2026-08-21

ここ数日で立て続けに珍説を見た。

「男から性欲がなくなって困るのは女」

「男は女体が好きだが女は嫌い」

「女は人生イージーモード、俺も女に生まれたかった」

すごい。三つもあるのに全部似ている。

「男から性欲がなくなって困るのは女」

何を言っているんだ。これは「俺の性欲がなくなったら女が困る」という個人の話ではないらしい。男という集団から性欲が一斉に消えた場合、困るのは女性全体だ、という構造の話だそうだ。なるほど。まず男の性欲が一斉に消える世界を用意するところから始めるのか。そこまでして女を負けさせたいのか。

現実の男には性欲がある。今日もある。明日もたぶんある。人類史を見ても、今のところ男性の性欲が社会から一斉に消滅する兆候はない。なのに「もし男が全員その気をなくしたら女は困るぞ」と、存在しない世界をわざわざ作って女性側へ突きつける。

何なんだそれは。「俺たちがその気にならなくなったら困るのはお前らだからな」とでも言いたいのか。

性欲を人質にするな。しか人質になっていない。誰も奪おうとしていないものを抱えて「これがなくなったら困るだろ!」と叫んでいる。現実にはなくならない。なくせとも言われていない。それでも仮に全部なくなった世界想像し、その世界では女性が困ることにして、ようやく溜飲を下げる。

空想してまで女を叩くなよ。

俺は男の性欲を否定しない。前にも書いた。欲求勝手に起きる。そこはどうしようもない。だからこそ現実存在する自分欲望について話せばいい。

「男は性欲が強くてしんどい

それなら分かる

「性欲が社会の行動原理の一部になっている」

それも議論できる。

でもそこから突然「それが全部なくなったら困るのは女」になる。ならない。そこには論理ではなく願望がある。女に「男がいないと困る」と言わせたい願望だ。

からわざわざ男全体から性欲が消えるというあり得ない舞台装置まで作る。そんな大掛かりなセットを組まなくていい。お前が辛いならお前が辛いと言え。女を敗者にした架空世界を一個作らないと自分の辛さを語れないなら、まずそこを疑え。

二つ目

「男は女体が好きだが女は嫌い」

これもすごい。ただこっちは少し慎重に扱う。女性と関わって嫌な思いをした男はいるだろう。女性不信になった人間もいるだろう。女が嫌い、という感情のものを俺が取り締まる気はない。嫌いなら嫌いでいい。感情なんだから仕方ない。

だが「女体は好き、女は嫌い」という言葉には妙なものが残る。

身体は好き。でもその身体の持ち主が喋ったり考えたり、拒否したり自分と違うことを言ったりすると嫌になる。

それ、本当に女が嫌い!という話なのか?単に自分の思い通りにならない他人が嫌いなんじゃないのか。

女体には意思がない。女性には意思がある。この二つを分けて「前者は好き、後者は嫌い」と言っているなら問題は性欲ではない。他者存在である

人間は面倒なんだよ。男も女も。喋る。要求する。断る。機嫌が悪い日もある。こっちの期待と違うこともする。それ込みで人間だ。肉体だけ都合よく切り取って人格が付いてきたら「女は嫌い」と言われてもそりゃ人格の方も困るだろう。

三つ目。

「女は人生イージーモード、俺も女に生まれたかった」

これについてはまず一つ認める。男として生きるのがきつい人間はいる。モテない。孤独仕事しんどい。弱音を吐きづらい。稼げと言われる。役に立てと言われる。そういう圧力を受けて「男でいるのしんどいな」と思うことはあるだろう。

それは聞く。俺はそこを笑わない。「俺の人生ハードモードだ」と言われたら、そうかもしれないと思う。

でも「だから女はイージーモード」にはならない。なんで急に比較対象を作った。

お前の人生が辛いことを証明するために女性人生簡単なことにする必要はない。女性には女性人生がある。その中身をお前が全部知っているわけではない。これは女性に限らない。金持ちは楽そう。独身は楽そう。既婚者は楽そう。子なしは楽そう。子持ちは幸せそう。会社員は安定していて楽そう。自営業自由で楽そう。

から見る他人人生というのは基本的に楽そうに見える。面倒くさいところを全部見ていないからだ。

他人人生にはログインできない。

なのになぜ女だけキャラクター選択画面で難易度EASYと表示されているみたいな話になるんだ。

お前が男として辛いなら男として辛いと言えばいい。それで十分だ。誰かを下げないと自分の痛みを説明できないと思うな。

三つとも同じなんだよ。自分の中にあるものについて話しているはずなのに、途中から女性内面勝手に書き始める。

俺の性欲には価値がある。なぜなら女が困るから。俺が女とうまく関われない。なぜなら女という人格が嫌いだから。俺の人生は辛い。なぜなら女の人生簡単から

全部「自分から始まっている。だったら自分の話をしろよ。

「俺は性欲を持て余している」

いいよ。

「俺は女性とうまく関係を作れなくて、もう嫌になっている」

それも聞く。

「男として生きているのがしんどい。女だったら違ったんじゃないかと思うことがある」

そこまでなら分かるよ。

辛いんだろう。孤独なんだろう。上手くいかなかったんだろう。そこを否定する必要なんかない。

なのになぜ最後の一歩で「だから女は」になる。そこから先はお前の人生じゃない。他人人生だ。勝手に書くな。

女を崇めろとも言っていない。女は素晴らしいとも言っていない。嫌いな女がいたっていい。嫌な女も当然いる。男と同じだ。ただ人間として扱えと言っている。中に人間がいる。

お前と同じように自分人生自分視点から生きている人間がいる。お前の辛さを語るための背景素材ではない。

俺は弱者男性という言葉があまり好きではないが、生きづらさそのものまで否定する気はない。むしろ逆だ。辛いなら辛いと言え。助けてほしいなら助けてほしいと言え。寂しいなら寂しいと言え。そこは恥じゃない。

でも自分の傷を説明するために他人人生勝手イージーモードへ設定するな。自分の性欲を肯定するために女性がそれを必要としていることにするな。女性身体が好きなら好きでいい。だからといってその身体の中にいる人間まで邪魔者にするな。

珍説は三つあった。病巣はたぶん一つだ。自分の話を自分の話として最後までできない。

から途中から女が出てくる。女が悪い。女が楽だ。女が俺を必要としている。違う。まずお前の話をしろ

俺は聞くよ。

そこから始めよう。

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