ジョグジャカルタ原則は、gender identityについて独自の定義を採用しています。
ジョグジャカルタ原則の「ジェンダーアイデンティティ」は、国際条約の定義ではない
ジョグジャカルタ原則を読むとき、まず区別しておかなければならないことがあります。
それは、同原則で使われている「ジェンダーアイデンティティ(gender identity)」の定義が、国際条約に書かれている定義をそのまま引用したものではないということです。
ジョグジャカルタ原則は、gender identityについて独自の定義を採用しています。
原則の序文では、gender identityを、おおむね次のようなものとして説明しています。
各人が深く感じている、内面的かつ個人的なgenderの経験
そして、それは出生時に割り当てられた生物学的性別(sex)と一致する場合もしない場合もあり、身体についての個人的な感覚や、服装・話し方・振る舞いなどのgender表現も含み得る、とされています。
ここで重要なのは、この定義の「出どころ」です。
国際条約がこの定義を定めたわけではない
ジョグジャカルタ原則は国際条約ではありません。
各国政府が交渉して採択し、各国が批准したことによって成立した条約でもありません。専門家グループが、既存の国際人権法を「性的指向」と「gender identity」にどのように適用すべきかを示した文書です。
したがって、
「国際人権法がgender identityをこのように定義している」
という説明と、
「ジョグジャカルタ原則がgender identityをこのように定義し、その定義を前提として国際人権法を解釈している」
という説明は、同じではありません。
後者のほうが正確です。
「独自解釈」より「独自の定義を採用」が正確
もちろん、「gender identity」という言葉自体をジョグジャカルタ原則が発明したわけではありません。
この言葉はそれ以前から心理学、医学、社会科学などで使用されていました。
したがって、
ジョグジャカルタ原則がgender identityという概念を独自に作った
と主張するのは適切ではありません。
しかし、
ジョグジャカルタ原則は、gender identityについて独自の定義を採用している
とは言えます。
そして、その違いはかなり重要です。
「定義」と「人権法」を分けて考える必要がある
たとえば、既存の国際人権法が「すべての人は差別されてはならない」と定めているとします。
そこから、
1. gender identityとは何か
2. gender identityをどのような属性として扱うのか
3. 既存の人権規範をgender identityにどう適用するのか
4. その結果、国家にどのような義務が生じるのか
という問題については、さらに解釈が必要になります。
ジョグジャカルタ原則は、まさにその部分について一定の立場を提示した文書です。
つまり、
既存の国際人権法そのもの
と、
ジョグジャカルタ原則が採用したgender identityの定義および、それを前提とする国際人権法の解釈
を一体のものとして扱ってはいけません。
ジョグジャカルタ原則を引用するときに確認すべきこと
「ジョグジャカルタ原則にこう書いてある」
というだけでは、その内容がそのまま国際法上の義務になるとは限りません。
少なくとも、
その規範は、どの国際条約のどの条文に書かれているのか。
gender identityのその定義は、どの条約で合意されたものなのか。
それとも、ジョグジャカルタ原則自身が採用した定義・解釈なのか。
ここを分けて検討する必要があります。
ジョグジャカルタ原則のgender identityについて最も正確に表現するなら、こうなるでしょう。
ジョグジャカルタ原則は、国際条約に明文で定められたgender identityの定義を引用しているのではなく、gender identityについて独自の定義を採用し、その定義を前提として既存の国際人権法を解釈・適用する立場を提示している。
ジョグジャカルタ原則の影響力を評価することと、その文書の法的性格や、そこで採用された概念の出どころを正確に区別することは、別の話なのです。


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