(声)被爆81年の夏 鬼の形相、母は日の丸を燃やした

 無職 小野カツ子(三重県 81)

 スイカを食べると思い出す。小学1年生の夏、井戸水で冷やしたスイカを食べていて、ふと次兄の背中が見えた私は言った。「兄ちゃんの背中の傷痕を数えてみよう」。暑くても人前で服を脱がない兄が、この時は珍しく脱いでいた。

 改めて見て、あまりのおどろおどろしさに絶句した。背中一面に、無数の盛り上がった傷痕。見てはならないものを見たようで、思わず母にしがみついた。

 そんな私に、兄が説明した。長崎で働いていた18歳の時に原爆に遭い、熱風で砕け散ったガラスの破片が背中に突き刺さったこと。「十分な手当てをしてもらえず、死んだ方がましと思った」と。

 1、2、3……60まで数えると、母がいきなり立ち上がり、仏壇の引き出しにあった日の丸を燃え盛るかまどに放り込んだ。日の丸に見送られて出征した長兄は戦死、父は2度の出征。食糧難にも苦労した。「戦争は残酷じゃ。日の丸を燃やしてせいせいしたわい」

 新設された国旗損壊罪。鬼の形相で国旗を燃やした母が存命なら重罪ですか。

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