インタビュー

上野千鶴子×鈴木涼美 対話で問う売春防止法 性風俗は「ワーク」か

構成・大内悟史

上野千鶴子×鈴木涼美対談(前編)

 法務省は売春防止法改正を目指し、専門家らによる検討会で議論が進む。なぜ「買う側」の男性の処罰が必要か。歓楽街の今後はどうなるか。フェミニストで社会学者の上野千鶴子さんと、「夜の街」で働いた経験がある文筆家・作家の鈴木涼美さんが語り合った。

■国の検討会に当事者の声は

 【上野千鶴子】 今回の対談を引き受けたのは、最近の動きに危機を感じるからです。

 例えば、性売買に身を投じる女性の自由意思を尊重する「セックスワーク・イズ・ワーク」論。女性の性的自己決定、働く権利、生活する権利を重視するセックスワーカーの当事者支援の団体や一部のリベラル派が主張し、フェミニズムの狭い業界内で、この立場でなければならないという「踏み絵」になりかけています。

 【鈴木涼美】 アメリカで1980年代にフレデリック・デラコステらの著書(邦題『セックス・ワーク 性産業に携る女性たちの声』)が注目され、日本でも要友紀子さんたちの「SWASH(スウォッシュ)」(99年設立)のような当事者支援の団体ができました。ただ、アメリカは、キリスト教文化を背景にした売春当事者への差別意識が根強く、犯罪大国で命がけの過酷な現場に身を置く当事者の自立意識も強い。日本の売買春の実態とは落差があるため、日本のセックスワーク論は全体に低調でした。

 ちなみに今回の検討会は当事者の声を反映していないのでしょうか。

 【上野】 メンバー11人のうち女性は4人。それも刑法の研究者や検察官、裁判官。性売買の実態をよく知る専門家と言えるのか。4月のヒアリングに呼ばれたのは4団体。性暴力がテーマのNPO法人やSWASHの代表、都女性相談支援センター所長、性風俗産業の視点に立つ弁護士。例えば、東京・新宿の歌舞伎町で女性たちを支援する支援団体の一つ、Colaboは呼ばれていない。このままでは現状追認、場合によっては買春者非処罰という最悪のシナリオになりかねません。

 【鈴木】 もし本気で法改正に取り組むにせよ、当事者の視点がじゅうぶん反映されず、問題の改善につながらない懸念があると。

 【上野】 例えば、検討会で発言した弁護士は性産業の規模を示し、規制を強化すれば215万人のセックスワーカーが失業し、年間2兆~5兆円の経済的な打撃があるという。「大きすぎてつぶせない」という論法は、3・11のときの東京電力救済と同じでしょう。

 売防法(57年施行)の成立過程では、職を失うと懸念する当事者の声もあるなかで、原則は売春禁止と決めました。一方で、風俗営業法(48年施行)はソープランドやファッションヘルスなどの「性交類似行為」を実質、容認している。売春禁止という建前と本音の間に大きなギャップが生じ、多種多様な性的サービスが競い合う「買春大国」が野放しになってきました。それを国が保護する理由はありません。

■「買春大国」日本 男性罰する北欧モデルとは

 【鈴木】 上野さんは朝日新聞のインタビュー記事で、買う側の男性を罰し、売る側の女性は非犯罪化して支援の対象にする「北欧モデル」を高く評価しました。

 【上野】 鈴木さんは、あの記事に興味深いコメントを寄せてくれました。性産業もボーダーレス化、グローバル化し、円安も進んでいる。これまでのように日本の男性が海外で買うだけでなく、買う側の男性が海外から日本にやってくる。売る側の日本の女性も海外に出稼ぎに出ていく。それが日本男性の沽券(こけん)を傷つけたのでしょうか。

 【鈴木】 私は、売防法の売った女性たちだけが罰せられる対象となり、買った男性は不問に付される不公平感が解消され、ダメと言いながら実際は本番行為を避けた業態や場所や出会いを提供するだけの業態が緩やかに合法とされているような、「ゆるゆる」な規制を改める法改正なら賛成です。

 ないといいながら実際はある、という本音と建前の乖離(かいり)は、その場所で働く女性もなんの罪悪感もなく付き合いなどで利用する男性も、どちらも危うい立場にすると感じるからです。

