書店員篤也とアイドル(悠仁)ファンの寛見【篤寛】
雑誌の予約に来た寛見に惚れる書店員の篤也の話。
毎度似たような話ばかりですみません。一目惚れするシチュが好きなんです。
内容はだいぶ適当です。
- 60
- 62
- 667
「すみません。雑誌の取り寄せと予約をしたいんですが」
「はい、承りま…」
男性客に声をかけられ手元から視線を上げて、俺は思わず言葉に詰まった。
何故かって?滅多に居ないレベルの整った顔をしていたから。しかもかなりタイプだ。
「あの…?」
「っ、失礼しました。こちらへどうぞ」
怪訝そうな顔をされ、はっとしてカウンターの端へある椅子へ誘導した。
男は腰掛けながら「こちらは取り寄せをお願いしたい物。こちらが予約をお願いしたい物です」と二枚のメモを差し出した。
きっちりとスーツを着込み、メモを差し出す腕には高級時計。雑誌と言うからてっきりビジネス誌か専門系、もしくは経済誌かと当たりをつけてメモを受け取る。
眼鏡をかけながら目を通し、そのラインナップに驚いた。誌名、号数、出版社などが神経質そうな綺麗な文字で書かれたそのメモには、主に有名なアイドル誌がたくさん並んでいた。それと僅かに映画雑誌。
「在庫をお調べしますので、お待ちいただいてる間に伝票にお名前と電話番号をご記入いただけますか」
「分かりました」
驚きを顔に出さないまま伝票とペンを差し出す。男は平静を装っているがどこか気まずそうで、その表情からこれらの雑誌を必要としているのが男本人だと察した。頼まれ物や仕事で必要な物だったら、こんな顔はしないだろう。
必要な情報を書店専用のサイトに入力して、まずは古い雑誌の在庫を確認する。予想通り、全てが在庫無し。
注文された以上は確認はしないといけないが、この手の雑誌は書店も問屋も出版社も、基本的に在庫を持たない。雑誌は鮮度が命、とは誰の言葉だったか。
やっぱりなと画面を眺めながら今度は発売前の雑誌の詳細を確認していき、すぐに共通点に気付いた。
画面に表示される画像には、かなりの確率で同じグループとその中の一人が表紙を飾っていた。
(ネンズ…?と、悠仁…!?)
ネンズ。数年前から着実にファンと仕事を増やして今や大人気の男女三人のアイドルグループ。
センターを飾る悠仁は笑顔が眩しい瞳の大きな青年で、キレのあるダンスが売り。最近は演技の仕事も頑張ってて、役者としても名前と顔が売れ始めた。
そんでもって、俺の歳の離れた従兄弟。
(なんだ。この人、悠仁のファンか…)
途端、好みの男を前に浮き足立ってた気持ちが沈んだ。
どういう好きであれ悠仁が好みの男が、俺に惹かれる可能性はほぼ皆無だろう。
とはいえ客相手に本気でどうこうなろうなんて思ってないし、可愛い従兄弟を応援してくれてありがとうという気持ちでメモにあるリストを全てチェックする。
一冊を除いてどれも問題無く予約を受けられる商品な事を確認して、男へ向き直った。
「お待たせしました。まずこちらのメモにある発売済みの雑誌ですが、全て在庫無しでお取り寄せは出来ません」
「えっ…。しかし、出版社なら在庫を持っているのでは?」
ショックを受けている男に、掻い摘んで雑誌は基本在庫を持たないんだと説明してやれば面白いほどにがくりと肩を落とした。
「そう…ですか…。こちらなら、大手なのでもしかしてと思ったのですが」
肩を落としてあまりにもショックを受けてる様子に、なんだか気の毒になった。
「失礼ですが、ネットはお調べになりましたか?」
「え?ああ…。いくつかのサイトで調べてみたんですが、どこも在庫無しで…。大手の書店ならどこかの店舗に無いかと…もしくは出版社ならあるんじゃないかと思ったんですが…」
「書店員の立場でこういったお話はすべきでは無いのですが、この手の雑誌は中古店やアイドルグッズを取り扱うお店を探した方がよろしいですよ」
「古本屋ですか?」
きょとんとする男に、「それもですが、フリマサイトや〇〇にあるようなアイドルショップとか」と具体的な地名を出してやると、慌てて手帳を取り出してメモを取り始めた。
今時手帳を使っているなんて、デジタル派な見た目に反して可愛い所がある。男が書き終わるのを待つ間に、予約伝票の必要箇所を埋めていく。
