例えば任務の時。彼は進んで同行を申し出てくれる。俺に親切に物事を教えてくれるし、やり過ぎだと思えば止めてくれる。
例えば食事の時。食堂や酒の席で近くになることが多い。俺の皿に「これも美味いですよ」と乗せられるものは、本当にいつも美味しい。
例えば事務作業の時。書き方に不明点があれば何でも答えてくれる。そして俺が疲れた頃合いを見計らったかのように、コーヒーが差し出される。
「………、」
思わず眉根を寄せると受け取られないコーヒーを片手に日下部が首を傾げた。「なによ」という声はいつも通りで、この行為が彼の当たり前だと突き付けてくる。
渋々缶を受け取ると満足気に目が細められた。彼はいつもそうだ。俺が何かを受け取ると満足そうにする。
俺はそれが不可解で、だが不愉快では無かった。人生で世話を焼かれたことがほとんどない。だからどうしていいか分からない、とわざわざ伝える可愛げを持ち合わせてはいない。
「あーあとこれ、また別で出しといてくれ」
「ああ」
差し出された書類を受け取ると、ご丁寧に記入すべきところにマーカーで丸が付けてある。
乱雑なそれは恐らく日下部が付けたものだろう。なぜこうも甲斐甲斐しいのか。
「………俺は、」
「ん?」
「俺はそんなに、…頼りないだろうか」
書類が入れられたファイルを握りしめたまま、ぽつりと呟く。日下部からの返答は無い。沈黙は雄弁だ。自分が彼の中の「面倒くさいこと」のひとつになっているようで、恐ろしくなって視線を向けた。
するとそこには、苦虫でも噛み潰したような顔をした男が突っ立っていた。「あ゛〜…」や「ん゛ぁ゛〜…」と何かを言おうか言わまいか迷って、唸り声を上げるだけ。
肯定とも否定とも付かないそれに、思わず首を傾げてしまった。俺の想定では、これはクローズドクエスチョンだったからだ。
「…勘違いしてるみてーだけどよ」
不機嫌そうな声の割に、それでいてどこか気恥しそうに逸らされた視線。俺が言うのもなんだが、さっきから全く視線が合わない。日下部にしては珍しい。なんだ、と促そうかと思ってやめたのは、俺が急かせばそれだけ彼は上手く受け流してしまうことをもう学んだからだ。
「俺がアンタに手を貸すのはだな」
そこで言葉が区切られる。ゾッとした。頼りないから、実力不足だから、危なっかしいから。彼がいいそうかつ尤もな事を脳内で並べてみるが、ひとつも落ち着くための要因にはならなかった。
出来れば彼の力になりたい。それを否定されたくないと、浅ましくも考えてしまっている自分に嫌気がさす。彼のそれが、俺の境遇から来る哀れみでも有難い事に変わりは無いのに。
日下部は深い溜息を吐き出して、ばつが悪そうに後頭部をガリガリと掻いた。
「……愛してるからであって、哀れんでるからじゃねぇよ」
「…………な、」
「あ゛〜〜クソ、この話は終わりだ。早くそれ終わらせろよ。そんで、飲みに行きませんか」
そん時じっくり話しましょうや。
そう言いながらあっさり背中を向けて、立ち去っていく広い背中をただ見つめる。
俺の手に残ったものは書類と今夜の約束。そして今までの行動が彼なりの愛情表現だったという事実。
思わず書類に額を押し当てる形で顔を隠した。たまたま一人で助かった。鏡など見たくもないが、今の俺は情けない顔をしていることだろうから。
頭の中で彼の声がリフレインして、集中出来そうにない。
「………ああ、」
だが手元の書類にはご丁寧に彼の“愛情”がいくつも詰め込まれている。幸いこの回らない頭でも十分処理出来るほどに。
今まで貰ったぬるくてたおやかなそれを、俺は何で返せるのだろう。取り敢えず今夜の酒は必ず奢ろう。そう心に決めて、ペンを握り直した。