楽しい!因習村事件
めちゃくちゃ捏造です。
日車術師if。存記トリオで高専に通っていたことになっています。
昔書いてたものですが勿体無い精神と生存報告代わりでUPします。
篤寛篤です。日車が日下部を監禁してすったもんだした後のお話。
作者がどうしても因習村攻略RTAする二人を見たくて書きたかったもの。
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「…すまん」
大恩人である夜蛾が頭を下げるのを、日下部は買ったばかりのアイスを地面にぶちまけたみたいな顔で見下ろした。
夜蛾の隣には頭上にぴゃっと汗を飛ばしている伊地知が手のひらに載せられそうなくらい小さくなっている。
五条くらいデカい手なら載りそうだなとか思いながら見ていると、おこられる!と勘違いした伊地知はさらに小さくなってしまった。たぶんこの大きさなら日下部の手のひらにも載るだろう。
「怒ってないスけど」
「ヒィ…」
何気なく言うと、伊地知がびくりと体を震わせた。
別に恐ろしい声など出していないのに、どんどん伊地知が小さくなっていく。
日下部は本当に怒っていない。むしろ恩人に頭を下げさせているのが申し訳ないと思っている。
けれど何か言うと伊地知は小さくなってしまうし、夜蛾は申し訳なさそうに眉を下げるのだ。どうしたらいいか分からなくなって、こめかみをカリカリ掻いて隣を見た。
何か言ってくれないかなと期待したのだ。
けれど隣に立っている男は日下部が持っているのと同じ紙束の中身を熟読していた。
三白眼の黒目がすごい速さで文字を追っている。なんかこういう鳥いたな、とか考えながら日下部はすぐにスッパリ諦めた。
なんせこの男、集中すると随分深く意識を沈めてしまうので少々小突いたところで無駄なのである。
なので、日下部は自分で向き合うことにした。
「その、一応聞きたいんですけど」
「ミ゜…」
「…伊地知」
「す、すみません…」
小さな生き物は哀れな鳴き声をあげ、保護者に優しく嗜められた。日下部は小さくため息を吐いた。
やさしくしてるのになあ、と人間と初めて触れ合う力加減を知らない化け物みたいなことを考えていた。
だが、伊地知が怯えるのも無理はないことだった。ほんとうに、今の日下部は怖いのである。
夏休みという学生たちにとっての超ウルトラハッピーイベントの終了に伴って訪れる繁忙期のせいで。
休みが終わってほしくないという強い思い、学校に行きたくない憂鬱、ギリギリまで終わっていない課題を消化するストレス。それらのせいでやけに拗らせた呪霊が「ナツナツなつやァすみ〜ィ」とか言ってワサワサ湧くのである。
そういうのを見かけるとああ秋がくるのだなあと現実逃避する呪術師、補助監督が増える。
うっかり子供のいる公園なんかでやってしまい、職質を受ける者さえいる。そのせいで夏真っ盛りになると高専で職質対策の講義が行われたりしているがそれはともかく。
夏の終わりから秋の初め。繁忙期。つまりここ数週間の話。
残業続きの七海のこめかみの青筋が消えたことがないし、夏油はシャワー室で「猿め…」とか言いだして五条に後ろから鉄アレイで殴られて気絶させられていたし、その五条はストレスのせいで笑顔から表情が変えられなくなっていた。つまり相方を殴る時めちゃくちゃ笑顔だった。そしてそれを見た冥冥は口元だけで微笑んで海外にとんずらした。今頃は憂憂と一緒にゴーカートでも乗り回している頃だ。
術師も補助監督も窓も全員が死ぬほど忙しいが、特に任務の幅が広い準一級から特級の術師たちは、毎日老いた馬車馬と同じ目をして働いていたのだ。