“日車寛見”。メモと同じ綺麗な文字で書かれた名前を、頭の中で繰り返した。さすがに電話番号はジロジロ見ない。
複写になっている控えを千切りながら、「こちらの予約は問題ありません」と一つ一つ誌名と発売日を確認する。
「___以上、三点につきましてはご予約いただけます。お取り置きは入荷から一週間となります。入荷のご連絡は必要ですか?」
「いや、結構だ。もう一冊は予約出来ないんですか?」
「こちらに関しては、すでに入荷予定数いっぱいまでご予約が入っております。…これは独り言ですが、都心から離れた書店にしらみ潰しに電話で予約出来るか確認した方がよろしいかと」
声を落としてそう助言してやると、男…日車は目を輝かせて頷いた。
「分かりました…!ご親切にどうもありがとう。過去の掲載誌はともかく、今後発売される物は出来る限り手に入れたいので助かります」
「…最近ネンズのファンになったんですか?」
普段なら客のプライベートや趣味嗜好の話など絶対に振らない。でも、このまますぐにお別れになるのが嫌で、日車の方からファンである事を隠さないような発言をした事でついぽろっと出てしまった。
プロ失格だ。でも日車は気分を害した様子も無く、照れたように頷いた。
「ネンズも好きですが、悠仁くんのファンなんです。先日彼の出演した映画をたまたま見たんですが、それがとても素晴らしくて…。そこから彼の事を調べる内に彼とネンズのファンになりました」
「なるほど。だから古い掲載誌を探してたんですね」
「はい。ネットに在庫がある物は既に手に入れたんですが、あなたの言う通り古い物はどこにも無くて。でも、あなたがアドバイスをくれたからそこを探してみます。えっと…」
日車の目が俺の胸にあるネームプレートを探って、「日下部さん…店長さんだったんですね。日下部店長」と笑った。
さっきまでのどこか切羽詰まったような顔とほっとしたような笑顔のギャップで、俺はあっさり日車に惚れた。
だからだろう、普段なら聞かれてもない事なんてわざわざ教えないのに、口が勝手に動いていた。
「…来週発売のエンタメ雑誌に、小さくですが悠仁が載りますよ」
他の客やスタッフに聞こえないように声を落とすと、日車は口元を押さえて「えっ!?」と驚いた。
「そんな情報、公式サイトのどこにも…!本当ですか?」
「メインは他の人なんです、その場に居合わせただけで小さく写真が載るだけだから、公式サイトからはお知らせが無い。でも、確かマネージャーがSNSでお知らせしてたはず…チェックしてませんか?」
「エス…?申し訳ない、そういった物には疎くて…」
肩を落とす日車に「予約していかれますか」と聞くとしょんぼりしながらも頷いたので、手早く伝票を作成した。日車は差し出された伝票をまとめて手帳に挟みながら、ぼんやりと机に視線を落とした。
「…店長さんは、」
「どうぞ日下部と呼んでください」
「日下部さんは、悠仁くんのファンなんですか?随分お詳しいですが」
聞かれてギクリと肩が揺れた。
日車にいい所を見せたくて、つい接客の域を超えて話しすぎた。
「いえ、あの…」
じっとこちらを見つめる瞳に何て答えるべきかと迷って、肝心な事は隠して説明した。
「…身内に、悠仁の熱狂的なファンがおりまして。聞かなくても色々な話をしてくれるんです。さっきの話もその人から聞きました」
毎日のように連絡してきては、愛する弟の話を延々と話し続けるもう一人の従兄弟の顔が頭を過った。
「そう、なんですか…。日下部さん自身は、悠仁くんにもネンズにもご興味が無い?」
日車が“悠仁くん”と口にする度に、胸の中に小さなモヤモヤが生まれた。
当たり前ではあるが、俺は他人行儀な“日下部さん”で、悠仁は親しみと愛しさを込めた“悠仁くん”か。
「興味はありますが、ファンというわけではありませんね」
「あの…こんな事を客の立場でお願いするのはご迷惑だとは分かっているんですが、その…」
「何ですか?」
「もし、ご迷惑で無ければ…いえ、ご迷惑なのは承知してますが、もし…」
もじもじと視線を彷徨わせる姿に、まじで?とニヤケそうになるのを必死に抑えた。
これ、もしかして誘われる?もしくは誘ってほしいって合図?なんだ、悠仁を推してるなら年下の可愛い系がタイプかと思いきや、推しと男のタイプは全く別ってか?
