表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
樹洞の神  作者: 三河筆刀齋(三河蕾花)
序章 樹洞の子
5/5

第五話 木生、あるいは樹洞の大御守

第五話 木生、あるいは樹洞の大御守


 玄慈は素早く小屋を出た。武器と言えるものは棒状の石をくくりつけた即席の()()槍である。到底相手を()()殺せる武器ではないが、殴りつけられる。払う、叩く、殴るさえできれば槍としては合格点だ。突いて殺すのは玄人の技、技巧派の槍使いの仕事である。素人はとにかくぶん殴ったもん勝ちだと、〝喧嘩無双〟の志郎兵衛が言っていた。

 玄慈は樹皮具足に身を包み、先端に使い古しの石器の重石をつけた蔦縄つたなわを腰に巻いている。縄はざっと、半町(五十五メートル)の長さがあった。十分だ。

 小屋に別途おいてある移動用の縄を投げて、東側の別の作業小屋へ移動する。

 傷を癒すのにわずかばかり眠っていたこともあり、陽は西に傾きつつある。

 もろもろの仕込みは、睡魔と添い遂げる前に済ませてある。あとは最後の用意と調整、実行だけだ。


 玄慈は作業小屋へ、縄を伝い移動した。まるでナマケモノめいた動きであるが、言うまでもなく、玄慈は怠ける気などない。

 汗を滴らせながら、滑り落ちないように進む。樹皮製とはいえ、それなりに重たい具足をまとっているから、動きに難儀しつつ縄を伝う。

 ちぎれたらどうしようという考えは捨てた。無駄な心配である。ちぎれなければ良し、切れたら死ぬ。それだけである。わかりきった末路に胃を痛める必要はないから、あとはうまくいく姿形を想い描けばよいだけだ。気楽だった。


 およそ二十間――三十六メートルの旅路が終わる。

 玄慈は小屋に入ると、精製してあった菜種油の壺を開ける。そうして「武器」を調達すると、カラクリ小屋へ急いだ。

 玄慈の考えは、カラクリ設備を利用した穢れの撃滅である。


(全部は動かせん。というか、動かし方もそうだが、専用の矢玉が圧倒的に足りんし、動力もよくわからん)

 強いて言えば、簡単な水力式の巻き上げ機を利用した仕掛け弓ならば、あるいは――という感じで半ば賭けである。

 水力や風力の力を保存する方法はいくつもある。

 まず、水車みずぐるまであらかじめ重たい石を巻き上げておく。いざとなったらこの重石を落下させ、その落下時の仕事力をつかって弦を引く――そういう仕掛け弓が、ここにあった。これは神和魅大陸(かみのなごみおおおか)で各地で見られる城塞兵器でもあった。落石罠と、その落下力を装填の力として再利用する二重の防衛設備である。

 天嵐国(てんらんのくに)の城にも多く見られるカラクリ兵装の一つだ。


 カラクリ小屋に入る。よくわからない把手とってやら目盛り、ぼたんがある。

 適当に動かすのも怖いが、いくつか、ここに書いてある絵図と同じカラクリを見つけていた。おそらく、対応したものだろう。

 押し込めば、相応の動作をすることもわかっていた。この二ヶ月の修繕作業中に何度か試している。その都度矢玉を無駄にしたくはなかったが、何が打てて、何が打てないのか、それを確かめる勉強にもなった。


(把手を手前に引けば弦を絞る。とはいえ沢があんなじゃ、水力にしろ、落下力利用にしろ、今日に限っては装填は一度きりだ)

 玄慈は意を決し、把手を手前に引いた。

 小屋から見て左奥、右側にある沢とは一直線上の仕掛けが、ガリリゴキリと音を立てた。

 滑車が回り、弦が引かれたに違いない。途中、ガギンッ、と嫌な音が聞こえた。

(いくつか弦が破断した、くそっ)

 弦は常には張っていない。弓もそうだが、強大な引張力がかかる弦をずっと張っていると、弓柄のほうも、弦も馬鹿になる。

 仕掛け弓の数は合計で五基あった。音からして一基、死んだ。その弦は経年劣化していたのか――知る由もないが、動かないと把握できただけで良い、と思うことにした。


 装填してあるのはいずれも玄慈が蔵から引っ張り出してきた使えそうな大矢が四本。まず、生身が喰らえば半身が吹っ飛ぶ威力だろう。甲冑ごと吹き飛ばす威力があると見て違いない。あまりの一気には、石礫を満載し、至近距離に群がる敵をふっとばそうというふうに算盤を弾いていた。

