第8話

「分かるわ。私も今、『燎火』を超えんと足搔き続けている」

「……あの人の代わりになろう、など思い上がったことはないよ」


 届けられたのは、諦念交じりのタナトスの呟き。


「誰も代われない……空洞を埋めるため、背伸びしているだけだ……」

「それでもアナタの努力に敬意を表するわ。あまりに大胆で強気な交渉」

「…………そう」

「惜しむらくは、それが私にバレてしまったことね」

「……察せられた以上、白状するよ。ニケ様の本当の遺言を」


 タナトスは天井を見上げ、ぽつりと呟くように口にした。


「――『オレが死んだら、ディン共和国と連携しろ』『本当の敵は、そこじゃない』」


 意外な言葉にティアは、目を丸くしていた。

 前半はまだ予想していた。でなければ『カローン』を除名しないだろう。彼の行動は、さすがにニケの遺言を逸脱しすぎている。理解を超えたのは、後半。


「……本当の敵?」

「ガルガド帝国では、間違いなく『燎火』が台頭するだろう」


 ティアの問いに、タナトスは短く頷いた。


「――そして、その同等の脅威が『八咫烏』だ――『神樹の墓守』の議長」


 別の名前をあげられ、ティアは瞬きをしていた。

 名前だけは知っている――ムザイア合衆国を代表するスパイ。現在は《暁闇計画》を成し遂げる中心人物として、各国の諜報機関を総べている。


 タナトスの警戒が詰まった声音は、思わぬ真実を示唆していた。


「アナタたち『神樹の墓守』は一枚岩でないの?」

「仮にそうなら《暁闇計画》は、とっくに実現している」

「その警告はどういう――」

「諜報戦は激化する――『燎火』と『八咫烏』の間でね」


 その構図は言われるまでもなく、明白だった。

《暁闇計画》を成就させるべく動く『八咫烏』、阻むために暗躍する『燎火』。


「だから、ぼくは解釈する……あの人の、記された遺言以上の言葉を」


 タナトスはじっと手を向け、確かな威圧感を纏って主張する。



「――【『灯』よ、オレの傘下に入れ。テメェらの国ごと守り抜いてやる】」



 正解だ、と言われた瞬間に認めていた。

 ティアは知っている。ニケの傲慢を、胆力を、そして、初恋を。

 真実だとは疑いようもなかった。間違いなく彼女ならば、そう告げる。


「アナタは、その遺言以上の本心を汲み取って……」


 ティアは息を呑んだが、深く息を吐いていた。


「本当に尊敬する。その解釈は、まさに愛情よ」

「……結局は解釈に過ぎないさ ……ボクの脳が導き出した、妄想だ……」

「それでも尊く想う。そして、そんなアナタの行動を、私たちは見本にすべきだった」


 大きな喪失を抱えたのは、なにも『創世軍』だけではないのだ。

『灯』も同様。だからこそ模倣と解釈に生きるタナトスの存在は、契機をもたらす。



「私たちも生み出すことにした。喪失を乗り越えるための――『燎火』の完全模倣を」

「――そういうことだ、『タナトス』」



 ティアが発した時、尖塔のエレベーターのベルが鳴り、新たな人物が姿を現した。


 ティアの隣に歩み寄ったのは、クラウス――に変装したグレーテ。

「…………っ」とタナトスでさえ息を呑む。


 事実、彼女をここまで連れてくるのは相当苦労した。『創世軍』のスパイたちでさえ変装を見破れず、殺気を向けるほど。


「言うまでもないけれど、変装よ。『灯』の一員――『愛娘』のグレーテ」


 ティアはタナトスを見つめ、要求を突きつける。


「これから『愛娘』は、『燎火』専門の分析官になる。その見解を、すべて流す。その情報は、いずれ帝国で暗躍する『燎火』の動向を掴む手がかりになる」

「……専門分析官?」

「アナタが『ニケ』とならんとするように、彼女は『燎火』になるの」


 勝ち誇るように、圧倒的強者にも堂々と、ティアはほくそ笑んだ。



「台頭に手を組みましょう? いずれ世界を翻弄する男の思惑、欲しいでしょう?」



「…………………………………………………………」


 さすがのタナトスもすぐには拒否してこなかった。

 相手にとっても、そう悪くない条件とは確信している。彼らも新政府に潰されるリスクをとっている。引き際を弁えねばならないはずだ。

 しかし、タナトスは顔色一つ変えず「……だめだ」と言い張った。


「……キミが渡す情報が真実だと、こちらはどう見破れと?」

「国の命運が掛かっている局面で、ガセを渡すほど危険は冒さないわ」

「どうだろうね……キミたちは、強かだから」

「だがこれ以上拒否するなら、僕たちは全面的に争うしかない」


 そう言葉を放ったのはティアではなく、クラウスに扮したグレーテ。

 彼の口調、彼の声音で、挑発的に言ってのける。


「無益とは思わないか? 『燎火』と『ニケ』が並べば、世界を支配できるのに」

「…………………………」


 タナトスは表情こそ変えなかったが、再びの沈黙を選択した。

 やがて空間の端に置かれたベッドを見つめ、静かに息を吐く。


「……受け入れるんだろうな。あの人ならば『わくわくするぜ』と得意げに」


 その笑顔が目に浮かんでくるだけに、ティアは「ニケさんならね」と頷いた。

 タナトスはやがて、クラウスに変装し続けるグレーテに視線を合わせた。


「……失った恋の果てを求める行為は、自傷だ……」


 タナトスはそう力なく呟き、どこか労わる視線を向ける。


「模倣には無限の痛みが要る……『あの方は、どう考えるか』……『あの方は、どう動くか』……喪失に苛まれながら、答えのない問いに向き合う時間は、実に苦しい……」

「えぇ、そうですね……」


 グレーテが、グレーテ自身の声で答える。


「しかし、その自傷こそが、恋愛の裏返しかもしれません……」

「……分かっているじゃないか……その痛みは、快感と同義だ」


 タナトスの口角がわずかに上がった。


「『愛娘』と、言ったかな……? 嘘を混ぜれば、殺す」

「……できませんよ。あの方の解釈に、偽りを混ぜるなど」

「ならば一時、手を組もう――大失恋の者同士」


 その言葉を聞いた瞬間、ティア独力ではなしえなかった交渉だと認めていた。

 この破壊神の心を解き明かせるかどうか、グレーテこそが唯一無二の鍵だった。



「『創世軍』と『対外情報室』はこれより連帯する――首脳会談の実現に向けて」



 ティアの心には安堵がこみ上げているが、同時に敗北感もあった。


 実のところ、完全勝利とは程遠い。

 結局、譲歩してしまった。クラウスの情報をある程度を渡さねばならなくなった。


 そして、それは裏で操っていた『ニケ』の思惑か。

 そう気が付くと、あの人には勝てないわね、と心の中で笑い飛ばすことにする。

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