日下部も例に漏れず、毎日とんでもない量の仕事で目の下にはクマができていて顔色が悪いし、何か言葉を発すると地獄みたいなドス黒い声になってしまうのである。
本人は「なんで?」と首を傾げるが、日下部は周囲から「優しいひと」という評価をよく受ける。
それは面倒見の良い性格だとか、なんだかんだ言いながらも最後まで相手を見捨てない所だとか、本当に困っている人間には小さな救いを与える所だとか。総合すると圧倒的に「善い人」なのである。
ただ、顔が怖い。
猛禽類を思わせる切長の目、精悍を擬人化したような肉の少ない顔つき。真顔でいれば、その辺の半グレにはちょっかいをかけられるどころか無言でちょっと会釈されたりする。
ただでさえそれなのに、日本人にしては高い身長。隙なく着込まれたスーツの下には鍛え上げられた筋肉がミチミチに詰まっている。
色々デカい五条とか、海外の血の特徴が外見によく現れている七海と並んでもまったく見劣りしない。
そんな男が目の下をクマで真っ黒にして、地獄みたいな声で話しかけてくるのである。
イビルジョーに「怒ってないよ」と言われて信用できるか?そういうことである。
なのでいくら本人が怒っていなくても爆発寸前だと勘違いされるし、伊地知はどんどん小さくなってしまうのだ。
まあそれはそれとして、渡された任務が嫌なのは間違いないのだけど。
日下部は視線を落とし、握っている紙束に意識を向けた。
頭書きには「宝埋村調査任務」と書かれている。なんて事のない任務だ。祓除ではなく、調査なのが少し珍しいなというくらいの。
ただこの任務、日下部は絶対に行きたくなかった。とんでもなく嫌な予感がするからである。
だって「宝埋村」。
眉間に皺が寄りすぎて軽い頭痛がする。
一度顔を上げてもう子猫みたいな大きさになっている伊地知を見る。もう一度表紙に視線を落とす。やっぱり文字は変わらない。
日下部は大きくため息を吐いた。
呪術師に課せられる任務は多岐にわたる。
一級呪術師に回される任務はそのほとんどが祓除任務だ。重要人物の護衛とか、呪物の回収とか、現場の調査なんかもあるが滅多に回されることがない。
そりゃそう。等級の高い呪霊も術式と筋肉で制圧できるのが一級術師なので。(ちなみに日下部は術式がないので筋肉で呪霊を制圧していると思われている)
学生や等級の低い術師には相手できない呪霊を叩きのめしていくのが主な仕事になるのは当然のことだった。
とはいえ、呪霊の祓除以外の任務も大事な仕事である。
けれど呪物の回収や調査任務は一級術師の間ではわりと気軽というか、気を張らないで臨める任務だった。
時間が空いたら観光とかできるし。七海なんかご当地の美味しいもの食べ歩きとかしてるし。
けれどこの「宝埋村」。任務内容を確認しなくてもわかる。絶対に秘祭とか行われている。生贄系のやつ。あとあの祠を壊してしまったのか⁉︎とか言う後期高齢者とか居る。
日下部は恥も外聞もかなぐり捨てて「ヤダーッ」とか「くっ!殺せ!」とか「今日から毎日村を焼こうぜ」とか言いたかった。
つまり命乞いである。
「あの、念の為聞きたいんですけど」
「ああ」
「俺ら以外の術師は?」
「…呼べば宇佐美なら来ると思うが。腕に点滴の管がついたままだろうな…」
「わかりました行ってきます」
「すまん…」
夜蛾が顔をくしゃくしゃにして本当に申し訳なさそうに背中を丸めた。
わかっている。そりゃそう。繁忙期だもん。
今は自分だけでなく、ほぼ全ての術師が東奔西走しているのだ。
特にこういう案件は夏油の地雷ど真ん中で絶対に任せられないし。もし押し付けたりなんかしたら呪詛師になりそうだし。溜め込んだ呪霊大放出して猿皆殺し大作戦〜春夏秋冬百鬼夜行〜とかやりそうだし。
