コラム:日米協調介入、自力では円安を防げなくなった日本=植野大作氏

円紙幣。2022年11月21日撮影。
円紙幣。2022年11月21日撮影。REUTERS/Kim Kyung-Hoon
[東京 3日] - ドル/円相場が歴史高値圏で乱高下している。8月3日には一時155円23銭と5月6日以来およそ3カ月ぶりの安値圏まで急落する場面があった。23日に記録した39年8カ月ぶり高値の163円99銭から、わずか7営業日で5.3%もの急落だ。
片山さつき財務相は3日、大臣談話を発表し、7月31日(米国東部時間)に米財務省と協調して円買い介入を実施したと明らかにした。国内外のメディアによれば、30日と31日に2日連続でドル売り・円買い介入を実施した日本政府に歩調を合わせ、米財務省も30日にレートチェックを実施、31日にはユーロ売り・円買いの介入を行ったようだ。
この間、ベセント米財務長官は30日に「円は著しく過小評価されている」との見解を示し、他国の通貨に対して異例の口先介入を行ったほか、31日にはトランプ大統領主催の閣議で、手元のメモに「日本円買い50―100億​ドル」と記したまま置いたところがロイターに撮影・配信されるなど、新手の「画像介入」も行ったとみられている。
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30年近くに及ぶ筆者の為替予想生活において、日米の通貨当局がこれほど手の込んだ手法を用いて緊密かつ頻繁に為替介入で連携した事例は記憶にない。「口先」、「実弾」どちらの介入手法を用いるにせよ、日米両国が‌協力して行う「協調介入」の方が、日本だけが行う「単独介入」に比べて強いシグナル効果を発揮することは言うまでもない。
歴史的な円安による輸入コスト増に苦しむ国内企業に対し、最大4%近く安くドルを買う機会を与えた政府の手法は見事だった。この先しばらくの間、為替市場では日米協調介入への期待と警戒が入り交じり、日本政府による円安阻止の防衛線と目されている1ドル=160円界隈の水準が、目先のレジスタンスとして意識されそうだ。
ただ、もう少し長い目線で今後のドル/円相場の展開を考えた場合、日米両国による為替介入が放つシグナル効果だけで円安の進行を止め続けたり、趨勢(すうせい)的なトレンドを円高に転換させたりするのは困難だろう。以下、そのように考えている理由を4つ上げておきたい。
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第一に、昨今の円安進行の一因となっている日本の財政赤字拡大懸念を根本から払拭しない限り、為替介入という対症療法による円安抑止に永続的な効果は期待できそうにない。日本​の一般政府総債務残高の名目国内総生産(GDP)比は近年改善基調にあるとはいえ、依然として200%前後と主要通貨圏で突出して高い。このため、恒久的な財源の裏付けがない飲食品への消費税率の引き下げ、民間投資への財政支援、国防予算の増額などは日本の財政規律の弛緩(しかん)懸念を引き起こし、日本国債や日本円に対する売り圧力の発​生源になり易い。
国際マクロ経済学の基礎的理論であるマンデル・フレミング・モデルによれば、国境をまたがる資本移動を自由化している国が財政出動に動くと「良い金利上昇」とセットで通貨高圧力が発生するはずだ。日本でそれが起きずに「悪い金利上昇」と通貨安圧力が高ま⁠るのは、国内外の市場関係者が政府の財政規律を疑っている証左だと思われる。
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第二に、「中央銀行の独立性」という観点から近年の政府と日銀の関係を俯瞰(ふかん)すると、7月下旬に閣議決定された「骨太の方針」の本文に、2013年1月に締結された「共同声明」への言及が盛り込まれていた点が注目される。同声明の第1項には政府と日銀が「一体」となって政策連携に取り組むと明記されており、日銀がこれに同意した時点​で政府からの「独立性」は揺らいだとみることも可能だ。
また、声明文の第4項には首相が議長を務める経済財政諮問会議で金融政策についても定期的な検証を行うと書かれている。このため、同会議に出席する日銀総裁は原則として年に4回程度、内閣総理大臣の正面席に座って約15分程度の報告を行っている。国内外の市場関係者に公開される同会議の席次には、「一体」になって政策運営に取り組む両者のど​ちらに主導権があるかがにじみ出ている。
「中央銀行の独立性」が通貨価値の安定に必要不可欠であるということは、為替変動相場制を採用している国では広く共通認識になっている。現在の日本銀行に「通貨価値の番人」としての独立性が十分に確保されているか否かについては議論の余地がありそうだ。
第三に、近年の日米の金融政策に目を転じると、24年3月のマイナス金利解除を皮切りに日銀はこれまで5回も利上げした一方、米連邦準備理事会(FRB)は24年9月以降に6回も利下げを決定している。この間、両国の政策金利差は合計11回も縮んだが、市場の一部で信奉されていた「日米金利差縮小によるドル安・円高ストーリー」は実現せず、日本政府が24年中に15.32兆円、26年も5月までに11.73兆円ものドル売り介入を行ったにもかかわらず、39年8カ月ぶりの円安進行は阻止できなかった。
