焦点:試験漏洩で打ち砕かれた希望、若者たちはなぜモディ政権に抗議したか

ニューデリーで、教育相の辞任を求めて抗議活動を行う人々
7月24日、ニューデリーの「ジャンタル・マンタル」で、教育相の辞任を求めて抗議活動を行う人々。REUTERS/Sahiba Chawdhary
[シータマリー(インド)/ニューデリー 3日 ロイター] - インド北東部ビハール州出身のアショク・クマールさんは、モディ首相によって自分の人生が良い方向へ変わったことを知っている。
幼い頃、アショクさんは農家の両親が生活費を工面するのに苦労する姿を見て育った。そして、モディ氏が2014年に首相へ就任してから状況が変わったことも覚えている。政府は低価格の調理用ガスや農家への直接補助金などの支援を拡充し、アショクさんと弟アビシェクさんにより良い未来への希望を与えた。両親はその恩に報いるように、3度の選挙でモディ氏に投票した。
しかし先週、25歳になったアショクさんは、ニューデリーにある18世紀の天文観測施設「ジャンタル・マンタル」の近くで、モディ政権への抗​議デモに参加していた。抗議活動を主導したのは「ゴキブリ人民党(CJP)」と呼ばれる風刺的な政治運動で、若者たちの不満の代弁者となっている。
騒動の発端は、政府が全国医科大学入学試験の問題流出を受け、約200万人分の試験結果を無効にしたことで、対象者には弟アビシェクさん(20)も含まれ‌ていた。インドではこうした全国統一試験が中流階級への重要な登竜門となっている。世界最大の人口を抱えるこの国では、外交官や行政官だけでなく、事務職員や森林管理官に至るまで、数多くの公務員職への道が厳しい試験によって選別される。受験生は何年も勉強し、少なくない費用を投じて準備する。
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合格の難易度は、統計的に米ハーバード大学合格より高い場合もある。だがその見返りとして得られるのは、生涯にわたる雇用の安定や年金、住宅手当など、民間企業では得難い手厚い待遇だ。一方で、マルセラス・インベストメント・マネジャーズによると、民間企業の雇用増加率は20年以前の10年間の年平均11%から現在は3%へと鈍化している。
ロイターが公的記録と報道を調査したところ、14年以降に少なくとも24件の試験で問題漏えいを理由に結果が無効となっていた。しかし今回は状況が異なり、インドで数十年ぶりともいえ​る大規模な抗議運動へ発展。ニューデリーをはじめ各地で数万人が街頭に繰り出し、大衆と「鉄飯碗」とも呼ばれる安定した公的職業との間に立ちはだかる試験制度の度重なる不正や管理不備に怒りをぶつけた。
4年前、アショクさんは小さな荷物を持って故郷ビハール州を離れ、1000キロ以上離れたデリー首都圏へ移​住した。修士課程を修了し、公務員試験の受験予備校に通いながら、何度も国家公務員試験に挑戦したが合格できなかった。その後、弟アビシェクさんも競争率の高い医科大学入試に備えるためデリーへやって来た。
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こうした若者たちの不満は、教育問⁠題だけにとどまらない。ロイターが6日間の抗議活動で取材した数十人の話では、経済格差の拡大、若年失業率の高さ、言論の自由の後退など、モディ政権へのさまざまな不満が渦巻いていた。政府統計によると、30歳未満の若者が失業している確率は、国民平均の約3倍に達する。
学生たちは70代のモディ首相や閣僚たちを揶揄する過激な言葉を書いたポス​ターを掲げ、約9億人に上る35歳未満の若者を抱える国を統治する強力な指導者として築かれてきたモディ氏の「無敵」のイメージに挑戦した。
インド首相府はロイターのコメント要請に応じなかった。ただこれまで政府は、失業危機を誇張だとして退け、経済の基礎指標は依然として健全だと主張している。
<抗議活動の成果>
ゴキブリ人民党の名称は、今年初め​にインド最高裁判所長官が失業中の若者をからかったように見えた発言に由来する。長官は後に、自身の発言は誤解されたと説明した。
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7月20日には、推計で5万人余りが国会への行進を試みた。警察との激しい衝突になったが、その様子はオンラインで拡散され、多くの国民の共感を呼んだ。抗議の輪は年齢や階層を超えて広がり、ボリウッド俳優らも交流サイト(SNS)で支持を表明した。
アショクさんは腕のあざを見せながら「国人は普段、宗教やカースト、言語によって分断されているが、教育を巡ってこれほど団結したのは初めてだ」と語る。
デリー首都圏警察は取材に応じなかったが、これまで抗議活動への対応は適切であり、7月20日の衝突では警官118人が負傷したとしている。
やがて抗議活動は成果を挙げ、主要な標的とされていたプラダン教育相が辞任。モディ氏としては異例の譲歩だった。その後、政府​は試験問題漏えいに対する罰則を強化し、試験制度全体を見直す委員会の設置を発表。問題漏えい後に自殺した受験生の遺族への補償や、抗議参加者の訴追断念も決定した。
<貧しい農村からの脱出手段>
インドの世界有数の経済成長は、1990年代に長年の保護主義を捨て、海外企業を受け入れ始めたことで幕を開けた。その後、インドは独自の巨大企業も育成​し、ウォール街やシリコンバレー向けの業務受託サービスなどで成長した。現在では約5億人の中間層を抱えるまでになっている。
しかし、その繁栄はビハール州のような貧しい地域では遠い存在に感じられる。ロイターの記者が訪れたクマール家の自宅は、農業に依存する村にあった。中庭には糞が散らばり、水牛がつながれていた。そのミルクを母親が売って、父親に‌よる稲作収入を補っている。
5月⁠の医科大学入試結果が無効となったことで、アビシェクさんは大きな打撃を受けた。既に同試験に3度挑戦していたアビシェクさんは「医者になれば、母にアクセサリーを買ってあげたり、家にテレビを置いてあげたりできると思っていた。どれだけ勉強すればいいのか。もう一度こんな受験勉強をやる気力はない」と明かす。今では新しいサンダル代を親に頼むことすら気が重いという。
