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2021/6/29 15:10
伊藤博文は周防国束荷(生家は伊藤公記念館として現存)の農民の出身ですが、父親がヤリ手で萩に出て足軽株を購入し藩主直卒の武士になりました。実家は金銭に困ったことはなく、同種の武士としてはやや裕福の家でした。江戸に出てきたのは相模国宮田海岸(現在の三浦海岸駅付近)防備(ペリー来航後幕府は三浦半島各地の警備を各藩に命じた)に命ぜられた來原良蔵についてきました。その後、松下村塾で知り合った高杉晋作の下で活躍しました(建設中の英国公使館焼き討ちや廃帝の故事を研究していた塙次郎の暗殺など)が、村田蔵六(後の大村益次郎)をおどして金を出させイギリスに密航します。以後の活躍は皆さんご存じのとおりです。
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