ワールドトリガー最大の発明は、味方同士を殺し合わせたことだ。
※B級ランク戦編までのネタバレを含みます。
ワールドトリガーは「戦略漫画」として語られることが多い。
もちろん、その評価は正しい。緻密な集団戦、地形を利用した駆け引き、トリガーごとの相性。ここまで戦術を突き詰めた漫画はそう多くない。
ただ、自分はもっと根本的な発明があると思っている。
味方同士を殺し合わせたことだ。
このたった一つの仕組みで、キャラクターの魅力も、戦略も、作品の厚みまでも成立させてしまった。
敵として攻略し、味方として好きになる
ワールドトリガーでは、主人公たちが所属するボーダーの中でB級ランク戦が行われる。
トリガーの仕組み上、本当に命を落とすことはない。だが、昇格を懸けた試合では、全員が本気で相手を倒しにいく。
この構造が、とてつもなく優秀だ。
普通のバトル漫画では、敵は攻略対象であり、味方は関係性を深める相手だ。敵は「どう倒すか」を考える。味方は「どんな人なのか」を知っていく。役割はきれいに分かれている。
ワールドトリガーでは、その境界線がない。昨日まで頼れる先輩だった人物が、次の試合では倒すべき敵になる。敵だから、武器や戦い方、弱点を覚える。味方だから、性格や人間関係、意外な一面を知る。一人のキャラクターに、「攻略対象」と「仲間」という二つの役割が同時に与えられている。
だから100人近く登場人物がいても、不思議なくらい覚えられる。敵として印象に残り、味方として愛着が湧く。この構造そのものが、ワールドトリガー最大の発明だと思っている。
その象徴が二宮匡貴だ。
初登場では、主人公たちの前に立ちはだかる圧倒的な壁だった。両手いっぱいに弾丸を展開するフルアタック。ボーダー屈指の火力で主人公たちを寄せ付けず、初戦では完膚なきまでに叩きのめす。読者はまず、「どうすればこの人に勝てるのか」を考える。
ところが試合が終わると印象が変わる。打ち上げでは焼肉を食べ、普段は片手をポケットに入れたまま戦う。無愛想で近寄りがたい男だと思っていた人物が、少しずつ人間味を帯びていく。
敵として攻略し、味方として好きになる。
二宮というキャラクター一人を見るだけでも、この作品の構造がどれほど優れているか分かる。
全員が違う情報を持っているから、物語が止まらない
ワールドトリガーは情報の見せ方も非常にうまい。
B級ランク戦編までを読む限り、物語を動かしている視点は一つではない。修。空閑。迅。ヒュース。ボーダー上層部。それぞれ目的が違い、持っている情報も違う。読者も、そのすべてを知っているわけではない。
例えばヒュースだ。ヒュースは敵国アフトクラトルの捕虜でありながら、玉狛第二に加入する。修たちはチームを強くしたい。ヒュースは祖国へ帰りたい。ボーダー上層部は、遠征時に敵国への案内役として利用したい。しかし利用価値がなくなれば、敵国で処分することまで視野に入れている。
ここまでは読者にも明かされている。しかし、ヒュースは作中でも屈指の頭脳派として描かれている。そんな人物が、この程度のリスクを想定していないはずがない。では何を考えているのか。どんな切り札を隠しているのか。
さらに迅には未来視がある。彼はこの状況をどこまで読んでいて、何を見据えて動いているのか。
誰も同じ情報を持っていない。だから同じ出来事でも、それぞれの行動に違う意味が生まれる。読者は「次に何が起きるのか」を追うだけではない。「この人物は何を知っているから、この選択をしたのか」を考えながら読むことになる。この情報の非対称性が、群像劇としての面白さを何倍にもしている。完全に作者の手のひらの上だ。
終わりに
ワールドトリガーは、戦略漫画として評価されることが多い。それは間違っていない。
ただ、自分は戦略そのものより、その戦略を成立させる舞台装置に驚かされた。
味方を敵として戦わせることで、一人のキャラクターに「攻略対象」と「仲間」という二つの顔を持たせる。そして、全員に違う情報を持たせる。
この二つの仕組みだけで、キャラクターの魅力も、戦略も、情報戦も、群像劇もすべて成立させてしまっている。
自分はまだ一度しか読んでいない。二周目でこの記事を読み返したら、たぶん恥ずかしくなる。見落としている仕掛けが、まだ山ほどあるはずだ。


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