太鼓の音を再び──2026年VketReal Summerの記録
1日目──7月25日(土)
待ち合わせ場所まで
朝7時に起き、村上春樹の『遠い太鼓』を音読してから、朝食を食べる。
軽快な太鼓の音が頭の片隅で再生される。ドンドコドン、ドンドコドン。
ひげ剃りは入念に行った。普段の3倍の時間をかけた。
フィリップスの安物の電動シェーバーを使っているから、深剃りしようとすると苦労するのだ。
気心知れた人と会うだけにしては随分な念の入れようだなと、我ながら思う。
予定より数十分遅れて家を出た。
それでもフレンドとの待ち合わせの時間までには間に合う計算である。
降り注ぐ太陽光線が、都市に眩ゆい白銀をまとわせていた。
目を開ききれないほどの閃き具合だ。
当然ながら気温も高く、湿気が多い。快適なイベント体験にならないことは明白だった。
さて、今回の俺のVketRealは秋葉原から始まるのではない。
東京駅から始まるのだ。
というわけでJRに乗りながら、秋葉原で降りず東京駅へと向かう。
厳密な集合場所は決めていないので、都度Discordを確認しながら先着組がどこにいるのかを確認する。
どうやら八重洲口の地下──いわゆる「ヤエチカ」と呼ばれるエリアにいるらしい。
直行する前に、まずは大丸松坂屋の位置を確認しておくことにした。
というのは、これから皆で向かうお目当てのものが大丸松坂屋の中にあるからだ。
最悪地下で合流できなくても、直接向かえるようにしておきたかったというわけだ。
大丸松坂屋はすぐに確認できた。八重洲北口の改札を出てすぐのところにある。
開店待ちの行列がずらりと並んでいた。なにかのフェアを目当てにした行列なのだろうか。
ヤエチカへ向かうために東京駅の構内図を確認するのだが、いかんせん場所がわかりづらい。
なんとか東京駅一番街を経由して行けることを理解してから、入ってみる。
ヤエチカのゾーンにはすんなりたどり着いたが、ヤエチカ自体がかなり広い。
加えてヤエチカは、京都のマス目街のような区割りがされており、今自分がどこにいるのか分かりづらい造りになっている。
壁の案内図を見ても、いまいち現在地が把握できない。
空間に対して今自分がどこにいて、どちらに行けばなんの店があるかも判然としない。
人がまったくいなかったらリミナルスペースじみている空間だ。
俺は周りの光景の見え方で位置関係の目星をつける癖があるので、ちょっと困る。
それでもフレンドがいるらしい喫茶店を見つけ、大体の方角の目処をつけてズンズン進んでいくと、すぐに合流できた。
Wさん、Aさん、Bさん、Sさん、Yさん、俺という6人体勢だ。
BさんとSさんとYさんはリアルでは初対面だったので、こんな感じの見た目なんだなとちょっとした感動を覚えていた。
募る挨拶もそこそこに、大丸松坂屋へと向かうことに。
大丸松坂屋のXRホラーアトラクション
エレベーターを使い、11階まで移動する。
目当ては、XRを利用したホラーアドベンチャーが体験できるブースである。
ホラーだと一発でわかるデザインですね
当日予約の空き具合のパネルが置いてあったのだが、かなりの箇所で✕印となっていた。けっこう盛況であるらしい。
あまり待つことなく中に入ることができたが、都合上4人組と2人組で別れることになった。
俺は4人組のほうに割り振られる。WさんSさんYさんと一緒になった。
入場料は、予約で購入するとひとり2000円だった。
当日の買い求めだと2500円くらいだった気がする。
中の待機スペースに通されたが、1990年代前半製であろう四角いモニターとキーボード、シミだらけになったチェックリストが置かれていて雰囲気づくりがなされていた。
プレイスペースに案内されると、目の前にVRゴーグルが置かれていた。
Quest3でした。おなじみのやつですね。
フェイスカバーが独自のものらしく、付け心地が純正品と異なっていた。
密封性が上がっていて、外部からの光が一切入ってこない。
VRChatのVRユーザーなら誰もがやるであろう、鼻の下から外の光景を確認するということももちろんできない。
没入感を高めることを第一に考えてあるわけだ。
Quest3をつけると、俺の身体が黒ずくめの警備員になっていた。
フルトラ機材は一切ないはずだが、それにしてはトラッキング具合がいい。
VRChatで3点──要はフルトラ機材なしでVRゴーグルだけを使った状態──で体を動かす場合よりも体の動きの再現度が高い。
俺はVRのゲームはVRChatしかやっていないのだが、もしかしたら他のVRゲームにはこれくらいのトラッキング具合を実現させているものがあるのかもしれないな。
簡単な注意事項を聞き、いよいよ本編が始まった。
動けるシーンまで来たのだが、ここで俺は移動しようと思いコントローラーのスティックを動かそうとした。
がしかし、びくともしない。
「これ、自分の足で進むやつだ!」と別のフレンドが気づいて、俺もようやく納得した。
確か事前注意で、コントローラーのボタン類には触らないようにと言われていた。
というわけで慎重に歩き始めると、すぐにあることに気づいた。
この警備員、歩くと大股になっちゃう!
