辺野古事故、文科省「違法」に疑問 安全前提で教育に「自由」を
沖縄県名護市の辺野古沖で同志社国際高校(京都府)の生徒らが乗った船が転覆した事故では、文部科学省が学校の指導内容について「政治的中立性に欠ける」との判断を示し、教育基本法違反を認定した。
教育現場は政治的中立性とどのように向き合っているのか。沖縄県で平和教育や主権者教育に取り組む「うなぁ沖縄」の玉城直美代表に聞いた。【聞き手・斎藤文太郎】
沖縄県内の大学を卒業後、青年海外協力隊員としてヨルダンに赴任しパレスチナ難民キャンプで活動した。沖縄に生まれ育ったので「命(ぬち)どぅ宝」という思いは持ち続けたが、子どもが武装蜂起のプロパガンダに利用される様子も目の当たりにした。
帰国直後の2001年、米同時多発テロが起きた。どうしたら対話による平和の実現が可能か考え、教育に携わり始めた。
「多様な意見」聞く意味はある
どのように第二次世界大戦が始まったか、沖縄戦で何が起きたか、なぜ米軍基地が沖縄にあるか――。これらは、ひとつながりの事柄として学ぶ必要がある。学ぶこと自体は政治的ではないはずだ。
基地問題を巡っては、どうしても賛成派と反対派がそれぞれ譲れない正義を抱え、ここ沖縄でも対立する構造が生まれる。
しかし、経済合理性などの価値観にとらわれず、多面的に取り扱うことができる教育現場では、政治的に中立な立場で賛否双方の意見を聞いた上で主体的に考えられる人を育てることが重要だ。
政府の意向と異なる意見のもとで市民組織が反対を表明している現場を直接見聞きすることにも、学びのプロセスとして意味はあるだろう。
ただし、安全管理が十分になされているのが前提であり、プログラムを外部に委ねていたなど学校側にも不備や課題はあるだろう。
今回の機会により尊い命を失ってしまったことについてはしっかり検証し、再発防止を含めて反省し、見直さなくてはならない。安全・安心が守られていることは、教育の基本であるはずだ。
言うこと聞かないと「おとがめ」
ただ今回、文科省が教育基本法違反と認定したことには疑問が残る。
政治…
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