ネットオークションで、21円で落札したカメラ。
壊れていて、そのままでは使えないジャンク品だ。
その一台を自分の手で直そうとしている人がいる。
修理に出せばもっと早く終わる。
それでもあえて時間をかける。
その理由はもちろんカメラだけの話ではない。
東京の小さな修理教室に集まる人たちから見えてきたのは、「時間の使い方」の話だった。
(映像センター 甘粕亜美・名古屋純子)
語られなかった祖父の挑戦
「これが、祖父たちが作ったVeroFourっていうカメラです」
田中良広さん(57)が祖父たちのカメラについて本格的に調べ始めたのは7年ほど前のことでした。
田中良広さん
「家族の中では、ほとんど話に出なかったんです」
祖父たちは戦前、カメラの製造に携わっていました。
だが、その事業は成功しなかったのです。
会社はなくなり、その記憶もまた家族の中で語られなくなっていきました。
田中さんの母親でさえ、詳しい話はしなかったといいます。
田中さん
「ぼんやりと、昔カメラの会社をやっていたらしい、という程度でした」
転機は偶然でした。
処分される予定だった資料の山の中から、祖父たちの記録が見つかったのです。
誰も探していなかった過去が、突然姿を現しました。
そこには、祖父たちが作ったカメラの記録が残されていたのです。
田中さんはカメラを探し始めました。
そして、ネットオークションや中古市場を調べ続け、ようやく一台を見つけました。
その落札価格が21円だったのです。
ほとんど値段がつかないようなジャンク品。
田中さん
「僕が買わなかったら、そのまま捨てられていたと思います」
田中さんには、その21円が安いとは思えませんでした。
むしろ、その価格の向こうに、忘れ去られかけていた祖父たちの時間が見えたのです。
「人生を懸けたものだから」
田中さんにとって、カメラを見つけたことが終わりではありませんでした。
むしろ、そこからが始まりだったのです。
カメラは壊れていたのです。
レンズは曇り、シャッターも正常には動きません。
修理業者に相談しましたが、返ってきたのは断りの言葉ばかりでした。
「見たことがない」や「部品がない」など、修理を生業にしている人ですら扱いたがらない、それほど珍しい機種だったのです。
さらに、手に入れた複数のカメラの中には、改造されていたものもありました。
もちろん純正部品も残っていません。
普通なら諦めても不思議ではない状況でした。
田中さん
「それでも、やらないといけない気がして」
祖父たちが人生を懸けた挑戦は成功しませんでした。
家族の中でさえ語られてきませんでした。
だからこそ、自分だけは見届けたいと、修理する決意をしたのです。
田中さん
「祖父たちが本当に人生を懸けてやったことを肯定してあげたい。彼ら自身もうまくいかなくて振り返りたくない過去だったみたいですが、せっかく見つかったのだし。しかも内緒にしてたのを80年後になぜか孫が偶然見つけたので、おじいちゃんも許してくれるんじゃないかなと思っています」
理屈どおりに動く 小さな世界
そしてたどり着いたのが、東京都練馬区にある、およそ6坪ほどの小さな工房でした。
ここでフィルムカメラ専門の修理教室が開かれているのです。
現在は30人ほどが通い、それぞれが思い思いのカメラと向き合っています。
机の上には分解されたカメラと細かな部品が並びます。
黙々とネジを外す人。
レンズを磨く人。
講師に質問する人。
静けさの中に濃密な時間が流れる空間です。
教室を主宰する東哲哉さん(47)は、これまで1000台以上を修理してきました。
もともとはカメラマンで、撮影で使うレンズを自分で直したいと思ったことから修理を学びはじめ、やがて修理そのものに魅了されたといいます。
東哲哉さん
「原因が分かって、それがちゃんと直ると気持ちいいんです」
ほんの数ミリのズレを直すだけで、動かなかったカメラが再び動き出すことがあります。
東さん
「直ったことを喜んでもらえることが一番やりがいです。こういうところが壊れているんだろうなという見立てを立てて、それが理屈どおりに直るっていうのはやっぱり気持ちがいいですね。カメラって常に持ち歩くものですし、お父さんとかお母さんとかお子さんとかお孫さんとか、そういうすごく身近な人の歴史を写してきたもの。これはそう簡単に捨てていいものかなっていうのもあります」
