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広島原爆の日 被爆から81年 核兵器廃絶の訴え続く

(更新)
原爆

広島に原爆が投下されて6日で81年です。世界で核による脅しや、核抑止力を強化しようとする動きがみられる中、被爆地・広島では、犠牲者を追悼するとともに、核兵器の廃絶を改めて国内外に訴える1日が続いています。

記事の後半では、平和記念式典でのあいさつや平和への誓いのノーカット動画、全文も掲載しています。

平和記念式典 およそ5万人が参列

広島市の平和公園では夜明け前から被爆者や遺族などが祈りをささげました。

午前8時から行われた平和記念式典には、被爆者や遺族の代表、それに高市総理大臣や、過去最多の121の国と地域の代表などを含む、あわせておよそ5万人が参列しました。

式典では、広島で被爆し、この1年に亡くなったり、亡くなったことが確認されたりした4393人の名前が書き加えられた35万3639人の原爆死没者名簿が原爆慰霊碑に納められました。

そして、原爆が投下された午前8時15分に、参列者全員が黙とうをささげました。

高市総理大臣はあいさつで、「わが国は非核三原則を堅持しており、唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っている」などと述べた一方、核兵器禁止条約には触れませんでした。

広島市では、式典が行われた午前8時台にすでに気温が32度を上回っていて、市によりますと、式典の会場で、少なくとも21人が熱中症のような症状を訴えて救護所で手当てを受け、このうち3人が病院に搬送されたということです。

こうした中、広島市の小学校では、夏休み中の子どもたちが平和学習を行ったほか、高齢の被爆者も各地で証言活動を行いました。被爆者の平均年齢は86歳を超えていて、被爆体験や、長年、核兵器廃絶を訴えてきた活動をどのように受け継いでいくのか課題となっています。

人類史上初めて核兵器の惨禍を経験した広島では、犠牲者を追悼するとともに、核兵器の廃絶を改めて国内外に訴える1日が続いています。

松井市長 “市民社会 一日も早い核兵器廃絶を願っている”

世界では、核による脅しや、核抑止力を強化しようとする動きがみられる中、広島市の松井市長は平和宣言で、「多くの為政者は現実的な対応として核抑止力に依存し続け、暴力を肯定する国際社会が出現し、核兵器のない世界は遠のくばかりだ」と懸念を示し「市民社会は一日も早い核兵器廃絶を願っている。いったい、いつまで失望させ続けるのか」などと訴えました。

そして若い世代に核兵器廃絶に向けた行動を起こすよう呼びかけました。また、日本政府に対しては、ことし11月から開かれる核兵器禁止条約の再検討会議にオブザーバー参加し、一刻も早く締約国となることを求めました。

高市首相 あいさつ【ノーカット動画】

高市総理大臣はあいさつで、「81年前の朝、1発の原子爆弾によって広島の日常は一瞬にして断ち切られ、かけがえのない命が容赦なく奪われた。原子爆弾による惨禍と多くの方々の筆舌に尽くしがたい苦しみは二度と繰り返されてはならない」と述べました。

そのうえで「わが国は非核三原則を堅持しており、唯一の戦争被爆国として『核兵器のない世界』の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っている」と強調しました。

そして「『核兵器のない世界』に向けた道のりは決して平坦なものではないからこそ、歩みを止めるわけにはいかない。国際社会の取り組みを主導すべく、NPT=核拡散防止条約体制の維持・強化を訴えながら、現実的かつ実践的な取り組みを続けていく決意だ」と述べました。

また、被爆者に対し医療や福祉などの総合的な援護施策を進めるとともに、原爆症の認定について一日も早く結果を通知できるよう可能なかぎりの迅速な審査に努める考えを示しました。

地元の小学生 平和への誓い【ノーカット動画】

また、地元の小学生2人は、「私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、当時の記憶を事実として受け止める使命があります。一人一人の小さな行動が、平和への後押しとなります」などと、「平和への誓い」を述べました。

