「フェミニストのはらわたライジング~子宮全摘手術体験記」北村紗衣
元気が取り柄でケガはしょっちゅうしても病気はしたことがなかった私なのですが、2025年にサバティカルによるダブリン留学から帰ってきた後、生まれて初めて入院して手術を受けることになりました。子宮筋腫の悪化により、子宮と卵管を全摘し、卵巣も一部とりました。今では手術前の体調不良がほぼなくなって、なんでもっと早く手術しなかったんだろう…と後悔しているくらい元気なのですが、他にこの種の病気を抱えている人の参考になるかもとも思うので(…ならないかも)、ちょっとした手術の体験記を書いてみようと思います。
1. 私の子宮筋腫が大きくなったのはどう見ても女子力が高すぎるせいだ
もともと私は若い頃から子宮筋腫があり、症状悪化を防ぐためにもう15年くらいピルをのんでいました。ピルというと避妊がメインではありますが、子宮筋腫で出血が多かったり、腹痛があったりする人もわりと処方されます。腹痛はそうでもなかったのですが(痛みに強いほうなのか生理痛で痛み止めを飲んだことはありません)、出血が増えて不規則になり、ずっとピルのお世話になっていました。この痛みがなくランダムに出血するというのがくせもので、知らないうちに急に大出血していて服に血がついているとかいうようなことがあると不衛生で悪臭も発生するので大変困ります。日本のピルは3週間のんで1週間休薬し、こののんでいない間に出血があります。4-5年前に休薬中の出血量が急に多くなった時期があり、授業中に腹痛で具合が悪くなったりするようになったので、これはまずいと思ってその時に薬の種類を変えてもらったことがあったのですが、その後はそこそこ安定していた…ものの、2025年4月にアイルランドから日本に帰国してから、また出血がひどくなりました。
不規則出血が多くてイヤだなぁ…と思っていたところ、久しぶりに会った母親から急に太ったのではないかと言われます。その直後に入浴中にお腹に妙に固くなって飛び出しているところがあるのを発見しました。押すと痛いのでかかりつけの婦人科に行ったところ、子宮筋腫が悪化して大きくなっており、お腹が腫れたり大出血したりするのもそのせいだろうということでした。単なる中年太りでお腹が出てきたのかと思ったら、子宮筋腫が大暴れしていたというあまりよろしくない状況です。私はつねづね、子宮筋腫がどんどん大きくなっているのは私の女子力が無駄に高すぎるからだと冗談を言っていたのですが、さすがにこの時は女子力もたいがいにしてほしいと思いました。治療法は投薬か手術で、投薬の場合は骨がスカスカになる副作用がある可能性があり、どれくらい効くかも未知数…ということでした。私は出産するつもりは全くなく、これ以上腹痛や出血に悩まされるのもイヤだったので、手術で子宮を全部とることにしました。これで無益な女子力カンストともおさらばです。
手術は専門の病院でしてもらわないといけないということで、かかりつけの先生に紹介してもらった四谷メディカルキューブという病院に入院することにしました。交通の便も評判も良いからということでこの病院にしたのですが、後でウェブサイトを詳しく見てみたところ、入院食が有名なフランス料理のシェフである三國清三監修ということでビックリしました。えらいセレブな病院を選んでしまったな…とちょっとびびりました。私の連れ合いは三國シェフの大ファンなので、私よりも驚いていました。
手術まで最低でも1ヶ月、できればもう少し休薬したほうがいいということで、手術が決まった日からピルは止めました。手術は病院の都合などもあって10月初めに受けることになったのですが、お薬を止めてから手術までの間、出血がどんどんひどくなって大変でした。さらに今まであまりたいしたことがなかった痛みも発生しました。不規則出血が発生し、ずっとお腹の中でドローンメタルが鳴っているような変な痛みがあるようになりました。何枚生理用ナプキンを使っても足りないくらいどばどば血が出て、最後の生理の時は教授会の直後に椅子を血だらけにしてぶっ倒れかけ、同僚の教職員の方々を心配させてしまいました。このときは教授会が終わって立ち上がった瞬間に急にめちゃくちゃお腹が痛くなり、ドローンメタルがブルータルデスメタルくらいの勢いになりました。血も出ているのでちょっとしたホラーです。周りの方をびびらせて全く申し訳ないかぎりです…