 【上野】 買う側の男性と売る側の女性の「双方処罰」か、「双方非処罰」か、「片方処罰」か。

 性売買の法規制にはこの三つの選択があり、女性だけが処罰される「片方処罰」の現状は、売防法の女性保護という理念に反しています。売る側の女性の「おニイさん、遊ばない?」という勧誘行為がダメなら、繁華街で「キミ、いくら?」と女性に声をかける買う側の男性は、なぜ処罰されないのか。

■「立ちんぼ」検挙 さらされるのは女性の顔と名前

 【鈴木】 街に出た女性は、男性に「いくら?」と声をかけられる。これは買春のオファー。本来は禁止の勧誘行為です。でも、新宿・歌舞伎町の「立ちんぼ」100人以上の一斉検挙では一部の報道で女性の顔と名前がさらされ、買う側の男性は表沙汰にならない。

 【上野】 法律の条文と運用の間に大きなギャップがある。結果、何が起きるかというと、買う側の男性の調査によると、いまの日本の男性(20~49歳)は、金銭を対価にした「性的産業のサービスを利用したことがある」と答えた割合が約48%(東京大特任研究員・坂元晴香さんらの2023年オンライン調査)。ほぼ2人に1人。実態とかけ離れた「風俗」という名の下で、デフレ下の価格崩壊も起き、男性が性を買う敷居は低くなっています。

 【鈴木】 業界の動向は時代により移り変わってきました。1990年代に女子高生の「援助交際」が話題となり、99年の風営法改正で無店舗・派遣型のデリバリーヘルスが広がりました。その間に「ワリキリ」「神待ち」「出会い系」などの言葉が使われた時期もあります。今なら「パパ活」や「立ちんぼ」。テレビ番組が扱い、ジャーナリストやユーチューバーが現地に入り、警察も取り締まりに乗り出しています。

対談後半では

・男性罰すれば女性のリスクは減るか(鈴木)
・性売買は「ミソジニーの商品化」(上野)
・売買春規制への考え方に変化も(鈴木)
・「性的搾取」を受けた認識は?(上野)
・「元AV女優」は辞められない(鈴木)
・対等な立場の女性相手にできる行為か(上野)
・福祉が風俗に勝てない理由(鈴木)

■男が買う、女が売るのは自明か(上野)

 【上野】 この問題を追うジャーナリストや社会学者に何度も問いかけました。なぜ買う側の男性の実態を取材・研究しないのか、と。「男に聞いても退屈な答えしか返ってこない」という。性的サービスの提供が当たり前すぎて、説明の必要を感じない。おかしいでしょう。

 売防法の施行から間もなく70年。この社会は70年間、男が買い、女が売る構図を自明のこととしてきてしまった。

 【鈴木】 近年、一部メディアで「女性向け風俗」(女風〈じょふう〉)が話題になり、現場ルポや女性利用者のエッセーが読まれています。そうした需要は多くはないのですが、女性が買う側になるのは珍しいので注目される。

 でも、女性にこうした性的サービスを提供する男性側への関心は薄く、あくまで女性側に視線が向かう。キャバクラに男性が通うのは自明視され、ホストクラブに通う女性を追う番組なら成立する。男性の欲望は当然視され、女性は物珍しい論評の対象とされる。女性が身体や性を商品化する時に注目されるのは売る側の女性、男性が商品化される時に注目されるのも買う側の女性なんです。

 【上野】 メディアでも消費の対象となるのは女性ばかりです。なぜ「双方処罰」ではダメなのかと言えば、もともと性的サービスは男女間の非対称性が前提にあるからです。売る側の女性が心身ともに深刻なダメージを受ける実態がある。

 【鈴木】 私も売防法の理念を前提にするのであれば、「立ちんぼ」を買う側の男性の顔と名前がさらされるようになってほしいと思っています。

 ただ、日々の糧を得ている売る側の女性の暮らしはどうなるか。本当に福祉が充実すれば彼女たち全員がそちらで救われるのか、というと少し疑問が残ります。女性たちには、風俗で働く理由があるのだと思います。上野さんへのインタビュー記事についた見出しのように、「福祉が風俗に勝てない」。福祉は制約があり、風俗ほどは稼げない。風俗にもそれなりの楽しさや快楽、人間関係が伴う。福祉ですべてをカバーするのは難しい。

