阪神・大竹耕太郎、帰省中に熊本地震で被災「あんまり寝れなかった」 倒壊イオンモールは「(中学時代)チャリで行っていた」
阪神・大竹耕太郎投手(31)が前日28日に最大震度7を記録した令和8年熊本地震に遭遇していたことを29日、甲子園での全体練習後、明かした。球宴休みを利用して熊本市内の実家に帰省。帰阪するために熊本空港に移動中だった。故郷の風景は一変。余震で眠れなかった夜を振り返った。 【写真】一緒にラーメンを食べる阪神・大竹耕太郎と才木浩人 大竹が帰阪するために熊本空港に向かっていた途中に立ち寄った喫茶店で地震が起きた。立っていられなかった。 「(スマホの)緊急地震速報が、揺れ始めて、すぐに鳴り出して。初めての経験。すごかった」 熊本空港を発着する飛行機はすべて運休に。熊本市内の実家に戻るまでの道路も寸断されていた。 「当たり前に通れる道が通れない。ドラッグストアも入れなかったり…。改めて、普通に生活できなくなると、すごく(大変になる)…」 さらに衝撃を受けたのは、実家近くにある「イオンモール熊本」で大きな被害が出たというニュースだった。 「僕も(中学時代は)チャリ(自転車)で行っていた。親は毎日、買い物しているようなところで、親戚がバイトをしていた」 幸い、大竹の近親者や知人に大きなけが人はいなかったそうで、熊本市内の実家も倒壊を免れたが…。 「物は散乱しているし、棚も倒れたり…。電気は通っていたのでエアコンをつけることができたが、夜中に震度4とかの余震もあった。ずっと夜も揺れていたので、あんまり寝れなかった」 初めての体験だった。10年前、最大震度7の揺れが2度襲った熊本地震(2016年)。当時、大竹は早大3年だった。東京から故郷への思いを込めて、復興のための募金活動に参加した。月日が流れ、プロ野球選手となり、阪神の先発ローテ投手になった。 「自分にできることを考えて、これから、いろいろ(復興に向けての)貢献というか、そういうものはしていきたい」 熊本出身のプロ野球選手に声を掛け、故郷の復興のために尽力する。(三木建次)