中国 民族団結進歩促進法~少数民族の統制強化へ
中国政府は、ウイグルやチベットなど少数民族への統制を強化する新しい法律を施行しました。法律は、違反する者を処罰し、海外であっても責任を追及すると規定していることから国際社会、そして日本国内でも非難や懸念の声が上がっています。
この法律の背景と影響について考えます。
(奥谷龍太 解説委員)
日本国内でも非難や懸念の声
少数民族への統制を強化する民族団結進歩促進法は、3月の全国人民代表大会で可決されました。7月1日の施行を前に、日本ウイグル国会議員連盟、日本チベット国会議員連盟、それに南モンゴルを支援する議員連盟など4つの議員連盟が前日30日に合同で非難声明を発表しました。声明では「法律を海外にまで適用するのは他国の主権を無視するものだ」と非難し、法律の撤廃を求めました。
また1日当日は、日本に住むウイグル人やチベット人などの団体の代表が記者会見を開き、法律を非難しました。日本ウイグル協会のレテプ・アフメット会長は「自分の誇りをすべて捨てて中国人になるか、犯罪者扱いされて刑務所に行くか選べと言われているようで、どちらも地獄だ」と話していました。
民族団結進歩促進法とは
民族団結進歩促進法は、まず制定の目的について「中華民族の偉大な復興」のため「中華民族の共同体意識」を強固にすること、としています。
具体的方策としてまず言語について少数民族の言語を尊重するとしながらも、標準的な中国語を全面的に普及させ、小学校入学前から教育の中で使い、習得させるとしているほか、中華民族にふさわしい地名の命名を推奨すること、それに標識や看板などは少数民族の文字でなく漢字を目立たせる、などとしています。
宗教活動については「宗教の中国化」を推し進め、中華民族の共同体意識を宣伝しなければならない、などとしています。
また、少数民族だけでなく台湾や香港についても触れ、「中華民族への帰属感を高める」などとしています。
さらに法律では、違反した者は処罰するとしたうえで、海外の組織や個人に対しても「民族の団結を破壊し、分裂させようとする者は責任を追及する」としています。海外まで適用範囲を広げるのは、6年前に香港の民主化運動を鎮圧するために導入された「香港国家安全維持法」以来です。
中華民族とは
法律で何度も強調されている中華民族とは何を指すのでしょうか。
その起源は清朝末期で、もともと清朝が支配していたウイグル、チベット、モンゴルなどを含めたすべての地域の民族を一つにまとめるため、考案された概念です。
そして清朝が倒れた後、中華民国を率いた孫文や蒋介石に受け継がれ、中国共産党へと引き継がれました。
しかし中華民族への帰属感を少数民族への帰属感よりも優先させることを法律で前面に打ち出したのは、今回が初めてです。
現在中国には、中華民族を構成するあわせて56の民族が公認され、このうち人口では漢族が90%以上を占めています。
55の少数民族は漢族と平等が建て前ですが、実際の政治権力は十分とは言えません。
少数民族が密集して住んでいる地域には、自治区や自治県などが設けられ、少数民族による自治が行われている建て前ですが、中国では政府組織は共産党の指導の下にあるため、実際は地元の党組織のトップである「書記」が権力を握っています。5つある自治区の書記は、いずれも漢族です。
ウイグルとチベットを警戒
少数民族のうち、共産党指導部が最も警戒しているのがウイグル族とチベット族です。
ウイグル族は主にウイグル語を使い、イスラム教を信仰しています。かつては事実上の独立政権が短期間存在したこともありました。
チベット族は主にチベット語を使い、チベット仏教を信仰します。亡命チベット人はダライ・ラマ14世のもとでインド北部に亡命政府を作っています。
このため党指導部は以前から、これらの地域で独立の機運が高まるのを警戒しています。
危機感を一段と高めたのは2008年にチベットで、そして2009年に新疆ウイグル自治区で起きた大規模な抗議活動でした。このうちウイグル人の抗議活動は漢族との衝突に発展し、中国政府の発表ではおよそ200人の死者を出しました。その後もウイグル人が警察の拠点を襲撃する事件や一般市民を巻き込む殺傷事件などが相次ぎ、中国政府はテロとの闘いだとして、武装警察などを使って厳しく取締りました。そして少数民族の一部が外国の勢力と結託して中国を分裂させようとしているなどとして警戒を強めています。今も街のあらゆるところに警察官や警察車両が展開し、数えきれない監視カメラが監視の目を光らせています。
欧米などが非難
強まる締めつけを欧米各国は非難しています。
アメリカ国務省は報告書を発表し、新疆ウイグル自治区では100万人を超えるウイグル人が強制的に施設に収容されていると指摘。民族の破壊を意味する「ジェノサイド」が行われているとして非難しています。
またチベットでは、共産党がチベット仏教に介入しているほか、100万人以上の子どもたちを学校の寄宿舎に入れて宗教的な伝統を排除し、同化政策を進めているなどと指摘しています。
そして、中国の当局者にビザの制限などの制裁を課しているほか、新疆ウイグル自治区で生産された製品について、強制労働の疑いがあるとして輸入を制限する措置をとるなど、圧力を強めています。
新疆ウイグル自治区の問題についてはEUも人権侵害を理由に制裁を課しているほか、
国連も「テロ対策などを名目に深刻な人権侵害が行われている」とする報告書を
発表しています。
これに対して中国政府は「施設は職業訓練所だ。強制労働は全く存在しない」。またチベットについても「寄宿舎は通学が不便なことから保護者が希望している」などと否定しています。
法律のねらい
以上の背景を踏まえて、民族団結進歩促進法のねらいについて考えます。
第一のねらいは中華民族への帰属感を強め、少数民族としての帰属感を弱めることです。習近平指導部はこれまでにも、少数民族に対して統制を強化してきました。今回の法律はこうした同化政策を正当化し、今後さらに強化するねらいがあるとみられます。
少数民族の中には、生活の豊かさを目指す中で、すでに長い時間をかけて漢族への同化が進んでいる民族もあり、習指導部は同化が進んだほうが党や国家の方針を徹底しやすいと考えているのではと指摘されています。
第二のねらいは、外国にいて習指導部の政策に反対するウイグル人やチベット人などの少数民族や、彼らを支援しようとする世界の人々に対する威嚇です。海外の反対意見が少数民族の反発や独立を求める動きにつながりかねないとみて、威嚇によって抑え込みたいねらいがあるとみられます。
また法律では台湾もこの枠組みに含めていることから、台湾統一に抵抗する動きをけん制するねらいもあるとみられます。
中国の民族政策に詳しい法政大学の熊倉潤教授は「党や国家をすべてに優先する価値観を海外にまで強制している。少数民族を根こそぎ改造しようとするやり方では人々は表面的には従っても、不満は逆に高まるのではないか」と指摘しています。
民族問題は本来、異なる意見に耳を傾け、互いに尊重して対話の中から解決策を見いだしていくべきもので、相手を疑いの目で見て力で抑え込むばかりでは、多様な人々の心を一つにまとめることはできません。また習指導部は、多様性を警戒し、反対意見を処罰の対象とする独自の価値観を、中国の国境を越えて広げようとしています。そのことに世界各国で警戒感が高まることになりそうです。