 【上野】 オーストラリアやニュージーランド、アメリカの一部の州、オランダやドイツといった欧州の一部などは性売買を合法化しています。当事者団体は、買う側の男性を罰する北欧モデルだと性的サービスの多くが地下化し、性暴力を防げず、セックスワーカーの環境が悪化するという。ただ、そうしたリスクがあっても、女性だけが性売買で処罰される非対称性を放置する理由にはならない。少なくとも買春男性も処罰しなければ法の下の平等に反する。

 現実には、売る側の女性のほうが圧倒的にリスクにさらされているのに、建前では本番行為をしていないことになっているので性病や暴力、妊娠などの被害から身を守るのも難しい。

■男性を罰すれば女性のリスクは減るか(鈴木)

 【鈴木】 買う側の男性を処罰すれば、果たして売る側の女性のリスクが減るかどうか。議論の余地があると思います。

 【上野】 性売買を合法化したドイツでは、買う側の男性や売る側の女性が国外から流入して性産業の規模が拡大しました。合法化に賛成したフェミニストたちも、今ではそれを後悔していると聞いています。男性側を犯罪化した北欧では、一部が地下化し、ある面でリスクは増えたかもしれませんが、セックスマーケットは全体として縮小した。というのも、犯罪化・地下化のもとでもリスクを冒して性的サービスを求めるのは少数派。こうした存在はゼロにはならず、母集団が小さくなるからリスクが高まるように見えるだけです。

 【鈴木】 「痛客」や「問題客」と呼ばれる人は昔も今も変わらない。犯罪化・地下化でリスクが高い世界になれば、男同士の付き合いなどなんとなくで性風俗を利用していたライト層は去る。米ラスベガスのような合法カジノが存在しない日本で、それでも賭けたい人が非合法カジノに通うのと同じ構図になる。

 上野さんとは違い、私はこれまで売買春の非犯罪化による風俗嬢たちの安全の確保と業界の環境整備に期待する立場でした。

 ただ、性風俗は普通の仕事だとは思えないとも思っていました。そこが、SWASHさんたちのようなセックスワーカー団体と少し立場が違うところかもしれません。

 入店したその日が最も価値が高く、日に日に価値が目減りしていく。そんな仕事は他にありません。労働ではない価値、つまり「若さ」や「うぶさ」、経験のなさにお金が支払われる。自分の価値は日々削られ、年功序列とは逆で、キャリアが積み上がらない。

 若いうちは気にならないけれど「40の壁」という言い方があり、40代以上のセックスワーカーで寝食まかなえる人はごくひと握り。膨大な数の女性たちが、離脱支援なしで離脱しています。他の職業との違いをどう考えればいいか。答えが出せずにいます。

■性売買は「ミソジニーの商品化」(上野)

 【上野】 女性をお金で言いなりにして、男性の側だけが「性的満足」を得る。相手はなるべく無知で経験がなく、年齢も低いほうがいい。そうした男性が日本をふくむ東アジアには多い。こうした性風俗のあり方は女性の軽視や蔑視、「ミソジニーの商品化」でしょう。他の場所でやればセクハラになる行為が、金で買えるのが、今の日本社会です。

 そもそもセックスワークは、売る側の女性の性的同意が保証されているのでしょうか。

 自由な選択による自己決定が可能なのは、完全に代替可能なもう一つの選択肢が存在するときだけ。鈴木さんにはつねに離脱の選択肢がありましたから、あなたにとっては自由な選択だったかもしれませんが、身の回りにいた仲間の女性たちには、離脱可能な選択肢があったでしょうか。

 【鈴木】 売る側の女性に他の選択肢があるのか、という問いに対する答えはグラデーションで、はっきりとは言いにくいです。

 というのも、家が貧しい子、教育の機会に恵まれない子、何らかのハンディキャップがあるように見える子、それぞれが仲間にいました。その時点で切り取れば、その子にとっての選択肢はあまりにも少ない。

