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人らしいヒト/お茶🍵の小説

人らしいヒト

6,153文字12分


どことなく人並外れた存在は、どうしようもなくただ一人の人間だった。

※注意事項※
・このお話の全ては捏造です!
・交際を始めてから暫く経ってるよだつか
・同棲してる
・夜鷹が思ってる以上に人間だったらいいよなから生まれたもの

夜鷹に司を肯定させることが出来なくていつも苦しんでいる。司先生の魂を肯定するのはいのりさんの役目だから…およよ…

何かあればX(@Cha_mqzu_1yO)の方までよろしくお願いします!語らえる人が増えたら泣いて喜びます

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 ──夜鷹純と、喧嘩をした。
 
 きっかけはなんだっただろう。灯りもろくに無いリビングのソファに腰掛けて、タブレットの液晶をトタトタと叩きながら息をつく。
 きっかけらしいきっかけは、きっと存在しない。スケートに対する熱意と、教育方針の齟齬──暗がりにひっそりと立ちながらも存在感の酷く強いあの崇高な男とは、氷の上のことでいつも酷く衝突する。
 とた。とた。
 あの憧れ焦がれた存在と所謂"恋仲"という謎の関係になってから、もう暫く経つ。言葉の足りない夜鷹に対して引き下がるのはいつも司だった。最初こそはその口数の少ない言葉をそのまま真に受けてショックを受けることもあったが、ただ言葉が足りないだけなのだということを理解してから、言葉尻から司の気分を害すまいという小さな気遣いを汲み取れるようになってきた。何を言われても、結局のところ「全く仕方がないなぁ」で済ませてしまうところ、司も夜鷹に対して甘々ではあるけれど。

 ──それでも、スケートのこととなると話は変わってくる。

 スケートに対する熱意は、互いにあまりにも大きすぎた。氷の上でしか息が出来ない男と、氷に恋をし続けるかのように氷への執着を手放さない男。実績の形は違えども、お互いが同じぐらいの熱量でスケートを愛している。お互いがスケートに対する愛と同じぐらい、お互いに認められない思考を持っている。
 いつもは「仕方ないなぁ」で引き下がる司も、スケートのことになると話は別だった。実績を出せなかったちっぽけな誇りは崇高なメダリストには届かなくとも──その誇りを自ら踏みにじることができるほど、司は今までの自分の人生を否定したくはなかったから。

 とた。 とた。
 もう何度目かも分からないため息を吐く。いのりのために纏めていた自分だけのレポートは、気付けば呪詛のように「純さんごめんなさい」の文字で埋まっていた。司の無意識が生み出した呪詛たちは、彼の自覚がないまま生み出されたために消されることもない。
 スケートに対する愛情の大きさはお互いに理解しているので、最早"衝突しない"を諦めたに近い。もう数え切れないほど衝突して、数え切れないほど心を痛めてきた。引くに引けない争いは、煮えたぎった激情が冷めた後にジクジクと痛み始める。決して引けない争いだったとて、誰が愛する人を傷付け傷付けられることに慣れようか。
 とた。    とた。
 時刻は深夜一時を回ったところだ。明日も朝早くからバイトがある。そろそろ寝なければ次の日が大変だと言うのに、ジクジクと傷む心が司の動きを抑圧してくる。ここでようやく、液晶の向こう側に生まれた呪詛のような言葉たちの存在に気付いた。言い紛れもない、今ここにいない恋人に対する本心が、恐ろしい程に連ねられている。

「────…純さん、ごめんなさい…」

 冷たい液晶をなぞりながら、蚊が飛ぶような小さな声で呟いた。あまりにか細く、小さな声だ。情けなく言葉尻が震えて、涙が出てきそうなほど。じわりと時空が歪んだみたいに視界が溶けて、目尻に涙が溜まる。
 あの良く耳に馴染む低い声が聞きたい。あの月みたいなうつくしい瞳を見たい。あの細く綺麗な髪に触れたい。声が聞きたい。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
 瞬きをすることもなくしていると、大粒の涙がぱたたっと液晶に落ちていった。心の中で羅列する謝罪の言葉は止まない。もう既に寝室に引っ込んでいってしまった恋人の傍に行きたくてやまない。けれどもそんな勇気もなく、今日はこのままソファで寝るかと涙を拭おうとしたところで、

