はてな11億円流出事件はなぜ起きたのか 報告書を読んでみた
はてなの従業員が騙されて11億円もの資金を流出させてしまった事件について、特別調査委員会による報告書が公表されました。
この報告書では、警察を名乗る詐欺グループによる巧妙な手口と、それを信じ込んでしまった経理部長、そして社内体制の不備といった生々しい実態が明らかになっています。
捜査協力と信じ込んだ経理部長が暴走か
はてなから流出した金額は11億7981万円で、保有する資産の3分の1近くに相当します。株価は約3割下落し、株主からは社内のガバナンスへの疑問や批判が殺到していました。
約3か月を経て公表された報告書によれば、はてなの経理部長だったH氏(イニシャルではなくアルファベット順の伏せ字)が警察を名乗る詐欺グループに騙され、会社のお金を2日間にわたって外部に送金したことが明らかになりました。
なぜ経理部長ともあろう人が騙されたのか疑問に感じるところですが、資金洗浄に関与したという疑いをかけられ、身の潔白を証明するための捜査協力という形で詐欺グループの指示に従ってしまったようです。
以下、報告書はかなりの分量があるので、多くの人が疑問に感じていた点を中心に見ていきます。
■詐欺グループはH氏にどうやって接触したのか?
4月20日午前8時2分にH氏個人の携帯電話に警察を名乗る詐欺グループから着信があったとしています。なぜH氏が狙われたのかは不明ですが、H氏が経理担当者であることを聞き出した上でシナリオを組み立てていった可能性もあります。
■不正送金の手口は?
H氏を通話アプリのミーティングに誘導し、PCを遠隔操作するアプリを入れさせることで、H氏のPCから会社の銀行口座にアクセスしています。勝手にアプリを入れることは社内で禁止されていましたが、H氏は捜査協力のため実行しています。
■なぜ会社の銀行口座やパスワードが分かったのか?
H氏は銀行口座の情報やパスワードを書いたExcelファイルをデスクトップに置いており、リモートでアクセスした詐欺グループに悪用されたようです。
社内ではパスワードマネージャーを使う規定になっていましたが、もしH氏が規定に従っていたとしても、捜査協力のため自ら教えていた可能性があります。
■口座に二段階認証は設定していなかったのか?
外部送金に使われた銀行口座にはスマホを併用する二段階認証が設定されていたとのことですが、H氏は捜査協力のため詐欺グループの指示に従って自ら承認しています。
■振り込み先を不審に思わなかったのか?
振り込み先の口座は二段階認証の画面に出ていたにもかかわらず、詐欺グループは「捜査の一環として凍結口座に振り込みをするが、お金は後日返還される」と説明しており、H氏はそれを信じたようです。
■なぜ1人で大金を動かせたのか?
経理規定では「振込の申請者と承認者は別」になっており、運用上もそうなっていたものの、H氏のアカウントは1人で申請と承認の両方ができる権限設定になっており、上限金額の設定もなかったといいます。
■社内の人間は止めなかったのか?
外部送金にあたって会社の口座間で資金移動をする際、H氏は取締役の田中慎樹氏から了承を得ています。このお金の動きは給与振り込みの業務と同じで、疑いを持たれなかったようです。実際の作業は経理部の他の従業員に依頼しており、資金移動を何度も繰り返す理由についてH氏は「後で説明する」と言って乗り切っています。
■銀行は不審に思わなかったのか?
不審に思った銀行側は複数の担当者が取締役の田中慎樹氏に確認の電話をしており、さらに田中氏はそのことを社内チャットにも投稿しています。しかしチャットの参加者からは経理部長であるH氏による通常業務の一環として受け流されたようにみえます。
■口座に制限はかからなかったのか?
銀行側は口座に利用制限をかけたようですが、H氏が詐欺グループの指示に従って銀行に電話し、法人窓口の担当者に説明して利用制限を解除してもらっています。
■H氏はどうやって詐欺と気付いたのか?
1日目だけでなく、2日目の朝になってもH氏は会社の口座間での資金移動と外部への不正送金を繰り返しています。そして銀行側が口座を停止し、H氏が銀行に電話をかけることでようやく詐欺に気付いたとしています。
■責任者の処分は?
社長の栗栖義臣氏と取締役の田中慎樹氏は役員報酬を一部自主返上すること、また田中氏は任期満了をもって取締役を退任する意向であることを発表しています。
孤立させられたH氏、信頼関係の欠如も
はてなは上場から10年、創業から25年が経過しており、これまで同社の「はてなブックマーク」などのサービスではさまざまな詐欺事件が話題になってきたことを考えると、当のはてなの社内がこんな状態だったというのは驚くばかりです。
アカウント権限などが適切に設定されていれば、あるいはH氏自身がもっと早く周囲に相談していれば、被害を小さくできたのではないかと悔やまれる部分はあります。
一方で、詐欺グループの巧妙さが際立っている部分もあります。周囲に相談しないよう口止めし、家族には外出を指示させるなど孤立化させることで、シナリオに引き込んでいったことがうかがえます。
H氏は経理としてはベテランでも、はてなでの社歴は短く、過労による休職から復帰したばかりだったようです。H氏の視点に立ってみると、経理部長として身に覚えのない不正行為の嫌疑をかけられた形になり、少しでも罪を軽くするために捜査への協力を優先したと考えられます。
はてなには一定の社内規則はあったものの、H氏は嘘をついたり、無視したりと詐欺グループの手先のように振る舞っています。会社が不正行為に手を染めている(と信じ込んでいる)以上、通常のルールなど守っていられないという心境だったのでしょうか。
報告書では、H氏と会社との間での信頼関係が欠如していたこと、また社内の統制に不備があっても過去に大きな事故がなかったことに触れ、リスク認識が弱かったことを指摘しています。