被爆者の平均年齢は86歳を超えていて、被爆体験や、長年、核兵器廃絶を訴えてきた活動をどのように受け継いでいくのか課題となっています。

人類史上初めて核兵器の惨禍を経験した広島は、きょう1日、犠牲者を追悼するとともに、核兵器の廃絶を改めて国内外に訴えます。

平和への誓い【全文】

平和への誓い

もしも「大切なもの」が一瞬で消えてしまったら、どんな気持ちになるのでしょうか。

私たちが笑い合っているときにも、尊い命が失われている現状があります。
今もどこかで、当たり前の日常がうばわれています。

ぼろぼろになった制服。
黒く焦げたお弁当箱。
それは、当たり前の毎日を生きていた証です。
昭和20年(1945年)8月6日、午前8時15分。
たった一発の原子爆弾が、人々の暮らしを、人生を地獄に変えました。
髪は焼けちぢれ、全身の火ぶくれが破れ、火傷した皮膚が垂れ下がった人々。
「痛いよ。苦しいよ。」
「助けて、お母さん。」
「死にたくない。」
「助けてあげられなくてごめん。」
死んでしまうつらさ、生き続ける苦しみは、想像することさえ恐ろしいことです。

私たちには、被爆体験を直接聴くことができる最後の世代として、
当時の記憶を事実として受け止める使命があります。
目をそらさず、知ろうとすること。
悲しい現実でも向き合うこと。
そこには、「生きたかった人々」、「生き続けた人々」の思いがあります。

私たちには、広島のこどもとして、行動する責任があります。
相手の気持ちを想像し、意見の違いがあっても認め、受け止めること。
平和への思いを、自分なりの方法で表現すること。
一人一人の小さな行動が、平和への後押しとなります。

平和とは、誰かからあたえられるものでなく、世界中の人々で創り上げるものです。
こどもである私たちも、その一員として平和への一歩を踏み出します。
かけがえのない「大切なもの」を、確かな希望を、未来へ届けるために。

令和8年(2026年)8月6日
こども代表
広島市立高須小学校6年 柿崎由宇
広島市立高南小学校6年 河野和希

広島県 知事あいさつ【ノーカット動画】

広島県 知事あいさつ【全文】

知事あいさつ

被爆81年を迎えるにあたり、原爆犠牲者の御霊に、広島県民を代表して謹んで哀悼の誠を捧げます。そして、今なお、苦しみの絶えない被爆者や御遺族の皆様に、心からお見舞いを申し上げます。
水辺に囲まれた、美しい広島のまち。81年前、原爆投下による凄惨な現実がここにありました。強烈な威力は、一瞬にして多くの人々を焼き、建物や生活基盤を破壊し、太陽を遮りました。その年のうちに14万人の方が亡くなり、その後も多くの方々が命を落としました。
生き延びた被爆者も、受けた傷や放射線による影響、そして心の傷を抱えながら、苦しみ続けておられます。昨年の被爆80年に、「戦争がどんなに悲惨なものか、子供たちにどうしても知ってほしい」と、初めて言葉を絞り出した被爆者。「生き残ったことも地獄」と多くの方々が、語ろうにも語れない体験をされてきました。

被爆者の言葉、そして声にならない思いに、私達は真摯に耳を傾けなければなりません。

核兵器により全ての人を傷つけ、全てのものを破壊することに、何の意味があるのでしょうか。

核抑止力への依存が、今なお、世界の安全保障政策において大きな位置を占めていることに、悲しみと怒りを感じざるを得ません。核による脅し、先制攻撃も厭わない考え方、それによる核武装の強化が核兵器使用のリスクを高めています。核抑止は核兵器を使用することを前提にしない限り成り立たず、各国の不信や軍拡競争を助長し、世界を不安定化させるという根本的な矛盾をはらんでいます。核抑止力を求めること自体が新たな戦争を引き起こしている現実を直視し、核抑止から脱却すべきです。

人は皆、平和に安全に生きたい。その願いは人類共通のものです。私たちは対立を超えて助け合い、共に豊かになる道を歩むことはできないのでしょうか。

ある被爆者は「終戦直後、あのときほど人々の優しさ、温かさを感じたことはありません」と語っています。
原爆投下直後から、救援のために多くの人々が広島市内に入り、自ら被爆しながらも廃墟の中にあって、失われた命や九死に一生を得た人々に寄り添い支えました。人間同士が支え合う精神が信頼と希望の灯を点し、復興を前に進め、今のこの広島があります。

今、世界に求められているのも、対立や暴力ではなく、信頼と協力によって平和を築いていく、この精神です。

不信と憎悪を乗り越え、国家間だけでなく、人と人とのつながりにより、対話と協力による安全保障を実現し、誰もが人間らしく暮らしていける世界を築いていくために、世界のあらゆる叡智を集めなくてはなりません。
今年亡くなられた被爆者・森重昭さんは、「原爆の悲劇に国境はない」と訴えられました。核兵器が傷つけるのは、特定の国民ではありません。そこに生きるすべての人々、そして未来の世代までも深く傷つけます。