「司」

 ──ひたり、と、冷たい手が後ろから伸びてきた。
 白魚のように綺麗な手が、むにっと司の両頬に触れる。パッと見あげると、少しだけバツの悪そうに眉を寄せた夜鷹がそこに居た。司が名前を呼ぶ暇を与えることも無く、目と目があった瞬間に端正な顔が近付いてくる。

「じゅ、ん、さ──ンむ」

 少し乾燥しているが、柔らかい夜鷹の唇が額に触れた。その後に目尻、頬、そして唇に触れるだけのキスが降ってくる。手持ち無沙汰の両手は、涙に濡れた頬を懸命に撫でていた。
 はふ、と息をしてぽかんとしたままの司を置いてけぼりに、夜鷹は背後からソファに座ったままの司の隣に回る。そのまま司の腰に両腕を巻き付けて、夜鷹はふっと静かに息を吐いた。

「…ごめん」

 夜鷹はこちらを見ない。司の腰に巻きついたまま、くぐもった声の謝罪が聞こえてくる。そのままぐりぐりと額を身体に擦り寄せて来る態度が司には実に愛らしく見えた。

「君の…、君のすべてを、そっくりそのまま肯定することはできない。僕が言うことを、そっくりそのまま否定することもできない」

 分かっている。司を肯定するということは、今まで夜鷹が培ってきたもの、戦ってきたものの全てを否定することになる。
 そして己を否定することもまた同じ。自分の行いを拒絶すれば、その瞬間に夜鷹純という存在は意義を失う。
 そんなこと司にも分かってる。今まで何度も何度も直接言われてきたことで、何度も何度も思ってきたことだ。
 それでも、司にとってもそれは同じことだった。夜鷹を肯定することは、教え子の成した奇跡やこの先のを否定するということであり──司の全てを否定することは、人生を賭けた教え子の目指す先を否定するということだ。あの日冷たい気持ちを抱えて生きてきた日々があったから、教え子の今に活きるものがあるのだから、夜鷹の全てを肯定する訳にはいかなかった。

「僕は僕の意志を曲げる気は微塵もない。でも───…君のことを、深く傷つけてしまったことはわかるから」

 司の背後に忍び寄ったとき、偶然見えてしまった。偶然聞いてしまった。
 ごめんなさいと綴られた文字たちと、今にも消え入りそうな声。いつも太陽のように溌剌とした明るさを振りまく司には似合わないほどの湿度。この底抜けに明るい存在に、そんなものをもたらしたのは自分だと、夜鷹はその時、真に理解した。
 いつも我慢させている自覚はある。圧倒的に言葉が足りなくとも、理解に及んでくれる友人がずっと居てくれたから、慎一郎のように自分から歩まずとも司も"そう"なってくれると甘えていた。実際、要領のいい司は、慎一郎と同じぐらいに夜鷹を"理解"できるようになったが、結局は司が普通に折れただけだ。
 だから、こういう時。司が後を追いかけてこない時、妙に寒くなる。いつもぴかぴか光ってやまない太陽が失われて、大好きな氷の上よりも冷たい空気に心が凍らされる気がした。
 けれどもそれは、司も同じなのだ。いつも理解を示してくれる司に甘えきっていたせいで、いざ否定されると傷つくように──司もまた、愛しいものを傷付けた自覚で心を凍らせている。
 誰にも聞こえないような、誰にも聞かせないような小さな声で紡がれた司の言葉を聞いて、夜鷹はたまらなくなってしまった。

「ごめん、司」

  ──君を肯定できなくて。
    ──君を深く傷付けて。

 もぞもぞと顔を動かして、司のとろけるような琥珀色の瞳と視線を合わせる。涙に濡れた瞳は、水飴のようにきらきらと輝いて見えた。
 紛れもない本心からの謝罪に対して、司は目を丸くしたままだ。瞬きを忘れた瞳から、ゆっくりとまた一筋の涙が流れる。まだ泣いてる…と内心夜鷹が少し焦りを感じたところで、司がふっと息を吐いた。柔らかい目尻と、少しだけ上がった口角。愛しくてたまらないといったような微笑みに、目を奪われる。

