【閲注】MIU404パロ

  • 1二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 21:59:01

    ※ドラマ・MIU404、呪術廻戦各媒体のネタバレを含みます
    ※大幅な年齢改変や設定改変を含みます
    ※キャラクターの根幹を壊すような改変はしていません(してないつもりです)
    ※シェアドユニバース「アンナチュラル」側キャストも確定済です
    ※ファントムパレードやモジュロのキャラが登場する可能性があります

    メイン人物はスレ画の通りです

  • 2二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 22:00:01

    段ボールを開けたところで、虎杖悠仁はようやく、それが台所用品ではないことに気づいた。

    「また服だ!」
    「箱に書いてあるじゃん。衣類って……」

    床に座っていた虎杖の友人、吉野順平が、油性ペンで大きく書かれた二文字を指さす。

    「あれ。じゃあ鍋どこだ?」
    「知らないよ。僕が詰めたんじゃないし」
    「晩飯どうしよ」
    「引っ越した日に自炊しようとするほうが間違ってない?」

    順平の言うとおり、部屋はまだ人が暮らせる状態になっていなかった。
    都内にある単身者向けの警察官舎。壁際には奥多摩から運んできた段ボールが積み上がり、備え付けの机にも、官舎の入居案内や転居関係の書類や充電器やタオルが無造作に載っている。カーテンだけは順平に急かされて、どうにか日が暮れる前に取り付けた。
    引っ越しを手伝いに来た順平がいなければ、虎杖は今頃、カーテンのない部屋で鍋を探し続けていただろう。

    「しゃーねえ!コンビニ行くか~」
    「さっき通ったところ?」
    「うん。徒歩三分」
    「虎杖君の三分は信用できないんだよな……」
    「えーっ!?なんで?」
    「走った場合の時間で言うから」
    「今日は歩くって!」

  • 3二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 22:01:10

    立ち上がろうとした虎杖の足元で、開封したばかりの段ボールが崩れた。中から紺色のシャツと黒い靴下が滑り出し、順平が靴下を拾う。

    「これも明日使うの?」
    「うん。初日だから、一応ちゃんとした格好で行こうかなって」
    「明日から新しいところだっけ。……なんでもっと早く引っ越しておかなかったの?」
    「いきなりだったんだよ!急に辞令が飛んできてさあ」
    「今までずっと交番だったのにね。えーと、どこだっけ、キソー?」
    「そう。機捜!」

    虎杖は靴下を順平から受け取り、左右をそろえて鞄の横に置いた。

    「きそうって、機動隊?」
    「ああ、違くて。機動捜査隊。略して機捜ってわけ!」

    ピンと来ないという顔をしている順平に、虎杖はスマホで警察のHPを調べながら得意げに解説を続ける。

    「事件が起きたら、誰よりも早く現場へ行く。被害者を助けて、犯人を追って、消える前の証拠を押さえる。そしたら所轄とか捜査一課に引き継ぐ」
    「最後まで捜査するわけじゃないんだ」
    「機捜がやるのは最初」

    虎杖は人差し指を立てた。誰に教わったのか、妙に得意げな口調だった。

  • 4二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 22:02:27

    「事件が起きてから、最初の二十四時間が大事なんだって。現場も変わるし、犯人は逃げるし、人の記憶だって曖昧になる。最初が変わったら、そのあとの全部が変わるだろ」
    「へえ」
    「すごいだろ、機捜」
    「まだ働いてないのに、なんで虎杖君が偉そうなの」
    「明日から働くから、半分くらい偉い」
    「半分なんだ」

    順平が笑い、新しい段ボールを開ける。中からようやく鍋を引っ張り出し、空の流し台へ置いた。見つけはしたものの、今から料理をする気は二人ともさらさらない。

    「二人一組で、同じ車に乗るんだって」
    「交番でも二人で動くことはあったんでしょ?前に警察はバディなんだって教えてくれたよね」
    「そうなんだけどさ。機捜って、勤務中ずっと同じ車なんだよ。何か起きたら一緒に現場へ行って、一緒に犯人を追って、一緒に戻ってくる。なんか、すごい相棒って感じするじゃん?」
    「その相棒には、もう会ったの?」
    「まだ。明日が初対面」
    「どんな人?」
    「さあ。何も知らない」

    あっけらかんと答える虎杖に、順平は呆れて溜息を吐いた。

  • 5二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 22:03:25

    立て直し乙!

  • 6二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 22:03:30

    「それでそんなに楽しみにできるんだ。とんでもない人だったらどうするの?」
    「だって、会ってみなきゃ分かんないだろ。楽しみだな~!」

    順平は何か言おうとして、やめた。床へ伏せていたスマートフォンが、短く震える。順平はスマートフォンを手に取り、親指で通知を消した。

    「誰?」
    「別に。動画の投稿通知」
    「あー、最近配信の仕事とかしてるんだっけ。フリーランスはいいよなあ、フルリモートワーク」
    「そんなこと言って、虎杖君現場じゃないとしおれるでしょ」

    順平にぴしゃりと言われ、虎杖は肩を竦めた。荷ほどきはまだまだ残っているものの、最低限生活が出来るスペースは確保できたように思える。
    念のためマップアプリで近くのコンビニを調べていると、座ったままぼうっとしている順平の様子が目についた。

    「順平?」
    「何?」
    「いや。腹減って動けなくなった?」
    「虎杖君じゃないんだから」

    そう返す順平は、いつもと変わらないように見える。虎杖は頬をかいてから、空気を変えるように手を叩いた。

    「よーっし!じゃあコンビニ行こうぜ。今度こそ徒歩三分」
    「ストップウォッチで測るよ」
    「いいよ。絶対三分だから」

    虎杖が玄関へ向かう。順平も立ち上がり、その背中を追った。

    「虎杖君」
    「ん?何?」
    「明日からの仕事、楽しいといいね」
    「おう!」

  • 7二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:19:45

    その頃。日車寛見が、明日から組むはずだった相棒の変更を知らされたのは、ほんの十五分前のことだった。

    「俺と九十九が組むはずだっただろう」

    芝浦署に置かれた第一機動捜査隊本部、その一角にある空き会議室。西日が斜めに差し込む室内には、乾いたパイプ椅子の匂いが充満している。翌日から運用を開始する第四機動捜査隊には、まだ正式な分駐所すら用意されていなかった。
    長机を寄せて作った仮設の島には、無造作に置かれた無線機の充電器、折り目のついた都内の管内地図、未開封の事務用品が並んでいる。壁にセロハンテープで貼られたばかりの白地に黒字の編成表だけが、ここを明日から機動捜査隊として動かすのだと主張していた。
    四〇一号車。九十九由基、釘崎野薔薇。
    四〇四号車。日車寛見。
    その隣に、黒の油性ペンで直前に書き加えられたような見知らぬ名前が一つ、ぽつんと並んでいる。
    ――虎杖悠仁。
    日車は編成表から視線を外すと、机の向こうで腕を組んで立つ第四機動捜査隊長・禪院真希を見た。

    「俺が四〇一へ入り、九十九と組む。昨日まではそういう話だったはずだ」
    「昨日まではな」

    真希は眉ひとつ動かさず、ポケットに手を突っ込んだまま言い放つ。

    「元々九十九と組む予定だった隊員が、昨日の夜に急病で長期療養に入った。その穴にオマエを回す予定だった」
    「そこまでは聞いている。だからこそ理解できない」
    「で、今朝になって警察庁からありがたい研修生がねじ込まれた。だから玉突きで予定が変わった」
    「人を荷物みたいに言わないでいただけます?」

    会議室の隅から、刺すような声が飛んできた。
    長机に着き、着任関係の書類を書いていた女がペンを止めて顔を上げる。肩にかかるボブヘアを片手で軽やかに払い、真希を正面から睨みつけた。

  • 8二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:21:02

    釘崎野薔薇。警察庁採用のキャリア官僚で、階級は警部補。現場経験を積ませるという体裁のもと、第四機動捜査隊へ研修配属された人間だった。

    「私は正式な手続きを経て配属されています。ねじ込まれたんじゃありません」
    「今朝まで存在しなかった枠に、警察庁から電話一本で入ってきた人間を、現場じゃそう言うんだよ」
    「私に言われても知りませんね。決めた本部に文句を言ってください」
    「今、眼前のオマエに言ってる」
    「私、決めた人間じゃないんですけど?」

    明日から始動する部隊とは思えない、ヒリヒリとした険悪さが室内に満ちる。
    少し離れた机に腰掛け、脚を組んでいた九十九だけが、面白そうに缶コーヒーを傾けながら成り行きを眺めていた。

    「まあまあ。お嬢様の子守りも、やってみれば案外楽しいかもしれないよ?」
    「誰の子守ですって?」
    「君以外にお嬢様がいるかい?」
    「……研修です。実力も試験で取った階級もあります。現場経験が長いってだけで、指導役のほうが偉いと思わないでください」
    「思ってないさ。ただ、長く生きてるぶん、私のほうが偉いとは思ってるけどね」
    「最悪」
    「相性はよさそうだな」

    真希が他人事のように吐き捨てた。

    「どこがですか!」

    野薔薇の張りのある声が会議室に反響する。日車は深く溜息をつき、片手で額を押さえた。明日からこの二人が四〇一号車という狭い車内に閉じ込められるのかと思うと、今から頭が痛かった。