人類と核兵器は、共存できません。
核兵器を無意味なものに変える行動を世界のリーダーに、そして世界の皆さんに求めます。
核兵器を廃絶するために、共に行動していきましょう。広島県は、これからも被爆地の声を世界に届け、核兵器のない平和な世界の実現に向けて行動し続けていく事をここにお誓い申し上げ、平和へのメッセージといたします。

令和8年(2026年)8月6日
広島県知事
横田美香

高市首相 “非核三原則 安保3文書改定での記載 予断控える”

高市総理大臣は、広島市で開かれた平和記念式典のあと記者会見し、非核三原則について安全保障関連の3文書の改定にあたりどう記載するかなどを予断することは控えるとした上で、政策上の方針として堅持しているという従来の見解を説明しました。
この中で、高市総理大臣は、記者団から安全保障関連の3文書の改定にあたり非核三原則を見直す考えがあるかを問われ「まさに年末に向けて検討を進めているところで、書きぶりなどについて私が今、予断することは差し控える。ただ、非核三原則を政策上の方針として堅持していることに変わりはない」と述べました。
また、ことし開かれる核兵器禁止条約の再検討会議への対応について「何が真に効果的かという観点から検討する。政府としては核兵器国と非核兵器国の双方が参加するNPT=核拡散防止条約の体制のもとで、現実的かつ実践的な取り組みを進めていく決意だ」と述べました。一方、6日原爆資料館を視察したことについては「訪れるたびに深く胸に刻まれるものがある。核兵器による惨禍の深刻さを強く感じ二度とこうしたことが繰り返されてはならないという思いを新たにしている」と述べました。

維新 吉村代表 “核兵器 持ち込ませず 議論の余地あるのでは”

日本維新の会の吉村代表は記者団に対し「政府とすれば非核三原則は堅持するという立場は変わりはないと思うし最終的に核兵器のない社会を目指すべきだ。ただ、東アジアの安全保障環境が変わっている中で、いかに日本の国土や国民を守るのかという視点は常に持ち続けなければならない」と述べました。
その上で「核兵器を『持たず、つくらず』は当然堅持するべきだが、『持ち込ませず』は一定、議論の余地はあるのではないか。完全にタブー視してはならず、議論自体も封殺するのはやめたほうがいいのではないか」と述べました。

国民 玉木代表 “非核三原則 堅持すべき”

国民民主党の玉木代表は広島市で平和記念式典に出席したあと記者団に対し「力による現状変更や、核兵器の使用、威嚇の脅威が高まる中、日本の果たす役割は極めて大きい。核兵器禁止条約の再検討会議には日本政府もオブザーバー参加し 核保有国と非保有国の橋渡し役を果たすべきだ」と述べました。
また、非核三原則について「見直すことが現実的な安全保障政策のように捉えられているがむしろ逆だ。現実的な安全保障政策を進めるためにも堅持すべきだし『核共有』は非現実的な議論だ」と述べました。

中道 小川代表 “日本政府 広島の声を世界に”

中道改革連合の小川代表は広島市で平和記念式典に出席したあと、記者団に対し「高市総理大臣が非核三原則に触れたのはよかったが、現状の説明にとどまり、今後の決意に欠けていたのではないか。連立与党である維新の主張へのすり寄りや気遣いは甚だしく、そうした迎合が全体に影響しているのではないか」と述べました。
また、ことし開かれる核兵器禁止条約の再検討会議について「日本政府にはオブザーバー参加し、広島の声を世界に届けてもらいたい。党としても党派を超えて取り組んでいく」と述べました。

みらい 高山幹事長 “核兵器のない世界 目指す”

チームみらいの高山幹事長は記者会見で「非核三原則はこれからも堅持すると党のマニフェストにも掲げており、『核兵器のない世界』を目指していく。被爆国であるわが国が核保有国と非保有国をどうブリッジできるかであり、両者に前向きな働きかけをしていく必要がある」と述べました。

共産 田村委員長 “非核三原則の見直し 危険な逆流に強く抗議”

共産党の田村委員長は、広島市で平和記念式典に出席したあと記者団に対し「唯一の戦争被爆国である日本で非核三原則の見直しという危険な逆流が起きていることに強く抗議したい。維新などから見直しの議論が仕掛けられる中、確固たる姿勢を示さなければならず、高市政権の無謀な暴走を止めていきたい」と述べました。
また、ことし開かれる核兵器禁止条約の再検討会議について「被爆国として条約への批准を目指し、少なくともオブザーバー参加するのが日本のあるべき姿だ」と述べました。

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