「俺の方こそ、ごめんなさい。あなたのこれまでを誰よりも知っているぐらい追いかけてきたのに、その道を否定するようなことを言ってしまって」
「…いいよ、そんなの。気にしてない」
「俺が気にするんです。ごめんなさい、純さん」
「…うん」

 腰にまとわりついまままの夜鷹の、サラサラとした綺麗な黒髪を指先で弄ぶ。ふわりと靡かせて遊んでいると、自分と同じシャンプーの香りが鼻をかすめた。
 今宵の夜鷹は、実に珍しい。スケートのことで大喧嘩をしたとしても、仲直りはいつも翌日に司の謝罪から始まるか、数日かけて互いの怒りの消沈を待つかのどちらかだった。剛鉄の心臓でも持っていそうなほど、喧嘩後に表情の変化を感じさせてこなかった夜鷹だったが、今夜はやけに必死そうだ。自分の感情を言葉にして吐露しなくとも、見つめてくる瞳の揺れ具合だけでその必死さが伝わってくるほどに。

「珍しいですよね、そんなに必死なの。そんなに俺と仲直りしたかったんですか?なーんて…」
「そうだよ」
「えっ」
 
 揶揄うようにして放った言葉に帰ってきたのは即答だった。同時にむくりと身体を起こした夜鷹の、うつくしく輝く金の瞳に射抜かれる。

「君に嫌われたくないと心の底から思ったから。…それに、君が隣に居ないベッドは寒すぎる」
「────…」

 ──目の前に居るのは、"人"だ。漠然とそう思った。

 夜鷹純に対する印象を世間に問われた時、恐らくは大半の人間が「傍若無人が服を着て歩いている」という表現と近しい感想を抱くだろう。言葉は少なくて、存在の圧で周りを萎縮させる。ただ頂点に君臨し続けることだけを礎に、氷の上に居た王様。メディア露出の少ない夜鷹の印象がこのように完成してしまうのも仕方ないと、司も思う。
 司の夜鷹純に対する印象も、恐らくは世間と大差ない。そもそも、面と向かって初めて出会い恋仲に終着するまでの間、夜鷹純の圧倒的な王様たる一面を結構な頻度で浴びてきたのだ。傍若無人、唯我独尊、我が道を往く孤高の王──多少悪口めいた評価を聞いたところで、確かに!と声高らかに賛同してしまうほどである。
 けれど、箱の向こう側で初めて、本当に初めて見た夜鷹純を、悪口めいた評価に当てはめることはできない。
 司にとって夜鷹純とは、今の明浦路司を生み出した至高の存在である。氷の上に乗り、刃を持って舞う姿は神の御使いかと思うほどうつくしく──されど、玉座に差し迫るために氷で研がれた刃を振るう姿は、まるで悪魔とも呼べるほど恐ろしく映った。
 ただの一度の演技だ。フィギュアスケートのフの字も知らない純粋な少年を、ただの一度の演技だけで底なし沼に引き落とした。司にとって夜鷹純とは、至高の存在であり指標のことだ。そんな夜鷹純を神と崇拝しているとまではならなくとも、とても同じ人間という括りには入れられない。
 
 それが、どうだろう。

 愛する人から嫌われたくないと言った。
 隣にいないと寒いとも言った。
 傷をつけたのが分かるとも言った。
 人ならざるものとは思えない言葉だった。

 黄金と目が合っている。さらさらとしたきめ細やかな黒い頭髪。重い槌ですら乗せられそうだと思うほどに長いまつ毛。白魚のように綺麗な肌。細身であっても、力強く逞しい身体のすべて。どこを見ても完成された存在なのに、人間的な激情を持っているのだ。
 夜鷹純は意外にも、ちゃんと人間をしている。

「…純さんも、意外とちゃんと普通の人間なんですね」
「……。……何言ってるの、君」

 思ったことをそのまま口に出せば、うつくしいかんばせが小さく歪む。だのに、そのうつくしさが崩れることは無い。──人じゃない。吐き出された言葉の真意を探ろうと夜鷹は少しだけ考えて、悩む素振りを挟む。──人だ。