手術にそなえ、今まで入院などしたことがなかったので、とりあえずできるだけきちんと用意をしなければと思いました。胃とか腸とかをとるわけではありませんし、悪性腫瘍でもなかったのですが、それでもはらわたの一部を抜くわけなので、できるだけ心身を整えて手術にのぞまなければなりません。泉鏡花の「外科室」を読んだり、ヘヴィメタルバンドのトゥイステッド・シスターが外科手術の恐怖を歌った「アンダー・ザ・ブレイド」を聴いたりして心の準備をしました(何かズレてる気もしますが…)。入院すると筋力が衰えると聞いたので、ちゃんと体力作りをしなければいけないと思って手術前からジムにも通うようになりました。
手術前には何度も病院で検診を受けなければならず、一度に注射9本分も血液を抜いたりしてフラフラになりました。病院の先生のお話によると、私の子宮筋腫はそこまで巨大化していないと思われるので、お腹を切り開くのではなく、おへそとその下に数カ所穴をあけるだけの腹腔鏡手術で大丈夫だろうということでした。想像したよりもずいぶんと身体への侵襲が少なそうで拍子抜けしました。私が研究している近世ヨーロッパでは、手術をするとしばらく立ち上がるのもできなくなるし、激痛に長期間悩まされるし、けっこう死ぬ人も多かったので、医術の進歩には感動してしまいます。
一方で手術前にけっこう怖い話も聞かされました。手術から3ヶ月くらいは重い物を持ったり、スポーツや性交渉をしたりするのはやめてくださいと言われました。その時に先生が「手術では膣の後ろを縫合するので、無理をするとこの縫い目が破れて傷口から内臓が出てきてしまうことがあります」と、内臓が飛び出てくる様子についてご丁寧にも簡単な図を書きながら説明してくれました。図示でもしないといろいろなことを甘く見てすぐにセックスしたり重い物を持ったりする人がいるんだろう…と思いましたが、自分のはらわたが膣から飛び出てくるのを想像するとけっこう気持ちが悪くて青ざめてしまいました。手術の後は『リヴァーサイド版シェイクスピア全集』(鈍器みたいな大きさの本です)とかをうっかり持ち上げないようにしようと思いました。
2. はらわたを抜いたんだからホラーでも見よう
さて、入院当日である10月3日がやってきました。朝入院してその後すぐ手術です。病院で言われた通り、早起きして手術の2時間以上前に経口補水液をペットボトル2本ぶん飲み干しました。連れ合いと実家から出てきた母が付き添ってくれたので、ふたりに荷物を病室まで運んでもらい、私は手術前検査をした後、手術着に着替えます。
よく医療ドラマであるような、ストレッチャーにのった状態で手術室まで運ばれて…というのを想像していたのですが、私が入院した四谷メディカルキューブでは歩ける患者は自分で歩いて手術室まで行くことになっていました。歩いて手術台にのり、声をかけられるとすぐ麻酔処置が行われ、意識を失いました。手術室で声をかけられて起こされた時には全て手術が終了していました。手術後は歩いて出るのではなく、ストレッチャーにのった状態で手術室まで運ばれます。
さすがに手術後はかなりお腹の周りが痛く、身体がうまく動かせなくて、できたてほやほやのフランケンシュタインのクリーチャーみたいな感じがしました。カテーテルもついていたのですが、これは数時間後には外れました。麻酔を抜くためたくさん点滴を受けるので、点滴している指が冷たくなるわ、30分に1回くらいお手洗いに行きたくなるわ、なかなか面倒でした。お手洗いに行くだけでも身体が痛くておっくうです。この日は夕食とお手洗い以外はほとんど眠って過ごしました。
