インタビュー

上野千鶴子が鈴木涼美に問う 性風俗経験で「得たもの、失ったもの」

構成・大内悟史

上野千鶴子×鈴木涼美対談(後編)

 売春防止法改正に向けた議論を背景に、セックスワークに組み込まれた男女間の非対称を語り合った、社会学者の上野千鶴子さんと文筆家の鈴木涼美さん。2人が腰を据えてやりとりするのは、2021年の共著『往復書簡 限界から始まる』(幻冬舎)以来となる。「エロス資本」「恋愛とセックス」など今回に通じるテーマでも率直な言葉で応酬したそのときから、互いに考えが変わった面もあるという。「性を売る」とはどういうことか。その世界で働きたいと思う女性に今ならどう声をかけるか――。答えを探す、対話の後編。

■性風俗にある「40の壁」

 【鈴木涼美】 フェミニストとして長年の活動を続けるなかで、時代が変わり、考えが深まる面もあったと思います。考えが変わった部分はありますか。

 【上野千鶴子】 いい質問をしてくださってありがとう。以前は、性売買の敵はタダ(無料)のセックスだと思っていたので、女の子たちが性的に解放されて、こだわらずに自由に性交渉できるようになればいい、と思っていました。それなのに、現実に起きたのは「そしてみんな風俗嬢になった」……つまりタダではやらないとなって、素人と玄人の垣根が低くなったことです。

 【鈴木】 性風俗の世界は、性的に自由で解放されているように見えますが、実態は「40の壁」。10~20代が稼ぎ時で、30代もそこそこきれいなら稼げる。40代になると見た目がきれいでも稼げなくなり、売れっ子だったらお客さん個人の愛人になるか、ごく少数ですが銀座のクラブのママや女性AV監督のように管理側になるか……。

 【上野】 スポーツ選手並みの期間限定ですね。

 【鈴木】 ホストが出世してホストクラブの経営者になる例はありますが、男性向け性的サービスの経営者になる女性はそれに比べると非常にまれです。運がいいキャバ嬢ならキャバクラのママさん格や場合によってはオーナーとなっている例がありますが、無店舗型のデリヘルが主流の性風俗では経営側に回る人はさらにほとんどいません。自室やネットカフェで待機するので人間関係も広がらず、10年勤めても経営のノウハウが得られない。

 【上野】 搾取する側に回ろうとしても回れないわけですね。

 【鈴木】 履歴書に穴があると、条件がいい「昼の仕事」になかなかつけず、結局は性風俗の世界に戻るしかなくなります。

 【上野】 (対談前編で)「年功逆序列」で需要が減り、離脱を余儀なくされるとうかがいました。でも、離脱の自由があるようでない。

 【鈴木】 私自身は大学生や新聞記者との兼業だったので、履歴書に穴がなく、離脱は難しくありませんでしたが、SNS社会の少し前なので身バレのリスクが相対的に少なかったというのも大きかったかと……。

■往復書簡から5年 「限界」のその先へ

 【上野】 鈴木さんがそうした経験から得たものは何だったのでしょうか。男に期待しても無駄だから、自力で生きようということですか。

 【鈴木】 ひとつには男性に対する甘い夢がなくなったと同時に必要なリスペクトすらなかなか持てなくなりました。

 『往復書簡』で書いたように、上野さんはどんなに男性を厳しく批判しても男性に対するリスペクトを失っていないように、私には見えます。私は男に過度な期待をせず、小さな絶望から出発しているので、痛めつけられ、傷つけられて自尊心を削られるような経験を回避できている。世間的に見て上野さんより私の方が男に甘く見えるのは、逆に言えば期待値がものすごく低いところからスタートしているからかもしれないですね。そんな風に、生きていくうえでの武器とか、ものの見方になっている。ただ、男性のことを嫌いになりたいわけではないし、愛すべきところを探したり、リスペクトするところを盗んだり、憧れたりするほうがいい。そういう意味では、見たくない面を見てしまったような気もします。