力士が稽古でする、すり足のような股の開き具合になる。
トラッキング周りが詰めきれなかったのだろうか。
アトラクションの長さは15分程度だったが、かなり気合の入った出来だった。
俺はピ虐研究所などのクオリティの高いホラワを訪れてきているので怖さを感じなかったが、他の一般客はひとしきり叫んだり驚いたりしていた。
VR体験がまったくない人であれば、ああいう反応をするのが普通だと思う。
VRChatプレイヤーであっても、デスクトップでの利用しかしてない人であれば、十分に臨場感を味わうことができるんじゃないだろうか。
興味があればぜひどうぞ。
トマトスープパスタ
ホラー体験を終えた後は、そのまま地下に戻って昼食を取ることに。
どこの店に入ろうかひとしきり悩みながら歩いたところで、空いている牡蠣料理の店を発見し、入店することに。
俺はトマトスープパスタを注文した。
実はスープパスタを食べるのが、人生で初めてだった。
提供された品を見て思わず、ラーメンと何が違うのかという感想が出た。
余ったスープはライスに使ってくださいと店員に言われたが、それにしても量が多い。いや、量が少ないよりかはありがたいのだけれども。
あまりのどんぶり感から、フォークと箸のどちらを使うのが正解なのかちょっと悩んでしまった。
フォークとスプーンを使おうにも、パスタがうまくフォークに絡んでくれない。
しゃらくさくなって、最終的に箸で食べることにした。
マナーもへったくれもない。
味にあまり印象がない。決してまずくはなかったのだけれども。
今でも覚えているのは、トマトの酸味の濃さだけだ。
箸を使ったため、トマトスープが飛び散らないように注意しながら食べたのも悪かったのだろう。
やはりパスタはフォークとスプーンである。
Wさんの痛車
昼食も食べたところだし早速会場へ向かいたいところだったが、お土産の入った紙袋を大量に持ち込んできたフレンドがいたため、それの一時保管場所を探したいという話になった。
ここまで大量だと有料ロッカーにも入り切らない気がしたが、車で来ていたWさんがシートに置いていけばいいと言ってくれた。
Wさんが駐車している秋葉原UDXの地下駐車場へと向かうことになる。
地下駐車場には外気が入ってこないため、地上以上にムワッとした空気が滞留していた。あんまり長居したくないくらいの不快さ加減であった。
痛車が何台か停まっていたが、ことごとくがVRChatに関するステッカーが施されていた。今日だからこそ見れる光景だ。
Wさんの車も痛車である。三菱のランサーエボリューションを、初音ミクを中心としてサブカル系メーカーのロゴでコーディネートしている。
Wさんはサービス精神を発揮し、エンジン音やエンジンルームを披露してくれた。
車の知識があるSさんが特に目を光らせていて、解説を挟むWさんはどこかいきいきとしていた。
俺は車の知識をほとんど持っていないが、スポーツカーを所有することへの憧れはあったりする。
とはいえ、自分が大の金持ちになったらという想定の話だ。
VketRealの会場へ
ここからは各自自由行動となった。
俺とAさんとYさんは会場へ直行する。
町中を歩いていても、道行く人がVRChatterかどうかがわからない。
去年は会場で手に入る大きめのVket紙袋を持ち歩く人が多かったので、VRChatterを視認しやすかったのだが、今回はそれらしきものを持ち歩く人を見かけなかった。
すぐにベルサール秋葉原が視界に入る。
いつもと変わらぬ密集具合! と最初は思ったが、周辺の観光客の多さと比較すると極度に混み合っていないようにも感じてきた。
というのも、このあたりの歩道の人口密度はすさまじかった。
満員電車の中で止まることなく進み続けることを要求されるような人混みの具合だった。人混みがダメな人であれば即ノックアウトだろう。
そうでなくてもあんまり長居したくないようなひしめき具合だった。
入ってすぐに書き置きコーナーがあったので、一筆残していくことに。
後はどんなブースが出ているかをざっと確認する。