    「……話を戻そう。警部補を研修生として現場へ出すなら、指導役が必要なのは分かる」

    日車は低い声で軌道修正をはかった。

  • 9二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:22:29

    「だが、なぜ九十九なんだ。ほかにも機捜経験者はいるだろう」
    「警察庁から、九十九を指導役にという指名つきだ」

    真希が答えるより先に、野薔薇が冷ややかな口調で言った。

    「正確には祖母が、『現場経験が豊富な女性警察官を』と希望しただけです」
    「その条件に該当する機捜経験者が、ここには九十九しかいない」

    九十九がフッと目を細める。

    「ずいぶん心配性なお祖母様だ」
    「……なんで知ってるんですか」
    「警察庁で君の名字を聞いて、ピンと来ないほうが難しいだろう」

    野薔薇は露骨に不機嫌な顔をしかめると、舌打ちせんばかりの勢いで書類へ視線を落とした。

    「祖母が何と言おうと、ここへ来たのは私です。研修だからって手加減されるつもりはありません」
    「安心しな。機捜に手加減してくれる甘い事件なんて、一つもないからね」
    「……」

    九十九の口調は軽い。けれど、その言葉の裏にある重みだけは冗談ではなかった。野薔薇もそれを瞬時に汲み取ったのか、今度は言い返さずに黙々とペンを走らせた。

    「……それで、釘崎警部補には指導役が必要になった。九十九が四〇一へ残り、俺が四〇四へ押し出された」
    「そういうことだ」
    「だが、俺の相棒だけがいない」
    「昨日まではな」

    真希は、先ほどから机の上に置かれていた薄い茶封筒からクリアファイルを引っ張り出し、日車の胸元へ滑らせた。

    「オマエが文句言うだろうからって見つけたんだよ」

  • 10二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:23:42

    日車は受け取る前に、表紙に貼られたラベルに目をやる。
    虎杖悠仁。巡査部長。黒の油性ペンで書き加えられていた名前と同じだった。

    「明日から四〇四に入れる」
    「明日?」
    「辞令はもう出した。本人も今日、官舎へ移ってる」
    「待て。相棒を決めるなら、せめて事前に一度面談を――」
    「時間がない。四機捜は明日から動く」
    「だからといって、誰でもいいわけじゃない」
    「誰でもよかったら、もっと早く決まってる」

    真希の声に、かすかな苛立ちが混じる。四〇四号車の日車と組ませる隊員について、彼女がすでに何人もの人間へ打診していたのだろうことは目に見えていた。

    「候補に上がった三人全員から断られた」

    予想どおりの答えだった。日車は唇を結び、沈黙する。

    「……念のため言っておくが、俺が拒否したわけじゃない」
    「分かってる。向こうがオマエを拒否したんだ」

    真希の言葉は容赦がなかった。九十九の顔から、それまで浮かんでいた軽い笑みが消える。野薔薇は書類を書く手をわずかに止めたが、余計な口は挟まなかった。
    日車は視線を落とす。誰も、その理由を説明する必要はここではない。

    「俺は働くためにここへ来た」

    日車は静かに、だがはっきりと言った。

    「相棒がいないなら、四〇四号車は出せない。出せない車を一台増やしても、四機捜を作った意味がない」
    「だから、連れてきたっつってんだろ」

  • 11二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:25:44

    真希がファイルをトントンと人差し指で叩く。

    「西多摩で地域勤務をしている巡査部長。交番、駐在所、地域警ら。機捜経験はない。経歴だけ見れば、今回の異動候補に名前すら挙がらない人間だ」
    「では、なぜこいつを選んだ」
    「人員記録を洗ってたら、現場からの推薦が一件出てきた」
    「推薦?」
    「正確には、以前の配置希望調査に添付された意見書だ。書いたのは甘井凛。虎杖と同じ地域で勤務していた警察官だ」

    日車はようやくファイルを手に取った。
    薄いと思ったのは表紙の印象だけだった。めくってみれば、その下にはぎっしりと複数の記録が綴じられている。通常の人事記録。勤務評価。表彰歴。
    ――そして、その倍近い量の事故報告書と指導記録。

    「……多くないか」
    「多いな」
    「着任前の人間について、これだけ事故報告書があるのか?」
    「あるから渡した」

    九十九が興味深そうに日車の肩越しからファイルを覗き込む。

    「『河川へ飛び込んで要救助者を引き上げる』……『立入規制を越えて崩落現場へ入り、住民二名を救出』……『逃走被疑者を三・七キロ追跡』――徒歩で!?」
    「途中から山道へ入ったらしい」
    「元気だねえ」

    日車は渋い顔で次のページをめくった。

    「『応援到着前に単独で被疑者と接触』……『指示された待機位置から離脱』……『公用車のバンパーを損傷』……」
    「ただの問題児じゃない」

  • 12二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:28:05

    野薔薇が書類から目を切らずに、短く吐き捨てた。

    「よかったわね、日車さん。似合いの相棒が見つかって」
    「どこを見てそう思った」

    さらにページをめくったところで、日車の手が不自然に止まった。
    通常の勤務記録とは異なる、赤字で『取扱注意』のスタンプが押された資料。そこに記載された人物の名前を、日車は無意識のうちに声に出していた。

    「……両面宿儺の、甥」

    九十九がゆっくりと身を起こした。

    「あの、東京で無差別殺傷を繰り返した、あの宿儺かい?」
    「確か、十年以上にわたって強盗、誘拐、放火、爆破を繰り返した凶悪犯でしょう」

    野薔薇もその名を知っていたらしく、不快そうに目を細める。

    「死者三十人以上。本人はほとんど供述しないまま死刑が確定。今も余罪の捜査が続いてるって話じゃなかったかしら」
    「その宿儺だ」

    真希が短く答えた。

    「宿儺と虎杖の父親は一卵性双生児だった。古い未解決事件のDNAを再鑑定したことで、虎杖の採用後に血縁が判明した」
    「本人は知っていたのか」
    「いや。父親に双子の兄がいたことも、宿儺が叔父に当たることも知らなかった。接触歴もない。本人への聴取も済んでいる」

    日車は資料の特記事項へ目を落とした。そこには、血縁の発覚後、虎杖本人や勤務先へ寄せられた脅迫と嫌がらせの件数が並んでいた。

    「……なら、血縁だけで判断するべきではないな」

  • 13二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:29:47

    日車は資料を閉じず、さらに次のページをめくる。新たな事故報告書が現れた。
    もう一枚めくる。今度は始末書だった。さらにその次には、管内の住民から届いた手書きの感謝状の写しが挟まっている。日車は深く、深く眉間を押さえた。

    「……血縁以外の判断材料が多すぎる」

    九十九が破顔し、声を上げて笑った。

    「アハハ!いいじゃないか。会ってみなきゃ分からないだろう?」

    日車は答えなかった。窓の外では、東京の街にゆっくりと夜が降りてきている。
    壁に貼られた明日の配車表には、すでに逃れようのない二つの名前が並べられていた。
    四〇四号車。日車寛見。虎杖悠仁。

  • 14二次元好きの匿名さん26/08/11(火) 23:37:02

    >>1

    立て乙!

    楽しみです!

  • 15二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 00:19:10

    久住の配役だけは想像がつく
    五条や伏黒は誰になるんだろ

  • 16二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 01:19:09

    素晴らしい
    こんなパロを待っていた
    配役最高だな

  • 17二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 09:46:53

    ほしゅ

  • 18二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 10:23:01

    最近ドラマ見たからパロ助かる
    他の作品のメンバーは誰になるかな

  • 19二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 19:20:00

    ほしゅ

  • 20二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 22:54:02

    日車は溜息を吐いて、そのまま立ち上がった。

    「……虎杖悠仁が前に所属していた場所、そして甘井凛に連絡を取りたい」

    真希がわずかに眉を上げる。

    「へえ、わざわざ?」
    「ああ。人事記録の文字だけでは、分からないことが多すぎる」
    「記録だけでも、十分すぎるほど賑やかな男に見えるけどねえ」

    九十九がくすりと笑う。日車はその揶揄を取り合わず、電話へ迷わず手を伸ばした。

    「明日から同じ車へ乗る人間だ。事故報告書の枚数や噂だけで判断したくはない」
    「好きにしろ。ただし、今日中には帰れよ。四機捜は明日から本格稼働だ」
    「分かっている」

    真希はそう言い残し、まだ不機嫌そうな釘崎の肩を叩いて会議室を出て行った。九十九も空になった缶コーヒーのアルミ缶を指で弄びながら立ち上がる。

    「それじゃ、明日ね。……相棒によろしく」
    「まだ相棒ではない」
    「同じ車に乗って現場を回るんだ、嫌でも相棒だろう?」
    「配車表上は、単なる『同乗者』だ」
    「本当に面倒くさい男だなあ」

    九十九は心底楽しそうに肩をすくめ、軽やかな足取りで廊下へ消えていった。
    急に静まり返った会議室で、蛍光灯のジーッという低いノイズだけが響く。日車はもう一度机の上のファイルを開いた。
    虎杖の経歴は、一つの場所に長く留まっていない。青梅、あきる野、檜原、奥多摩。交番、駐在所、地域警ら――。異動理由の欄にはいずれも、等しく『管内事情及び人員配置上の都合』とだけ淡々と記されている。
    便利な言葉だ。本人の問題行動でも、組織の都合でも、書類の上ではすべて同じ記号に還元される。

  • 21二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 22:55:13

    日車は受話器を上げ、最初の勤務先へ電話をかけた。担当者を二人挟んだ末、過去に虎杖と半年ほど勤務が重なっていたというベテラン警察官へとつながる。

    「虎杖?ああ、覚えてますよ!いやあ、忘れるほうが難しいですね」

    第一声の弾んだトーンを聞いた時点で、日車は早くも眉間に皺を寄せた。

    「……勤務態度について伺いたいのですが」
    「勤務態度ねえ……とにかく明るいですよ。住民受けも抜群でした。子供と年寄りには特に好かれててね」
    「職務上、何か問題は?」
    「問題というか……まあ、足が速すぎるんですよ」
    「足?」
    「とにかく速いんです。ひったくり犯を見つけて、そのまま走って追いかけて捕まえたことがありましてね」
    「警察官として、それ自体は模範的な対応でしょう。問題とは思えませんが」
    「追跡する側のパトカーが追いつけなかったんです」

