「平らな顔」「低い鼻」、知的障害に発達遅延―。妊娠中の女性が飲酒することで、胎児にこういった兆候が見られることがある。「胎児性アルコール症候群」と呼ばれ、国のある資料は、これらを「リスク」として紹介し、イラスト付きで詳細な顔つきの特徴を説明している。この「リスク」をどう思うだろうか。
「あってはならない恐怖として描かれている」
障害のある当事者や専門家からは、当然のように批判が上がる。
2016年7月に神奈川県相模原市の知的障害者施設「津久井やまゆり園」で19人の命が奪われ、26人が重軽傷を負った事件から10年。
「意思疎通のできない障害者は不幸を生む」 。植松聖死刑囚(36)が一貫して繰り返した、障害者への差別的な発言が強い印象を残した。障害がある子を産むのは「リスク」とする考え方は、死刑囚の思想と地続きではないだろうか。(共同通信=當木春菜)
▽プレコンセプションケア
批判を受けるのは、「プレコンセプションケア」についての国の資料だ。直訳すると「妊娠前ケア」。国内では将来子どもを産むことを考える男女に、生活習慣や健康の管理を促す取り組みとして広まっている。
国は2025年に普及のための5カ年計画を策定し、自治体や企業、学校で健康管理を促すサポーターを5万人以上養成することを盛り込んだ。必要な知識をまとめた「プレコンサポーターTEXTBOOK」に、冒頭の顔貌を示したイラストが載っている。
こども家庭庁の担当者に、障害当事者から「差別を助長する」などと批判があると伝えると、こう答えた。
「人生の質向上のために、リスクを把握して将来の選択肢としてほしい。資料の表現に関しては、改訂の是非も含め適切に判断したい」
▽土台もないままで
どうして、このような資料がつくられたのだろうか。
世界保健機関(WHO)は「自分の体のことは自分で決める」という考え方をプレコンの前提としている。出産するかどうかなど、自分の体のことを自分で決められるといった概念「性と生殖に関する健康と権利(SRHR)」と、人権を基盤に性を幅広く学ぶ包括的性教育が土台にある。
日本では、このプレコンの土台となる考え方が根付いていない。
日本ではSRHRと包括的性教育のいずれも浸透していない上、政府は2023年、国連人権理事会の審査で受けた包括的性教育を学校教育に取り入れるようにという勧告に、「受け入れない」と回答した。
土台が築かれていない上に、人々の意識に今も根強く残っているのが、命に優劣をつける「優生思想」だ。
▽優生思想に「お墨付き」
障害者の性を研究する京都教育大学の門下祐子講師は、事件後にカフェで偶然聞こえた言葉に耳を疑った。
「植松の気持ちが分かる」
当時は宮崎県の特別支援学校で教員をしていて、事件を人ごととは思えなかったところに飛び込んできた発言。「彼個人だけの問題ではない。現在地を見た気がした」
門下さんは、プレコン普及には一定の意義があると認める。一方で、社会には優生思想が根深く残っていると感じる。
「包括的性教育をしない中でプレコンを推進すると、それ(優生思想)にお墨付きを与えることになる」
▽誤った「善意」
日本には、「優生上の見地から不良」とされる子どもが生まれないよう、障害を理由に不妊手術を認めた優生保護法が、1996年まで存在した。
障害がある女性らでつくるDPI女性障害者ネットワーク代表で視覚障害者の藤原久美子さん(62)は、その影響をこう語る。
「優生保護法で、不幸な子は生まれたらかわいそう、産ませないことが障害者にとっていいことという誤った『善意』が社会に根付いた」
自身も40歳で妊娠した際「あなたのため」と中絶を勧められた。
国のプレコン資料について、藤原さんはこう考える。「障害児が生まれないようにという意識が強すぎる。(インターネットで公開しているのに)目の不自由な人に向けた読み上げの機能もなく、障害者が親になる想定がない」
▽「自分のせい」
胎児の疾患の有無を調べる出生前検査に詳しい明治学院大学の柘植あづみ教授は、障害のない女性までも苦しめかねない内容だと指摘する。
「健康な子を産めるのかという目線にさらされている中で、資料は『自分のせい』と個人に責任を負わせるものだ」
国が進めるべきなのは、障害がある子どもが生まれてきたときの支援体制の整備や情報の周知だと訴える。
柘植教授は自身がインタビューしたある女性の例を紹介してくれた。第1子が自閉症だったが、支援者に「お母さん1人で育てなくていい。みんなで育てよう」と声をかけられた。その声を支えに第2子出産に臨んだという。
「生まれた後に想定外の障害が判明した時、生きる力になる情報を届けてほしい」
強調すべきはリスクではない。
▽ニーズに向き合って
「家族を持ちたい」。そんな障害当事者のニーズに応えてきた団体が神奈川県茅ケ崎市にある。軽度の知的障害者らのグループホームを運営するNPO法人「UCHI」だ。
牧野賢一理事長は、2002年から6組の子育ての支援をしてきた。
当初は「産ませないよね」「話わかるの?」などと行政や医師から言われることもあったという。取り組みが注目を集め、講演依頼が来るようになり、あえて本人たちが語る機会をつくってきた。
「幸せになりたい」「子どもを育てたい」。そうした当たり前のニーズを前に、周囲の見方も変わってきたと話す。
現在は子育て中の夫婦2組を支援中だ。知的障害者に特化した子育て支援は十分でなく、保育所の利用調整の際に配慮を求めるなど、必要に応じて対応している。
当事者には難しい、こうした調整を担う仕組みが行政に必要だと牧野理事長は考える。
「誰しも等しく生き、家族をつくり幸福になる権利がある。ニーズに合わせて社会は変化していく必要がある」
▽多様な属性、当たり前
生まれつき骨が折れやすい骨形成不全症があり、電動車いすで生活するコラムニスト伊是名夏子さん(44)に、社会にある優生思想や障害がある人へのまなざしについて聞いた。
―国のプレコン資料をどう思うか。
障害がある人が生まれるのは絶対良くないことだと、排除する意図を感じます。
―相模原市のやまゆり園事件発生当時、どう受け止めたか。
植松聖死刑囚の犯行動機に優生思想を感じ怖くなりました。「いなくなればいい」「役に立たない存在」という声もあり、事件が起こる土台はどこにでもあります。
―障害者に対する目線をどう感じているか。
障害がある人はできないことが多いので権利はない。そう世の中に思われていると感じます。
子どもを産む時も、祝福ではなく「危なくないか」「どうしてわざわざ産みたいの」などと心配するかのような言葉をかけられますが、産み育てる権利を否定されているのと同じです。
―そうした目線の原因は何か。
講師として学生に話をする際、よければ障害者の生活を見に来てと、自宅に招くことがあります。実際来た人の多くは私が普通の家に住んでいることに驚きます。障害者は特別な施設でないと生活できないと思い込んでいるようです。
障害者は子どもの頃から障害のない人と切り離されて教育を受けることが多いため、一緒に生きる存在ではなく、離されるのが当たり前だと認識されがちです。
やまゆり園の事件も、異空間で起きたことだと思っている人が多いのではないでしょうか。健常者が大勢殺されたときのように「間違っている」と憤ったでしょうか。
―社会はどうあるべきか。
いろいろな属性の人がいるのが当たり前です。誰でも生きたいように生きる権利があり、命は平等という認識が広まってほしいです。