの」Dialogue for People、2025年10月11日。https://d4p.world/33517/
Davis, Lisa. "New International Criminal Court Sanctions and the Threat to U.S. Democracy." Just Security, 2026年8月20日. https://www.justsecurity.org/154666/icc-sanctions-threat-us-democracy/
Tridgell, Jennifer. "Justice Recoded: Why It Matters That the International Criminal Court Embraced Open Source Software and Ditched Microsoft." EJIL:Talk!, 2025年11月20日. https://www.ejiltalk.org/justice-recoded-why-it-matters-that-the-international-criminal-court-embraced-open-source-software-and-ditched-microsoft/
"Marco Rubio launches sweeping campaign to dismantle ICC 'threat to US sovereignty'." Euronews, 2026年7月14日. https://www.euronews.com/2026/07/14/marco-rubio-launches-sweeping-campaign-to-dismantle-icc-threat-to-us-sovereignty
"Russia Jails ICC Judges, Prosecutor in Absentia Over Putin Arrest Warrant." The Moscow Times, 2025年12月12日. https://www.themoscowtimes.com/2025/12/12/russia-jails-icc-judges-prosecutor-in-absentia-over-putin-arrest-warrant-a91419
「ICC赤根所長への制裁「大変残念」=高市首相」時事通信、2026年8月19日。https://www.jiji.com/jc/article?k=2026081900936&g=pol
「ICC赤根所長への米制裁、超党派議連が非難声明」ニューズウィーク日本版、2026年8月19日。https://www.newsweekjapan.jp/articles/-/331703
「国際刑事裁判所(ICC)赤根智子所長のコメント」株式会社文藝春秋、2026年8月21日。https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001085.000043732.html
この投稿記事の筆者は、国際法、法哲学および国際政治の専門家ではありません。この投稿記事は、公開されている一次資料および公刊されている文献に基づく論評であり、法律上の助言を構成するものではありません。事実の誤りについては、ご指摘をいただければ訂正します。
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