 それに、見間違いでなければ、鏃には――。


「狙いは、この二つの目盛りか」

 右で垂直方向の、左で水平方向の角度を決める。

 一つ一つ、偏差あたりをつけて合わせていく。

 あとは把手を奥に倒せば、射出だ。


 これで勝負がつかなければ、いよいよ、あとは玄慈自身の実力ですべてを決することとなる。

 時刻はまさに逢魔が時。

 魔の刻。

「あれは……」

 沢からぼこりと泡が立った。


「ッボォォオオオアアアアアッ!」

 巨大な手が伸びた。

 危うく取っ手を倒しそうになるのをこらえた。

 巨大な手から肘が、肩が、沢から上がってくる。どう考えても沢の水位と水深と噛み合わない巨体であり、その怪物は、さながら冥府から黄泉を通り、這い上がってくる死人しびとのような――。


 それは、身の丈十四尺(四メートル超)はあろう巨人。

(なんだあのバケモン! ええい、ままよ!)

 現れたそいつに、目盛りで狙いを改めると、玄慈は一基目の仕掛け弓を放った。

 がこんっ、と把手を押し倒す。


 パァンッ、という痛快な音と共に、大矢が飛んだ。

 ざくりと鏃が、巨人の胸元に吸い込まれる。

「くそっ、古物め!」

 てっきり、鏃に刻まれたもの――祭神文や祝詞が効力を発揮すると思ったが、そううまくはいかない。

 だが、矢に驚いた巨人はたじろいでいる。二発目を打つ猶予はある。

 玄慈は改めて狙いをつけ直すと、二射目を射出した。

 パァンッ、という快音。そして、首筋に食い込んだ太矢だが、こんどはちょろちょろと頼りない火花を散らしただけで終わった。


「なんでだっ!」

 歯ぎしりした。奥歯がごり、と嫌な音を立てる。


 巨人がいよいよ鬱陶しげに矢を引き抜き、仕掛け弓の方へ歩き出す。

 てっきりこっちに来ると思ったが――。

(そりゃそうか、離れたところから手妻のごとく弓を操るなんて、ふつう思わないか)

 狙われるのはカラクリ小屋にいる自分だというおかしな強迫観念、固定観念を持っていた。

 が、だからといって安心などできない。

 仕掛け弓を壊されては意味がないのだ。現状、穢獣(ケダモノ)に一撃必殺を加えられるのは、仕掛け弓――その矢に刻まれた、浄祓じょうばつ祝詞のりとがもたらす浄化の力のみ。


 二発が不発。残りは二発。もう一発は、至近距離の敵を打ち払う石礫だ。

 巨人は思いの外早く、仕掛け弓に迫った。歩幅が人間とは違うのだから当然か。玄慈は判断を迫られ、石礫の台座を動かした。

 がこん、と押し込み、発射。

 数十もの礫が、巨人をぶっ叩いた。

 巨大な手に張り手を食らったように巨人がのけぞり、数歩、たたらを踏む。

 よしいいぞ、と内心で快哉を叫ぶのもつかの間、玄慈は視界の端に見た。

 四基目の弦が破断しており、動きそうもないことを。


「たのむ、炸裂しろ!」

 玄慈は五基目の狙いを改めた。

 巨人がぱらぱらと石を払い除けながら起き上がる。

 空は徐々に闇が降りていた。

「ボッッオォオオオオオオオオ!」


 巨人の怒号が大地を震わした。

 悲鳴が喉を駆け上がるのを必死に殺し、こらえ、玄慈は事実上最後の四射目を放った。


 ――パァンッ!