手術翌日は検査がありますが、それ以外は基本的に暇です。私はASDでADHDなので常に何かしていないと間がもたないのですが、さすがに手術2日目では体力がないので難しい本を読んだり映画を見たりするのはできませんでした。ひたすらホラー小説とミステリ小説を読み、昼寝をして過ごしました。また、私はふだん日本語版ウィキペディアで活動しているのですが、どうせなら入院食の写真を撮って病院食のサンプル写真としてサイトで使えるようにしてくれと他のウィキメディアンに言われたので、毎食三國監修のごはんの写真を撮って整理し、後でファイルリポジトリであるウィキメディア・コモンズにアップしました。
毎日お医者さんのチェックがあり、お腹から抜いた子宮や卵管についても実物ではなく写真で見せてもらったのですが、開腹手術ではなかったので切り刻まれて小さい穴から引き出されているみたいな感じになっていました。健康な子宮は40~50グラムくらいだそうですが、私の子宮は複数の筋腫がボコボコできて、いくつかはかなり大きくなっていたので700グラム以上あったそうです。これでも大暴れしていたにしてはまだ小さいほうで、症状がそこまでひどくなくて気付かないでいると2キロくらいになる人もいるそうです。
3日目からはベッドで起き上がって配信の映画を見られるくらいには回復しましたが、この日の夜くらいから急に下痢が始まりました。手術で使った抗生物質とか、もらった薬と体質の関係とか、いろいろな影響で起こったようです。5日目の朝に退院したのですが、4日目は午前3時くらいまで下痢でお手洗いにこもっており、あまり眠れなくて大変でした。
5日目に退院して自宅に戻りましたが、その後1週間は仕事を完全に休み、その後も月末までは週3日大学に行く以外はあまり何もしないようにして休養しました。しばらく寝ていたせいか、ちょっと歩くとすぐ息が上がって足の裏がかゆくなるので、少しずつ歩く距離をのばすようにしました。この間はひたすら家でボディホラー映画とかスラッシャーホラー映画を見ていました。以前、夜寝る前に実録犯罪ものの配信ドラマを見たり、犯罪ポッドキャストを聴いたりする人は、グロい話でストレスやトラウマをやわらげようとしているのでそういう習慣はメンタルの要注意ポイントだ…という話を聞いたことがあったのですが、私もなんだかんだで内臓が切り刻まれてお腹が痛かったので、グロいホラーを見てストレスに対処していたのかもしれません。
帰宅して1週間ちょっとたった時、おへそから何だかよくわからない白くて脂っぽいヒモみたいなものが出てきました。映画の『エイリアン』シリーズでは、人造人間がケガをすると身体から白っぽい異物が出てくるのですが、それを思い出しました。何か傷の悪化では…と心配になったのですが、どうも縫合した糸のくずみたいなもので、別に問題はなかったようです。最近、この種の手術では分解する糸を使うので、病院に行って抜糸をしてもらう必要がないのだそうです。
手術の後、3ヶ月くらいで最後の検診があり、問題がなかったのでそれでOKということになりました。お腹に穴をあけた時に卵巣にあやしい白い箇所が見つかり、それも切ったのですが、検査では幸い悪性のものは何も見つからなかったのだそうです。手術前はとにかく休薬中や生理中の出血がひどく、血の塊がドロドロ出てくる上、子宮が腫れたみたいになってお腹を圧迫するので便秘と下痢を繰り返していたのですが、その後は一切そういう症状がなくなったので体調が良くなり、むくみがなくなったせいか2キロくらいやせました。寒くなると手術の傷が痛くなるのは初めての経験でちょっとびっくりしましたが、これも慣れました。
手術だけで91万円以上かかり、これに前後の検査などを加えると100万円以上かかっているはずなのですが、日本の医療制度のおかげで支払いは総額20万円くらいで済みました。これでもけっこうなお金ですが、それでも高額療養費制度(現在の政府はこれを改悪しようとしていますが)もありますし、自分で別に保険にも入っていたので、払うことができました。はらわたを抜いても20万円で済む日本の医療に感謝しなければなりません。
3. 手術後の後悔~もっと早く子宮を全摘していればよかった