その場合おそらく五条も呪霊の大行進に混じりに行こうとするだろう。
日本終了のお知らせである。
日下部は諦めて後頭部をガリガリ掻いた。持っていた紙束を胸の高さまで持ち上げ、くるりと踵を返した。
すると動きに気づいた日車が紙束から視線を上げ「もういいのか?」という顔をした。
日下部が頷くと、日車は読み終わったらしい紙束を鞄に丁寧に仕舞う。夜蛾と伊地知に向かって軽く頭を下げ、日下部に続いて学長室を出た。
木造の、静まり返った廊下を並んで歩く。二人の足音だけが響いていて、ちょっとしたアトラクションのようだった。
もちろん、校舎内に人がいないというわけではない。
曲がりなりにも学校なので生徒は(少ないが)いるし、突発的または早期対応を求められる状況に備えて戦える術師が数名常駐している。
こんなにも静かなのは、二人に届くような声で喋れる元気な人間がいないから。夏草みたいにワサワサ元気に湧いてくる呪霊のせいである。
あの悟空さの元気玉から産まれたような少年、虎杖だって寮でコンビニで買ったオムライスおにぎりを持ったまま爆睡中なのだ。他の人間なんて推して知るべし。
現在高専の学生寮の入り口で一年、二年。男子、女子。学年も性別も関係なく折り重なって死体みたいに眠っていた。
もう少ししたら全ての学生を回収し、各々の部屋に放り込むために夜蛾学長の呪骸が派遣されることだろう。
自分たちが学生だった頃から変わっていない恒例行事である。
キャシイとかツカモトとか、ちょっとズレた可愛さのぬいぐるみに生徒たちが担がれて連れていかれるのを想像して、日下部はちょっとだけ笑った。
脳が鈍く痺れるような疲労で、疲れているのにベッドに入る気力もない。腹が減っているのに食べる物を用意する余力がない。
ただ無気力に座り込んでいる所を回収された記憶がある。
(けどこいつはそんなこと無さそうだよな)
ちらりと無言のまま隣を歩く男を見る。
T大卒、旧司法試験ストレート通過。元弁護士で六法全書の化身とか呼ばれる四角四面な男。
一月ほど前に「色々とあって」同棲を始めたのだが、わりときっちりしていた。
丁寧な暮らしとは言えないが、一人暮らしが長かったせいか部屋が汚いなんてこともない。
けれどこいつも学生時代は呪術高専に通っていたわけで。間違いなくあの閻魔も裸足で逃げ出す地獄の繁忙期を経験しているわけで。
「なあ、アンタが学生時代の時のこの時期ってどうだった?」
「…質問の意図が掴めない」
「忙しかったろ。寮の玄関とかで行き倒れたりした?」
「…」
日下部の問いに、日車は心底嫌そうに顔を顰めた。
その様子に、日下部は面食らう。基本的に自分の感情を表に出さないのだ。この男は。
だからこんなにはっきりと「嫌なことがありました」と表情でわかるのは大変珍しいことだった。
となると、余計に興味が湧くというものである。「なに、そんなにヤバかったの」とニヤニヤと首を傾げる。いじめっこの顔である。
日車はそんないじめっこの顔を見て小さく息を吐いた。そうして顔を動かさずに天井を見上げる。
「姉妹校ってあるだろう」
「あ待った」
たった一言でとてつもなく嫌な予感がして日下部は日車の腕を掴んだ。よくわからない汗が背中に滲む。
日車とはそこそこ長い付き合いであるが、ついでに言うなら数週間前に恋人という仲になったのだが、学んだことがある。
日車が話し始めに脈絡のない単語を出してきたら要注意なのだ。
多分というか絶対、聞かなきゃよかったというエピソードが飛び出してくる。
そういえばこの男の同級生、あの高羽と伏黒である。まともなエピソードが出てくるわけがないのだ。