    メモをしていた日車の手がぴたりと止まった。

    「……距離は」
    「二キロちょっとだったかな。本人は『すぐそこだった』なんてケロッと言ってましたけど」

    受話器を置くと、息をつく暇もなく次の勤務先へかける。電話に出た警察官は虎杖の名を聞くと、なんだか楽しそうに笑った。

    「虎杖巡査部長?アイツ、めちゃくちゃ喧嘩強いですよ」
    「……警察官に対する評価として、その表現は適切ですか」
    「だって本当に強いんですから仕方ないでしょう。刃物持った男をたった一人で押さえ込んで――」
    「……応援到着前に単独で接触した件ですね。報告書にあります」
    「あ、なんだ、報告書をお持ちで。じゃあ話が早い」
    「なぜ指示を無視し、一人で接触したんですか」
    「すぐ近くに幼稚園の通園バスが停まってたんですよ。応援を待てる状況じゃなかった」
    「それで、本人が負傷している」

  • 22二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 22:56:49

    「ええ。一応、病院には行かせました」
    「大怪我ではなかったんですよね?」
    「ええ。打撲です」
    「……刃物を持った被疑者と揉み合って、打撲だけ?」
    「ああ、その直前に軽トラックにも突っ込まれてましたから、その打撲じゃないですかね」

    日車はそっと受話器を耳から離し、聞き間違いじゃなかっただろうかと考えこんだ。受話器を耳に戻し、改めて問い返す。

    「……軽トラックに、ですか?」
    「避けたら後ろの子供に当たると思って、正面から受け止めたとか言ってました。まあ、バンパーは凹みましたけどね」
    「それで、本人の怪我が打撲」
    「受診させた医者も、今の日車さんと同じこと言って首傾げてましたよ」

    続いてかけた別の駐在所では、元同僚の年配警察官が懐かしそうに語った。

    「よく食う奴でしたねえ。差し入れを持っていくと、何でも旨そうに平らげるんだ。地域の人からは本当に愛されてました」
    「……苦情や指導歴はありませんでしたか」
    「ありましたよ!声が大きい、距離感が近すぎる、勝手に人の家の雪かきをする」
    「最後のは苦情なのですか?」
    「勝手にやるな、今度はやる前に声をかけろって叱られてました。……次の冬には、その住人と一緒に雪かきしてましたけどね」

    その次にかけた警察署では、電話口の男が急にトーンを落とし、声を潜めた。

    「……虎杖を中央へ戻すのは、組織としては難しいんじゃないですか」
    「両面宿儺との血縁関係が理由ですか」

    受話器の向こうで重苦しい沈黙が落ちる。

    「……本人は悪くないですよ。そんなことは分かってる。でも、何かあるたびに周囲から名前が出る。上も扱いづらいんでしょう」

  • 23二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 22:57:50

    「何か、とは」
    「虎杖が表彰されれば、『凶悪犯の甥を美談にするのか』と叩かれる。不祥事を起こせば、『やはり血は争えない』と言われる。何もしなくても、『なぜ凶悪犯の親族を警察に置いているんだ』とクレームが入る」

    何をしても、血縁という不可避の呪縛へと引き戻される。だから、人目につく中央の部署には置かない。本人の高い能力とも意思とも関係なく、説明が容易で人目につきにくい方面へと移し続ける。
    日車は静かに礼を言って電話を切り、手元のメモへ短く書き加えた。
    ――本人の勤務評価とは別に、対外的事情(血縁問題)あり。
    続いて、直前まで虎杖がいた奥多摩の勤務先へ電話をかける。交換台から地域課、地域課から駐在所、駐在所からさらに別の交番へ回され、ようやく虎杖を直近まで知るという警察官につながった。

    「虎杖君ですか?足が速くて、喧嘩に強くて、車にはねられても無傷で――」
    「……その三点については、すでに他部署から十分すぎるほど伺いました」
    「じゃあ、五十メートルを三秒台で走るっていう話は?」
    「……車の間違いでは?」

    受話器の向こうで、明るい笑い声が上がった。

    「ハハハ、あくまで噂ですよ!実際にストップウォッチで測った奴はいません」
    「当然です。陸上競技の世界記録どころの騒ぎではないですよ」
    「でもねえ、日車さん。本人ならそれくらい出してもおかしくないなって、一緒に働いた奴はみんな本気で思ってるんですよ」

    最後に、日車は人事記録の隅に記載されていた、虎杖悠仁の推薦者――甘井凛の所属先へ電話をかけた。
    甘井は現在も奥多摩方面の地域課に勤務していた。取り次いだ警察官が用件を伝えると、少しの間のあと、硬い緊張を孕んだ若い男の声が応じる。

    「……甘井です」
    「警視庁第四機動捜査隊の日車です。虎杖悠仁巡査部長について、以前アナタが提出した意見書を拝見しました」
    「……虎杖、異動になるんですか」

  • 24二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 22:58:53

    声に、あからさまな警戒の色が混じる。

    「明日付で、四機捜へ着任します。私と同じ車に乗る予定です」
    「虎杖が、機捜に……?」
    「驚くのも無理はありません。経歴上、本来なら候補に挙がる人間ではない」
    「……そういう意味じゃないです」

    甘井は電話の向こうで一度、大きく息を吐いた。

    「……やっと、アイツをちゃんと見つけてくれる場所があったんだと思って」
    「意見書には、彼を機動捜査隊へ配置することを強く推奨するとありました。なぜです」
    「虎杖は、事件が起きてからじゃないと動けない警察官なんです」

    日車は眉をひそめてから、紙面をペン先でトントンと叩く。

    「それは……警察官であれば、誰もが同じでしょう。法と手続に基づき動く」
    「違います。事件になる前の人のことまで、虎杖は助けようとするんです。でも、事件になってない以上、警察官としてできることには限界がある。だから自分でできることを勝手に始めて、上から怒られる」
    「それは……警察組織において、推薦の理由にはなり得ません」
    「分かってます!アイツは待てないし、一人で行っちゃうし、危ないことばっかりする。何より……自分が怪我することを、怪我のうちに入れてない」
    「よく観察していますね」
    「何度も見てましたから」

    甘井は自嘲するように苦く笑った。

    「でも、事件が起きた『直後』なら……機捜なら、虎杖が最初に行く意味がある。まだ何が起きたか誰も分かってない混沌とした現場で、アイツは絶対、目の前の人を見捨てない」

    日車は、ファイルに挟まれていた住民からの手書きの感謝状へ目を落とした。
    濁流の川から救い上げた人間。崩落現場の瓦礫の中から連れ出した住民。山道をひたすら走り続けて捕まえた被疑者。その輝かしい記録の裏側に、まったく同じ数だけの始末書と指導記録が積み重なっている。

  • 25二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 23:00:01

    「アナタは……虎杖巡査部長を深く信用しているのですね」

    受話器の向こうで、再び短い沈黙があった。

    「信用っていうか……知ってるんです」

    甘井の声が低くなる。

    「虎杖は……自分が『正しい警察官』だから人を助けるんじゃないんです。ただ、目の前で困ってる人を、どうしても放っておけないだけなんです」

    日車は何も答えず、ただ受話器を強く握りしめた。

    「だから……日車さん。ちゃんと止めてやってください」
    「止める?」
    「一人で行かせないでください。アイツ……自分一人なら、どうなったっていいと思ってるところがあるから」

    窓の外は、すでに完全な夜の闇に包まれていた。黒いガラスには、机に向かって受話器を握る日車自身の疲れた顔がぼんやりと映っている。
    日車は壁の配車表へ視線を滑らせた。
    四〇四号車。日車寛見。虎杖悠仁。

  • 26二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 23:01:08

    「……非常に参考になりました」
    「日車さん」
    「何でしょう」
    「虎杖の……相棒になるんですか?」

    日車は一拍の間のあと、静かに答えた。

    「……配車表上は」
    「アイツ、たぶん明日をすげえ楽しみにしてます。……よろしくお願いします」

    プツリと、電話が切れた。日車は受話器を静かにフックへ戻し、メモ用紙に書き連ねた証言を上から順に見返した。
    ――足が速い。喧嘩に強い。車にはねられても無傷。命令を待たない。自分の怪我を勘定に入れない。目の前の人間を放っておけない。
    電話をかける前より、明らかに管理すべき問題点が増えている。
    日車は重い息を吐き出し、目頭を押さえてから眉間を強く揉んだ。最後に一行だけ書き加える。
    ――単独行動に注意。
    少しだけペンを止め、思案したあと、そのすぐ下へもう一行。
    ――一人にしないこと。

  • 27二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 23:09:19

    ああ、素敵だ……伊吹の情報が、虎杖の個性と綺麗に書き換わっていく
    パロの美味しい所を味わわせてもらってる

  • 28二次元好きの匿名さん26/08/12(水) 23:09:26

    虎杖の配役上手く合わせてるなぁ
    でも警察って三親等の身元調査するから重大犯罪者がいると警察になること自体が難しいんじゃなかったっけ?
    そのへんもあとから説明されるのかな?

  • 29二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 06:28:48

    あまりドラマは観ない私が 珍しく毎週楽しみに観てた作品のパロディ ありがてぇ
    楽しみに待機してる!