 もちろん、きょうまとまったお金を用意しなければ、という状況に追い詰められても風俗の世界に身を投じない子は多い。支援を使いながら性風俗とは無縁に暮らす選択肢が全くないわけではないとは思うし、逆に客観的に見れば大学にも進学していて、家庭環境や仕事能力にあまり問題を抱えていないのに性風俗を選んでいる子ももちろんいる。ただ、そういう子たちであっても主観では何かしら追い詰められた原因があり、それはたとえばホストクラブや美容整形の支払いだったりすることもあるわけですが、いちど業界に入ると抜けられず、そのまま続けている子が何人もいました。

 最初の一歩は、私ですらそれなりに追い詰められた感覚がありました。まだ人生経験も圧倒的に少ない若い女の子が入りやすい業界で、大人が冷静に見れば他の選択肢があるように見えても、若さゆえに「選択肢がない」と思う状況がある。男性に愛された経験も、男性を愛した経験も大してないのに、選ばなきゃならないと感じる状況で、親の反対を押し切ってでも選ぶ。

 少なくとも20歳に達していれば同意があったと言えるにせよ、例えば30歳や40歳の女性とは、そうした選択に至る判断材料や経験値があまりにも違います。

 【上野】 歌舞伎町で性的搾取の被害者支援を続けるColaboの仁藤夢乃さんは、好き好んでこの業界に入った子を知らないと言います。支援した女性には三つの類型があり、第一に貧困層でお金が必要。第二にメンタルの不安を抱える自傷系。第三に好奇心や親への反抗。それぞれ3分の1ずつだと。

■売買春規制への考え方に変化も(鈴木)

 【鈴木】 20年前の経験を振り返ると、今よりも貧困層の割合が小さかったかもしれません。さらにさかのぼると、社会学者の宮台真司さんが「ブルセラ少女」や「援交少女」に注目した80~90年代は、親や学校に反発する層も多かったのでしょう。

 では、援交少女たちは自己決定の結果と言えるのか。

 性風俗のなかでも条件がいい非接触型のサービスや高級ソープ嬢の道を選べる子もいれば、3900円の格安デリヘルで働くしかない子もいます。単体AV女優やキャバクラ嬢の経験が長い私が接したのは主に選択肢がある層で、仁藤さんが支援する子たちはぎりぎりの生活で客を待つ層が多いし、そうした層は増えています。

 性風俗の業界内に明らかなヒエラルキーがある以上、SWASHや私、あるいは貧困支援をしている団体の方たちが何を訴えたとしても、売る側の多様な女性たちを果たして代表できるのかという代表性は常に問われます。

 【上野】 そうした性産業全体を見れば、現状維持による弊害は大きい。買う側の男性の非処罰はあり得ないと思います。

 法律の整合性も取れない。不同意性交罪における処罰の対象は18歳以上。性的同意の線引きも16歳まで引き上げられています。18歳までならたとえ本人の同意があっても男性側が処罰される行為が、18歳以降にはなぜOKになり、また女性側だけが処罰されるのか。一貫性がありません。

 【鈴木】 男性がスマホ1台で18歳以下の少女たちの売買春を管理するような「援デリ」と呼ばれる危うい業態もあります。

 かつて私は、売買春が犯罪化されると18歳以上もそうした地下化した怪しいサービスしかなくなってしまうと思っていた。最近は認識を改めつつあり、18歳以上の性的サービスが堂々と存在するからこそ、法的にしっかり禁止されている18歳以下にすら性的サービスのかなり危うい仕事が存在してしまうのでは、と考えています。

■「性的搾取」受けた認識は?(上野)

 【上野】 年齢を問わず性売買は性差別であり性暴力だという認識は、日本の男性の多くにはない。鈴木さんは、過去に自分が性的に搾取されていたという認識はありますか。

 【鈴木】 性的搾取を受けていたとは当時、考えもしませんでした。それは若くて経済的に追い詰められておらず、性風俗のさまざまな選択肢のなかから自ら選べる立場だったからだというのが大きかったと今から振り返れば考えます。

 いざとなったら助けてくれる親がいて、そこまでかわいくはなかったかもしれないけれど、まったくかわいくないというわけでもなかった。買いたたかれたり、使い捨てにされたりせず、商品として大事にされている感覚がありました。