「甚爾が「京都校あるだろ。姉妹校の。あれ兄弟校にしてやりてえからお前ら手伝えよ」とか言い出して」
「クソ…絶妙に気になる展開になってきた…」
「嫌だと言ったんだが、そのまま気絶させられて起きたら朝だったし京都に居た。その10分後には禪院直毘人と話をすることになって」
「マジで何やってんの?」
「続きはまた今度な」
「テメこら」
ふっと分かりにくく笑い、逃げるように歩き出した日車。その背中を追いかけながら、日下部は割と本気で日車の尻をシバいてやろうかなと思った。三つくらいに割っても許される所業だったので。
そしてその殺気を察知した日車も歩くスピードを上げた。
誰もいない廊下をおっさん二人がきゃっきゃしながら早足で歩いていく。二人とも足が長いのでとんでもない速度だった。
目撃した補助監督B氏は今日も推しカプが元気でいいなあと見送ったのち、その場に倒れ込んだのだった。
二人は一度自宅に戻って荷物の準備することになった。
調査に向かう村は東京から離れている寒村だという情報があったからだ。
少し大きめの鞄を引き摺り出し、チマチマ荷物を詰めていく。
別に遊びに行くわけでもないので荷物は最小限に。「出張だしちょっと観光とかしちゃお〜」とかできる場所じゃないのは百も承知である。
持っていく物といえば、着替えと髭剃り、あとは…と考えて日下部は振り返った。
あまりにも嫌すぎて自分はあの紙束の表紙しか見ていなかった事を思い出したのだ。
熟読していた男から任務内容を聞いて必要そうな物を鞄に放り込むつもりだった。
「それで、もう任務内容は読んだか?」
「ああ、調査場所は宝埋村。N県南部、山間の村だな」
「うわ…」
「最初は窓の一人が呪霊を見かけたと報告を上げたらしい。その時はなんともなかったが、次に詳しく調査に向かった窓の一人と補助監督の一名が失踪。直前の報告が当該村の内部からだったこと、村民に関して言及していたことから二人はまず間違いなく村の中で失踪している」
「うわあ…」
裁判中の答弁みたいに澱みない日車の説明を聞いて、日下部は顔を顰めた。これは完全にアレである。
ちらりと日車の本棚に並べられていた本を思い出した。『山間の民俗学』とかいうやつ。まさかフラグがもう立てられていたとは思わないだろう。
いやまだわからない。村の中で呪霊に襲われただけかもしれない。
「普段は非公開だが、数年に一度村の外の人間にも公開される祭りがあるらしい。今年はその年のようだと報告されていたな」
「サイアク」
因習村確定演出である。普通に最悪だった。頼むチェンソーの悪魔、因習村の悪魔をやっつけてくれ。
日下部は「あーあ」とでかい声で言って床に転がった。転がった先でテレビ台の下に埃と一緒にカラフルな飴の包み紙が落ちているのが見える。
けれどそれに手を伸ばして捨てるのさえ今は億劫だった。ゴミを捨てるどころか起き上がる気力すらないのだ。
それにあの包み紙棒か何か使わないと届かない位置に落ちてるし。
いや、あれはたぶんガベルじゃないと届かない位置だ。ガベルを持ってる人間に任せよう。
「あーあ」と言って倒れたきり、不審者に出会ったキンカジューみたいにウーウー唸っている日下部に、日車はちょっとだけ笑った。
可哀想だとは思うが、嫌がる姿が可愛らしく見えたので。
日車は無言で立ち上がり、日下部の隣に座った。下唇をきゅっと突き出して不機嫌を主張している男の額を撫でる。
その時点で普段なら「やめろ」とか「子どもか俺は」とか言って逃げるのに、大人しく撫でられている。
ふわふわのマシュマロをぎゅーっと握りしめて小さい塊にしてやりたいような衝動。日車は最近この衝動がキュートアグレッションだと知った。