  • 30二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 14:54:09

    保守

  • 31二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 15:28:11

    翌朝。日車寛見が第一機捜本部へ入ったのは、勤務開始時刻の十五分前だった。
    エレベーターで上がり、四機捜の仮拠点として指定された会議室の前まで来る。ガラスの扉には、A4のコピー用紙に印刷された文字がセロハンテープで無造作に貼られていた。
    「警視庁第四機動捜査隊 分駐所(仮)」
    右下の角が早くも剥がれかけ、空調の風にぱたぱたと虚しく揺れている。日車は一度、その頼りない紙を苦々しく見上げてから扉を開けた。
    室内は前日より多少、勤務場所らしくなっていた。長机には管内地図、車両日誌、無線機の予備バッテリー、蛍光の腕章、未開封の事務用品。ただし、それらを狭い空間に詰め込んだせいで、会議室としても機捜の拠点としても、どこか中途半端で落ち着かない有様だった。
    窓際では九十九が紙コップのコーヒーを片手に朝刊を広げている。

    「おはよう、日車」
    「ああ」

    日車は室内をぐるりと見回した。

    「……釘崎警部補は?」
    「着任手続きの続きだよ。書類が一枚足りないとかで、朝一番で庶務へ呼ばれて行った」
    「虎杖は」

    九十九が新聞から顔を上げ、面白そうに口元を緩めた。

    「もう行ったよ」
    「……どこへ」
    「装備の確認じゃないかな。私が来た時には、担当者からひと通り説明を聞いて飛び出していった」
    「勤務開始前だぞ」
    「相当、楽しみだったんだろうねえ」

    日車は腕時計に目を落とした。遅刻するよりは遙かにマシだ。だが、初日に指導役や相棒を待たず一人で動き回る人間を、果たして勤勉と評価してよいものかは甚だ疑問だった。
    日車が軽く頭を抱えたところでヒールの足音が響き、釘崎の声が聞こえてきた。

  • 32二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 15:30:05

    「ちょっと、このカッコカリって何!?」

    戻ってきた釘崎が、ドアの半分剥がれかけた張り紙を指さして憤慨している。

    「仮って何よ、仮って!四機捜は今日から正式に発足して動くんでしょ!?」
    「臨時部隊で、まだ正式な分駐所が用意できていないからな」

    日車が淡々と答えると、釘崎は室内へ一歩足を踏み入れ、あまりの殺風景さに絶句した。

    「ここ、昨日の会議室じゃない!ここが仮本部なの!?」
    「だから『仮』なんだよ」

    九十九が手慣れた手つきで新聞を折り畳む。

    「見てのとおり、専用の流しも給湯室もない。まあ、事件待ちの書類仕事をするには十分だろうけどね」
    「私、こんな物置みたいな場所で研修するために警察庁から来たわけ!?」
    「事件が立派な部屋を選んで起きてくれるといいねえ」
    「そういう話をしてるんじゃないわよ!」

    朝から部屋に甲高く響き渡る声がこめかみを突き、日車は二人を残して静かに部屋を出た。虎杖が装備確認へ向かったのなら、行き先は地下の装備庫か駐車場くらいしか存在しない。
    武器庫の受付へ着くと、担当の警察官が日車の警察手帳を確認するより早く口を開いた。

    「あ、四機捜の方ですか?虎杖巡査部長なら、さっき行きましたよ」

    日車の眉間に一気に深い皺が寄る。

    「……またか」

    昨日の夜から、人事記録でも、電話先の元同僚たちも、当人を捜している今この瞬間でさえ、虎杖悠仁という男は常に日車の一歩先を突き抜けている。

  • 33二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 15:31:51

    「貸与品の番号照合と作動確認はすべて完了しています。弾倉改めも問題ありませんでした」
    「……一人で、すべて済ませたのか」
    「ええ。えらく早く来て待ってましたからね。今ごろ地下じゃないですか?『早く四〇四号車を見たい』って言っておられましたから」

    勤務開始前に勝手な単独臨場をしたわけではない。必要な手続きを飛ばしたわけでもない。むしろ、やるべきルーティンをすべて完璧に終えている。そのうえで、日車を待たずに次へ行ったのだ。

    「……そうですか」

    短く礼を言い、踵を返す。地下駐車場へ下りる薄暗い階段を進むほど、ひんやりとした空気が肌を撫でた。コンクリートの壁に自分の靴音が重く反響する。分厚い防火扉を押し開けると、天井の低く薄暗い地下駐車場へ出た。
    蛍光灯の白い光の下、まだ目立った傷のない覆面車両が二台、並んで停まっている。
    外見だけなら、街中を走るありふれたシルバーの国産セダンだ。
    四〇一号車の隣――四〇四の駐車区画で、男が一人、楽しそうにしゃがみ込んでいた。
    車体の下を覗き込み、今度は立ち上がってタイヤを横からじっくり眺める。後部へ回ると、トランクの隙間に顔を近づけて匂いでも嗅ぐ勢いだ。
    落ち着きなく動き回っているように見えるが、その視線はタイヤの摩耗、車体下部、灯火類へと順番に向けられている。彼なりに、出動前の始業点検をしているらしい。

    「……虎杖悠仁さん、か?」

    男がハッとしたように勢いよく振り返った。短く刈り込まれた桃色の髪と、鋭くもどこか親しみやすい顔立ち。威圧感を与える体格の良さとは裏腹に、その瞳には屈託のない光が宿っていた。

    「日車寛見だ。君と組む、四〇四号車の」

    虎杖はパッと表情を輝かせ、太陽のような笑顔を浮かべた。

    「はじめまして、虎杖悠仁です!俺、機捜初めてなんで、いろいろ教えてください。よろしくお願いします!」

  • 34二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 16:58:40

    おおやっと出会った~!!
    ここまで長い道のりだったな…

  • 35二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 23:33:05

    差し出された大きな手と、満面の笑みを、日車は交互に見つめた。
    人事記録の固い証明写真には、目の前の男が放つ独特のエネルギーや落ち着きのなさまで写っていなかった。だが同時に、これが地域の人々に愛されてきた根源なのだろうなと、嫌でも納得させられる。

    「俺の相棒ですよね!」
    「……違います」

    握手に応じる前にきっぱり否定すると、虎杖は目をぱちくりとさせた。

    「えっ?」
    「現時点では、同じ車両へ配置された『同乗者』だ」
    「それ、世間一般じゃ相棒って言わないすか?」
    「言いません」
    「じゃあ、いつから相棒になるんですか?」
    「さあ。少なくとも、出会って一分足らずでは判断できません」

    日車は差し出された手を自然な動作で避け、四〇四号車へ視線を移した。

    「装備点検はすべて済ませたと聞きました」
    「はーい!携行品一式、全部確認済みです。貸与品の番号もバッチリ合ってました!」
    「そこまで済ませておいて、なぜ私を待たずにここへ来たんです?」
    「車、見たかったんで!」
    「見れば分かりますが」
    「機捜の覆面パトカー、間近でちゃんと見るの初めてだからさ。赤色灯がどっから出てくるのかなとか、無線機どうついてんのかなとか。あと、トランクに何入ってんの?」
    「停止旗、発炎筒、規制用具、救急用品、防刃衣、その他の初動対応装備だ。勝手に開けないでください」
    「へえ!開けていい?」
    「今、勝手に開けるなと言ったばかりだが?」
    「相棒が一緒なら『勝手』じゃないでしょ!」

    昨夜、受話器越しに聞いた元同僚たちの証言が、日車の脳裏を駆け巡る。

  • 36二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 23:34:47

    ――待てない。一人で行く。止めても聞かない。
    会って一分も経たないうちに、その証言の正しさを証明されてしまった。
    虎杖はすでに運転席へ回り込み、窓ガラスに顔をくっつけるようにして中を覗き込んでいる。

    「なあ日車さん、運転ってどうするんですか?」
    「都心の道と機捜の無線対応に慣れるまで、当面は私が担当します」

    日車がポケットから四〇四号車のキーを取り出して見せると、虎杖の目がキランと輝いた。

    「よっしゃ!同じ巡査部長同士、気取らずに仲良くやりましょ!」

    言った瞬間、虎杖は日車の手を軽いハイタッチのように叩き、そのまま指を絡めて力強く握り込んできた。突然の馴れ馴れしい接触に、日車の反応が一瞬遅れる。
    次の瞬間、虎杖の手首がしなやかに返った。気づいたときには、日車の指先から四〇四号車のキーが抜き取られている。

    「……おい」

    我に返った日車の抗議に、虎杖は奪い取ったキーのリングを人差し指に引っかけ、くるりと回してみせた。

    「俺、早く道覚えたいんで!」
    「アナタは都心部の複雑な道路状況に不慣れだろう」
    「だから早く運転して覚えたいんだって!助手席に日車さんいるじゃん。横でナビしてよ」
    「順序が逆だ。まずは道を知っている人間が運転し、コースを示すべきだ」
    「カーナビもあるし、大丈夫だって!」
    「今の会話のどこに、大丈夫だと判断できる要素があった?」

    虎杖は日車の小言など全く気にした様子もなく、ガチャリと運転席のドアを開け、そのまま軽い身こなしで乗り込んでしまった。

    「大丈夫!俺、運転には自信あるから!」

    昨夜読んだ、分厚い事故報告書の束が日車の脳裏にフラッシュバックした。

  • 37二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 23:35:51

    『公用車のバンパーを損傷』『軽トラックと接触』――。
    そして同時に、受話器の向こうの甘井の切実な声が蘇る。
    ――ちゃんと止めてやってください。一人で行かせないでください。
    着任初日、勤務開始十分前。日車寛見は早くも、難題を押しつけられたことを確信していた。

    「降りてください。私が運転すると言ったはずです」
    「でも俺のほうが先に乗ったじゃん」
    「着席順で運転手を決めるような不合理な規則はありません」
    「日車さん、助手席でナビしてよ。俺、早く都心の道覚えたいんだって」

    虎杖は手早くシートの位置を自分の体格に合わせ、ルームミラーと左右のドアミラーを手際よく確認している。言動こそ軽いものの、運転前の所作そのものは手慣れていた。
    日車は腕時計に目をやった。勤務開始の九時まで、あと数分。ここで同階級の巡査部長を引きずり出し、地下駐車場の薄暗いコンクリートの上で揉み合うのも馬鹿げている。

