僕は給食会社の営業部長だ。中小企業なので営業以外の仕事もこなさなければならない。先日、会社上層部から「なんで相手が激怒しているのかわからない。何とかしてくれ」と泣きつかれて後処理を任された。「あなたが相手から嫌われているだけでは?」という意味のことを言ってみたけど、反応はなかった。都合の悪いことは聞こえないみたいだ。話を聞くと、クレーム対応で向かった客先で理不尽なほど激烈に怒られたらしい。
問題はS県で給食業務を受託している施設で起きた。某日の夕食で提供した生姜焼きに火が十分に通ってなくて赤いままだったのだ。施設利用者に届く前の検食で発覚したので実害はなかった。指摘されてその場で謝罪、ただちに調理し直して提供した。施設からは原因の究明と対応策を求められた。ところが謝罪と報告に赴いたその場で客先法人理事のひとりが大激怒して収拾がつかなくなったというのだ。適切な対応がなされないなら解約も考えるとまで言われたらしい。そして、会社上層部は客先と関係の薄い僕なら相手の怒りを回避できるという超理論から僕に押し付けた。逃げたのである。
とりあえず提出した書面を確認した。謝罪文と原因と対応策が記載された報告書。内容は特に問題なかった。謝罪文は「こんな定型文の謝罪をされても無意味だよ!」と突き返されたらしいが、感情たっぷりの謝罪文を出しても違う種類の怒りを買うだけだろう。ある種の人間には適切な謝罪は存在しないのだ。
報告書には問題の料理の写真も掲載されていた。発覚時に先方が撮影したものだ。確かに赤い。調理工程とチェックに問題があったのは間違いない。非は当社にある。対応策は問題なかった。外部機関に出した検査報告書も添付されていた。サンプルを調べた結果、雑菌は存在しているが人体に影響を及ぼすほどのものではないという検査機関の報告だった。これを理事は問題視した。人体に影響がないからといって提供していいのか、と大激怒したらしい。面倒くさそうな人物だ。
報告書は時系列にまとめられていて経緯が把握できる完成度の高いものだった。正しい調理例の写真も掲載されていた。対応策と予防策についても問題はなかった。これまで当該法人とはこういう小さな事故未満の事例を何回も経験して信頼関係を築き上げてきていた。なぜ今回にかぎって、大事になっているのか。当社の現場責任者は何回も呼び出しを受けて説教を喰らっているらしい。現場がパンクしてしまう。
相手側が撮影した料理の画像もあった(A4に印刷されていた)。その画像を手に理事は「肉が赤い」「何かあったらでは遅い」と繰り返していたらしい。その画像は料理を盛り付けた食器もおさめられていた。丸皿で、ふちのところに柄が印刷されている。肉も赤かった。僕はその画像を見て激怒の理由がうっすらとわかった。理事の人がどういう人物か調べた。現場スタッフからはそれまで存在感のない人物だったと聞いている。なるほどね。
第二回の報告会に参加した。あらためて僕が経緯の説明と今後の対応策について説明した。当社上層部の見立ては当たっていた。理事は初対面の僕には怒りをぶつけてこなかったのだ。しかし、僕の説明は提出済みの報告書と同じ内容だ。次第に理事は、はあー、と聞こえるように息を吐くようになった。説明が終わると理事は「だからーそれじゃ前と同じだよね」と切り出して「肉は赤いけれども食べても大きな問題にはならないものだったと言われてキミなら納得するか」と訊かれた。理事は、施設側が撮影した画像(ホワイトボードに貼り付けられていた)を指して「こんな赤い肉を客に出す業者が信じられない。チェックを厳重にするとかしないというレベルじゃない。こんなのを見落とす業者はプロとして失格だ。信用できないよ」と非難した。
僕は、当社の非を認めて謝罪した。それから「そちらの画像の肉は確かに赤すぎます」と言って、準備しておいたものを出した。証拠品1号。料理を盛り付けた丸皿である。厨房から一枚拝借しておいたのだ。僕は丸皿をホワイトボードに貼ってある丸皿に盛られた料理の写真の隣に掲げた。平均的な勘を持つ誰かが「あっ!」と声を上げた。「おそらく撮影状況が悪かったのだと思いますけど、画像の丸皿の柄より僕が持っている丸皿の柄の方が、色が淡くて薄いですよね」と言った。皿の柄も赤系統。「おそらく撮影状況が悪かったのだと思いますけど」と嫌味をもういちど言いながら「こちらの画像は、肉の赤い部分も実際よりかなり強く出てしまったのだと思われます。こんなに赤かったらさすがに理事も見過ごせませんよね」とつけ足した。丸皿の模様は現物だと淡い桃色なのに画像だとショッキングピンクになっていた。肉もほぼ同じ色だ。赤が強くでるように補正されていた。雑な技術で。
当事者(理事と会社上層部)の反応が鈍いので、証拠品2号も出すことにした。赤い部分の残った生姜焼きだ。保存しておいたものだ。丸皿に盛り付ける。肉の赤い部分と丸皿の柄はほぼ同じ色だった。淡い桃色。「わかりますよね。つまり理事が指摘している画像は、赤が強く出てしまっているのです。実際にはこの程度の赤色だったのです。もちろんこんなものは出せません。百パーセント私たちに非があるのは言うまでもありません」。理事は完全に沈黙した。
報告会は無事に終わった。当該理事の人は一昨年に市を退職して法人に招かれていた。前任者は丸3年で法人を追い出されている。そろそろ存在感を出さないとマズいと思っていたところに生姜焼き生焼き事件が起きて…というのが僕の想像したストーリー。たぶんビンゴ。画像の補正は撮影者が第三者にわかりやすいように親切心からやったのだろうな…。僕は現場に入っているから施設で使うメラミン食器はだいたい知っている。だから画像を観たときにピンと来た。当社上層部と激怒理事は現場を知らないから、雑な加工に気づかなかった。それだけのこと。理不尽に見える現象にもかならず原因があるのである。(所要時間30分)給食業界と営業職の裏側について書いた本になります。