往復書簡 限界から始まる(2021年、幻冬舎)

社会学者でフェミニストの上野千鶴子さんと文筆家の鈴木涼美さんによる往復書簡を書籍化。「女の身体は資本か、負債か」「娘を幸せにするのは知的な母か、愚かな母か」などをテーマに、ときにそれぞれの私的な領域まで踏み込み、切り結んだ内容が話題を呼んだ。23年に増補版が文庫化された。

■男の一番嫌なところがあらわれる

 【上野】 下劣な男と高潔な男がいるのではなく、ひとりの男のなかに下劣さと高潔さが同居していると思います。

 その男のいちばん嫌なところが性売買の場であらわれてしまう。ふだんは優しい男が、妻に見せられない、情けない、暴力的な姿を見せる。せずに済むならしないほうがいい経験もあります。

 【鈴木】 でも、例えばホラー映画やグロい映像を目にしたくなる瞬間もある。安全な場所に離脱できた現時点から、目撃者として、なかなか見ることができないものを見てきたと振り返る。

 私自身、以前はもう少し売買春擁護派でした。立派な職業とは思わないにせよ、根絶すべきものとは思えなかったし、そこにある楽しさを保存したかった。でも昨今SNSなどで水商売やポルノ業界の女性へのヘイト発言などを見ると、結局そういう言葉を向けられているのが買った男でもなく、双方でもなく女の子だけだという現実があり、そういった産業が女に引き受けさせるものが不当に重いように感じています。だから今回の対談時点では、上野さんにかなり近づいているというか、少し批判的な意見をもつようになっています。

 【上野】 ずいぶんと私の意見に同意していただきました。

対談後半では

・「ウィークネス・フォビア」を指摘されて
・「尊厳」か「価値の目減り」か 届く言葉は
・SNS世代の若者 メディアやエンタメも変化
・女性の自己決定「自己責任」と紙一重

■「ママだってやってたじゃん」言われても…

 【鈴木】 自分自身が年をとって、自分の妹たち娘たちのような女の子にひどい思いをして欲しくないというややおせっかいな老婆心が芽生えているのかも。でもやっぱり自分の娘にAV女優になって欲しいとは思いません。

 【上野】 それを、聞きたい。あなたの過去は変えられないけれど、娘さんは将来どうするでしょうか。もし「やりたい」って言われたらどう答えますか。

 【鈴木】 反対しても、きっと「ママだってやってたじゃん」と言われると思います。そもそも親になんて相談せずに入ってしまう業界ですが。私もキャバクラで働いていたころ、反対する母に「自分だって美人喫茶で働いてお芝居やってたでしょ」と言いました。母には「女性が『モノ化』する場所にいることがいかに魂に悪いかをよく知っているから反対する」と諭されました。でも、当時の私には響かなかった。私の知っている現場は違う、と思っていました。

 でも今なら、私は自分の母よりも深部に足を踏み入れてしまったから、多くの母親よりもそういう現場の悪いところをよく知っている、と娘に説き聞かせるでしょう。そうして反対するけれど、反対しても行くときは行くものだってことも知っている。そういう意味での悲しさはあります。

 私の母は、相当な時間とか魂をかけて説得しようとしていましたが、親がからだを張って、命がけでやめさせようとしても、本人が納得していなければ結局は止められない。

 今は、母が正しくて自分が間違っていたと思っていますが、若いころの私にはあの時代が必要だった、とも思う。親の反対を押し切ってでも自分の意志を押し通した、という実績が当時の私には必要でした。

 そう考えると、もっと時間とお金を割いて止めるしかないかもしれませんね(笑)。例えば、海外留学の選択肢を娘に示すためにお金をためておかないと。だからそういう葛藤があるからこそ、性風俗業界などを含めた社会にもう少し穏やかであって欲しいと思っているのかもしれません。

■「ウィークネス・フォビア」を指摘されて

 【上野】 そうまでして得たものは何だったでしょうか。

 【鈴木】 難しいですけれど、小説のネタと男性への冷めた目線と、どんなに偉そうな男性の政治家に会おうが、この人たちがパンツを脱いだらどうなるか、と思うのでビビらないこと。そういう効果があったかもしれません。

 【上野】 失ったものは何でしょう?