    「……交通法規を厳守してください。急加速、急制動は厳禁。私の指示には即座に従うこと」
    「了解!」
    「返事だけでなく実行してください」

    日車は溜息を呑み込み、助手席へ乗り込んだ。
    車内には新車とは違う、綺麗に清掃された公用車特有の乾いた消毒液とシートの匂いが混ざり合って残っている。日車がシートベルトを締める横で、虎杖は両手をハンドルへ置き、落ち着かない様子で車窓の周囲を見回していた。

    「……東京で運転すんの、ちょっと緊張するなあ」
    「奥多摩も東京都ですが」
    「そうだけどさ。都心で車転がすの、数年ぶりなんで」

    カチリと音を立てる直前、日車の手がシートベルトの金具の上でぴたりと止まった。

    「……初めて聞きましたが」
    「今言ったからね」
    「つい先ほど、『運転には自信がある』と言ったでしょう」

  • 38二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 23:36:56

    「運転テクには自信あるよ!道にはないけど!」
    「今すぐ席を代わってください」
    「大丈夫だって!横に日車さんがついてるし!」

    それを大丈夫な根拠として数えてよいものか、日車には心底分からなかった。
    虎杖がキーをひねる。スターターが回り、静かなエンジン音とともに低い振動が車体を揺らした。

    「おおーっ!エンジン音、いいなあ!」
    「至って普通です」
    「向こうじゃ、移動つったら自転車か走りだったからさ。車に乗る機会、あんまなかったんだよね」
    「……地域勤務時代、運転経験が豊富だという話ではなかったんですか?」
    「パトカー乗ることもあったよ?現場が近いと、走ったほうが早いし」

    昨夜、電話口で複数の元同僚たちから聞かされた真実が、日車の脳裏をよぎる。
    ――パトカーが追いつかなかった。五十メートル三秒。本人ならあり得るかもと、みんな思っている。
    日車はそれ以上追及するのを諦め、ダッシュボード横の車載無線のスイッチを入れた。
    ザザーッと短いノイズのあと、起動音が響き、他機の機捜車両と指令台との無機質な通信がスピーカーから流れ始める。
    車内のデジタル時計の表示が切り替わり、午前九時を示した。

    「四機捜の当番勤務は二十四時間。終了は明朝の九時です」
    「おう!」

    日車はマイクを取り、送信ボタンを押した。

    「機捜四〇四から、一機捜本部」

    一瞬のノイズを挟み、すぐに応答が返る。

    『機捜四〇四、どうぞ』

  • 39二次元好きの匿名さん26/08/13(木) 23:38:29

    「これより一機捜応援、墨田署管内重点密行に入ります。どうぞ」
    『一機捜本部、了解』

    通信を終え、日車はマイクを元の位置へ戻した。
    ――機捜四〇四。
    昨夜までは、仮本部の壁の配車表に黒の油性ペンで書き加えられただけの味気ない番号だった。それが今、無線を通して警察組織のなかに正式な呼出符号として刻まれた。

    「四〇四か」

    虎杖がハンドルを握ったまま、小さく呟く。

    「なんです?」
    「いや。俺たち、今日から『四〇四』なんだなって」
    「ただの車両の識別番号です」
    「分かってるよ。でも、なんかいいじゃん。四機捜の四〇四。覚えやすいし」
    「番号自体に特別な意味はありません。空いていた枠を機械的に割り当てられただけでしょう」
    「今日から、俺たちで意味を作ればいいんじゃない?」

    日車が思わず横顔を見る。虎杖は前を見据えたまま、太陽のように眩しい満面の笑みを浮かべていた。
    昨日まで奥多摩にいた男。機捜経験はゼロ。都心での運転は数年ぶり。事故報告書と始末書は山積み。
    日車の胃を痛めつける不安要素だけが、出動直前にして怒涛の勢いで増えていく。

    「……安全運転でお願いします」
    「任せて!」

    虎杖がアクセルを軽やかに踏み込む。四〇四号車はエンジンの回転数を上げ、地下駐車場からまぶしい地上へと続く坂道を上り始めた。

  • 40二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 07:23:49

    保守

  • 41二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 09:20:52

    丁寧に書かれてて好きだな

  • 42二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 17:32:05

    >>1

    改めて見るとサムネが本当味わい深くて好きだ

    警察手帳の写真と持ってる2人の見た目が変わってる所が特に良い

  • 43二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:32:28

    四〇四号車が地下駐車場を出てから、少し遅れて四〇一号車も静かに動き始めた。
    運転席に座る釘崎は、まずシートの位置を自分の体格へ正確に合わせた。ルームミラー、左右のドアミラー、ハンドルとペダルまでの距離を順に指差し確認し、カチリと音を立ててシートベルトを締める。エンジンをかけてからもすぐには発進せず、各種計器類と周囲の安全へくまなく目を配った。
    助手席の九十九は、その隙のない一連の動作を顎に手を当てながら黙って眺めていた。

    「発進します」
    「どうぞ」

    釘崎は手際よく方向指示器を出し、四〇一号車を駐車区画から滑らかに滑り出させた。
    狭い通路へ入ってきた資材搬入の対向車を先に通し、コンクリートの柱と車体の距離をミラーで確かめながらカーブを曲がる。アクセルを踏み込む足つきもブレーキの踏み込みも極めて穏やかで、先ほど地下駐車場の奥から高らかに聞こえてきた四〇四号車の豪快なエンジン音とは実に対照的だった。

    「上手いじゃないか」

    九十九の呟きに、釘崎がちらりと横目で助手席を見た。

    「……何がです?」
    「運転」
    「当然です。警察学校でも所轄での実務研修でも、一度だって事故も擦り傷も起こしてません」
    「それでもね、初めて組む相棒の運転が上手いと助手席としては安心するよ」
    「同じ警部補でしょう。上から採点しないでもらえます?」
    「階級は同じでも、機捜じゃ私が先輩だからね」

    九十九は悪びれずに言ってほほ笑むと、車載無線のスイッチを入れた。
    ザザーッと短いノイズのあと、指令台と都内各所を走る機捜車両との交信が流れ、九十九が手慣れた手つきでマイクを手に取る。

  • 44二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:33:59

    「機捜四〇一から、一機捜本部」
    「機捜四〇一、どうぞ」
    「これより一機捜応援、墨田署管内重点密行に入る。どうぞ」
    「一機捜本部、了解」

    九十九がマイクを戻す。
    地下駐車場から地上へ続く緩やかな坂道へ差しかかると、フロントガラスの向こうから朝の鮮やかな光が眩しく射し込んできた。
    釘崎は慎重に速度を落とし、出口の手前で一時停止して左右の歩道を確認する。通り過ぎる自転車を先に通してから、滑らかに公道へ合流した。

    「朝は食べてきた?」

    流れる街並みを眺めながら、不意に九十九が尋ねた。

    「はい」
    「何を?」
    「トースト」
    「それだけ?」
    「コーヒーも飲みました」
    「それじゃあ昼まで持たなそうだなあ」
    「平気です。自己管理くらいできます」

    会話がふっと途切れた。タイヤがアスファルトを転がる規則的な音と、無線機から時折聞こえる他車の無機質な通信だけが車内を満たす。
    釘崎は前方の信号の変化を正確に察知し、法定速度を愚直なまでに守って走り続けた。その横で、九十九が再び口を開く。

    「東京の道には慣れてる?」
    「必要な範囲では」
    「機捜への配属はどう?楽しみだった?」
    「研修です。命じられた職務を淡々と経験するだけです」
    「ふうん」

  • 45二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:35:10

    九十九はそれ以上、深く追及しなかった。だが、しばらく走ると今度は車内のエアコンの温度設定は寒くないかと聞いてきた。釘崎が「問題ありません」と素っ気なく答えれば、仮分駐所のパイプ椅子は腰が痛くなりそうだったと気楽な雑談を続ける。
    釘崎は三つ目の交差点を左折したところで、とうとう我慢が限界に達したように口を開いた。

    「……あの」
    「なんだい?」
    「気を遣って、無理に話しかけてもらわなくても結構です。業務に必要な最小限の会話だけでいいですよ」

    九十九が一度、驚いたように瞬きをした。

    「気を遣ってるように見えた?」
    「違うんですか?」
    「私はただ、君と話したいから話してるんだけどね」

    釘崎は返答に詰まり、わずかに眉を寄せた。

    「……私たち、仕事で同じ車に乗ってるだけでしょう」
    「そうだね」
    「だったら、任務に必要な意思疎通さえできれば十分です」
    「うん。それで十分成り立つ仕事もある」

    九十九は前方の景色を見据えたまま、声のトーンを穏やかに落として続けた。

    「けど、機捜は二人きりで二十四時間だ。事件が起きる前、本当に必要な事態になる前に、君がどんな人間なのかを知っておきたい」

    釘崎の表情が、わずかに硬くなる。

    「経歴なら、提出した人事資料に全部書いてあります」
    「資料に書けないことのほうが、その人間を知るには役に立つものさ」
    「たとえば?」

  • 46二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:37:45

    九十九は「待ってました」とばかりに、満足げな笑みを浮かべた。

    「どんな男がタイプかな?」

    釘崎は危うくアクセルをめいっぱい踏み込みそうになった。

    「どこが業務に必要な会話なのよ!」
    「だから、必要な会話だけじゃなくていいと言ってるんだよ」
    「私は『必要な会話だけでいい』って言ってんの!」
    「じゃあ、好きな食べ物は?」
    「質問の方向性を変えればいいって話じゃないでしょうが!」

    九十九が楽しそうに声を上げて笑った。釘崎は腹立たしそうにハンドルを握り直す。信号が赤へ変わるのを見届け、停止線の手前で静かに車を止めた。

    「何がおかしいんですか」
    「いや。ようやく普通に喋ってくれたと思ってね」
    「タメ口きかれて喜ぶ上司がどこにいんのよ」
    「それも、人事資料には載っていない君のことだろう?私は大歓迎だよ」
    「あのねえ……まあいいわ、なら私はもうこれでいくから」

