《カルテを書かないとの証言も》『脳外科医竹田くん』モデル医師の「逆提訴」で皮肉にも明らかになった自らの不都合な勤務実態 元上級医は「診察せずこもりきり」などと証言、医師側は反論
兵庫県の赤穂市民病院で起きた連続医療事故と、それをモチーフにしたWeb漫画『脳外科医 竹田くん』を巡る問題。手術中にドリルで患者の神経を切断し、重い後遺障害を負わせたとして、業務上過失傷害罪に問われた元脳神経外科医の松井宏樹氏(48)に対し、神戸地裁姫路支部は2026年3月、禁錮1年執行猶予3年の有罪判決を言い渡した。双方控訴せず、これが確定している
【写真を見る】3月12日の判決直後に行われた被害者代理人の会見の模様。手術動画より、ドリルが神経を巻き込んでしまった瞬間(苦手な方はご注意ください)
裁判や報道において、松井氏は常に"悲惨な医療事故を引き起こし、追及される側の人間"として注目を集めてきた。だが一連の騒動の渦中、松井氏が自ら「原告」となり、元上級医であるA医師や当時の病院長、そして赤穂市を相手取って起こした民事訴訟が存在したことはあまり知られていない。
「自分は指導医から暴力を受け、専門医の資格取得を妨害され、不当にキャリアを奪われた被害者だ」――松井氏がそう主張して合計2000万円の損害賠償を求めたこの訴訟は、一審の神戸地裁姫路支部(2025年9月17日判決)、そして二審の大阪高裁(2026年3月25日判決)ともに、松井氏の請求を全面的に棄却する判決を下している。A医師が松井氏を相手取り起こした反訴(330万円請求)も同様に棄却された。
この裁判が「竹田くん問題」において果たした役割は小さくない。松井氏が被害者を自認して提起したこの訴訟の法廷において、病院側・被告側から松井氏の赤穂市民病院時代の実態を示す本人尋問調書等が提出され、その内容の一部が判決文にも引用されている。刑事裁判で有罪判決を受けた執刀医が、かつて職場で何を主張し、それが裁判所にどう判断されたのか。判決文と尋問調書から追う。【前後編の前編】
病院側が提出した密室での会話録音や内部調査メモ
赤穂市民病院の医療事故を巡っては民事裁判が複数存在しており、患者家族による損害賠償訴訟、松井氏による原告訴訟、そして漫画作者が松井氏に対して起こした債務不存在確認訴訟(のち反訴)と続いている。その後も、松井氏は患者家族やA医師への刑事告訴を行い(不起訴)、患者家族への損害賠償請求訴訟を提起するなど、終わる気配が見えない。
極めて皮肉なのは、松井氏が自ら起こした原告訴訟によって、患者側の訴訟では明らかになっていなかった「赤穂市民病院の内情」が一気に開示された点だ。
医療事故の過失が主争点だった患者側訴訟に対し、松井氏の訴訟では「パワハラや不正の有無」が争われた。そのため病院側は反論・防戦のため、密室での会話録音やLINE履歴、医療安全推進室の内部調査メモ、学会からの警告文書など、秘匿性の高い内部証拠を提出している。自ら被害を訴えた裁判が、結果として自らの不都合な勤務実態や組織の混乱を暴かせる形となった。
そんな「松井氏原告訴訟」での松井氏側の主な主張は、大きく2点あった。ひとつは2020年7月10日、病院内の階段付近でA医師と対峙した際、胸を押されて階段から転落させられ、右肩甲部打撲及び擦過傷、右下腿打撲(全治10日間)の傷害を負ったという「階段転落事故」。
もうひとつは2021年、日本脳神経血管内治療学会の専門医試験の出願にあたり、提出した症例報告リストに誤りがないことを証明する証明書への署名をA医師に求めたところ、正当な理由なく拒否され、受験資格および脳血栓回収療法実施医の認定資格を失わされた……という「受験妨害」。
なお松井氏は一審では「電子カルテの記載がA医師によって削除・改ざんされた」、「それらの自身の申告に病院長が適切に対応しなかった」として、病院長も相手取り損害賠償を請求していたが、控訴審では階段転落と受験妨害に関するA医師・赤穂市への請求部分に絞って争われている。
松井氏は「指導医によるハラスメントと不当な対応により、うつ病を発症し退職を余儀なくされた」と主張し、損害賠償を求めた。一見すると、新人医師が病院組織やハラスメントに苦しめられた構図にも見える。だが、法廷に提出された尋問調書の内容は、松井氏の主張とは異なる勤務実態を映し出していた。
法廷で語られた「カルテ不記載」
まずA医師は本人尋問において、松井氏は電子カルテの記載を日常的に怠っていたと証言している。
「基本的に、どの患者も診察した日には、必ず何かしらカルテを書かないといけないと思うのですが、毎日、書かないということは、彼の特徴としてあります。3日間抜けたりとか、週のうちの2、3回ぐらいしか書いてなかったりとか、そういうのはたくさんあります」(A医師の尋問調書より)
さらに、連続した医療事故を受けて2020年2月末に手術禁止命令が出された後、あるいは病欠から復帰した後の松井氏の行動について、こう証言した。
「特に病欠から帰ってこられたときとかは、ほとんど終日、カンファレンスルームにいました。(中略)先生がカンファレンスルームから、患者さんを実際に診ずに、適当な指示ばっかり出してるということで、脳外科の病棟のスタッフから、そういう苦情が僕のほうに……たくさん寄せられました」(同前)
「松井氏は患者の病室へ足を運ばず、カンファレンスルームから電子カルテ経由の指示だけを出す」――看護師側からのそんな苦情が科長であるA医師のもとへ相次いでいたと証言されている。ただしこれはA医師側の証言であり、松井氏側はこうした評価に同意していない。
A医師は、松井氏が他科の試薬を無断で流用したというトラブルについても証言している。
「放射性同位元素という試薬を使ってやる検査があったんですけど、その放射性同位元素は検査のときに2本、必要なんですけども、発注が1本だったがために、神経内科の試薬を、無理やり自分の患者さんに回したということで、放射線科の技師長さんからクレームが僕に来ました」(同前)
A医師がこれを注意したところ、松井氏はこう食ってかかったという。
「『先生は一体どっちの味方なんですか、どっちを信じるんですか』って言われたんですけども……松井先生には悪いですけど、うそを言ってるんだなと思いました」(同前)
なお、この点についての松井氏本人の反論は、訴訟記録の範囲では見当たらない。
(後編につづく)
◆取材・文/高橋ユキ(ノンフィクションライター)