あまりにも可愛いがすぎるものをつついたり噛んだり締め付けたりしたくなる衝動をそう呼ぶらしい。何故かよくメッセージを送ってくる星(停学中)からの情報だ。
「行きたくねえな…」
「俺が一人で行ってきてもいいが」
「それはそれで心配だからだめ」
「君いま村の方の心配をしただろう」
「前に村民全員牢屋送りにして帰ってきたやつがよく言う」
よいしょとおじさんみたいな掛け声とともに日車の膝に頭を乗せて、三白眼を見上げる。
キュッと片眉を上げた日車に、いじめっ子の顔をして日下部は笑った。
以前日車が別の村へ任務に行った際、村人のほとんどが刑法に違反していたため通報した。その結果約8割の村民に実刑がつき、残った人間だけでは健全な運営ができないと言うことで全国各地に転居していったのである。
必要だったとはいえ、結果的に村を一つ壊滅させた事を日車はちょっとだけ気にしていた。
ちなみに日下部はそれを知っている。
日下部は好きな子にはちょっといじわるするタイプの男だった。
「手は出してない」
「知ってるよ。法律でぶん殴ってきたんだろ」
厳密にいえば違うのだが、ちょっとだけ考えて日車は頷いた。こういう時は同調した方が日下部の回復が早いと覚えたからである。
よほど今回の任務が嫌なのだろう。
文句を垂れつつもなんだかんだ仕事はきちんとこなす彼がこんなにも嫌がる理由を、日車は知っている。
日下部は今回の任務地のような…過疎化の進む独自の宗教や古いしきたり、風習が残る排他的な村…いわゆる因習村と相性が悪いのだ。それも、致命的なレベルで。
もちろん致命的なのは村の方なのだけど。
ひとたび日下部が因習村に赴けば、祠は壊れるし封印の札は全て焼ける。何故か回収予定の呪具は起動しているし、愛想が良い村人はほぼ確実に夜中に包丁や斧を持って部屋を訪れる。
刃物を持ってやってきてまさかのんびり世間話なんかするわけもない。大抵は襲いかかってくる。そのまま命をくれてやるわけにもいかないので応戦するわけだが、村人側に手持ちの松明や篝火なんかがあったら最悪である。100%村が燃える。
日下部本体は無事なのだが、彼の服とか荷物とか、持って行った物も大体が燃えるのである。
生贄を捧げる奇祭が行われているタイプの村だともう最悪で、100%の確率で日下部を生贄に捧げようとするのだ。
選ばれたのは、日下部(先生)でした──。どこかのお茶のCMみたいな事を言っていたのは五条だったか虎杖だったか…。
そういうわけで、日下部には因習村関連の任務は割り当てないという暗黙の了解ができていたのである。
あの術師や補助監督をいじめることでしか快楽を得られないと噂されている総監部ですら日下部に因習村の案件は振らないという徹底ぶり。
しかし今回の繁忙期はレベルが違った。
ほぼ全ての呪術師が出ずっぱりなのである。
特級はもう立ち止まっている時間より仕事をしている時間の方が長いし、補助監督も家にいるより送迎の車を運転している時間の方が長い。
任務に向かう道中で任務を片付け、帰る道中でさらに追加で任務が捩じ込まれる有様。
偶然前の任務が早く片付いてしまった日下部にこの宝埋村調査を任せるしかなかったのだ。
一級同士が組んで任務にあたる機会はそう多くない。にも関わらず今回の任務に日車がサポートとしてつくことになったのは、せめて被害が最小限になってくれという願いも込められていた。
なんせ日車、対人戦であれば虎牢関ステージの呂布みたいな無類の強さを誇るので。因習村の案件のような、法的に後ろ暗いことをしている人間を相手にする時はすこぶる強い人材なのである。