食べ物をつくるミニゲーム、アバターチェキ、ムルル人形の物販、VRChatにいる人と喋れるブース、マウスコンピューターのゲーミングPC体験、NuNuPCの販売──。
5分程度で1周することができた。
レイアウトの見直しが功を奏したのか、混雑はしていたが進めなくて難儀することはなかった。
雑談ティータイム
3人とも特に足を止めて見たいブースがなかったため、あっさりとVket会場は堪能してしまったことになる。
残りの時間は完全なフリーで、飲み会まであと5時間。
ソフマップ横で他愛のないおしゃべりをしていた。
誰それのnote記事について語ったりとか、この調子だとVketRealの記事は書くことがないよなとこぼしてみたりとか(そんなことはなかったね)。
会話の切れ目で、Xのタイムラインを都度確認したりもした。
現地到着報告やら、合流報告のポストが流れてくる。
実際に会場近くでたむろしているVRChatterを見るよりも、タイムライン上でVketRealのポストを見るほうがお祭り感を感じるのはなぜなのだろう。
俺もだいぶSNSに毒されたんだな。
VketRealに来た的なポストをしただけで「いま会えますか?」のラブコールをもらえるのって、相当な幸せ者だよなと改めて思う。
この光景は、今までVRChat上で培ってきた人間関係の密度の答え合わせのように見える。
VRChatとは違い、ボタンひとつで合流できない現実空間。
移動の手間や集合場所のすり合わせといった、ささやかな手間がやたらと煩わしく思えるなかで、それでもあなたに会いたいと言ってくれる人は、大切にしておいたほうがいい。
さて、会ってみたいフレンドであるHさんが現地に来ているようだったので、ダイレクトメッセージで連絡を取ってみた。
(こんなことを書いた後にHさんのことを書くと、特別視しているようにしか見えないだろうが、そんなことはない。いや確かに仲良くしたいとは思っているのだけれども)
Hさんはちょうど引き上げようとしていたタイミングだったらしい。
せっかくなので一緒に過ごさないかと誘ってみたが、Hさんはお疲れらしく早々に帰っていった。
まあ無理もない。猛暑に加えてこれだけの人混みだからな。
俺もさすがに日差しがきつく感じてきたので、どこかの店に入ろうと提案し、動くことにする。
Aさんの提案で末広町のヴェローチェを目指すことに。
なんでも、去年のVketRealでは空いていたから今年もいけるだろうという算段らしい。
しかし残念ながら満席でした。
となるとここからが大変なわけだ。
空席探して炎天下の町中をさまようことになる……。
しかし運がいいことに、すぐ近くに空いているコーヒーショップを発見できた。シャンズカフェという店だった。
俺とAさんとYさん、腰を落ち着けようものならVRChatを斬る的な話になるのは必然であった。
高頻度で特定のフレンドに会うだけのVRChatって楽しいか? とか、1週間に1回しか会わなかったらご無沙汰とされるのは相当異質な価値観だよなとか、コミュ障を安易に自称する人についてとかね。
それこそ1本の記事として書けるような内容ばかりだ。
話に夢中になっている間に、続々と客が入ってくる。
これ以上居座るのも悪いと思い、会計を済ませて退店することにした。
当てもなく歩いていたところで、グッドスマイルレーシングのポップアップストアが目にとまり、中を覗くことに。
展示されているレーシングカーを見て、Wさんの痛車デザインはきっとここからインスピレーションを受けたのだろうなと納得する。
歴代のSUPER GTのトロフィーやらなんやらを見て、このデザインでレースに参戦してるんだと驚いた。
てっきり観賞用につくられたのかと思っていた。
SUPER GTのホームページを見ると、ウマ娘デザインの車体で参加しているチームもあった。
爆走するというイメージから、モータースポーツには合っている気がしますね。
飲み会まであと2時間ばかりとなった。
VketRealにおいては、こういう中途半端な時間をどう過ごすかが難しい。
