ところで、否定的なニュアンスで言及される「みいちゃん(みたい)」が示すものが「障害蔑視」なのかに関しては、私は「否」だと思っている。
作中でみいちゃんより重度(おそらく)の障害を持つキャラクターとして描かれる「むうちゃん」は、現在も否定的なニュアンスで使われていないし、作中でもみいちゃんと異なる扱いを受けている。
みいちゃんとむうちゃんの受け止められ方の差異は、「障害の重さ」ではなく、「無責任で場当たり的な行動が他害に繋がるか否か」なのだ。
私は、否定的な言及としての「みいちゃん(みたい)」は、「前後の文脈や他者の状況を鑑みない/即物的に、自らの快不快のみに従い他者に迷惑をかける/物事の責任を取る視点がないような振る舞い」であると考えている。
むうちゃんに比べみいちゃんは環境的に恵まれていないようにも描かれているが、迷惑行動を全て環境のせいにするなら、人間には意志がないことになるし、劣悪な環境でも腐らず生きている人がいる時点でおかしい。
作中で描かれるみいちゃんの迷惑行動を、全て「環境」や「障害」のせいにする方がむちゃくちゃだと思う。
- 「みいちゃん」と「むうちゃん」の対比は興味深いですね。個人的には「ちょっとした差で惜しい結果」というドラマかと。 むうちゃんは「地味な作業は健常者より得意」に巡り合えた。 みいちゃんは時々爆発するが、夢もあり評価されれば辛い仕事も耐える能力があるが、搾取されてしまった。
- なんかズレてますね 現実の人がみぃちゃん呼びされて、本来当人と全く関係ない属性や背景を同一視される事の痛み・排除の実害へ批判が上がってるのです ムゥちゃんだって、あれを「理想の障害者モデル」扱いしてとにかく福祉に繋がれば良い、仕事=作業所を当事者に押し付ける輩が出てるのは有害です