 【鈴木】 ある時期までは、売買春や性暴力の問題について、自分の経験を棚上げにして語ることが難しい、語る資格がないと思っていました。私はセーラー服で吊(つ)るされて、ナース服で放尿して、男性の性欲とそれを守ろうとする社会をうまく利用して生きてきた面もあります。だから自尊心の一部を失ったのかも。女が商品化される社会で一線を越えずに踏みとどまって生きてきた、という自尊心を私はもっていない。社会にのまれて、ズブズブになって、性風俗や「買春大国」と寝てまで生き抜いた、という自尊心はありますが、そうした社会に「ノー」と言ったという自尊心はない。

 【上野】 率直に答えてくださってありがとう。

 鈴木さんのような体験の持ち主には、「このくらいのことは痛くもかゆくもない」「私は傷つかない」と言ってしまいたい、エリート女性だからこその「ウィークネス・フォビア」(弱さ嫌悪)があるでしょう。

 【鈴木】 『往復書簡』でも触れましたが、フォビア(嫌悪)はあると思います。オヤジの性欲を利用して大金を稼いでやるという虚勢は、半分は私の実感でしたが、半分は強い女性を演じている面がありました。これは上野さんに指摘されるまではあまり意識していませんでした。

 傷ついていないふりをする。「被害者」化されると自分のプライドが傷つく、という自意識がありました。今でも「搾取された側」だと言われるのは嫌で、その点は往復書簡で上野さんに指摘されて以来、すごく自省的に振り返っています。

■「尊厳」か「価値の目減り」か 届く言葉は

 【上野】 そう言っていただいてありがとう。最後の質問にしますが、今どきの若い女の子に「売れるものを売れるときに売って何が悪い」って言われたらどう答えますか。

 【鈴木】 その気持ちはよく分かりますが、それを売るとその業界の一員になるわけです。業界の一員になった日から、あなたが売っている商品の価値は、年々目減りしていく。そうした業界のなかで自分の価値が削り取られていく。

 こうした言い方をしても若い人には響かないでしょうね。いちばん高値で売って何が悪いのか、となる。でも、その業界に参加しなければ、価値が減らずに済むような生き方ができる。

 【上野】 そのとき、性差別のもとで成り立っている業界だからやめておけ、とは言わない?

 【鈴木】 それも重要な視点です。でも、私が強調したいのは、自分の価値が減っていくこと。

 誰かにうそをつかなきゃいけないこと。あとで間違っていたと思っても、その肩書は消せないこと。つまり、買い戻せないものを売っていたこと。私にとって大きかったのは、そういうことです。

 【上野】 事後的に振り返って言えることはあるでしょう。でも、たったいま、渦中にいる若い女性に説得力がある言葉をどう口にすればいいか。

 そのときに「自分の尊厳を売ってはいけない」とは言えないのでしょうか。「自分の価値が目減りするような世界」というのは、尊厳を売っているということなんだと思います。あるいは「あなたをリスペクトしないような男と関係を持つな」とか。

 【鈴木】 それは母がよく言っていました。男性の分かりやすい性欲を刺激するようなキャバ嬢の格好をすると、あなたのもとにはあなたが交わりたくない男が寄ってきて、あなたがリスペクトするような男性が寄ってこなくなるけれど、それでいいのか、と。

 【上野】 相手の女性へのリスペクトを放棄した男がカネで女を買う。だから自分の尊厳を人に売るな。それがどうして言えないんだろう。

 【鈴木】 なにか抵抗があって言えないわけではないです。どういう言葉があとから自分に響いてきたか。いま振り返って考えているだけです。18歳のころは、河合隼雄の本で「魂」に悪いって言われても?でした。「尊厳」という言葉を使って、18歳に伝わるかな、って。