「いや…あの。もっとこう…我が道を往くって印象が強すぎたので…なんだか意外で」
「行ってるでしょ、我が道」
「そうですか?」
「そうだよ。わからない?」

 二人の世界から除外され、完全に沈黙したタブレットを司の手から奪い投げ、夜鷹は自らの指を司の大きく太い指に擦り寄せる。ひえっと喉を鳴らす司を他所に、再び唇にキスを降らせた。

「恋人に嫌われたくなくて、繋ぎ止めておくのに必死になってるただのオトコだよ、僕は」
「オワ…………」

 それは我が道を往くとは言わない。蚊の鳴くような小さな声で呟いても、そんなの知らないよと言わんばかりのキスが降ってくる。
 つまり、あれか。嫌われない為に、必死になってご機嫌取りをしていると。恋人が喜びそうな触れ合いをして、何処にも行かないように閉じ込めていると。自分の意思で、相手の意図など知ったこっちゃなく。
 それは我が道を往くとは言わない。もう一度呟いても無視された。元々、恋人同士の触れ合いに相手に対する遠慮など必要ない。相手から求められればその時の感情がどうであれ、喜びに振り切れるのは必至なのだから。

「君が居なければ陸の上での息の仕方が分からなくなる。それほどまでに僕は君に心酔しているただのニンゲンだよ。君が崇拝している夜鷹純とはきっと程遠いだろうな」

 伏せられた金の瞳に対して、司はぱちくりと琥珀を瞬かせた。司は特段、夜鷹純を崇拝しているとは思っていない。確かに、初めてテレビの向こう側に映る夜鷹純を見た時は、人ならざるものだと近くしてしまった節はあるが、氷の上でも陸の上でも、夜鷹純は夜鷹純だ。
 夜鷹純に対して崇拝できる部分があるとしたら、スケートに対する情熱ぐらいだろう。けれど、一個人である夜鷹に対して、神たる態度を求めたりはしない。──夜鷹純と名のつく人間の出で立ち自体が素晴らしくて、たまに本当に同じ生物なのか疑ってしまうだけである。

「氷の上のあなたも、陸の上のあなたも、何も変わらない夜鷹純そのものですよ。あなたの立つ場所が何処であろうが関係ない」

 真っ直ぐすぎる視線で金色の瞳を射抜いたまま、力強く告げた。ぱちりと一度のまばたきのあと、逃げるように夜鷹の瞳は伏せられる。そのまま司の言葉をゆっくりと咀嚼して、夜鷹はいつにも増して小さい声で「そう」とだけ告げた。
 恐らくだが、これは照れているのだと思う。理想と現実とのかけ離れた差異に対する幻滅を、彼は想像以上に怖がっていたらしい。すりすりと指先を擦り合わせるのをやめないまま、司から移りゆく温もりに浸っている。
 なんて、愛らしいのだろう。珍しくむき出されている夜鷹の感情に、微笑みが耐えない。

「…もう遅いし、寝ましょうか」
「ん。はやく布団暖めて」
「はいはい」

 立ち上がり、差し伸べた手を当たり前のように取られる。細く真白の指が、力強く司の手を握った。
 崇拝していたら、手を繋ぐことすら烏滸がましいと思うだろうが、司は何も思わない。夜鷹にとって当たり前のような行動は、今の司にとって幸せの形以外に他ならない。
 目の前の存在は、神の使いのようにうつくしく滑り、悪魔のように他者を捉え、指標がごとく常に司の意識のどこかにいた。それでもこうして手を取って、隣に立つのが当たり前かのようにしているのは、どうあっても人間である。
 誰もが憧れ、焦がれてきた至高のヒトは、正しくただの人間である。

「おやすみなさい」
「おやすみ、司」

 夜鷹は司の。そして司は夜鷹の。
 隣にいて当たり前の、愛するただの人間である。

コメント

  • *遼*
    4月28日
  • S
    2025年5月16日
  • ししゃも
    2025年5月15日
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