兄のアショクさんもまた、10代の頃から公務員を目指していた。ビハール州の若者にとって、公務員は農村から抜け出す数少ない手段の一つだったからで、自宅で受験勉強を続け、停電時にはランタンの灯りで学ぶこともあった。ところが「努力さえすれば報われると思っていた」というアショクさんの思いを相次ぐ不正事件が打ち砕いた。特にビハール州では不正が頻発。15年には、受験生の家族や友人たちが試験会場の建物をよじ登り、窓から解答を渡そうとする写真が世界中で報じられた。
24年にも州公務員試験の問題流出疑惑を巡って抗議活動が起きたが、州政府は限定的な不備しかなかったと説明し、結果を認定した。
しかし次の試験段階に進むための基準点にわずか10点届かなかっ​たアショクさんにとって、その判断は何の慰めにもならなかった。この4年間で受験​した7回は全て不合格。費やした費用は1万米ドルを超え、そのほとんどは父親が苦⁠労して貯めた貯金だったという。
現在暮らしているデリーの狭い賃貸部屋には、壁紙がはがれた壁にポスターが貼られている。その一つにはヒンドゥー教僧侶の「立ち上がれ、目覚めよ。そして目標を達成するまで止まるな」との言葉が記されているが、今のアショクさんには、その言葉はむなしく響くだけだ。
アショクさんは「公的試験制度自体が、ほぼ崩壊してしまった」と言い切った。
<成功者の女性も合流>
ディビヤ・ウニーさん(41)は、インド経済成長の恩恵を受けた成功者の一人だ。経済自由化が始まった頃、ウニーさん​はまだ子どもだった。大人になる頃にはインド版「ヴォーグ」誌で働き、その後は俳優兼映画監督として活躍。フェミニズムをテーマとした短編映画はユーチューブで数百万回再生されている。
そんなウニーさんも7月、ジャンタル・マンタル​での抗議活動に加わった。群衆は「インキラーブ⁠・ジンダバード(革命万歳)」と叫び、スピーカーからはマイケル・ジャクソンの1990年代の抗議歌「They Don’t Care About Us」が流れていた。
ウニーさん自身も政府に不満を抱いていた。映画業界がヒンドゥー民族主義を題材にした作品を重視するようになったことや、賃金の伸びが物価上昇に追いついていないことなどだ。
しかしウニーさんがデリーに来た最大の理由は自分のためではなかった。家政婦のマムタ・シンさんの娘で21歳のシムラン・シンさんと親しい関係を築き、彼女が試験結果無効化のために深く落ち込む姿を見ていたからだ。
何か力になりたいと思ったウニーさんは、夫とともに17時間の列車旅を経てデリー首都圏へ向かった。亡き母のサリーを身にまとい、花飾りを髪につけて行進。「この国の子どもたちの未来のために何かを応援したかった」と語った。
家政婦のマムタ⁠さんもまた、クマール​兄弟と同じビハール州出身。娘シムランさんにより良い未来を与えるため、ムンバイへ移住した。
試験結果が無効になるまでは、その選択は成功しているように見えた。長時間働いて得た収入の中から、​毎年3000ドル以上を娘の受験指導に費やしていた。シムランさんも期待に応えようと必死に勉強し、友人との交流を断っていたという。
試験後、シムランさんは500点超取れたと考え、それなら医科大学進学は十分可能だった。しかしその後、試験不正疑惑が報じられるとシムランさんは2日間部屋に閉じこもり、食事も取らなかったという。
さらに政府は「学生たちの利益のため」として試験結果の無効化を発表し、問題流出について連邦捜​査機関に捜査を要請。6月に再試験が行われたが、シムランさんは再試験前の段階で医学部進学をあきらめ、より一般的な進路へ進む決断をしていた。
マムタさんは「娘は今21歳で、1年後には22歳になる。そしてまた同じことが起きるかもしれない。こんなことを一生繰り返すのだろうか。娘はいつになったら自分の人生を生きられるのか」と問いかけた。

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トムソン・ロイター

Aftab Ahmed is Reuters' South Asia Chief Correspondent for Politics, based in New Delhi. He leads coverage of political developments, government policy, defence, security and elections across South Asia. During his career, he has reported on some of the region's most significant stories, including India-Pakistan tensions and conflict, India-China relations, civil unrest and protest movements, and major economic and business developments. His reporting provides readers with on-the-ground insight into the political, diplomatic, security and economic forces shaping South Asia.

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Aditya Kalra is the Company News Editor for Reuters in India, overseeing business coverage and reporting stories on some of the world's biggest companies. He joined Reuters in 2008 and has in recent years written stories on challenges and strategies of a wide array of companies -- from Amazon, Google and Walmart to Xiaomi, Starbucks and Reliance. He also extensively works on deeply-reported and investigative business stories.