東さんにとって修理とは、壊れた機械を直すことだけではありません。
誰かの記憶や時間が詰まったものを、もう一度動かす仕事なのだといいます。
なぜ人はここに集まるのか
生徒たちに話を聞くと、教室に通う理由は驚くほどさまざまです。
「無心になれるから」
「老後の趣味として」
「直せたら副業になるかなと思って」
イタリア出身の生徒は、自分で修理したカメラを持って帰省し、家族の写真を撮るといいます。
またある人は、シャッター音が好きだと話します。
「壊れたものを見ると放っておけない」と言う人も。
理由は違うけれど、やっていることは同じです。
壊れたものに手を入れ、状態を確かめ、何時間もかけて向き合う。
もっと早い方法はあります。
新しいカメラを買うこともできます。
それでも自分の手で修理したいのは、なぜなのでしょうか。
壊れたカメラに自分を重ねる
その問いに、自身の経験から答えてくれた人がいます。
心理カウンセラーの中野望愛さん(29)です。
2年半ほど前から教室に通っています。
中野望愛さん
「幼少期からいじめに遭うことが多くて、家庭環境もあまり良くなかったんです」
人との関係や、自分自身の心について考える時間が長かったという中野さん。
偶然出会ったのがカメラ修理でした。
中野さん
「落ち込んでいる時は、壊れたカメラに自分の気持ちを重ねることがありました」
曇ったレンズや動かないシャッター。
少しずつ手を入れ、やがてカメラが動き出す。
カメラを修理するたびに、中野さんは自分自身と向き合っているような感覚になるといいます。
中野さん
「壊れていたカメラを直すということと、社会の中でだんだんとすり減り、壊れかけた心を立て直そうとすることには共通点があると思います。長い年月がたっていると、人間の心も動かないレベルでかたくなっていたりするし、ほったらかしにしすぎて気付いたら壊れているとかありますし。歯車の動きを集中して見て、原因を考えながらじっくり向き合っていく時間自体が、癒やしにつながっていると自分自身を通して思いますし、生徒さんの様子を見てても感じる時は多いです」
故障の原因を探る。
急がず、一つ一つ確かめる。
結果だけでなく、その過程そのものに意味がある。
その言葉は、この教室に流れている時間を言い表しているようでした。
直していたのはカメラだけではなかった
田中さんはまだ祖父のカメラを修理しているわけではありません。
教室に通い始めたばかりで、工具の扱いにも慣れていません。
今は、練習用のカメラで構造を学んでいます。
その先にある、祖父のカメラ。
「まだ触れないですね」、田中さんはそう言って笑いました。
「直るかどうかは分からないんですけど、一枚だけでも、写真を撮らせてあげたい」
いつか自分の手でシャッターを切るために。
田中さんにとって修理は、祖父の時間にもう一度触れる行為だったのです。
田中さん
「燃えないゴミの日に出される前に、おじさんやおばさんが笑っている写真とかを撮らせてあげたいなと。最後そういう形で、いい人生をカメラにも送らせてあげたいと思っています」
最高に贅沢な時間の使い方
ここまで話を聞いていると、ひとつの共通点が見えてきます。
分からないことに向き合い、失敗を引き受け、少しずつ理解していく。
彼らはカメラを直しているだけではなく、その過程を、自分の手で確かめているのです。
少しだけ手を止めて壊れたものに向き合う。
少しだけ時間をかけて忘れていたものに触れてみる。
修理教室で流れていたのはそんな静かな時間でした。
急がないこと。
遠回りすること。
最高の贅沢は、時間の使い方にあるのかもしれません。
映像センター
甘粕亜美
2018年入局
名古屋局、静岡局を経て現所属
取材で、みなさんがフィルムカメラを直していく様子を見ながら、一緒に贅沢な時間を過ごせました。
映像センター
名古屋純子
2014年入局
秋田局・熊本局を経て現所属
祖父は新聞社のカメラマンとして、フィルムカメラを使っていました。
今回の取材で壊れたカメラと向き合う人たちの姿を追いながら、亡き祖父を思い出しました。