詠唱5回目でようやく落ち着きました。
Xで呟いてたネタのやつ。
他人から想いを寄せられまくってる🌻のことを余裕たっぷりの後方彼氏面で見守ってる🍭が書きたかっただけの短編アホネタ話です。
- 73
- 88
- 1,110
今日も鬼のような量の仕事を果てしない虚無感と共にこなし、なんとか日車の終業時刻までにやらねばならない業務のみを終わらせた日下部はふんふんと鼻歌交じりに目的の部屋へと移動する。
望んでもいない二つの肩書きのせいでどれほど気張ろうが永遠と増え続ける仕事。やってもやっても終わりの見えないそれらに、いっそ本気で逃げ出してやろうかなんて考えたのも一度や二度ではない。それでも想像するだけに留め、最終的には次への繋ぎとしての役割をちゃんとこなしてやるのだから今日くらい逃げたっていいだろう。なんて言ったって今日は待ちに待った日車とのデートの日なのだ。そのうえ日車は明日午前休みという情報も入手済み。となれば、必然的に夜を期待してしまうのも致し方ないだろう。四十路近いおっさんとは言え男だ、ここ数週間まともに触れあえていなかった恋人と二人きりとくればもはや日下部の頭の中には日車とのセックスしか頭になかった。
明日は少し時間あるし今日はいつもよりちっとばかし長くしても許されっかなあ、なんて期待に胸を膨らませながら歩いていると不意にぼそぼそと人の話し声が聞こえる。日下部は咄嗟に身を隠し、気配を消した。
これは半ば強制的につけられた二つの肩書きを取得後、真っ先に習得し、極め尽くした気配断ちの技だった。見た目と反して案外器用な男である日下部は本来の使い方ではないその技をあっという間に得て以来、こうしてひっそりと隠れては幾度となく面倒事から回避してきたのである。
嫌々ながらとはいえ責任が着いて回る任に就いてしまった以上最低限はこなすつもりだが、それでも面倒事なんて極力増やさないに限る。こちとら山ほど降ってくる日々の業務だけでてんてこ舞いなのだ、禪院や虎杖達とのほぼ命懸けの稽古に毎日付き合えるほど肉体的にも精神的にも若くない。特にお偉いさん方への接待なんて死ぬほど馬鹿らしい上に時間の無駄でしかないのだから即刻やめていただきたいところだ。
「……長ぇなあ、まだ終わんねぇのかよ。さっさと行ってもらわな困るっちゅーのに」
ここ最近の忙しさを振り返り、つい不満ばかりの日常にうだうだと文句を垂れていたものだが、ぼそぼそと聞こえる人の声は未だ止みそうにない。廊下を真っ直ぐと進んだ突き当たりに日車がいるであろう補助監督たちの待機室兼事務室があるのだが、そのわずか手前にある曲がり角の奥で話し声が聞こえるものだから日下部は通るに通れず足止めを食らってしまっているのだ。
正直に言えば突っ切るのなんて簡単だ。だが、万が一自分を探しているようならなんとしてでも逃げ切らなければならない。早く日車の元へ行きたいからと、山積みの仕事を明日の自分に全て放り投げてここまで来たのだから。そんな自分を探している可能性だってゼロじゃないだろう。
ようやくコソコソと逃げ回りここまで来たのだ、目当ての場所まで目と鼻の先というところでバレたくはない。強いて言うならば事務室に向かうには必ずここを通らなければならないため、行き違いにならないで済んでいることだけは不幸中の幸いというべきか。
とはいえさすがに長すぎるだろ。寛見が待ってるっちゅーのに何話してんだ。これでくだらねー話だったらもう誰であろうと突っ切って行ってやるからな。
ふつふつとした不満が込み上げるままに、日下部はそっと聞き耳を立てた。どうやら若い女が一方的に話しているようで、鈴を転がすような声だけが聞こえてくる。高専の学長代理になってからというもの、補助監督たち含め様々な人間と話す機会が多くなったが、そんな日下部でもあまり聞き馴染みのない声だった。
そもそも高専にいる女どもは揃いも揃って淀みなく毅然とした話し方をしている。自分より余程堂々と貫禄ある姿で声かけてきたりするのだ。だが聞こえてくる声はそんな印象とは真反対の、言えばいかにも庇護欲を誘うような可愛らしい声をしていたのだ。
こんなヤツうちにいたか?と小首を傾げつつ、小さく湧き上がった興味に釣られるがまま、こっそり覗こうとした瞬間のことだった。
「私、日車さんのことが好きなんです……!」
咄嗟に声を漏らさなかった自分を褒めてやりたい。意を決したように発せられた女の声はひどく緊張しているように震えていて、また語られた内容から現状の全てを理解してしまった。
おいおいマジかよ。まさかこんなとこで告白現場なんちゅー甘酸っぱいもんに遭遇しちまうとは。久方ぶりに感じる青すぎる雰囲気に、思わず関心さえしてしまう。ここの女どもにそんなのが出せるのか、なんて聞かれたらタダでは済まない失礼なことすら浮かんでいたくらいだ。それ故なのだろうか、女の言葉に含まれていた『日車』の名にすぐさま反応できなかったのは。
