260803
興味あるね
最近思ったけど、音楽って多すぎるな。現存するだけで2億曲ってバカじゃないの?
絵画とはワケが違うよ。絵画は消費時間が1sで済むけど、音楽って平均しても3~4分はかかるでしょうからね。
1日8時間、毎日まったく別の曲を聴いたと仮定しても、80年で400万曲。当然こんな仮定はありえないから、実際は多めに見積もっても生涯100万曲くらいでしょう。それも必須要項じゃない。一曲を1000回聴いたって良いわけです、多すぎるからむしろ消費が分散しているだけで。
1人の人生にはせいぜい10年あたり1000曲もあれば充分すぎると思う。となると1万曲もあれば充分賄える。この世って1万曲で良い。それも時代においてavailableな件数の話ですからね。当然何百年も経てば多くの曲が記録から消えるでしょう。そういうことを加味してコンテンポラリーには1万ありゃ充分という話。2億はどう考えても多すぎ。
音楽が多いとどういう問題が起きるか、というのは、人口が爆発したらどういう問題が起きるか、と似ている。富の不平等です。音楽にとっての富とは、即ち聴かれるということですが。音楽は富と違ってゼロサムではないが、かといって無尽蔵とも言えない。売れた音楽は売れ線となって潮流を作るし、誰にも聴かれぬ音楽は消えていく。実際「一度世に生まれたが、今は一切の記録媒体にもはや残っていない曲」の屍の数は想像を絶するだろう。
『彩と灰』とか『Dream Machine』とか聴いてると悲しくなってくる。こんな世界でなければどの曲もビリー・ジーンズになれたのに。昔から言ってるが、この世の音楽2億すべてはおそらく誰かの一番になりうるポテンシャルがあり、彼ら全員がビリー・ジーンズになれない要因の多くはただ「曲が多すぎる」という環境運のためです。多くはね。すべてとは言わないよ。実際シンプルにクオリティが低い曲もないことはないし。ただ『彩と灰』や『生放送』や『潜る、潜る、』に関しては違う。絶対に。
「多すぎることは悪である」という価値観が早く浸透して欲しい。リソース理論では大は小を兼ねたとしても、人の心はそうではないのだから。宝くじにあたった人の半数が破滅するように。
裸足でゴミ屋敷を歩いていたら、足をガラス片かなにかで切ってしまったらしく、キルヒアイス襲撃シーンのセル画じゃない方レベルで血が吹き出して完全に終わった。仕事も行けんし。
ヤバいのは結局何で切ったか、どこで切ったかを特定出来てないから部屋の何処かにまだその凶器が転がっていること。スリッパでも買うか。
何をやっても「ところで実況は?」と言われることは、
所詮俺は「実況動画製造マシーン」としか思われていないってことだ。
それを脱却するには自分からゲーム実況をやめるしか無い。
その結果(ゲーム実況を辞めて)知名度がなくなり消えていこうがそれは本望だ。
所詮その程度の実力しかなかったわけだ。
「ゲーム実況製造マシーン」として腐ちて行くよりは何十倍も何百倍もいい。
ライス☆ファイト
https://www.world-type.com/blocknote/rboards が本当に全く更新されなくなった。どういうこと?いきなり誰も使わなくなったのか、プライバシー対策が導入されたのか。
「© 2017-2019 WorldType.」って書いてあるくらいだから、ロクに更新されてないような気もするが。
昔の漏れって狂言自殺が多すぎる。10回くらいやってんじゃないの?
最近はすっかりなくなりましたね。それだけでも成熟したと言ってやりたい。
8時間寝ても全然眠い。これはもうだめかもわからん。
この手のツールは信用しないことにしていたのだが、これは思ったより精度が良かった。「思ったより」だけどね、あくまで。目玉飛び出るほどではない。耳コピ補助としてようやく使い物になるくらいのものは出てきたかって感じ。
割とゲチで仕事辞めたいけど諸事情でやめらんない。金には困ってないが住居に困ってる、はっきりわかんだね。
誰か私を匿ってください。生活費はぜんぶ払うんで。
そういえば和歌山かどっかにニートたちのシェアハウスがあったよな。今は和歌山でなくともそういう場所は結構ありそう。
ただどこを見ても結局家賃3万くらいはかかるっぽく、そんなことなら田舎で物件探せばもっと好条件の場所見つかるわとも思う。中には13万とか取る場所もあり、馬鹿じゃねえのと思った。14万!?(カーリー)
誰も知らない場所に行きたい(クロノスタシス)
ああ、選択肢が無くなるという事は、なんというおそろしい、みじめな、救いの無い地獄だろう、と生れてはじめて気がついた思いで、胸が一ぱいになり、あまり苦しくて泣きたくても泣けず、人生の厳粛とは、こんな時の感じを言うのであろうか、身動き一つ出来ない気持で、仰向に寝たまま、私は石のようにじっとしていた。
貧すれば鈍する、というのが人生を明確に苦しくする本質です。選択肢がないということが人を苦しめる。金が無いというのは選択肢をなくす要因のひとつであって、無限の金があっても家庭や世間のしがらみに雁字搦めにされたお姫様もまた不幸である。選択肢をなくした人間は切迫し、息苦しさに喘ぎ、ときに正気ではない行動に及んでしまう。
自由の価値とは、「わたしには選択肢がある」という感覚そのものに尽きるのです。実態がどうかは二の次だ。無限の未来がある若者でも、自身の人生を狭窄して見て苦しみ自殺することがある。自由の感覚さえ持てるのならば奴隷であっても自由だ。地位や称号との因果関係は自由感覚のprobabilityにすぎない。
かつてわたしは「寂しくないときというのは、己の価値を信じられている状態とかじゃなくて、己の価値についてそもそも考察していない状態というのが正しい」と言いました。自由もそういう仕組みで出来ている。自由感とは、自由を信じている状態ではなく、不自由の気配を感じていない状態であり、欠如によって導かれる。そう思わないか、宝箱よ……(ネギすけ語録)
ていうかネギすけ氏結婚してたらしい。すごすぎ。黒歴史を愛おしく思えるならCrossCode再公開してくださいよ、頼むから。生きがいやったんや。
勝間さん、結婚ってなんすか? 結婚ダービーってこの世で一番予測が難しいと思う。ポケソルも一番結婚しなさそうな2人が先に結婚するし、ホンマにわからん。表舞台に出ている他者の人生など氷山の一角未満でしかないということがよくわかりますね。
胸に秘めて生きなければならない。誰も人をわかった気にはなれない。レヴィナス・顔ラトゥーン問題。


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