日米両国の物価目標2%を共通の尺度に見立てて政策金利の水準を比べた場合、米国の利下げは実質プラス圏での水準調整の範疇に収まっている一方、日本の利上​げはマイナス圏に没した状態での金融緩和の程度縮減の域を出ていない。米国と日本の実質政策金利のプラス・マイナスの違いが解消されない限り、名目政策金利差が縮まっても円高・ドル安基調への転換は起きにくい状況が続くだろう。
第四に、ドル/円相場の短中長期の変動を司っている売買注文の出し手の動きに着目すると、近年の日本で139円台までの円高が進んだのは、シカゴ​通貨先物市場などで短期売買を繰り返す投機筋がドル空売りの領域に踏み込んで円買いポジションを膨らませていた時期に限られている。24年の夏から秋に観測された円高局面は米国の利下げ開始期待によるドルの先安観が高まっていた時期であり、25年の春は米中関税戦争激化による米景気下振れ懸念が盛り上がった時期だった。
投機主導でドル弱気の売りポジションが膨らむ局面において、流動性の高い円は‌一時的にはドル売りの受け⁠皿になるものの、短期の利益獲得を目的に売買を繰り返す投機筋は、最初から「値上がりしたら売る」つもりで円を買っており、どこかで必ず反対売買を実施するので円高は長続きしない。投機筋のポジション変動は数週間から数カ月程度のドル円相場の振幅には強い影響を与えるが、中長期のトレンドへの影響は中立だ。
一方、投機主導で一時的に生じるドル/円相場の下振れが収束した後に現れる趨勢的なドル高・円安トレンドの担い手は、国内外の事業法人や個人の日常活動から恒常的に染み出ている貿易サービス取引の「実需決済」や、国外での利益獲得を目的に国境をまたいで動く「直接投資」など、日米の金融政策サイクルの方向性や為替介入の有無にあまり左右されずに売買の向きが安定している為替フローだ。
日本の貿易統計から試算されるドル決済の赤字から円決済の黒字を控除した「実需のドル不足」は足元で年10兆円規模に達しているほか、旅行収支の黒字を上回る輸送・デジタル関連収支などの赤字超過も年数兆円規模で発生している。金融収支に目を転じても、投資信託を通じた個人マネーの純流出額は年9兆円規模に達している上、現地利益の再投資を除いた日本企業の海外直接投資は過去1年間の実績で23兆円規模に膨らんで海外企業の対日投資8兆円を大幅に凌駕(りょ​うが)している。
近年の為替市場で進む歴史的な円安が、純粋な投機100%の産物であったなら、​日米協調介入によって制御し続けることができるかもしれないが、上記諸々の構造的⁠な円売りフローの所産であった場合、特定の水準に長く留め置くのが早晩困難になる時期が来る可能性が高いだろう。「24年の春先以降、米日政策金利差が11回も縮まる中で日本政府が26年5月までの間に累計27.1兆円ものドル売り介入を実施しても、163円台への円安進行を防げなかった」という厳然たる事実は、近年の円安推進の原動力が「投機」ではなく、「実需」と「投資」であった可能性の高さを何よりも雄弁に物語っている。
上記諸々の考察を踏まえると、日米協調介入の神通力だけで円安を止め続けるのは難しそうだ。理屈上は自国通貨であるドルを為替市場で無限に売り続けたり、日本政府にドル売り原資を貸し付け​たりする能力がある米国政府が日本の円買い介入に助け舟を出してくれたことで、160円超の円安進行をせき止める期間が延びる可能性は高まった。
ただ、近年の外為市場では日米政府の為替介入以外に円を一方向に買い続ける担い手を見つけるのが難しくなりつつあ​る。昨今の円安進行の原因になっているとみられる日⁠本の財政規律弛緩懸念や日銀による実質マイナス金利政策が解消されない限り、「米国政府の援助を受けなければ、円安を止められなくなっている」という日本の実情を根本から変えるのは難しい日々が続くだろう。
「自国通貨の安定を自力では確保できない国になり始めたのではないか」という日本の現状に危機感を抱いているのは、筆者だけではないだろう。今後、日本政府と日本銀行による円安防御の自助努力が進むか否かに注目したい。
編集:宗えりか
*本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています。
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植野大作氏は、三菱UFJモルガン・スタンレー証券のチーフ為替ストラテジスト。1988年、野村総合研究所入社。2000年に国際金融研究室長を経て、04年に野村証券に転籍。国際金融調査課長として為替調査を統括、09年に投資調査部長。同年7月に外為どっとコム総合研究所の創業に参画、12月より主席研究員兼代表取締役社長。12年4月に三菱UFJモルガン・スタンレー証券入社、13年4月より現職。05年以降、日本経済新聞社主催のアナリスト・ランキングで5年連続為替部門1位を獲得。