「どうか貴方の一番近くにいさせてください、お願いします日車さん……っ!」
「——え?」
どこか耳にまとわりつくような甘い声で乞う女の言葉に、ようやく頭の回転が追いついた日下部は息を呑んだ。ついうっかり漏れてしまった一音もどうやら向こう側までは届いていないようでこちらの気配を探る様子もなければ、話を止める素振りすらもない。
間一髪バレずに済んだのはよかったものの、日下部の頭は戸惑い一色になっていた。
「おいおいふざけんな……!」
告白されてんの寛見じゃねーか!今年入って何度目だよ!いい加減にしてくれます!?そいつ俺のなんですけど!
そんな不満が日下部の脳裏を飛び交った。けれど同時、もはや慣れた光景であるそれに怒りよりも何よりも呆れが勝ってしまう。
日車は元弁護士の一級術師という異例の経歴を持つ男だ。元より稀に見るほど優秀な弁護士だったが、日車の持つ才はそれだけに留まらず、呪術師としても飛び抜けて優秀だった。半ば強制的に連れてこられ不平不満に満ちていたとはいえ、責任感と正義感の強いこの男は人手不足の呪術界を見知り、救える力があるのにも関わらず全てを放棄することは見殺しにしているも同然、どうせ法の下で裁かれたいという願いももはや叶えられないのだからせめて使えるだけ使って死ぬべきだ、なんて高潔無私と希死念慮が混ぜこぜになった考えに行き着いたようだ。それからというもの呪術に対し真剣に学び、知識と経験を着実に重ねていった日車は凄まじい速度で成長していった。その結果、半年も経たぬうちに一級術師となり、一年ほどが経つ現在では特級も視野入りされているという噂なのだ。本人は何処吹く風とでもいうように全く気にしていないようだが。
言葉にすればひどく陳腐な言い回しになってしまうが、所謂“天才”というのはこういう男のことを言うのだろうと日車を知る者は皆そう囁いた。
そんないろんな意味で特異な男である日車は、長年放置されアップデートをされてこなかった事務仕事に目をつけてしまったようで。こんな古めかしいやり方をずっと続けているようではただでさえ術師のサポートなどで忙しくしている補助監督たちが休まらないだろう、と非術師時代の才を遺憾無く振るい、効率よく事務仕事が進めるよう複数のテンプレートをその日の内に作り上げた。いつも適当な内容しか書かれず、補助監督たちを困らせていた報告書も同様で、学生たちでも分かりやすく簡潔に必要事項を埋められるような作りに全て一新し、即日運用できるよう日下部へ向けて完璧なプレゼンテーションを披露したのである。それが功を奏し、補助監督たちの負担が大幅に減少したこと、また空いた時間にも事務仕事や法務関係の相談に乗ってくれたりするなど、日車は今や補助監督たちの間で救いの神様と崇められているのだ。
うだうだと長ったらしくなってしまったが、結局のところ何が言いたいかと問われれば、自分たちに寄り添い、優しく手伝ってくれる日車へ想いを寄せる補助監督どもが後を絶たないということである。特に新人は助けられる機会も多い故か、その傾向が強い。最初こそ日下部もこれは自分のものだと分かるようさりげなくアピールしたりするなど様々な手段を使い、遠巻きに牽制していたものだがその数が両手両足を超える頃には諦観を悟っていた。もはや諦めの境地に至ったと言うべきか「はいはいまたですか、うちの寛見ちゃんはモテますねえ」なんて見守る余裕すら生まれていたのだ。
今日もまたいつものパターンねと呆れつつ、廊下の壁に凭れかかる。どうせこの後の流れは決まってんだ。
「すまない、既に一生を誓い合った相手がいるんだ。だから君の気持ちには応えられない」
ほらな、思った通りだ。
思わせぶりな態度も僅かながらの希望も見せず、キッパリと断る日車に日下部は薄く笑った。
「っわ、私その人より綺麗になります!可愛くだってなります!仕事だってもっと出来るように頑張りますし、日車さんの好みにちゃんとなりますからっ……!」
「申し訳ないが、彼じゃないと私がダメなんだ。どうか分かってくれると嬉しい」
「彼……?え、日車さんのお相手は男……なんですか?」
「ああ、そうだ。君もよく知る男だよ」
女の息を呑む音が聴こえる。急にどうした、と向こう側をこっそり覗けば背を向けている日車の様子は分からなかったものの、女が目を見開いて口をあんぐりと開けている姿が見えた。そうして数秒後、その大きな瞳からぽろりと涙を零した女はくすっと小さく笑う。
「日車さんの、そんな笑顔初めて見ました……その人のことをとても大切に想っているんですね」
「ああ。私にはもったいないくらいのいい男だ」
「そっかぁ……日車さんにそこまで想われてる人が羨ましいな……」
でも日車さんがその人じゃないとダメなら仕方ないです、どうかこれからも幸せでいてくださいね!
