幸せになるノルマを課す。
東京在住の女性A様から「時間を有効に活かせない。やる気が出ない。毎日だらけてしまうし、何もしようとしない自分を嫌いになる。この時間にもっと別のことをやっていたら、いろいろなものが身についていたのだろうなと思うと、自分のダメさ加減が嫌になって消えたくなる。一人じゃどうしようもできないから、話を聞いて欲しい」とご連絡をいただいた。私の正しい使い方である。
私たちの中には、矛盾があると思う。真面目に生きたいと思う時期もあれば、傍若無人に生きたいと思う時期もある。質素に生きたいと思う時期もあれば、カラフルに生きたいと思う時期もある。自分最高と思う時期もあれば、自分最低と思う時期もある。みんな大好きと思う時期もあれば、みんな大嫌いと思う時期もある。それは自然なことだし、当たり前のことだと思う。季節があるように、心にも、それぞれの時期があるのだと思う。
A様は「やらなきゃいけないことはたくさんあるのに、なかなかやる気が起こらなくて、好きなことをやるエネルギーまでなくなってしまった」と言った。やらなきゃ。やれない。どうしたらいいのか。そんな自責のループにはまっていた。私は「私に会うことはやりたいことではなかったのですか?わざわざ熱海まで来たのも、会いたいから来たのではなく、仕方がないから来たみたいな感じなのですか?」と聞いた。A様は「違います!坂爪さんには以前からお会いしたいと思っていました!会いたいと思って来ました!」と言った。
何をしたらいいのだろうと思うと、苦しくなる。足し算の思考になって、情報を集めて、外側に答えを求めるようになり、自分が置き去りになる。ちゃんとしなきゃと思うほど、普通には近づくけれど、自分からは遠くなる。矛盾を否定して、統合しようと思うほど、自分が置き去りになる。自分の中の季節がなくなり、旬の感情がなくなる。身体は生きようとしているから、アスファルトを突き破る草花のように、硬さを超えて、外に出ようとする。だから、私に会いに来たのだと思う。
私たちは、私たちが思う以上に生きている。カウントしていないだけで、散歩や料理や運動や会話など、日常のなんでもない一コマを愛している。何もしていないように見えて、いろいろな感動をしている。どっちかじゃない。どっちもだ。自分を固定しない。物事を定義つけない。置き去りにした自分を迎えに行く。もっと自分を信頼する。何かをやりたくなって、何かをはじめる自分を信じる。どうしてもノルマを課したくなってしまう時は、苦しくなるノルマを課すのではなく、幸せになるノルマを課す。旅が好きなら、年に一回でも、月に一回でも、飛行機に乗る。自分の好きを取り戻す時、そこが自分の居場所になる。自分の好きを思い出す時、置き去りにした自分がいる。
おおまかな予定
8月7日(金)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
いいなと思ったら応援しよう!
ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


コメント