食品消費税1%への引き下げは「やるも地獄・やらぬも地獄」
0.本稿の位置付けとあらかじめ結論
(1)本稿の位置付け
本日(8月3日)午後、自民党内の税制調査会・社会保障制度調査会の平場(全議員が参加可能な会議)が開催され、100人以上の議員が参加する中で、懸案となっている「食品消費税を1%まで引き下げること」について、先週から数えて3回目の議論が行われた。
先週に続いてそこでも賛否両論が噴出したが、最終的に小野寺五典税制調査会長が「選挙で約束したこと」として一任(事実上、高市総理の判断の通りに進めること)を取り付けた形となった。
この問題は、今後のわが国の経済、財政、金融だけでなく、国民生活や自民党の在り方に対しても大きな影響を持つと考えられるため、本日私が発言した内容を補足しつつ、現時点での私の「食品消費税1%への引き下げについての考え」をここにまとめておきたい。
(2)あらかじめ結論
私は食品消費税を引き下げることについては基本的に反対。ただし、高市総理がこれだけ「公約」であり「国民との約束」と言い続けてきたからには、今回はやらざるを得ないという立場。
地元でも「やらなければ民意が離れる」「来年の統一地方選挙が大変」との声が多い。つまり「やらなければ地獄」。
一方で、財源の裏付けがないまま進むのは大きなリスク。経済界等の反対も強く、党内の意思統一にも程強い。つまり「進むのも地獄」。
そもそもこのような「進めば地獄、退くのも地獄」を招いたことが間違いであり、こうした事態を招かないように進めるべきであった。
しかし、かくなる上は、「進んでも地獄にならない道」を探る必要がある。
①国会論戦までに財源などの技術的な部分をしっかり詰めること(財務省・官僚を上手に使うこと)
②われわれ自民党の国会議員や地方議員がワンボイスで国民に説明できる分かりやすい説明ぶりを整理し、党内融和・意見の統一を図った上で、一致結束して高市総理を支える体制を作ること
2.本日述べた私の意見(若干の補足を含む)
(1)やらなければ地獄
地元で自民党支持者や地方議員に意見を聞くと、概ね「食品消費税は絶対に下げなきゃダメだ」と言われる。
その理由を聞くと、「これだけ高市さんが国民との公約といい、絶対やると言っているのに、それを潰したら自民党から民意が離れる」とか、「来年の統一地方選挙が厳しくなる」という意見が多い。
つまりそれを一言で言えば「やらなければ地獄」ということだろう。
(2)減税しても地獄
一方で、減税することへの懸念も根強い。
①財源が明確でないまま進んだ時の財政拡張への懸念(円安・金利上昇のリスク)
②経済界、地方自治体(地方財政の穴)、社会福祉関係者、農業・外食関係者など、多方面からの非常に強い反対の声
③国民会議では学者・有識者からも反対意見が多く、国会で議論がまとまる目処が立たなかったこと
④党内の強い反対に対して丁寧な議論や説明がないまま進もうとしていること
特に④については、これまで数々の政権が命運をかけて少しずつ引き上げてきた消費税にはそれだけ重い意義があり、国民のため、この国の将来のために必要だとしてその都度意思決定をしてきたはずだが、その流れを、丁寧な議論もなくトップダウンで反転させるようなやり方は、党内に大きな禍根を残すのではないか。
これは、高市政権の危機だけでなく、自民党全体の危機につながりかねないし、そうした危うさを感じているのは私だけではないのではないか。
つまり「減税するのも地獄」。
「減税しなくても地獄、減税しても地獄」。
本来であれば、このような状況に高市総理を追い込むべきではなかった。
なぜこのようなことになったのかは付論で考察したい。
(3)「進んでも地獄にならない道」
それでも「減税しなくても地獄、減税しても地獄」という状況になった以上は、「何もやらずに地獄を招く」のは最悪である。
そうであれば、「減税した上で、地獄にならない道」を探ることが次善の策であろう。
本日の会合で私は、「そのためには、財源の議論や党内の意見集約にもっと時間をかけるべき」と発言したものの、最終的に「小野寺五典政調会長に一任」となり、私の意見は聞き届けられなかった。