ひとりでなら身軽にその辺をうろつけばいいのだが、複数人だと当てのない散策をするのには向かない。夏場だと尚更だ。
WさんがUDX前にいるとのことだったので、とりあえずそちらへ向かうことに。
別行動をしていたBさんとSさんも合流してきた。
Bさんは別フレンドたちと秋HUBに入っていたらしく、知らないVRChaterと相席して結構盛り上がっていたらしい。
こういうやり取りが発生するのがオタクコンテンツのオフイベントの醍醐味だと思っているのだが、残念ながら俺はまだ経験したことがない。
立ちっぱなしでいるのも何だということで、早々に神田へと移動することになった。
神田駅北口周辺には、コーヒーチェーン店が密集している。
スタバ、ドトール、サンマルク、ヴェローチェと、よりどりみどりだ。
すぐに座れるところを探したいのなら、神田まで足を運んだほうがいい。
この長い記事を熱心に読んでいる人限定の、お役立ち情報です。
俺たちはドトールへと入り、しばし時間を潰すことにした。
夜の飲み会
さてさて、ようやく18時前となった。
どのビルに目当ての店があるのかわからなくなったりしたが(繁華街のビルに店舗を構える店を予約すると、こういうことはよく起こる)、皆も探してくれたおかげですぐに見つかった。
「今日の18:00に予約したんですけど……」という言葉だけで店員がさっと席に通してくれた。
本名で予約してたから名乗るのに若干の抵抗感があったので、ありがたかった。
早めに入店したおかげか、あまり他の客がいなかった。ガラガラだと言ってもいいくらいだ。
品が次々と提供されないうちに記念撮影をすることに。
お土産を持ってきた人はこのタイミングで贈与することになる。
ちゃんと人数分の箱を用意しているのが律儀だよなと思う。
結構な出費になっているのは間違いない。
ちなみに俺はそのへんの感覚ががさつな大人なので、悪びれることなく手ぶらであった。
おそらくこういうところが、俺と他人で決定的にズレている部分なのだろう。
結構高めのコースで予約したのもあり、次々と料理が運ばれてくる。
煮物や牡蠣、馬刺しなど舌鼓を打った。
つまみを前提とした味付けだから味のパンチは効いているのだが、普通の晩ごはんのおかずとして食べるのにもいい塩梅であった。
フレンドたちもうまいうまいと言いながら箸が進んでいる。
その様子を見てほっと胸をなでおろしたものだ。
体質の問題で、ちょっとでも辛味が入っている料理がダメなフレンドがいたのだが、そこは品数の多さがカバーしてくれた。
ケチらずに品数豊富なコースを頼んでおいて本当によかったと思う。
「焼酎のロックってなんであんなに度数が高いんだろうね」と俺がこぼしたところ、氷から溶けるた水だけで割るのがロックだからねと教わって、「そうだったんだ!」となった。
今まで俺は、ロックとは炭酸水で割ったものだと思い込んでいた。
なんで居酒屋のロックはあんなに度数が高いのかと不思議に思いながらも、立て続けに2~3杯と頼んでいた過去がちょっと恐ろしくなった。
後半戦に入ったところで、Wさんがスティックのドリフト現象が起きているQuestコントローラー(Aさんのもの)の修理を実演することになる。
実はこれ、事前にWさん自身が俺たちに見せたいと提案してくれたのだ。
決して当日の思いつきでなされたことではない。
Wさんが細かく解説してくれていたのだが、当時の俺はアルコールで気持ちよくなっていたのでまったく頭に入っていない。
まあ、シラフであったとしても理解できていたとは思えないけれども。
実際に分解と復帰の工程を見ると、素人がちょっと奮起して修理するには相当ハードルが高いことがわかった。
解説の動画や記事とにらめっこしながらであっても、電子工作の経験がない人には明らかに荷が重い。
やはりコントローラーがおかしくなったら、面倒でもMetaのサポートに頼るのが一番だと改めて思いました。
焼酎のロックで一気に気分を高揚させ、後はハイボールをぐびぐびしてばかりだったので、何を話していたのかまるで思い出せない。
