81年前の今日、広島に原子爆弾が投下されました。
犠牲になられたすべての方々に心から哀悼の意を表するとともに、この凄惨な記憶を次の世代へ受け継いでいくことを誓います。
広島が私たちに残した教訓は、「核兵器によって平和を守る」という発想ではなく、「核兵器のない世界を目指す」ということではないでしょうか。
しかし現実には、核保有国が自ら核兵器を保有し続けながら、他国には保有を認めない核兵器不拡散条約(NPT)体制の下、アメリカはイランに対して国際法違反とされる軍事攻撃を行いました。
イランの核開発を巡る対立を見ても、核兵器保有への疑念や懸念が生じるだけでも、国際社会との深刻な対立や軍事的緊張を招き得るという現実は明らかです。
それにもかかわらず、日本では「持ち込ませず」を含む非核三原則の見直しや、核共有を容認するような議論まで進められています。
核廃絶を「お花畑」と揶揄する人もいるかもしれません。
しかし、「核兵器を持てば国際社会で強い立場に立てる」「核武装すれば国益を守れる」と本当に言い切れるでしょうか。
核の傘や核共有によって日本の安全保障が強化されるようにも語られることもありますが、核兵器の運用や使用の最終的な判断は核保有国が握っており、日本が主導権を持てるわけではありません。
現実の世界では、核保有国は互いに核戦力の近代化と増強を続ける一方で、核を保有しようとする国には武力行使も辞さない姿勢を示しています。
被爆国・日本が目指すべきは、国民生活や防災を置き去りにするほどの軍拡や、核共有を容認し、核の傘による抑止力を過信して、日本の安全保障をこれ以上アメリカに委ねることではありません。
「持ち込ませず」を含む非核三原則を堅持し、核兵器禁止条約への参加を真剣に協議し、対話と信頼を積み重ねる平和外交によって、率先して核廃絶を世界へ訴える国であるべきだと私は思います。
広島の日に改めて。
核兵器はいらない。
核抑止ではなく、核廃絶を。
被爆国・日本だからこそ、その先頭に立つべきだと心から思っています。