日下部を宝埋村へ派遣することが決まった時、夜蛾と補助監督が協力してなんとか日車のスケジュールをこじ開けたのである。
冒頭の夜蛾の疲労はそれが主な原因だった。
「そんで、村の詳細は?お前読んだ?」
「君が嫌がりそうな情報なら山ほど載っていたが。聞きたいか?」
「んん…いや、やっぱあとで読むわ…。じゃあ持って行った方がいいもの…」
上から潰されたみたいに顔をくしゃくしゃにして「とてもすごく嫌です」の顔をする。
絞り出すように言った日下部に、日車は天井に視線を向けて少し考える。
「そうだな、宿泊施設はないようだ。雑貨店はあるが一軒だけ。必需品の現地調達はできないと考えた方がいいだろうな」
「食料は蟲入れてくからいいとして…寝床と着替えくらいか?」
「外で寝ることも考えないといけないだろうな。いや、もしかしたら座敷牢でもあるんじゃないか?」
「やめろお前コトダマって知らねえのか」
「ふふ…フラグが立ってしまったな」
笑う日車の腹を日下部がつついた。妙にご機嫌な様子が可愛かったので。
日車は立派な成人男性(しかも顔が怖い)だし、腹筋はバキバキだし、世間一般で言う「可愛い」からは外れている要素しかないのだが、日下部にとっては可愛い男なので。
興が乗ったのか日車も日下部のバキバキの腹筋を指先でつつき、「突き指しそうだ」と笑う。戯れ合いながらフローリングの床に転がった。
普段はこんなことをしていると数分もしないうちに「おっさん二人でなにやってんだろうな」と正気に戻る。
戻って照れ隠しに「あー風呂でも行ってくるわ汗くせえし」「そうだなじゃあ俺は晩酌の準備でもしていよう」とか言って不自然に距離を離したりするのだが、二人とも疲労で頭が回っていないのである。
くふくふ二人にしか聞こえない音量で笑っていたのだが、ふと日車が顔を上げた。
膝から日下部の頭を雑に下ろし、何も言わずにベッドの下に手を突っ込む。
「なに、秘蔵AVでも出てくんの?」
「当たらずしも…というやつだ」
日下部が上体を起こして覗き込むと、日車はドヤ顔で透明な袋に包まれた何かを引っ張り出した。
とんでもなくデカい犬のぬいぐるみ…に見える着ぐるみパジャマだった。
「アニマルビデオの方じゃねえか!」
圧縮されてくしゃくしゃになっていたそれは封を開けると一気に元のサイズに戻る。
袋詰めされていた姿からは全く予想できないモフモフはガタイの良い成人男性でも余裕がある大きさである。
何も面白くないのに日下部はゲラゲラ笑って、緩く放られたそれを抱きしめるみたいに抱え込む。
疲労で脳の一部が痺れて沸点が低くなっているのだ。
冬用なのか柔らかい生地はふかふかで、フードになっている部分には犬の顔が描いてあるのだが信じられないくらい目つきが悪い。
先日日車が任務の帰りに急にピスタチオが食べたくなり、ドンキに駆け込み見つけたやつである。
寝袋代わりにちょうど良くないか?と首を傾げている日車に、そういえばこいつも忙殺されてたんだっけなと日下部の冷静な部分が言っていた。けれどこれを着て眠る日車は面白そうだと思ったのでなにも言わないことにした。
「寝袋にどうだろうか?君の分もある」
「うーん、嵩張るだろ」
「俺の鞄に詰めるから」
「なにお前そんなに俺に着せたいの」
「うん」
素直に頷く日車を、日下部は小さな子どもの相手をする時と同じ顔をして見ている。
しょうがねえなと笑って袋に入ったままの犬の着ぐるみパジャマを受け取ったのだった。
おわり
かくして因習村(疑い)へ向かった二人。
このあと友好的な村人たちに囲まれたり、村長の家に連れて行かれたり、着ぐるみパジャマ(犬)を着たりします。
ちなみに一ヶ月前にあった二人の「色々」は『たのしい監禁生活』のお話です。