  • 47二次元好きの匿名さん26/08/14(金) 21:40:42

    釘崎は横目で九十九を強く睨みつけた。九十九は相変わらず面白そうに目を細めている。その表情を見ていると、これ以上本気で腹を立てることすら相手の思惑通りに動かされている気がしてバカバカしくなってきた。
    釘崎は小さく舌打ちし、前へ向き直った。

    「……イタリアン」
    「うん?」
    「好きな食べ物。強いて言うなら、イタリアン」

    九十九の口元の笑みが、いっそう深くなった。

    「了解。今日の昼の候補に入れておこう」
    「勝手にして」

    信号が青へと切り替わる。釘崎は慎重にアクセルを踏み込み、四〇一号車を再びスムーズに滑り出させた。
    先ほどまでの張りつめた空気とはどこか違う、ほんの少しだけ柔らかく軽やかな風が、車内を通り抜けていった。

  • 48二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 05:15:55

    保守

  • 49二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 11:40:23

    早め保守

  • 50二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 15:55:57

    九十九と釘崎のコンビもいいなぁ!
    原作で絡むことなく終わってしまったけど、実際会ったら相性良さそうなんよね

  • 51二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 22:44:11

    都心での運転が数年ぶりだという虎杖の告白に反して、四〇四号車は穏やかに流れへ乗っていた。少なくとも、日車が心の中で最悪の事態として警戒していたような荒い運転ではない。
    急な加減速もなければ、不必要な車線変更もない。制限速度をきっちりと守り、交差点へ入る前には左右の歩道まで入念に視線を走らせている。先ほど地下駐車場で強引にキーを奪っていった男と同一人物とは思えないほど慎重で、丁寧なハンドルさばきだった。
    日車は助手席で車載端末を確認しながら、運転席へ一度だけ視線を向けた。

    「意外です」
    「何が?」
    「もう少し荒い運転をするものだと思っていました」
    「初めて乗せる相手にそんなことしないよ。酔ったら困るじゃん」
    「俺の体調を気遣っているんですか」
    「相棒がいきなり吐いたらビビるだろ」
    「まだ相棒ではありません」
    「でも一日ずっと一緒にいるんだろ?」
    「同じ車両へ乗務することと、相棒になることは別です」
    「難しいなあ、日車さんは」

    虎杖は笑いながら、前方の信号の変化に合わせて静かにブレーキを踏み、赤信号で車を停止させた。車内へ、短い沈黙が落ちる。こういう時に限って車載無線からの通信はなく、静寂が二人の間を包み込んだ。
    虎杖がハンドルへ両手を置いたまま、まるで今日の天気でも尋ねるかのような、何でもないトーンで口を開いた。

    「……宿儺のこと、気になってる?」

    日車はすぐには答えなかった。虎杖がこちらを見たわけではない。その視線は正面の赤信号を見つめたままだ。それでも、初対面のわずかな時間で日車という人間を見抜き、相手が自分の何をどこまで調べてきたのかをある程度察知しているようだった。

  • 52二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 22:45:33

    「人事記録に記載されていた内容は確認しました」
    「そっか」
    「追加で、本人から個人的な事情を聞き出す必要性も感じていません」
    「会ったことないよ、俺」

    虎杖はそのまま話し始めた。日車の言葉を拒絶とは受け取らなかったらしい。あるいは、誰かに拒絶される前に、自分から話しておきたかったのかもしれない。

    「宿儺と親父はさ、子どもの頃に別々の家へ引き取られたんだって。親父は虎杖の家に来たから、戸籍だけ見ても宿儺とはどこもつながらなかった」

    日車が読んだ調査資料にも、同じ内容が記されていた。
    両面宿儺と虎杖仁。二人は血縁上の兄弟でありながら、幼少期に異なる家へ引き取られている。氏も戸籍も別。以後、公的な記録上で両者が交わることはなかった。

    「分かったのも、俺が警察に入ったあと。古い事件の証拠をもう一回調べて、DNAが照合されたとかで」
    「採用時の身辺調査では判明していなかった」
    「うん。俺も知らなかったし、じいちゃんも教えてくれなかった。知ってたのかどうかも、今となっては聞けないけど。まあでも、知ってたら流石に警察は無理だって言ってくれたかな」

    信号が青に変わる。虎杖は周囲を確認してから、四〇四号車を発進させた。

    「……会いたいと思ったことは?」

    日車は尋ねてから、それが必要な確認ではないことに気づいた。虎杖は少しだけ眉をひそめ、考える仕草を見せる。

    「顔くらい、一回見てみたいと思ったことはある」
    「……そうですか」
    「でも、会って何話すんだろうな。向こうからしたら俺は会ったこともない弟の息子だし、俺からしたら見たこともない親父の兄弟だし」

  • 53二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 22:47:07

    世間が両面宿儺の名と結びつけたがるほど、虎杖の中に宿儺との思い出はない。ただ、血がつながっている。それだけの事実だった。

    「日車さんはさ」
    「何ですか」
    「……俺が宿儺の親戚だから、組むの嫌?」

    日車は運転席を見る。虎杖は軽薄に笑っていた。
    それは心から気にしていない人間の笑い方にも見えた。だが同時に、気にしていると周囲に悟られないようにするための、幼い頃からの癖のような笑い方にも見えた。

    「アナタと宿儺の間に、具体的な接触があった記録はありません」
    「うん」
    「犯罪への関与も、便宜を図った事実もない。採用後の監察でも確認済みです」
    「うん」
    「であれば、私が興味本位でそこを追求する必要はない」
    「それ、嫌じゃないって意味?」
    「アナタという個人を評価する材料にならない、という意味です」
    「やっぱ難しいなあ」

    虎杖はまた笑ったが、今度の笑い方は、先ほど少しだけ安堵が乗っていた。

    「俺がどこにいたって、警察官なのは変わんないだろ」

    前を走る車との距離を保ったまま、虎杖が言う。

    「今日から機捜にもなれたし」

    その声には、初めて支給された制服を着た子どものような、素朴な喜びが滲んでおり、日車は思わず虎杖の横顔を見た。

  • 54二次元好きの匿名さん26/08/15(土) 22:48:12

    人事記録の末尾には、両面宿儺との血縁が発覚して以降、虎杖が幾つもの署や部署から配置を敬遠され、押し付け合われてきた異動の経歴が残されていた。本人の勤務評価や人柄とは何の関係もなく、ただ「万が一問題が起きた場合の影響」を恐れた上層部が距離を置こうとした結果だ。
    それでも虎杖は、「追い出された」とは一度も言わなかった。「機捜になれた」と無邪気に笑ったのだ。

    「……機捜に配属されただけで、警察官としての適性や能力が証明されたわけではありません」
    「分かってるよ。これから証明する」
    「誰にですか」
    「日車さんに」

    あまりにも迷いのない即答だった。
    日車は一瞬、返す言葉を失う。虎杖はそんな日車の沈黙に気づく様子もなく、集中した様子で前方の交差点の安全を確認している。

    「とりあえず今日一日で、俺と組んでよかったって思わせるから」
    「……事故を起こさず帰投できれば、最低限の評価はします」
    「最低限かあ。じゃあ、めちゃくちゃ活躍しないとな!」
    「通常密行中に、活躍する機会を求めないでください」
    「事件が起きてほしいって意味じゃないって!」

    日車は息を吐き、再び車載端末へ視線を戻した。少なくとも今のところ、虎杖の運転に問題はない。今のところは。

  • 55二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 07:39:57

    パロ元の今後の展開を思うと…
    でも、第一話の最後の方の息吹のセリフが今の虎杖にマッチしてると思っているので、その辺りも期待しつつ
    楽しみに読ませてもらいます

  • 56二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 14:53:42

    保守

  • 57二次元好きの匿名さん26/08/16(日) 23:43:26

    ほしゅ

  • 58二次元好きの匿名さん26/08/17(月) 05:05:47

    早めに保守

  • 59二次元好きの匿名さん26/08/17(月) 12:52:50

    保守

  • 60二次元好きの匿名さん26/08/17(月) 20:41:54

    保守

  • 61二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 00:18:32

    更新明日になりそうなので
    404候補に五条・夏油も虎杖・伏黒もいました
    けど前者は運命すぎるし五条が野生のバカにならないし後者も初対面から仲を深めるのは呪術本編でやったな?となって没
    虎杖・夏油も考えましたが夏油には別配置があると考え没
    伏黒はアンナチュラルとMIU404にはいません
    ラストマイルで待っています

  • 62二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 08:15:59

    ほしゅ

  • 63二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 16:24:25

    保守

  • 64二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 22:30:26

    墨田署管内の重点密行に入ってから、しばらくは何事も起こらなかった。
    昼前の幹線道路は交通量こそ多いものの、全体の流れは安定している。虎杖も地下駐車場で宣言した言葉通り、制限速度と車間距離をきっちりと守って四〇四号車を走らせていた。
    日車は助手席で、流れる街並みと周囲の車両へくまなく視線を巡らせている。虎杖の運転が人事資料から想像していたよりもずっと丁寧であることには、あえて口に出して触れなかった。

    「なあ、日車さん」
    「今度は何ですか」
    「俺の運転、結構上手いと思わない?」
    「自分から言わなければ、そう評価する可能性もあったかもしれませんね」
    「えっ、今のでなくなっちゃった?」
    「評価は著しく下がりました」
    「厳し~……」

    虎杖の呑気な声が、不意に途切れた。
    二台前を走っていた黒い高級セダンが、方向指示器すら出さずに前方のわずかな隙間へ無理やり割り込んだのだ。後続車との車間はほとんどない。割り込まれた乗用車が慌てて急ブレーキをかけ、短いクラクションの音が路面に響く。
    黒いセダンは反省する様子もなくアクセルを踏み込み、今度は前方の軽自動車へ異常なほど急接近した。

