基本的には手塚治虫や藤子不二雄あたりをモチーフに、ちょっとした計画からくる秘密をかかえた漫画家のドラマだ。
しかし、良くも悪くも新たな文化として独特の位置にいた時代の漫画ならではの描写も少なくない。
たとえば現在に非会員向けにも公開されている第24話では、漫画のような文化が悪書とされて焚書されていく描写がある。
ここで興味深いのが、手塚治虫モデルと思われる漫画家やそれを信奉する若者が批判にこたえ、それを打ち返すように漫画の発展をめざしていることも描写されていること。
無理解による被害をうけた歴史を継承することももちろん大事だが、きちんと漫画という文化にわけいっておこなわれた批判や、そこからすぐれた作品を見いだした擁護も当時にあったことは忘れられがちだ。
日本の漫画やアニメが社会学者や教育学者によって不当に弾圧されてきた歴史はどこにあるのだろうか? - 法華狼の日記
原文でもカギカッコに入れているように「わるい読物」という評価は菅氏の見解と同一ではない。手塚治虫の漫画『メトロポリス』等について、絵や物語の構成が群を抜いて卓越していることや、俗悪な赤本のなかから発見した子供たちの鑑賞眼を認めて、いちがいに漫画を「わるい読物」あつかいする当時の風潮に警鐘をならしている*14。
当時の漫画家も、批判に耐えられるだけの強靭な作品を残そうという努力もしたし、それが現在まで読みごたえのある作品群をつくりだしたことも忘れてはなるまい。
そして8月15日に公開された最新の第25話が、前話で言及された戦争の痛みを正面から淡々と描いて、強烈な印象をのこした。
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すごいのが、コメントでも高評価されているように、静かにじっくりと描いた日本の原爆被害の果てに、日本が巻きこんだ朝鮮や中国の出身者もいると言及できていること*1。
思えばロシアのウクライナ侵攻のなかで作者がデビューした読切『兵士とブリキ屋』は、自衛とされる戦争のなかに違和感をつみかさねる作品だったが、そのなかに日本軍の陰謀を思わせる描写をふくんでいた。
ただし今回は、現実の長崎原爆資料館を参照する形式で、正面から成立させている。逆にいえば、そうした資料館がまだ反動にあらがえているからこそ、こうした娯楽作品で史実として提示できるということかもしれない。
*1:第25話9頁。