3.改めて「減税した上で地獄にならない道」を全力で探るべき
本日の会合での「一任」を受けて、今後は党内手続きが進み、「小野寺国民会議議長案=高市総理案」で法案づくりや制度設計が進むことになる。
一方で、このまま進んだ上で、どうすれば「地獄」を回避できるか。
私は以下の2つが必要と考える。
(1)財務省・財務官僚の能力を最大限に引き出す
本日示された程度の財源や制度設計の内容であれば、この秋の臨時国会での議論を乗り切るレベルには全く届いていない。
この国会での論戦を乗り切り、法案を通過させるためにも、まずは財源問題や制度設計をはじめとする技術的な課題に対して、完璧な回答を用意することが必要となる。
そしてその先で、2年後の給付付き税額控除の制度設計も着実に進めることになる。
給付付き税額控除はわが国の税制の大きな転換点になるため、今回の減税よりも、こちらの制度設計の方が余程重要性が高い。
そのためにも、今後は財務省・財務官僚の協力が欠かせない。
彼らが喜んで働き、知恵を出す環境をどうやって整えるか。
簡単ではないが、それが「減税をしても地獄にならない」ための必要条件と私は考える。
(2)党内が一致結束できる環境づくり
そして党内に対しても、引き続き丁寧な説明を尽くすこと。
本日の議論を通じても、「公約だから」「高市総理の決断だから」という理由以外に、なぜ国民のために減税が必要なのか、なぜ給付ではなく減税なのか、それは将来への責任を果たしていることになるのか、まだまだ党内の理解が十分とは言えない。
われわれ自民党の国会議員だけでなく、地方議員の皆さんが説明しやすい、国民の皆さんにとってわかりやすい説明の仕方を整理すること。
そして、高市総理を先頭に、すべての自民党の国会議員・地方議員がワンボイスで、その説明を丁寧に、日本全国で繰り返し行うこと。
その際には、「導入から2年後に必ず8%に戻すこと」も「公約」として全員が説明し、その「公約」も守ること。
そうすることで、市場の信認も、強硬な反対意見を持つ皆さんの理解も一定程度得られるのではないか。
そのための党内環境を整えることも重要になる。
これはもっと難しい。
本日の合同会合の雰囲気は、党内融和・一致結束には程遠かった。
それでもやらなければならない。
これをやることが今回の危機を乗り切る十分条件、と私は思う。
高市総理の高い人気に、自民党議員・組織の経験と知見という裏付けを与え、各省庁の優秀な官僚の能力を最大限に引き出せば、「進んでも地獄にならない道」はきっと開ける。
幸いまだ、法案を国会で議論するまでは少しだけ時間がありそうだ。
そして来年の統一地方選挙、再来年の参議院選挙まではもう少し時間がある。
それまでに、上記のような「減税しても地獄にならない道」、「国民のためのベターな道」を全力で探るべきであると私は考える。
(付論1)なぜ「進まなければ地獄、進んでも地獄」になったのか
本来は「減税しなければ地獄、減税しても地獄」という状況へと高市総理を追い込んではいけなかったと私は考える。
なぜこのような状況になったのだろうか。
私は2つの原因があるのではないかと考えている。
1つ目は、財務省との確執である。
2月の衆議院選挙から半年経っても、財源問題がいまだにほとんど詰まっていないことに愕然とする。
これが「公約」であり、選挙から「半年」という期間があったのであれば、財務省・財務官僚にもう少しまともな制度設計と財源問題への回答を準備させることがなぜできなかったのか。
私はその背景に、官邸が財務省・財務官僚の能力ややる気を引き出せていないからではないかという仮説を持っている。
財務省に対しては、世の中には様々な毀誉褒貶が渦巻いているが、私の経験上、極めて優秀な官僚の集まりであり、必要があれば「白を黒と言う完璧な理屈」を考えだす知恵と国への忠誠心を彼らは持っている(だからこそ様々な毀誉褒貶があるのだが・・・)。
その財務省の力を持ってしても、財源や制度設計をめぐる知恵が出て来ないのは、能力不足ではなくその能力を引き出せていないからだと思われる。