 もちろん、いま振り返っても納得がいかない場面がないとは言えない。お金を受け取りサービスを提供する側として、そうした文句を言えない状況で嫌な思いをしたことはあります。

 ただ、若くして稼げる構造じたいは、むしろラッキーなことだと受け止めていました。もういちど人生を繰り返したとしても、同じ選択をするかもしれません。今の私にしても、過去の自分の選択に対する後悔やそれでも惹(ひ)かれたというあの感覚の上に生きている面があり、過去の自分を否定したら自分が自分ではなくなる難しさがあります。

 他の仕事と比べたときの、広義でいう売春の特殊性の一つとして、「仕事がバレる」という問題があります。親バレや学校バレ、会社バレなどの心理的ハードルが高い人もいれば、親や学校、会社との関係を気にしない人もいるでしょう。ただ、経歴についてうそをついている人が大半。最もバレたくない仕事の一つではある。SNS時代になりAV女優やキャバクラ嬢からインフルエンサーになる人もいますが、たとえばAV女優がウェディングドレスのモデルをしただけで酷(ひど)く批判を浴びた例もあるし、キャバ嬢をしていた過去がわかってアナウンサーの内定を一度は取り消されたなんていう女性もいました。ふだん持ち上げられていても何かの拍子にヘイトの感情が集まる存在ではある。

 【上野】 週刊誌報道で過去の経歴がバレなかったら新聞記者として働き続けていましたか。

■「元AV女優」は辞められない(鈴木)

 【鈴木】 そうしようと思っていた時期もあります。このまま大きな会社の中で守られていれば、過去はなかったことになるのかもしれない、逃げられるかもしれない、と。親には途中からバレましたが、当時付き合っていた彼氏の多くは私の過去を知りませんでした。ただ、AV女優は辞められても「元AV女優」は自分のなかでは辞められない。

 【上野】 鈴木さんが元ホストの男性を伴侶に選んだとき、ああ、鈴木さんは歌舞伎町かいわいと自分の人生を結びつける選択をしたんだなと思いました。そうした経験があなたを作家にした。

 【鈴木】 完全に業界を離れた場所で生きている人に、私の人生を一緒に背負ってもらう生き方をする気にはなりませんでした。

 AV女優は一般的な仕事に転職したり結婚したりした後は、よほど有名な人以外はその過去を語らない人がほとんどだと思いますが、自分の人生のなかである時期を隠さなきゃいけないというのはある意味息苦しいし、その人にとって幸せなことかどうかはわかりません。でも、AV女優だった過去を隠さずに生きていける社会にしようとしても無理でしょう。ひどい差別をなくすことができても、奇異な目で見られることすら一切なくなったら、それはそれで変な社会です。そういう意味でも、私はセックスワークはワークであるとする「セックスワーク派」ではない。

 【上野】 女性側に短時間で高い報酬が得られるというプル(引っ張る)要因が働くのは、買う男性の側もスティグマが伴う行為を女性に求めていると認識しているからでしょう。だからこそ高いお金を支払う。

 フランスは2016年に買春者処罰に転じましたが、法整備を推進した女性議員は来日講演で「人体の非財産性」という表現を用いていました。人体は商品にしてはならない、と。

 買う側も売る側も、人権侵害だとどこかで分かっている。自分や他人の人権を侵害する同意は無効であり、自分や他人の人権を売買することはできません。人身売買や臓器売買、代理母や代理出産の問題などと同じです。

■対等な立場の女性相手にできる行為か(上野)

 【鈴木】 「立ちんぼ」の女性が犯罪者に見えて、買う側の男性が犯罪者に見えないのは、取り締まられているかどうかの違いに尽きます。北欧モデルは男性を縛り、教育する手段になるでしょう。

 ただ、その先にどのような歓楽街の姿がありうるのか。人間にとって、日常を忘れて楽しむ何らかの場所は必要では。

 【上野】 もちろん、幸福追求権は誰にでもあるし、愚行権もある。でも、幸福追求権も言論の自由も、自分や他人の人権を侵害しない限りにおいて認められるものです。

 【鈴木】 男性客と一緒にお酒を飲むのが楽しい女性はいます。

 【上野】 恋人や配偶者相手にできない行為でも「商売女」が相手なら、お金を払うことで男性の側の罪悪感を棚上げや帳消しにできる。要は「やり逃げ」じゃないですか。対等な立場の女性相手にはできない行為をする。これは性差別であり「セクハラの商品化」と言ってもよい。