子宮と卵管を全摘して思ったのが、もっと早くやればよかったということです。子宮をとるとびっくりするほど身体のトラブルが改善しました。4-5年前に子宮筋腫が悪化して薬を変えないといけなくなった時、かかりつけのお医者さんに子宮を取れないのですかと聞いたのですが、このくらいの大きさだとまだ全摘はできませんと言われてしまいました。でもあの時に手術していれば、その後職場でぶっ倒れたりしなかったのに…と思います。
私は子どもの頃から一度も子どもが欲しいと思ったことがありませんでした。女の子は生理が始まると将来お母さんになるためと教えられますが、子どもながら自分がお母さんになる日は来ないだろうと思っていました。出産するつもりはないと言うと、女性なんだから産んだほうがいいとか、きっとそのうち気が変わって欲しくなると言われたのですが、出産は痛いし死ぬ人もいるのに他人の人生の決断に対してこんなことを言うなんて、いきなりバンジージャンプをするようすすめてくるみたいな感じで不気味だと思いました(なお、私はバンジージャンプはしたことがありますが、別に他人にすすめたいとは思いません)。
そういう私にとって、子宮とか卵管とかは全く無駄な臓器です。それどころか月に1週間、大出血を起こす迷惑臓器で、そんなものはもとから無いなら無いほうがよかったと思います。こんなトラブルの種にしかならない要らない臓器のために検診を受けたり、生理用品を買ったりするのに時間やお金をかけたりしないといけないなんて理不尽だ…とずっと思っていました。子宮筋腫が見つかった20代の時にとってしまっていればどんなに楽だっただろうと思います。数日前に「わたしの体は母体じゃない」訴訟の判決が出ましたが、私もこの訴訟の動機にはとても共感しています。
考えてみると、私は今まで42年間生きてきて、一度も自分が女性だと思えたことがありませんでした(それどころか人間かどうかもあやしいところです)。子どもの時からそうでしたし、大人になっても一生そう思えないであろうことはだいたいわかっていたと思うのですが、周りの大人は「大人になれば変わる」みたいな反応しか示しません。女性だから、お母さんになるため、と言われて自分のものとも思えない迷惑部品を30年くらい飼っていたのは自分にとって全然良いことではなかったと思います。なくなってすっきりしたし、子宮がない自分のほうがずっと自分らしく暮らせていると思います。別に子宮の有無はその人が女性かどうかにあまり関係はなく、ガンや筋腫で子宮を全摘したら女性でなくなるみたいな考え方は非常にバカげていると思いますし、だいたいの女性は全摘後もそれ以前と変わらない身体感覚を持って女性として暮らしていると思うのですが、少なくとも私にとっては、子宮がなくなってやっと自分の身体がバグなしで動くようになったような気がしています。
<著者プロフィール>
北村紗衣 (きたむら・さえ)
武蔵大学人文学部英語英米文化学科教授。1983年士別市生まれ。旭川東高校卒業後、東京大学教養学部表象文化論にて学士号及び修士号を取得し、2013年にキングス・カレッジ・ロンドンにて博士号を取得。専門はシェイクスピア、舞台芸術史、フェミニスト批評。著書に『シェイクスピア劇を楽しんだ女性たち』(白水社、2018)、『批評の教室――チョウのように読み、ハチのように書く』(筑摩書房、2021)、『[増補]お砂糖とスパイスと爆発的な何か』(筑摩書房、2025)、『女の子が死にたくなる前に見ておくべきサバイバルのためのガールズ洋画100選』(書肆侃侃房、2024)、『学校では教えてくれないシェイクスピア』(朝日出版社、2025)など。日本語版ウィキペディアで活動するウィキメディアンでもある。
四六判、並製、184ページ+口絵カラー8ぺージ
定価:本体1,800円+税
ISBN978-4-86385-720-9 C0095
装丁 成原亜美(成原デザイン事務所)
ダブリンは世界で一番すてきな街です!
大学のサバティカル(在外研究)で1年間ダブリンに住むことになった英文学者のアイルランド滞在記。
文学、ことば、劇場から、最悪の住宅事情に、紅茶論争、ポテトチップス文化まで。



コメント