なるほど高市総理の周辺は、財務省のことを嫌っている人が多いと言われている(そのように党の部会で公言する人もいる)。
仮にそうだとしても、「国のため・国民のため」にその能力を最大限に発揮させることが総理大臣と官邸の責務ではないか。
この食品消費税の引き下げは「つなぎ」と言われていて、その先にさらに制度設計が難しい「給付付き税額控除」が待ち構えている。
これからの議論に向けても、優秀な財務官僚の能力を発揮させない手はない。
そのためには、財務省が好きか嫌いかではなく、財務省・財務官僚に「食品減税の意義」と「それが国民のために必要であること」を腹落ちさせ、彼らの士気を高めるような工夫と丁寧なコミュニケーションが必要ではないか。
2つ目は、党内の意見集約のための知恵と工夫である。
上記でも書いたが、数々の政権がその命運をかけて「国民のため」「この国の将来のため」として少しずつ引きあげてきた消費税について、なぜ今その引き下げが必要なのか、今回党内でどれだけの議論をしただろうか。
それに対する本日の賛成派の意見のほとんどのは、「公約だから」とか「高市総理の決断だから」というものであった。
前者は、自民党として選挙に勝つための論理であり、選挙後の情勢の変化を踏まえた上で国民にとって何がベストかという視点が不十分である。
後者については、高市総理に従い、総理を支えているようで、高市総理に責任を転嫁しているだけであることに、果たして発言者は気づいているだろうか。
彼らは、「食品消費税引き下げを公約に掲げ、その実現を決断した高市総理」に対して、仮にこの政策が失敗した場合の責任を全面的に負わせることになっているのに気づいているだろうか。
自民党は「責任政党」である、と言う。
そして「責任政党」とは、「この国の過去と現在だけでなく、未来に対しても責任を負うこと」である、と言う。
今回の政策変更が、果たして「責任政党」の名に相応しいのか、どれだけ真剣に自問自答しただろうか。
自民党が「責任政党」として、本当に高市総理を支えて進んでいくのであれば、財源や制度設計を緻密に詰め、丁寧な議論を通じて党内の融和と意見の集約を図り、自民党の組織と経験を結集して高市総理を支える体制を作ることが必要であり、今からでも全力でそれを目指すべきと私は考える。
(付論2)高市内閣・高市総理のコミュニケーションについて
私は昨年の自民党総裁選挙で、高市総理ではない候補者を全力で応援していた。
それでも、総裁選挙終盤での高市総理の執念と迫力については、私は感動さえ覚えた。
敗れたとはいえ、天晴れと感じた。
そして年明けの解散の決断と衆議院選挙での鬼気迫る国民への訴えは、我が党のリーダーとして、一国のリーダーとして、とても力強く感じた。
その背景には常に、「国民のために全てを投げ打つ」という覚悟が感じられた。
その高市総理のコミュニケーションが若干変質している気がする。
最近のコミュニケーションには、「国民のために」という覚悟が後退し、「私がこれだけ頑張っているのに」というような苛立ちのようなものを感じているのは私だけであろうか。
しかし、一国の総理が「公人」である以上、その発信には「公的な意味合い」が含まれることになり、政策の信頼度やその遂行に大きな影響を与えてしまうことは言うまでもない。
例え個人的なSNSなどの発信であっても、官邸・党執行部がチームとして、その内容が適切か判断し、微修正することも必要ではないだろうか。
そして何よりも、高市総理のコミュニケーションの変質の背景に思いを致し、総理の心身のコンディションを整え、大事な場面で総理が「国民のために全てを投げ打つ」と胸を張って言い続けられる環境を整えることも必要ではないだろうか。
以上


進まぬ地獄は自民党の地獄、進む地獄は国民と将来の国の地獄(円安・金利上昇)。 党利党略のためでなく、今こそ責任政党として国民のために、将来のためにどうあるべきか、そのために何が…
人気と票欲しさに野党に倣って公約に掲げた事がそもそも間違いだったというだけの話では