 【上野】 尊厳は売れない、売ってはいけない、と言えば伝わらないかな。もっと平たく言えば、あなたを大事に思わない男とセックスするな、が「基本のキ」でしょう。

 【鈴木】 それを埋め合わせるくらいのお金がもらえるからそれでいい、と思っていました。当時はお金で買える「欲しいもの」がいっぱいあって、お金を払ってまで私と交わりたいという男性がいて、別に興味はない男だったけれども、数時間だけ遊んであげれば、こちらは自分がほしいものが手に入ると……。

■SNS世代の若者 メディアやエンタメも変化

 【上野】 女の子たちのプライドがそれほどチープなものだ、ということですね。

 【鈴木】 男性に都合のいいようなプライドの持ち方で、男性に褒められ、評価されることが自分のプライドに直結していました。小さいころからそう学ばされていて、「男受け」を狙うようになっていた。

 でも、いまの子たちが見ているフィクション、アニメや漫画、新しいディズニー作品などはだいぶ変わってきています。

 若者たちがSNSで得ているAVや性風俗の情報は、女性も目にすることができる場所で流通しています。AV女優やキャバ嬢出身のインフルエンサーが過去の経歴を理由に罵詈(ばり)雑言を浴びている姿も見ている。買う側の男たちが、買った自分を棚上げにして女性たちに差別的な言葉を投げつけるのも見ている。男はお金を払うことで罪悪感を放棄し、自分を免責しますよね。その構造がSNS世代にはよく見えていると思います。

 だから、私たちよりは賢いのでは。

 【上野】 確かに変化はある。メディアやエンタメは洗脳装置だから、そうした装置が変わりつつある影響もあるでしょうね。

 昔の既婚女性には「だんなに浮気されるよりも商売女相手のほうがガマンできる」という考え方がありました。でも今は、自分の夫がリスペクトできないようなかたちで女を消費しているのは許せない、ガマンできない、という方向に変わりました。

 【鈴木】 上野さんが若いころ、フリーセックスを充実させれば売買春はなくなるのではないかと思っていたそうですね。その通りにはならず、むしろ性風俗の世界は拡大しています。ならば、もう少しラジカルに売買春の性差別的な構造を批判しなければならないと思ったきっかけは、一つには「Colabo」(東京・歌舞伎町で性的搾取の被害女性たちを支援する団体。仁藤夢乃さんが代表をつとめる)の活動に接したからでしょうか。

■女性の自己決定「自己責任」と紙一重

 【上野】 それもありますが、まず、経済格差が拡大し、ジェンダー格差にも影響が及んでいるという認識があります。

 貧困がシングルマザーなどの女性を直撃している。もう一つは、「自己責任社会」化が進み、定着してしまったこと。人権侵害をする自由があり、人権を売る自由もあるという俗流の自己決定論が浸透している。格差・貧困も、人権侵害も、自分が選んだ道だから自己責任だとなり、逃げ道がない。こうした状況に強い危機感があります。

 一部の当事者団体が売春婦の性的自己決定を強調すればするほど、買う側の男が免責される。誰が喜ぶかといえば、男に決まっています。

 【鈴木】 女性の自己決定は大事ですが、男性に味方してしまっているというのはよく分かります。ポルノの表現の自由も、男性の性的搾取を助長してしまう。そこは私にとってもとても難しい点です。私は自分で自分の身体を好きなように切り売りしたり着飾ってちやほやされたりする自由が重要だったけれど、その自己決定は誰の味方をするのだろうか、と。

 【上野】 女性の自己決定の尊重が大事だ、自由が大事だと男性たちが持ち上げることで、得をしているのは誰でしょうか。

 【鈴木】 30代前半までは、自分が思ったことを言えばいいと思っていましたが、最近は、誰かに自分の主張が利用されてしまうのではないか、という視点を意識するようになりました。