まあそんなものでいいのさ。楽しい思い出さえしまえていればね。
実は、別の界隈の人達の集まりにもお呼ばれしていた。
しかし今回の飲みの時間とバッティングしていたため、名残惜しかったがごめんねと伝えていた。
当日も来ないかと連絡が来たが、やはりタイミングが合わず邂逅はかなわなかった。
今日だけは、1日が30時間くらいあればいいのになと心底思った。
2日目──7月26日(日)
秋葉原は変わった
2日目は誰とも会う予定を入れていなかった。完全にフリーの状態である。
ひとりでイベントに湧く街を練り歩くことにした。こういうのも悪くない。
平時の秋葉原には、もうオタクの街という雰囲気は残っていない。
街を歩くのは、オタクの街という空気を味わいたい外国人観光客ばかりだ。
日本人に目を向けてみても、いわゆるオタクファッション的な格好(アニメTシャツ、コスプレ、ロリータ・ファッション等)をしている人はまばらで、どこにでもいるようなユニクロコーデのような格好をしている人も多い。
オタク的なファッションに身を包んだ集団を眺めても、なんというかこざっぱりした印象に見えることが多かった。
衛生観念が意識されるのはいいことなのだが、同時にオタク特有の強烈な存在感というものも一緒に漂白されてしまったような感覚がある。
街の看板やデジタルサイネージ、グッズショップの外観だけが過去の幻影を保持している。
アニメやゲームといったサブカルチャーの部分だけはまだ残っていると言えるが、PCパーツや電子部品などのガジェット系パーツがずらりと陳列するようなゴテゴテとした感じは、この20年でずいぶんと鳴りを潜めた。
表通りは外国人向けの店と、大型家電量販店と飲食店で埋め尽くされている。
電気街とは名ばかりで、他の都心の繁華街と比べて目新しく思えるような顔をしていない。
申し訳ないが、ただただうるさいだけの通りという印象しかない。
今日気づいたのだが、万世橋の手前あたりから電気街方面を眺めると、エディオン前の信号を境目として人の密集具合が明らかに変わる。
横断歩道を渡った瞬間に、都市と郊外がはっきりと分かたれるような様相だ。このくっきり加減は面白い。
万世橋から神田までの間は、休日であっても行き交う人はまばらである。
このあたりで腰を落ち着けられる店を知っていると、秋葉原通を名乗れるような気がする。
VRChatterの顔を眺めてみて
改めて、会場に来ているVRChatterたちの顔をじっくりと観察する時間を取った。
やっていることが明らかに不審者だが、祭りの雰囲気に煽られた人たちはそんな細かいことは気にしないだろうし、傍目から見ればフレンドを探しているようにしか見えない。
年に何回もできないことなのだから、堂々と観察に浸ることにした。
人々の、整いすぎていない顔立ち。
縮れた髪の毛に、興奮気味にせわしなく動く口元。
シミとニキビでところどころが彩られた肌に、きつめの一重。
失礼な言い方になってしまうが、オタクの顔である。
そういう感想を抱いている俺自身も、どうしようもなくオタクの顔をしているということになる。
なかには髪を派手な色に染め上げたり、口や耳にイヤリングを通し、ガングロ系の服装をしたりと、オタクと見られることへの反骨心からきているのかしらという人もいたのだが(もちろん好きでそういうファッションにしているだけという人もいることは承知している)、そういう人の顔をじっくりと眺めてみても、やはり同じ印象が湧き上がってくる。
見た目という表面を変えただけでは、深層から立ちのぼってくる印象までは変えることができないらしい。これはちょっとした発見だった。
自己啓発書やビジネス書を読んでいると、確かな覚悟を身につけている人は顔に出てくるという記述を見ることがある。
VRChatはビジネスではないし、シリアスな選択が迫られるようなものでもないから、VRChatterの顔には覇気がないと指摘するのはお門違いだ。
だが、少なくとも顔つきのパターンは同じな気がする。