もちろん普段ならこういった行為はするのもされるのも御法度、あり得ない。俺がする事は絶対に無いし、されたらやんわり釘を刺してしつこければすぐ出禁。
けど、日車は別だ。絶対逃したくない。とはいえ立場上俺から誘ったり連絡先は聞けないし(伝票に書いてある番号を私情で見る事は絶対に無い)、日車から一言何かアクションがあればと動向を見守った。
「もし良ければ、私に"推し活"の方法をご教授いただけないだろうか?」
「………はい?」
「推しという存在が出来たのは初めてで、私はこの通りビジネス以外のネットに疎い。日下部さんは詳しいようだし、推し活とは何たるかを教えていただけないだろうか…?」
「いや、えっと…」
あまりに予想外の言葉にフリーズした。
推し活を教えるって、何?俺に教えられる事なんて、書店員とは何たるかと美味い飯屋、あとはベッドの中の事ぐらいだが。
とんだ思い違いだ。日車は悠仁に夢中。推し以外はジャガイモ以下とはよく聞く話。
先走って誘わなくて良かったと安堵しながら拒否の為に口を開くより早く、日車が眉を下げて懇願してきた。
「プライベートな時間を割いてもらうのだから、もちろんお礼はします。日下部さんしか頼れる人が居ないんです…どうか、お願い出来ませんか?」
真夏にきっちりスーツを着込んで高級時計を付けるような男が、子犬のような顔で俺を見つめている。
…お礼って、すけべな事でもいいんですか。そんな事を考えながら、俺の首は意思に反して縦に動いていた。
「俺…私に、分かる事でしたら…」
「本当ですか?ありがとうございます…!」
ぱっと表情を明るくした日車が、スーツから名刺入れを取り出して一枚抜き出すと裏に何か書き込んで俺に手渡した。
掌を包むようにぎゅっと両手で握り込まれ、日車が俺の耳に口を寄せる。
「これ以上はお仕事の邪魔でしょうから、今日は帰ります。これ、私の連絡先です。いつでもいいので、お時間のある時に連絡をください」
「ッ…、分かりました」
耳にかかる吐息と脳に直接届く低くて甘い声に、背中がぞわりと粟立った。
日車はさっと立ち上がると「本当にありがとうございます。それじゃあ、失礼します」とにこやかに帰って行った。俺は日車が去った方向を見て、茫然と立ち尽くしていた。
「店長、何やってんですか」
「ッ…、何でもない。ちょっと裏行きます」
スタッフに突っ込まれて慌ててバックヤードに逃げて、こっそり掌の名刺を確認した。
表に書かれた名前、ビジネス用であろうメールアドレスと電話番号。
「弁護士…!?まじかよ、住む世界違いすぎ」
肩書きにビビりながら裏返すと、さっきまでの綺麗な文字とは違う崩した文字でプライベート用らしい電話番号と、「待ってます」という短い一言。
「…とりあえず、一回会わねえと分からねえな」
日車が悠仁を推してるのが純粋なファン心なのか、それとも少しでも恋心があるのか。いわゆるリアコ勢なら最低限の知識を与えてやって、それでさよならだ。
でもそうじゃないなら。純粋なファンだったなら。
「まずは雑誌だな。脹相なら絶対保存用つって何冊か持ってるけど…男落とす為にくれって言ってもくれねえよなあ。何て言うかな…」
自分から俺にチャンスを与えたんだ。意地でも落とす。その為なら、誰にも話した事がない、一度も使った事のないコネも使ってやると、名刺に唇を落として財布の中に大事にしまった。