 【鈴木】 それはそうですね。親しい女性にやったら性暴力とされる行為でも、お金を払えば性的サービスを受けたことになる。

 【上野】 ならば、性暴力をお金で買う自由はないし、性暴力被害を引き受ける同意もないと言い切ってもいいと私は思う。

 【鈴木】 グレーゾーンになっている性的サービスを、買っている男性に焦点を当てる形で法整備する動きに対し、私も異存はありません。でも、その先に歌舞伎町がどうなっていくのか。

 【上野】 歌舞伎町の将来が気になるのですか。人に欲望があり、歓楽が必要なのはわかります。確認したいのですが、性欲が動機でセックスワークをしている女性は、どのくらいいますか?

 【鈴木】 多くの男性と性行為をしたい、AVに出たいという特殊な性癖の持ち主はゼロではない。SMプレーを求めて「縄師」のもとに通い、出演した子はいます。ただ、ごく少数の例外に近い。

 【上野】 セックスワークから快楽を得ている女性はいますか?

 【鈴木】 性的な快楽というより、買う価値がある女性と見られていることによる快楽はあると思います。あるいは世間的には端に追いやられているポルノの制作現場に面白さや楽しさを感じていたり、普通の会社にいるよりも自分にあった居場所だと感じていたりする人もいる。男性の性欲をもてあそぶ面白さ、コミカルな要素があるAVや風俗のその妙な可笑(おか)しさの愛(いと)しさ、色々あると思います。男性から得たお金が自分の魅力の価値を証明していると感じるような快楽です。

 そもそも自分にどれだけ価値があるかわからない、不安だと思っている若者にとって、キャバクラで自分のために一晩に何百万、何千万円を費やす客がいるという状況は、勘違いであっても承認欲求が満たされる。

■福祉が風俗に勝てない理由(鈴木)

 【上野】 私にはそれは、性行為そのものから得られる快楽ではなく、その提供に付随するフリンジベネフィット(付加的な利益)に見えます。

 【鈴木】 そうです。基本的に性行為の提供そのものは快楽ではない。中高年男性に性的サービスを提供して稼いだお金を好きなホストに貢いでいる女性たちが愚痴をつぶやく掲示板を見ると、彼女たちにとってオヤジの性器をくわえるのは苦行で、その苦行の先にホストとの退廃的な遊びがあるというのはわかります。その苦行のストレスを癒やしてくれるホストに行くのにはやはりその苦行で得るお金が必要という循環が近年問題視されていますが、そういう若い頃を過ごした私としてその生活がつらくても楽しいのはやっぱりちょっとわかる。

 【上野】 性的な価値でしか承認欲求を満たされない女性たちがいる。それそのものが構造的な性差別でしょう。

 【鈴木】 私もある時期まで、男性に値段をつけられることが快楽で、自分に魅力があるということだと思い込んでいました。お金を払わないといけない男性の側よりむしろこちらに自由がある、と思っていたし、今もパパ活や風俗にお金を払って女性とつながる男性が自由だとはあまり思っていません。ただ、自分に選択の自由があったか、文句を言う自由があったか、と振り返るとある程度考えを改めるところがあります。

 ただ、私よりすぐ上の世代までには男性に選ばれないと勝てない、目指せ上昇婚やシンデレラ婚といった男性優位の強固な価値観があったなかで、男性に値段をつけられるのが快楽だったのは事実です。

 【上野】 値段をつけるのは男で、つけられるのは女というジェンダーの非対称性がある限り、それは経済的な等価交換ではない。性差別の構造ゆえに、女は男社会に適応せざるを得ない。

 【鈴木】 「福祉が風俗に勝てない」理由のひとつに、シングルマザーの風俗嬢が結構多いこともあります。自由な勤務形態で急な欠勤も許されるなか、短時間で稼げるプル要因に加えて、離婚に伴う養育費の不払い、男女間の賃金格差などのプッシュ要因が働く。