彼ら彼女らは、VRChatに入れば端正なアバターを着こなし、整った表情としぐさでコミュニケーションを行う。その事実がなんとも不思議に思える。
ひとつ確信したのは、VRChatはやはりルッキズムの文脈から完全に自由になることはないだろうということだった。
俺たちはアバターで自身をマスキングしながらも、背後にはどうしてもオタク的な像を立ちのぼらせてしまうし、「VRChatでは美少女やイケメンでも声は冴えない男のそれじゃん」という心の冷笑の声から解き放たれることはないのだろう。
見た目が醜いからわたしの顔はアバターに劣るのだという考えには、振り切れたくない。
顔の数だけひとりひとりの人生がある。
そういう意味での顔の豊富さは、現実でしか表現できない。
アバターの改変の組み合わせは無数だとはよく言われるが、改変の際に選ばれるアイテムは人気どころのショップから出ているものに集中する傾向がある。
改変の方向性も、どう行ったところでカテゴライズされる運命になる。
本当の個性というのは、アバターでは再現しきれないのだ。
たとえいちからアバターをつくるにしても。
アバターは、使い手の人生の気配込みで見ないといけないという思いがある。
そうでなければ、オタクな(顔をしている)俺たちはただただ醜いだけになってしまう。
目が三白眼気味のパーツしか選べなくて可愛そうですね、豚鼻で生まれてしまって可哀想ですねというように、世間からの憐憫の念に巻かれ続けなければいけなくなり、自分がそういう念の発生源にもなる。
醜いかたちを美化することなく受け止めることは、簡単にはできない。
とりわけメタバースで美化されたアバターを纏うことに慣れきってしまうと、尚更だ。
人のありのままの姿を受け入れるには、長い年月が要るだろう。
だから今はせめて、心構えだけはしておきたい。
東京国立近代美術館
不審者じみた観察行為をすっかり堪能したところで、皇居方面へと向かうことにした。
元気があり余っていたので、徒歩で向かうことに。
皇居方面へと向かうには、神田を経由していくことになる。
先述したように人の数はまばらである。
5分と歩かずに、秋葉原の喧騒が嘘みたいに霧散していく。
美術館に行くことだけは決めていたが、どこの美術館に行くまでははっきりしていなかった。
Googleマップで調べたところ、皇居の近くに東京国立近代美術館があるとのことなので、そちらへ向かうことにした。
想像していたよりも歩くことになり、美術館に到着する頃には足が棒のようになっていた。
秋葉原から上野には徒歩でもすんなり着いてしまうから、皇居も大してかからないだろうと思っていたが、ちょっとした誤算だった。
到着と同時に本降りの雨が降ってきた。
タイミングもちょうどよかったわけだ。
杉本博司は銀塩写真というモノクロ写真を中心とした写真家であり、MOMATコレクションもちょっとニッチな催し物であるから、観光客がふらっとやって来て楽しむにはちょっと難儀するラインナップと言えるだろう。
そのせいか、休日にしてはなかなか快適に過ごせた。
上野の美術館だったらきっとこうはいかない。
杉本の作品は本当にモノクロの写真がほとんどで、これは写真に深い関心がある人でないと堪能しづらいだろうなという感じだった。
俺のように美術館を少々たしなんでいる程度の人間では、さてどういう風に鑑賞したらいいのかしらと、ちょっと途方に暮れてしまう。
そんな中でも気に入ったのが、杉本が世界のシアター(とその廃墟)を撮っていたものだ。
真っ黒な色調で劇場の荘厳さが現れているなか、正面のスクリーンだけが真っ白い生きた光を放っている。
杉本がわざわざ映写用のテープを持ってきて再生させたのだ。
黒を基調としたなか、白のスクリーン部分が対照的に輝く──なんだかセンチメンタルを掻き立てられるような作品だった。
飛行機あるいは流れ星の軌跡のような白線が、スケール感を出すのに一役買っている
MOMATコレクションでまず目に入ったのは、太平洋戦争時代の日本軍の様相を描いた絵画だった。
古沢岩美が描いた「餓鬼」という作品なのだが、あまりのインパクトの凄さに目が釘付けになった。