そう気丈に笑った女は日車からの返答も待たずに駆け出した。抑えきれなかったであろう涙を零しながら走り去る女に、ほんの少し同情してしまう。下手に近寄りすぎず、相手の心へそっと寄り添い、それでいて真摯に向き合ってくれるから勘違いしちゃうんだよな。俺も過去そうだったから、あの女の気持ちは分からんでもなかった。本人に一切その気がないと分かっていても、やはり罪作りな男だと呆れてしまうのも無理ないだろう。
「よう、モテ男」
女の涙に驚き、立ち尽くしたままの日車へそっと近寄って後ろから肩を抱き込めば、ぴくりと身じろいだ男は少し不満気な顔をして日下部を睨みつけた。
「……盗み聞きとは関心しないな」
「いやいや俺の寛見ちゃんが相変わらず人たらししてっから心配で見守ってただけだって」
「語弊のある言い方をするな。俺は何もしていない。以前彼女がされた不当な扱いに苦言を呈したことは事実だが、彼女だけを特別扱いしたことなんて一度もないぞ」
「お前さんのそういうところが問題だっちゅーことだよ」
「意味が分からない。きちんと説明してくれ。俺に問題があるのならば直すべきだ」
「別に寛見が悪いわけじゃねえよ。むしろ正しすぎんだ、ここではな」
日下部の言葉を理解できず、さらに訝しげな顔をして大きな三白眼をじっと向ける日車。人の光と闇を見続けるような職に就いていたくせに、物事の真贋を見通すような真っ直ぐで純真な瞳はやはり綺麗だと思った。
「ま、お前さんのそれは本質みたいなもんなんだからあんま気にすんな。それより早く帰ろうぜ」
「待て、まだ話は終わってないだろう。問題だと指摘しつつ、気にするなと言われて頷けるわけがない。教えてくれ、俺の何が問題だったんだ」
話を流すことなんて許さないと言わんばかりに見つめてくる日車に、日下部は思わず溜息を零す。
こうなっちまったら寛見が納得するまでこの鬼のような追求は止まらないだろう。なんで?どうして?なんてしつこくせがむ子どものように延々と尋ねられ、いい雰囲気に持ってくどころか夜通し尋問を受ける未来が容易に想像つく。
せっかく二人きりでゆっくり過ごせる機会だというのにこんなしょうもないことでパァにしてたまるか、そう思った日下部はポケットをガサゴソと探る。複数個の飴を乱雑に突っ込んでいる左のポケットではなく、右のポケット。そこには日車が唯一美味しいと言った林檎果汁100%のロリポップキャンディーを忍ばせてあった。自分が口にするものよりも遥かに値の張るそれは日車のお気に入りで、あまり動く気配のない表情筋もこれを口にすればほんの少しやる気を見せてくれるのだ。それに気づいた日から何があっても日車専用のこの飴だけは欠かさないよう必ず携帯していた日下部はそれを取り出してペリペリと包装を剥がすと、未だに早く教えろとしつこい日車の口へ突っ込んだ。
「っむぐ、」
「寛見が可愛すぎんのが問題ってこと。はい、この話は終わり。さっさと家に帰ってゆっくりしましょーや。俺が今日をどれだけ楽しみにしてるか、お前だって分かってんだろ?」
どこよりも丁寧に愛でてきたおかげか、近頃少しだけ肉付きのよくなった尻をそわ、と撫で回しながら尋ねれば日車の肩が揺れた。良い反応を返す日車に気分よくなった日下部はスラックス越しに尻のあわいをなぞるように撫で、そうして奥の秘められた箇所へ布越しに指を押し込んだ。