 【上野】 この数十年、福祉には頼れないという自己責任社会が浸透し、女性たちは生活保護を選べずに性風俗の道に向かっています。短時間で稼げて、子どもの病気で急に休める仕事は限られる。日本のシングルマザー支援は貧弱すぎます。その上、日本の法律は逃げた男に甘い。だから困窮した女が性風俗に走る。望まない妊娠をしても、中出しした男は処罰されず、名前を報じられもせず、赤ちゃんを産んだ女は死体遺棄で逮捕される。DNA鑑定で父親を確定させ、養育費の強制徴収もやればいいのにそうなっていない。70年代ごろのウーマンリブの時代に私たちが訴えてきたのは、「女がひとりでも産み育てられる社会を」でした。あれから半世紀……。

 【鈴木】 日本の男性は本当に「生中出し」が好きで、高級ソープの一部は「生」OKが売りです。もちろんプロの女性側は避妊していますが、普通の女性に対しても歯止めがない。避妊もせず、望まない妊娠が分かった男性は「気をつけていたつもりだったけれど、ごめん」。そして産まれても困る、と。

 【上野】 でも、スウェーデンでは「ごめん」では済まない。赤ちゃんが18歳になるまで養育費を強制的に徴収されます。アメリカやフランスにも養育費を保証する制度があります。そんな強制力もなしに、共同親権を認めるなんて、ありえない。

 資本主義の商品市場に女性の身体がさらされるなかでも、やっていいこととやってはいけないことがある。古来、親の借金を背負った娘が女郎になる。明治期の芸娼妓(げいしょうぎ)解放令以来、そうした人体の「債務奴隷」化を契約無効にしたのが現代社会の「基本のキ」です。

 でも、現代の国際的な金融資本主義をフェミニズムの立場から分析すると、古典的な資本家と労働者の階級関係は、債権者と債務者の関係に移行しています。ホストは客のキャバ嬢から貢がせてヒモ状態に。歌舞伎町の性風俗産業全体で債権・債務の関係がぐるぐるとまわっている。女性が再び「債務奴隷」化しています。

 【鈴木】 ホストクラブは、「お金をつくって遊びに行く」場所。若い女性がどうにかお金をつくれる方法は限られています。お金はないけれども、お金になる身体がある、ということになる。

 ホストクラブや女風もあるからお互いさまだ、女だって搾取しているじゃないか、という意見もありますが、お金のある人が行く銀座のクラブと歌舞伎町のホストクラブでは、客側のお金の作り方も含めて同等の存在とは言い難い。女性客の好意に乗じて多額の債務を負わせ、売買春などの性的サービスの提供をそそのかす、いわゆる「悪質ホストクラブ」は近年問題視され、取り締まりの対象となりました。

 【上野】 つくづく思うのが、性売買は日本社会のジェンダー秩序の縮図だということ。性差別ががっちり組み込まれている。いくら女が買う側だとしても、搾取の構造に変わりはない。女を買うキャバクラと男を買うホストクラブが全体として、歓楽街の構造の一部になっています。

(後編)は8月7日(金)15時配信予定

性風俗に組み込まれた男女間の非対称を語り合った上野さんと鈴木さん。2人が腰を据えてやりとりするのは、2021年の共著『往復書簡 限界から始まる』以来です。赤裸々な言葉を交わしたそのときから、互いに考えが変わった面もあるといいます。「性を売る」世界で働きたいと思う女性に、今ならどう声をかけるか。答えを探す対話が続きます。

 うえの・ちづこ 1948年、富山県生まれ。社会学者、東京大学名誉教授。専門は女性学、ジェンダー研究。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)前理事長。著書に『家父長制と資本制』『おひとりさまの老後』『ケアの社会学』『アンチ・アンチエイジングの思想』、共著に『当事者主権』など。

 すずき・すずみ 1983年生まれ。日本経済新聞記者を経て文筆家・作家。著書に『「AV女優」の社会学』『JJとその時代』など。小説『ギフテッド』『グレイスレス』『悪い血』で芥川賞候補。

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この記事を書いた人
大内悟史
デジタル企画報道部|Re:Ron編集部
専門・関心分野
社会学、政治学、哲学、歴史、文学など

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