    「……日車さん、今の見た?」
    「ああ」

    日車の手が、即座に車載端末へ伸びる。

    「黒色セダン。三台前。車間距離不保持、合図不履行、急な進路変更」
    「ナンバー押さえた?」
    「確認しています。前を注視してください」

    虎杖は速度を一定に保ちながら、スムーズに車間を詰めた。
    黒いセダンは前方車両を強引に右から追い越すと、あろうことかその車体へ向かって幅寄せを仕掛けた。避けようとした乗用車が、歩道側のガードレールギリギリまで追いやられる。うっかり運転ミスを犯した動きではない。あからさまな悪意だった。

  • 65二次元好きの匿名さん26/08/18(火) 22:35:40

    虎杖と日車が、ほぼ同時に口を開く。

    「あおり運転!」
    「妨害運転だ」
    「同じ意味だろ!」
    「法的な名称は正確に使うべきです」

    日車は足元からマグネット式の赤色灯を取り出すと、助手席の窓を開けて身を乗り出し、屋根の上へ設置した。ウーというサイレンが車内にも響き、赤色灯が回転を始める。
    虎杖が四〇四号車を黒いセダンのすぐ後ろへとつけた。その瞬間、日車は助手席のマイクを取って口を開く。車外スピーカーから、日車の淡々とした声がセダンにあびせられた。

    「前方の黒色セダン。警察です。速度を落とし、左側へ寄せて停車しなさい」

    黒いセダンは一瞬だけブレーキランプを点灯させ、速度を落とした。諦めて止まる意思を見せたのかと、周囲の一般車も道を空け始める。
    ――次の瞬間、黒いセダンのエンジン音が跳ね上がった。

    「――あ」

    黒い車体が強引に前方の隙間へ割り込み、前の車へ接触しかねない勢いで逃走を始める。虎杖の顔から、先ほどまでの軽い笑みが消え失せた。

    「逃げた」
    「見れば分かります。追いましょう」

    日車は無線のチャンネルを指令台へ切り替える。

    「機捜四〇四から一機捜本部。墨田署管内、妨害運転の黒色セダンへ停止を求めたところ、応じず逃走。ナンバー、品川――」

    日車が車両情報を読み上げる横で、虎杖はアクセルをぐっと踏み込んだ。
    四〇四号車が赤色灯の光を伴い、逃走する黒いセダンを追って混雑する車列から鮮やかに抜け出した。

  • 66二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 07:30:19

    ほしゅ

  • 67二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 07:58:04

    >>61

    まさか梨本孔か山崎佑かな

    天使がエレナかまりか

  • 68二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 17:12:06

    保守

  • 69二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 23:35:11

    黒いセダンは、周囲の車両を押しのけるようにして逃走した。虎杖はすぐに後を追う。
    四〇四号車の前を走っていた乗用車が道を譲り、二台のあいだを遮っていた車列が割れた。

    「機捜四〇四から一機捜本部。黒色セダンは停止指示に従わず、墨田署管内を東進中。速度は時速七十~八十。引き続き追跡します」

    日車は無線で状況を報告しながら、前方の信号と道路状況を確認する。

    「次の信号が変わります。距離を取ってください」
    「このままじゃ離される」
    「一般車両を巻き込むよりはいい。応援車両へ進行方向を共有します」

    前方の信号が黄色へ変わった。黒いセダンは速度を落とさない。赤へ変わった直後の交差点へ、クラクションを鳴らしながら強引に突っ込む。
    横断歩道へ踏み出していた老婦人が、迫ってくる黒い車体に驚いて後ずさった。手にしていた花柄の杖が路面を滑る。老婦人の身体が傾き、そのまま歩道へ尻餅をついた。
    黒いセダンは止まらない。
    虎杖がバックミラーを見ると、近くにいた通行人が老婦人へ駆け寄り、身体を支えている。

    「……この野郎」

    それまでの呑気な声から、温度が消えた。虎杖の右足が、アクセルを深く踏み込む。
    四〇四号車のエンジン音が跳ね上がった。

    「速度を落としてください」
    「今の見ただろ!」
    「見ました」

    日車は無線マイクを握る。

    「機捜四〇四から本部。墨田署管内、東駒形二丁目交差点。逃走車両を避けた高齢女性一名が転倒。付近局、確認願います」

  • 70二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 23:36:38

    本部から応答が返る。その間にも、虎杖は黒いセダンとの距離を急速に縮めていた。

    「だからといって、こちらまで歩行者を危険に晒すな」
    「逃がしたら、またやる!」
    「そのために応援を要請しています。君一人で捕まえる必要はない」
    「今一番近いのは俺たちだろ!」

    黒いセダンが、前を走る軽自動車の左側へ無理やり割り込んだ。虎杖も同じ隙間へ四〇四号車を滑り込ませる。サイドミラーのすぐ横を、軽自動車の車体が流れていった。

    「近すぎます」
    「当たってない!」
    「当たらなければいいわけではない!」

    黒いセダンが幹線道路を外れ、住宅街へ入る。
    道幅が一気に狭くなる。道路の両側には民家の塀と電柱が並び、歩道もない。買い物袋を提げた女性が、サイレンに驚いて端へ身を寄せる。

    「虎杖さん、歩行者がいます」
    「見えてる!」

    虎杖は女性を避けると、ほとんど速度を落とさないまま次の角を曲がった。助手席側の車体が、民家の塀すれすれを通過する。

    「速度を落としてください!」
    「これ以上離されたら見失う!」
    「前の車だけを見るな!周囲を見ろ!」
    「見てるって!」

    路地から自転車が出てくると、虎杖はハンドルを切って避ける。四〇四号車の後部が大きく振れ、自転車の少年が目を丸くして立ち止まった。日車の手が、反射的にダッシュボードへつく。

  • 71二次元好きの匿名さん26/08/19(水) 23:37:45

    「速度を落とせ虎杖!」

    初めて敬称が剥がれた。虎杖は一瞬だけ日車を見てにやりと笑う。

    「前を見ろ!」

    日車が叫ぶ間にも黒いセダンはさらに細い道へ入り、停車中の車両を避けながら蛇行していった。虎杖も即座に追う。

    「虎杖、聞いているのか!」
    「聞いてる!」
    「なら減速しろ!」
    「嫌だ!」
    「子どもか君は!」
    「逃がすよりマシだろ!」
    「事故を起こしたら同じだ!」

    虎杖は答えない。黒いセダンへの怒りが、アクセルを踏む右足へそのまま流れ込んでいるようだった。
    人を助けたいという思いが強い。だからこそ、目の前の犯人を逃がすことが許せないのだろう。そして今、その感情が、黒いセダンとは別の誰かを危険へ晒そうとしていた。
    前方で、黒いセダンのブレーキランプが突然点灯した。

    「虎杖!」

    日車の声と同時に、虎杖がブレーキを踏み込む。タイヤが路面を擦り、シートベルトが胸へ食い込み、四〇四号車は黒いセダンの後部寸前で停止した。
    黒いセダンの運転席側のドアが開く。男が車外へ飛び出し、狭い路地の奥へ向かって走り始めた。

    「逃がすか!」

    虎杖はシートベルトを外し、日車が止めるより早く運転席を飛び出した。

  • 72二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 07:55:41

    期待
    少し早め保守

  • 73二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 15:27:13

    原作だとそろそろあのシーンが

  • 74二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:24:34

    日車がドアを開けた時には、虎杖はすでに数十メートル先を走っていた。

    「虎杖!」

    呼び止める声など聞こえていないのか、それとも聞いたうえで無視しているのか。虎杖は一度も振り返らない。
    逃げた男は細い路地を縫うように走り、停められた自転車を蹴飛ばして道を塞いだ。虎杖は速度をほとんど落とさず、倒れかけた自転車を片手で押しのけて飛び越える。

    「止まれ!」

    怒声が住宅街へ響き渡り、男が振り返った。
    虎杖との距離を確認した瞬間、その顔が明らかに引きつる。

    「なんだよ、アイツ……!」

    つい数秒前まで十数メートルはあったはずの距離が、みるみるうちに縮まっているのだから、焦るのも当然だ。
    虎杖は走る。前を塞ぐ植木鉢を避け、路地から出てきた自転車を紙一重でかわし、道路脇へ積まれたビールケースを飛び越える。
    あと十メートル。男が曲がる。虎杖も曲がる。
    あと五メートル。

    「待て!」

    虎杖が腕を伸ばす。指先が、男のシャツの背中へ触れかけたその瞬間、男の視線が前方へ向いた。
    路地を抜けた先、道路脇に一台の白いバンが停まっている。スライドドアが勢いよく開いた。

    「乗れ!」

    車内から怒鳴り声が飛ぶ。

  • 75二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:26:24

    「仲間か!」

    虎杖がさらに速度を上げたが、男が最後の数メートルを転がり込むように走り、開いたままのスライドドアへ身体を投げ込む。

    「行け!」

    ドアが閉まりきるより早く、白いバンが急発進した。

    「逃がすかよ!」

    白いバンが、住宅の建ち並ぶ細い道を猛スピードで駆け抜けていく。虎杖もその後を追った。
    車と人間。本来なら勝負になるはずがない。にもかかわらず、バンの後部と虎杖の距離は、なかなか開かなかった。

    「……っ!」

    助手席にいた男が後ろを振り返る。リアガラス越しに見えた虎杖の姿に、信じられないものでも見たように目を見開いた。
    バンがさらに速度を上げ、虎杖も地面を蹴る。
    この細道を抜ければ、交通量の多い大通りに出てしまう。そこまで逃げ込まれれば、追うのは一気に難しくなる。
    あと少し。そのときだった。
    道沿いの店から、買い物袋を提げた女性が出てきた。
    サイレンも警告音もない。何が起きているのか知らない女性は、いつも通り店を出ただけだった。買い物袋の中を確かめながら、何気なく道へ一歩踏み出す。
    その先へ、白いバンが猛スピードで迫っていた。
    虎杖の視線が、バンから女性へ移る。ほんの一瞬だった。