瞬間、びくッと身体を跳ねさせた日車は顔を真っ赤にして日下部の豊満に発達した胸を思いきり押しやった。しかし悲しいかな、呪力を用いない肉体戦のみであれば筋肉美すら感じさせるほど見事な体格の日下部に勝てるはずもなく、まるで壁を相手に一人相撲してるかの如くぴくりとも動かなかった。それどころかジタバタと暴れる日車の身体を器用にも抑えつけながらさわさわと弄る余裕すらある日下部に、悔しさが募って歯噛みしてしまう。
「っやめないか、ここをどこだと思っている……!」
「分かってるよ、だから早く帰ろっつってんでしょーが」
「ならこの手を離せっ、勝手に弄るんじゃ——んっ♡」
「あら、いーい声で啼くじゃねえの♡なぁ、ちょっとでいいから味見させてくれよ。ずっと我慢してきたから限界なんだよ」
「っ、ふざけるな……!我慢してたのは君だけだと思うなよ!俺だって篤也に触れてほしくて堪らなかったんだ!それなのにこんな場所でなんてっ……そんなの絶対に嫌だ!いいからさっさと離してくれ!」
じわ、と水分量の多くなった瞳をキッと鋭くさせて睨んでくる日車に、ピシリと固まった日下部は堪らず重苦しい溜息を吐いた。熱のこもったその吐息は日車の首筋を撫ぜ、ぞく……と静かな興奮を呼び起こす。小さな黒曜石のような瞳の奥に確かな熱が灯ったのを見つけた日下部は、ニタリと吊り上がる口角を抑えきれなかった。
「悪かったよ、もうしない。ほら、さっさと帰ろうぜ。お互い我慢の限界だしな」
「……ん、」
「うわ、なにそれかわいい。……あ、やべ。ちんぽ勃っちまった。寛見たすけて」
「ふん、悪いがベッドの上以外では専門外だ。だが他を当たられるのも嫌だから自分で何とかしてくれ」
「ちょっとやめてくれます?ただでさえちんぽ痛ぇのにこれ以上興奮させんな。ほら見ろ、またおっきくなっちまったじゃねえか」
「……今の君と一緒にいたら俺まで変質者扱いされそうだ。先に車で待っている」
「エッ、嘘でしょ!?っあ、てめ!おい待てって!生徒たちもまだいるかもしれねえのに一人でこの状態は大問題でしょーが!だいたい寛見のせいでこうなったんだから弁護しろ弁護!お前弁護士だろうが!」
「元弁護士、だ。周囲に気づかれて問題になる前にさっさとどうにかするんだな」
先程まで純情そうな反応を返してくれたというのに、今ではどこへ行ったのか。くす、とどこか悪戯そうに微笑んだ日車は、勃起して動くことのできない日下部のもとまで身を寄せる。
そうして少しだけ踵を浮かせ、耳元へ薄い唇を近づけると吐息を吹きかけるように囁いた。早く篤也に抱かれたくて仕方がないんだ、これ以上俺を我慢させないでくれ、なんて。まるで娼婦のように色づき、濡れた声で日下部を挑発したのである。
「っ〜〜~〜〜お前なあ!」
カァッ、と全身の血が沸騰するかのように身体中が熱くなった。緩く勃ち上がっていた日下部の陰茎も完全に臨戦態勢を整え、急かすように息巻いている。
そんな日下部を見た日車は再び楽しげに微笑むと、くるりと踵を返した。
「それではまた後で」
あまり待たせてくれるなよ、とさながら他人事のように言い捨て、薄情にもスタスタと先に行ってしまった。
「っあンの野郎……!ぜってぇ後で泣かしてやるからな……!」
ギリギリと歯を食いしばりながら力強くそそり勃った哀れな息子を宥めるように、日下部は胸いっぱいに息を吸いこみ、吐き出した。本当に先に行ってしまった憎たらしく、何よりも愛おしい恋人を一刻も早く追いかけるため、覚悟を決めた日下部はその場へ座り込む。そうしていきり立つ下半身の荒ぶりを納めるべく廊下の隅でひとり、般若心経をぶつぶつと唱えだしたのであった。
END