 矢が、巨人のみぞおちに食い込む。

「頼む、術だ、術が欲しいんだ!」


 果たして、玄慈の崇敬心が天慈颶雅毘売(あまじくがのびめ)に、あるいはそれに連なる神仏へ届いたのか。

 激しい雷鳴音がとどろき、巨人を内側から翡翠のそれが、激しく焼いた。

 その膨大な妖力、浄祓の神力は、確かに鏃から発せられていた。

 巨人の体が翠緑色に燃え上がり、その火炎の中で、巨体がグズグズに崩れ、壊れていく。

「ゴォオオオオッッッァアアアアーーーー!」

 そのとき、巨人がこちらに向けて、べっと何かを吐き飛ばした。

 小屋の虫籠窓をぶち破って転がり込んできたのは、忌まわしき、ましら。しかしその威容はぐにゃりと姿形を変えていく。

 あらわになるのはヒトに近しい姿。大袖に胴を包む鎧、仰々しい兜。大鎧を着込んだ、古の武士――。


「くそっ、冗談じゃない」

 玄慈は小屋を飛び出した。

 戸を蹴倒さんばかりにまろびつつ出て、地面を転がる。背後で、木戸を吹き飛ばす轟音がした。


 玄慈は菜種油を染み込ませた布に、火打ち石で火花を散らして着火、それを大鎧の穢獣(ケダモノ)へ投げつけた。

「火炎壺だっ! 焙烙じゃなくてわるいな」


 ぱりんっ、と壺が割れる音と、貴重な菜種油が撒き散らされて燃焼するなんとも言えない香りが広がる。

 大鎧はしかし、気にも留めず、炎を背負いながら悠然と歩いてくる。

 燃える男に、玄慈は石礫を浴びせたりしながら距離をおいた。


 まだ、勝負を諦めてはいない。

(不発の大矢。あれにかけるしかあるまい)


 玄慈のおおよその策はそれだ。

 不発――つまり、射放つことさえできなかった、四基目。まだ飛んでいない、効力を確かめられていない矢を使う。

 要領としては槍のような扱いで、直に刺すことになるだろう。

(いいさ、どうとでもなる。どうとでもできなきゃ死ぬだけだ)

 清々しいほどの状況。味方などいないし、来る宛もない。

 おそらく誰も想像できていないこの状況。恨むべき相手などはいない――。


 玄慈は駆けた。

 背後から迫る死が両手を広げて抱きつこうとしている。そんな想念さえ、錯覚してしまう。

 背後から殺気が膨れて、玄慈は右へ跳んだ。

 すぐ左側を、粘質な玉が飛んでいき、べしゃりと木の幹にあたった。じゅう、という沸騰音と白煙を上げて、木が、そこからいっきに腐敗していくのが臭いでわかる。

(危ない、あんなの食らってられん)


 玄慈はようやくの思い出仕掛け弓の一帯へ入った。

 役目を終えた仕掛け弓が、円盤状の台座に据え付けられて沈黙している。

 奥手の四基目を見据えて、玄慈は「よし、よし」と繰り返した。

 大矢が転がっている。あとはこれでどうにかする。


 と、背後で爆発めいた、禍々しい妖気が弾ける。

 玄慈は隙間がある左側へ横っ飛びに避ける。

 豪と音を立てて、黒い妖力の衝撃が飛んでいった。

 手前にある三基目の台座に激突したそれは大音声とともに爆裂し、木材と、補強材の鉄を弾けさせて、撒き散らす。

 辺り一帯がぐわんと揺れるような激震である。

 玄慈はふらつきながらどうにか立ち上がり、駆け出す。

 すぐ隣、今度は二基目の台座に衝撃波が激突。

 爆音と熱波が弾けるが、足を止めたら死に捕まえられる――その恐怖を糧に、ひたすら足を前へと推し進めた。止まったら死ぬ。


 壊れた台座を踏み越え、残骸を拾っては後ろへ放り投げつつ、弦が弾けてだめになっている四基目へとたどり着く。

 玄慈は大矢を掴んだ。こうしてみると、ずいぶんと立派な持槍もちやりの風情であった。

 鏃を穂先に見立てて、腰に寄せつつ脇を締め、槍の先を大鎧の喉元へ向ける。


 顔の部分にはただ闇がわだかまっており、何もありはしない。面頬も、たれ(喉を覆う蛇腹の部分)もない。後に知ったことだが、昔の大鎧には面頬自体がなかったのだ。

 古の、晏条あんじょう期から武天ぶてんき期の頃の戦は名乗りあげて一騎討ちが主流だったと言うし、必要なかったのだろう。個人をしかと同定できる顔がわからねば、一騎討ちも何もないのだから。

 が、今は戦乱の時代。戦を決するのは武勇ある武将の対決ではなく、ただひたすら、雲霞の如き雑兵がすりつぶし合うような集団戦法であった。


 それを思えば、玄慈は――思わず微笑みが漏れる。

 この穢獣(ケダモノ)がどこに由来するのかは知らぬが、存外、古い男かもしれず。取り残された焦燥というものが、この穢れの根源にあるのかもしれなかった。

 玄慈は槍を低く構えて、「来い!」と怒鳴った。


 にゅるり、と大鎧の手に大太刀が顕現した。

 すかさず切り結ぶ。

 頑丈な木材から切り出されたであろう太矢の――槍で言えば柄と、相手の刃が衝突。

「く――〓も、ㇼ――〓〓ゔぇ、ええ〓ェっ!」

(――いまのは、ひとの……名?)