 私のような存在は、「鈴木涼美さんみたいな人も名誉回復しており、健全な業界ですよ」と使われがちです。学歴があって、家柄もいいひとだって売春しているじゃないか。だから彼女たちはみんな追い詰められてやっているわけではなく、好きでやっているのだ、という風に。

 【上野】 「Who Gains?」(得をしているのは誰か)という問いを忘れてはいけない。「セックスワーク・イズ・ワーク」論の最大の受益者はだれか。性差別を利用してきた男たちであり、男社会です。

 【鈴木】 私が修士論文を改稿した『「AV女優」の社会学』(2013年、青土社)を刊行した当時から、セックスワーク・イズ・ワーク論は、必ずしも多くの女性たちの味方ではないような印象がありました。

 【上野】 苦しんでいる当事者ほど、声高には語れない。

 なのに、プライドをもって性的サービスを提供している人がいる、というフレーミング(切り取り)により、深刻な問題全体の解決が進まない。

 鈴木さんとはお互いに学び合いながら、今後も対話を続けたいですね。

 うえの・ちづこ 1948年、富山県生まれ。社会学者、東京大学名誉教授。専門は女性学、ジェンダー研究。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)前理事長。著書に『家父長制と資本制』『おひとりさまの老後』『ケアの社会学』『アンチ・アンチエイジングの思想』、共著に『当事者主権』など。

 すずき・すずみ 1983年生まれ。日本経済新聞記者を経て文筆家・作家。著書に『「AV女優」の社会学』『JJとその時代』など。小説『ギフテッド』『グレイスレス』『悪い血』で芥川賞候補。

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この記事を書いた人
大内悟史
デジタル企画報道部|Re:Ron編集部
専門・関心分野
社会学、政治学、哲学、歴史、文学など
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    藤田直哉
    批評家・日本映画大学准教授
    視点

    大変面白い記事でした。20代の頃、歌舞伎町の、今で言うトー横のすぐ横にあるネットカフェの店員を何年かやって、買う側の男も売る側の女も色々見てきて、滑稽だったり醜悪だったり、残酷だったり陰惨だったりする事柄をたくさん見てきましたので、性売買の問題には昔から色々と考えてしまうところがありました。お二人の往復書簡は、そういう関心の中で読ませていただき、大変納得度の高いものでした。 上野さんの仰っている搾取や暴力は確かにあり、ジェンダー不平等の問題が激しく顕在化している場所だと思います。一方、鈴木さんの仰るように、売る当事者にだって喜びがある場合も当然にある。ホストにハマる依存共依存的な快楽もあるし、自分自身の魅力や価値を確認する喜び、男を振り回す楽しさ、スリルや刺激、逸脱や反抗の気持ちよさもある。それはぼくもよく分かる。 しかし、その底辺部に、凄まじいような人権侵害、暴力があることは、自分自身の経験から、疑いえないように思います。そのような快楽や逸脱を求めざるを得ない背景に、家庭環境の問題、愛着の傷、障害などがあるケースもあり、それを搾取している構造になっている場合もあるでしょう。 そして、男性の凄まじい不可視化。女性たちは使い捨てにされるが、その店を経営しているのは男性たちですよね。しかし、セックスワークの議論の際、そのような構造の問題に議論が集中することはなく、当事者ばかりの話になる。買う男たちの欲望や行為の中には、極めて残酷で陰惨なものもたくさんあり、それを受けている女性の心身にひどいダメージが与えられているケースもある。 そこは、人権問題として、セックスワークが「普通の仕事」なのであればなおのこと、現在の倫理や価値観、コンプライアンスで到底許されるものではないし、放置して良いものではないだろうと感じます。セックスワークを全廃するのではなく、極めてシビアな人権侵害と邪悪さ、不平等と不正義を改善し、本当に自ら望んで喜びとしてやる従事者たちが中心的に担っていく繁華街にしていったらいいのではないかと思います。

    2026年8月7日 18:11

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