傷痍軍人の風刺を全面に出した作品らしいが、おどろおどろしさがこれでもかと伝わってくる。胃もたれしそうな出来栄えだ。
古沢は並々ならぬ思いでこの作品を仕上げたのだろうなと思う。
当時の日本兵の醜悪な行為を表現している
他のMOMATコレクションは、主に抽象アート作品が多かった。
去年訪れたUESHIMA MUSEUMに展示してあった作品と同じ傾向ですね。
平和的な作品を挙げると、掛け軸の絵がよかった。
俺は傾向として、横長の絵よりも縦長の絵を気に入ることが多い。
多分、縦のスケール感のほうに敏感に反応する質なのだろう。
古沢岩美の「餓鬼」も縦に長い絵だった。
絵画鑑賞の順番を抜きにしても、俺は水彩画などの淡いタッチのものや、植物や動物といった自然を想起させる題材の絵が好きなので、屏風や掛け軸の絵であれば大体気に入ることが多い。
日本軍のシリアスな絵画を鑑賞した後だったので、淡い色合いと平和な構図が心に染みた
VketRealがある日は、必ずどこかしらの美術館・博物館に行きたくなる。
単純に、喧騒から離れたいという気持ちが極に触れるからなのだと思う。
喧騒にあふれるハレの舞台から、暗い照明レイアウトの空間に映ると、一気に細胞の温度感が冷却される感覚がある。
熱湯から氷風呂に入るような心地よさに近いのかもしれない。
頼りになる神田という街
さんざん歩き倒したわけだし、昼食を食べたらさっさと切り上げるかなと思っていたところで、昨日一緒に過ごしていたAさんから暇なら来ないかと連絡が入った。
正直疲労感が濃かったが、お呼びとあらば駆けつけなきゃフレンドが廃るってもんだ。
昼食のために訪れていた大手町の長い地下通路を進み、東京駅から秋葉原へととんぼ返り。去年も似たようなことをやってたっけな。
集合場所である末広町のヴェローチェの近くまで向かうと、Aさん、SKさん、Bさん、BさんのフレンドであるMさんがいた。
SKさんが出会ってすぐさま名刺を渡してくれた。
VRChatプレイヤーとしての名刺である。
やっぱり作ってる人はそれなりにいるんだな。
Mさんとは完全に初対面だったが、まだ10代の学生だという。
ミドルエイジなBさんと並ぶと、なんだか親子のようにも見える。
髪型のシルエットも似てるし。
というわけで腰を落ち着けられるところを探して三千里……にならないことを祈りながらも、御徒町方面へと向かう。
Mさんのリュックがはちきれんばかりだったのだが、Quest3やらかいった戦利品やらで重量がすごいことになっていた。
試しに持たせてもらったが、多分10kgはあったと思う。
Mさんにとっては無情なことに、御徒町のレストランやコーヒーチェーンはどこも混み合っていた。
まず御徒町は、行き交う人の数が結構ある。
秋葉原と上野という、観光地として名高い街に挟まれているからさもありなんといったところか。
結局上野まで来てしまったが、上野など尚更5人で即座れる店など見つからないだろう。
Aさんが「やっぱり神田に行こう」と提案する。異論はなかった。
山手線の中で、Mさんの話を聞いていた。
Quest3を持ってきたが結局2時間くらいしか使っていないこと、こんなに荷物が重くなるならキャリケースにしとけばよかったかな(Mさんは三重県から来たという)など、こぼれ話がよく出てくる。
本人はしっかり後悔しているのかもしれないが、聞いている分には微笑ましさを感じた。
Mさんは去年もVketRealに参加していて、当時は複数のフレンドたちとワイワイと過ごしていたようだ。
だが今回は彼らのほとんどが来なかったため、寂しい思いをしたとこぼした。
それでも彼は、物販の列に並んでいる最中で知らないVRChatterとグッズ関係の話で盛り上がり、なんとフレンド関係になったというから驚きだ。
俺には中々経験できないことだ。なにせグッズに興味がないから。
そんなこんなで神田駅に到着。
昨日ドトールを見つけたあたりまでやってきて、向かい側のサンマルクカフェへと入った。