 鬼のような、怨念と妄執の大鎧。

 片や、素人の槍使い。

 分があるとすれば、相手は先んじて大きなキズを負っているということ、


 カンッ、と乾いた音が響き、玄慈は素早く相手の大太刀を払いのける。

 大太刀は槍の外面を滑って地面に叩き伏せられた。玄慈はその大太刀の峰を踏みつけてがっちりと固定すると、中程を握った槍を相手の顔面へと突き出した。

 大鎧、これを巧みに手繰り寄せた大太刀の鎬筋で受け止める。

 にわかに拮抗する。

 両者の鼻先はわずか二寸。


 玄慈はとっさに前蹴りを放った。

 相手の腹巻鎧に、ぐわんと蹴り足が炸裂。樹皮具足の草鞋が傷んだが、気にしている場合ではない。

 大鎧が二歩たたらを踏んだ。慌てているのか、手を己が砕いた台座の残骸に掴ませて、その反動で跳ねると、すばやく大上段から斬り掛かってくる。


 志郎兵衛との稽古を思い出す。

 あいつに勝つのは至難だが、コツが有ると、山舞姫は言っていた。

 ――「志郎は頭に血が上ると大振りになる。懐に入って殴り放題なの」


 玄慈はここ一番であえて槍を投げ捨てると、相手の胴体へ抱きつくようにして飛び込んだ。

「!」

 流石にこれには反応できず、大鎧は後ろへ押し倒される。

 玄慈は石器の小刀を抜いた。万が一皮の厚い獣と組み合いになった際、脇腹をえぐろうと作っておいた馬手刺し。いわゆる、鎧通しである。刃物というよりは錐に近い。

 玄慈はそれで大鎧の脇腹を刺し、えぐった。

「帰るべきところへ、帰れっ! 亡者め!」


 ドスッ、ドスッ、と石の刃先が大鎧の脇をえぐる。

 やがて、大鎧から力が抜けていくのがわかった。

(あ、あれ)

 玄慈は拍子抜けした。

 穢れは、存外妖力を込めただけで倒せるのか?

 たしかに今、自分は石器に妖力を込めた。ほとんど感覚でやっていたが、今までは曖昧にしかできなかった妖力込めがどうにか様になったらしい。


(いや待て、穢獣(ケダモノ)はこの程度では祓えんと母上が――)

 しかしどう見ても大鎧はもがき、次第にその力も弱り、黄泉路へ向かわんとしている。

 見れば玄慈の石器が、翡翠の雷光と、火の粉を発している――。


「なんだこれは」

 普通に考えれば己の妖力の性質、七龍属性しちりゅうぞくせいであろう。

 日月火水木鉄土じつ・げつ・か・すい・もく・かね・ど。――すなわち、陽輪(ひのわ)月輪(げつりん)火天(ひてん)水流(すいる)木生(もくじょう)鉄芯(てっしん)土塊(つちくれ)の七つ。

 妖力の属性はこの七つに分かれる。

 おそらく己は木。木生(もくじょう)なのだろうか?

 風と雷、すなわち梢を震わす大気、稲を実らせる豊穣の稲妻を賜ったのだ。見るに、稲妻の性質が色濃いだろう。

 ――なら、この翡翠の火の粉はなんだ?


「なぜ、妖力だけで――」

 そのとき、意識がぐらりと傾いた。

 突然の穢獣(ケダモノ)との遭遇、手傷を負い、その後は怒涛の展開である。

 疲れが、敵を倒したという安堵で火蓋を切ったように、堰き止められなくなった。

 がくんと膝から崩れ落ち、玄慈は霧散する大鎧を尻目に、意識を手放した。

 薄れゆく意識の中、遠い、戦野と赤い甲冑のそなえが垣間見えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。