    「危ねえ!」

  • 76二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:27:38

    虎杖は追跡を捨てた。一気に女性との距離を詰め、その腕を掴む。
    驚いて顔を上げた女性を、身体ごと店先へ引き戻した直後、白いバンが二人のすぐ脇を猛然と通過した。
    巻き起こった風に煽られ、女性の手から買い物袋が落ちる。中身が路上へばらばらと散らばった。

    「大丈夫!?」

    虎杖は女性の肩を支えたまま、顔を覗き込んだ。

    「だ……大丈夫、です……」

    突然の出来事に息を詰まらせながら、よろめいた女性が何度も頷く。

    「立てる?」
    「はい……」
    「よかった」

    虎杖は、女性がしっかりと自分の足で立てることを確認すると、すぐに道の先へ顔を向けた。
    白いバンはちょうど細道を抜け、大通りとの交差点を曲がるところだった。最後部が建物の陰へ消えていく。
    まだ走れば追える。虎杖の身体が、無意識に前へ傾く。
    けれど、一歩踏み出しかけた足が止まった。
    振り返れば、助けた女性はまだ青ざめた顔で店先に立ち尽くしている。
    足元には、散らばった買い物袋の中身がそのままになっていた。

    「……クソ」

    低く吐き捨て、もう一度前を向いたときには、白いバンの姿は完全に消えていた。
    虎杖は道路の向こうをしばらく睨みつけていたが、やがて諦めたように大きく息を吐いた。

    「……ナンバー」

  • 77二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:28:39

    頭の中で、走り去った車体を反芻する。
    白。ワンボックス。後部窓に濃いスモーク。右側のテールランプに縦のヒビ。
    側面には青い文字。運送会社のロゴにも見えたが、端が少し浮いていた。塗装ではない。マグネットシートかもしれない。そしてナンバー。

    「練馬……」

    虎杖は小さく呟き、覚えている数字を口の中で何度も繰り返してから、女性の買い物袋の中身を拾いに戻った。

    一方、日車は追わなかった。正確には、追えなかった。

    「……あの馬鹿」

    悪態を吐きながら四〇四号車を降り、まず周囲を確認する。
    追跡の末に乗り捨てられた黒いセダンは、道路のほぼ中央へ斜めに停まっていた。運転席のドアは開け放たれたまま。エンジンもかかったままだ。
    このまま放置すれば、別の事故を誘発すると判断し、日車は無線マイクを手に取った。

    「機捜四〇四から一機捜本部」
    『機捜四〇四、どうぞ』
    「逃走車両を墨田署管内路上にて発見。被疑者は車両を放棄して徒歩逃走。同乗員が追跡中。黒色セダン一台を現場にて確保。所轄臨場願います」
    『一機捜本部、了解。墨田署へ通報する。徒歩逃走被疑者の特徴をどうぞ』

    日車は車内から確認していた男の特徴を簡潔に伝えた。
    三十代前後の男。黒色の上衣に灰色のパンツ。身長はおよそ百七十センチ台。
    通信を終えると、使い捨て手袋を装着する。車内へむやみに身体を入れず、まず外から確認した。助手席、後部座席とも無人。目視できる範囲に凶器や危険物はない。
    運転席のシート、ハンドル、シフトレバー、ドアノブ。いずれも逃走した男が触れている可能性が高い。

  • 78二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:30:21

    日車は携帯端末で車両の状態と停車位置を記録し、必要最低限の操作だけでエンジンを停止させた。
    その横を通り抜けようとした乗用車が、斜めに停まったセダンを避けるため大きく対向車線側へ膨らむ。
    日車はすぐに道路へ出て片手を上げた。

    「警察です。徐行してください」

    後続車へ合図を送り、安全に通過させる。黒いセダンだけではない。追跡の末に四〇四号車も路上へ停車している。所轄が到着するまでは、現場の安全を確保しながら車両を保全する必要がある。
    その最中、無線が鳴った。

    『機捜四〇四、一機捜本部』

    日車はマイクを取る。

    「四〇四、どうぞ」

    『徒歩逃走被疑者の追跡状況は?』

    日車は一瞬、黙った。その同乗員は日車が止める暇もなく一人で走っていったため、何もわからない。

    「……現在確認中です」

    どうにか平静な声で答える。

    『了解。付近局にも手配する』

    通信が切れた。日車はマイクを戻し、眉間を強く押さえた。

  • 79二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:32:16

    勤務開始から、まだ一時間も経っていない。
    昨夜、人事資料のメモへ自分で書き加えたばかりの言葉が脳裏をよぎる。
    ――単独行動に厳重注意。
    ――一人にしないこと。

    「初日から両方破る奴があるか……」

    誰に聞かせるでもなく呟いた。

    しばらくして、先ほど虎杖が消えていった路地の奥から人影が現れた。
    日車は目を細めた。虎杖だった。
    行きの勢いとは打って変わり、帰りは普通に歩いている。
    呼吸こそわずかに弾んでいるものの、数百メートルを全力で走って車を追った人間とは思えないほど平然としていた。
    そして、一人だった。結果は聞くまでもない。
    虎杖が黒いセダンのそばまで戻ってくる。

    「日車さん」
    「確保は?」
    「逃げられた」
    「だろうな」

    虎杖が露骨に顔をしかめた。

    「なんだよ、その言い方」
    「アナタが一人で戻ってきている時点で、ほかにどう判断しろと?」
    「まだ追えたんだけど、人が出てきて」

    日車の視線が虎杖へ向く。

  • 80二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:33:29

    「人?」
    「女の人。店から出てきたところにバンが突っ込んできたから」
    「怪我は?」
    「してない。ちゃんと立ててたし、話もできた」
    「そうですか」

    日車は一度だけ目を閉じ、小さく息を吐いた。それから淡々と言う。

    「そこで止まれたことだけは評価してやる」

    虎杖が目を丸くする。

    「……褒めてる?」
    「最低限な」
    「やっぱ褒めてねえじゃん!」
    「人命を優先するのは警察官として当然の判断です。直前まで一般市民を危険に晒しかねない運転をしていた人間が、ようやく最低限の判断をしたことに安堵しています」
    「まだそれ言う!?」
    「言います。運転についてはあとで話があります」
    「えー……」

    虎杖は心底嫌そうな声を出したものの、すぐに何かを思い出したように顔を上げた。

    「あ、でもバンは見た」

    日車が眉を上げる。

    「見た?」
    「白いワンボックス。配送車っぽいやつ。たぶん練馬ナンバー」

    虎杖は記憶を手繰り寄せるように目を細めた。

  • 81二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:34:47

    「ひらがなまでは見えなかった。数字は……下二桁が四一。上はたぶん三桁だった。何度か覚えようとしたけど、そこまでは自信ない」

    日車はすぐに手帳を取り出した。

    「続けて」
    「右後ろのテールランプにヒビ。縦に一本。あと、側面に青いロゴみたいなのがついてた」
    「会社名は?」
    「読めなかった。でも、たぶんあれマグネットだと思う」
    「なぜ?」
    「角、浮いてたから」

    日車のペン先がわずかに止まる。

    「ほかには?」
    「助手席に一人。運転手もいたから、逃げた奴入れて最低三人。後ろは分かんない。リアガラス、スモーク濃かったし」

    日車がゆっくり顔を上げた。

    「……見てはいたんだな」

    虎杖が即座に反応する。

    「見てるって言ったじゃん!」

    先ほど車内で交わしたやり取りが蘇る。
    ――前の車だけを見るな!周囲を見ろ!
    ――見てるって!
    虎杖は「ほら見ろ」と言わんばかりに胸を張った。

  • 82二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:36:37

    「ちゃんと周り見ながら追ってたって」
    「見えていることと、安全に対処できていることは別問題です」
    「うわ、やっぱ褒めてねえ!」
    「情報としては有用です」
    「それ先に言ってよ!」
    「ですが、運転についての評価は別です」
    「日車さん、評価細かすぎない!?」

    日車は虎杖の抗議を無視し、無線マイクを取った。

    「機捜四〇四から一機捜本部」
    『四〇四、どうぞ』
    「逃走被疑者、白色ワンボックスへ乗車し逃走。練馬ナンバー、下二桁四一。右後部テールランプに縦状の破損あり。側面に青色ロゴ様の表示あり、マグネット式の可能性。乗員は、逃走被疑者を含め少なくとも三名」
    『一機捜本部、了解。各局へ手配する』

    通信を切る。虎杖は興味深そうに黒いセダンへ顔を近づけた。

    「これ、盗難車かな」

    日車は即座に虎杖の胸元を片手で押し返す。

    「触るな」
    「触ってないよ!」
    「近づきすぎです。鑑識が来るまで車内へ手を入れないでください」
    「へーい」

    虎杖は素直に一歩下がった。数秒の沈黙。

  • 83二次元好きの匿名さん26/08/20(木) 22:38:08

    「日車さん」
    「何ですか」
    「俺、結構役に立った?」

    日車は返事をしなかった。

    「なあ」
    「今は現場です」
    「それって、あとで教えてくれる?」
    「何を」

    虎杖が笑う。

    「俺と組んでよかったか」

    今朝、四〇四号車の中で聞いた言葉が蘇った。
    ――とりあえず今日一日で、俺と組んでよかったって思わせるから。
    日車は黒いセダンへ目を向けたまま答える。

    「まだ勤務開始から一時間も経っていません」
    「じゃあ保留?」
    「大幅な減点からスタートしています」
    「嘘だろ!?」

    虎杖の大声が住宅街に響き渡る。それに重なるように、遠くからサイレンの音が近づいてきた。

スレッドは8/21 08:38頃に落ちます

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