今回も一発で空席を見つける。
やはりRealVketを楽しんだ後は神田に行けってことですよ。
神田しか勝たん。
VketRealの正しい楽しみかた
着席して各々注文したところで、Mさんが戦利品を披露してくれた。
計3~4万円は使ったという。
特にルルネが好きなようで、ルルネにちなんだグッズが多かった。
アクキーや、3Dプリンターでつくられた小型ザメのフィギュアなどだ。
ルルネに関係しないグッズも結構ある。
同人誌、真冬の尻尾、耳掛き(3DモデルのダウンロードQRコード付き)などなど、次々と戦利品が出てくる。
Mさんは色々と買ったグッズの解説を、楽しそうに披露していった。
口調が生き生きとしていた。
彼を見ていると、まっとうにVketRealを楽しんでいるなという感じがした。
好きなアバターのグッズが出れば買い求め、出展ブース近くの売り子に呼びかけられれば商品を手にとって見る。少し気に入れば買ってみる。
別にフレンドと会うことだけを目当てにVketRealにやってくることや、酒を酌み交わすことを動機とすることに難癖をつけるつもりはない。
(というか俺が完全にこのタイプである)
ただ、VketRealで催される出展物にあまり関心を示さない・示せないのも、寂しい感性だなと思う。
こんなちゃちな出し物に浮かれることができるやつはおめでたいやつだなと冷笑すれば、平時のネット上であれば賛同や注目を得て気持ちよくなれかもしれないが、どこかから自分がつまはじきにされた者だという認識が影を落としてくる。
ひとりそんな思いにふけっていると、ルルネはいいものだからみんなもルルネを使おう!という宣伝の流れになっていた。
ルルネかあ。
仮にギフトされるのであれば喜んで使うのだけど、わざわざ自分が買おうとはあまり思えないんだよな。
周りにルルネ使いが多すぎて、供給過多になっているのも大きい。
俺は天邪鬼なので、周りに特定のアバターを使っている人が多いとそれには手を出さないようにしている。
アバターの希少性でキャラ付けをしようとしているわけだ。
まあ、今では人気どころのアバターの所持数も大分増えてきたので、いい加減変な意地を張り続けることもないのかもな。
非常にありふれた、VRChatらしい会話をしているなと思った。
ありふれてはいるのだけれども、普段俺がすることのない会話だったから新鮮だった。
面識のない人ひとりが加わるだけでいつもと違う会話の具合になるこの化学反応が、かつてもてはやされたメタバースの美点を想起させる。
(これ、今でも美点として扱われているんですかね?)
18時となったところで、帰途につくことになった。
大体2時間ちょっとくらいは話していたことになるだろうか。
Aさんが呼んでくれたおかげで、より濃密な日曜日となった。
ありがとう、Aさん。
反対側の店舗が閉まっていたことから、わりかし落ち着いた雰囲気だった
太鼓の音とともに
勝手な予想だが、近隣から参戦していた人は夜もVRChatで延長戦みたいなことをしていたのだろう。
かたや俺は、家に帰ってきた時点でぐったりしていた。
万歩計を確認したら歩数が24000歩になっていた。そりゃあくたびれるよ。
下半身にじんわりと滞留する疲労感を覚えながら、再び村上春樹の『遠い太鼓』を開く。
村上がアテネでフルマラソンをした際のシーンを読む。
マラソンほどではないが、現実でもタフに動き回った後に小説でも運動のくだりを読むと、脳にズシンとした重みが生まれたから入眠導入としてちょうどよかった。
村上春樹は、どこからか太鼓の音を聞いて旅行に駆り立てられたらしい。
ならば俺は、『遠い太鼓』を通して村上が聞いた太鼓の音の内容を起爆剤として、2日間を動き回ってきたわけだ。
そしてまた、太鼓の音を心で聞きながら、眠りにつく。
日常がまたやってくる。
それまではまどろみの中で、思い出の残滓に浸っていよう。
またいつか、太鼓の音が聞こえるその時まで。
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