失敗することをやめない。
家を開放していると、毎日が本番になります。寝ている時、突然玄関が開いて「こんばんは」といきなり入ってくる人もいれば、ストーカーのように付きまとってくる人に対して「あなたは迷惑だから来ないでください」とお願いをしても「あなたはそんな風にしか愛を表現できないから」と、何を言っても曲解される局面もあります。それなのに、なぜ、家を開くのか。百回のスパーリングより、一回の本番。その方が、丹力がつきます。おそらく、この緊張感が好きなのだと思います。
このようなライフスタイルなので、食後、おなかがいっぱいになって横になっている時など「俺、いま殺されやすくなっているな」と思います。自分が殺されやすくなっていることに対して敏感になり、ほかにも、ブランド物の服で全身を覆っている時や、ブランド物の服で全身を覆っている人を見た時も「あ、いま、この人は殺されやすくなっているな」と思います。贅沢や、飽食には、殺されやすくなる要素が含まれていると思います。
逆に、目潰しや金的などの護身術を学習している時は「俺、いま殺されにくくなっているな」と思います。誤解されると困りますが、最悪の場合は相手をボコボコにできるから大丈夫だ、と言うことではありません。生きるか死ぬかのやり取りをしている時に、相手から意表を突かれても「卑怯だぞ!」と言うことに、何の意味もありません。なんでもありの世の中では、油断をしていた方が悪いのだと思います。だから、野生のスイッチを入れて、無意識に対応しているのだと思います。
丹力を鍛えるには、致命傷にならない範囲で、たくさんの負けを経験しておくのがいいのだと思います。負けることや、失敗することは、恥ずかしいことではないと思います。むしろ、私たちは、失敗をするために生まれて来たのだと思います。失敗を知らないと、逆の意味で、調子に乗ってしまうと思います。自然が「そっちじゃないよ」とサインを送っているのに、それを無視して、自分の力を過信して、体を壊すまで、やり過ぎてしまいます。どんどん失敗して、また、同じ失敗を繰り返す。どうして自分はこうなのだろうと思わないこともないけれど、それによって磨かれている精度があるのだと思います。だから、失敗することをやめてしまってはいけないのだと思います。
いろいろな人が来ることで、毎日が本番になり、あ、この人は殺されやすくなっているとか、あ、このやり方をすると自分が殺されやすくなってしまうなとか、感覚的に、自分の精度を磨いている気がします。生きるか死ぬかでもないし、勝つか負けるかでもないのですが、人と人との立ち合いを学んでいる感覚があります。立ち合いが気持ちよく嵌ると、私も相手も気持ちよくなります。目指すべくは、この境地なのだろうなと思います。さきほど、玄関から「すみません」と声がして、ビクッとなり、はいと答えて玄関を開けたら、めちゃめちゃ可愛いおばあちゃんが「これ、おすそわけ」と言って、桃を一個くれました。桃のように、可愛い顔をしたおばあちゃんでした。柔よく剛を制す。私は、一発でノックアウトをされました。負けることもまた、気持ちいいことでした。
おおまかな予定
8月6日(木)静岡県熱海市界隈
以降、FREE!(呼ばれた場所に行きます)
連絡先・坂爪圭吾
LINE ID ibaya
keigosakatsume@gmail.com
SCHEDULE https://tinyurl.com/2y6ch66z
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ばっちこい人類!!うおおおおおおおおお!!


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