第3話

「アナタたちが、首脳会談を阻んでいることは分かっている」 


 ティアは「これが証拠よ」と仲間が作り上げた報告書を投げつけた。

 しかし、タナトスはそれを読むことなく踏みつける。


「友好……? 革命を煽動した君たちがよく言うね」

「最終的に判断したのは国民よ。革命後には普通選挙が行われ、新たに生まれた政府は、ディン共和国との連帯を望んでいる。なら、その意向に従いなさい」

「民主主義が常に正しいとは限らない」

「自らが愚民は支配すべき――その思い込みこそが、アナタたちの敗因よ」


 もちろん、これは詭弁も含まれている。新政府には、ディン共和国が送り込んだスパイが大量に混じっている。その新政府に従わない『創世軍』の主張はもっとも。


 しかし、全部が間違いというわけでもない。

 民主的手続きで生まれた政府を、自国のスパイが破壊する行為もまた不適切。

 だからこそティアは「とっくに察しているはずよ」と堂々と言い放った。


「アナタたちがどう足掻こうと、遠からず両国は結ばれる」

「…………」

「新政府には、親共和国派だけでなく、我々『灯』の協力者もいる。共に新政府のために闘った秘密結社の同士たちがね。両国友好の流れは変えられない」


 それは言ってみれば、『勝ち戦』。

『灯』が革命を成した時点で、両国の協調は既定路線。新政府の関係者には『灯』を恐れる者もいるが、それは警戒とも言い換えてもいい。目指すゴールはほぼ一つ。


「要らぬ邪魔はしないで。我々はもう手を組む運命しか――」

「――それでも先延ばしにはできる」


 ハッキリと言葉を言い渡そうとした時、不気味な声音で遮られた。

 タナトスはようやく、ティアやモニカに目の焦点を合わせてきた。


「キミたちは、焦っているんだろう? 流れが変わらぬなら、なぜ、ここに来た?」

「それは、無駄な争いを避けるため――」

「――ぼくはさ、ほら、気持ち悪い変態だから……そんな弱い理由じゃ客人は来ない」


 謎の根拠を述べ、タナトスが不敵に微笑んだ。


「…………」


 図星の指摘に、ティアは瞬時に言い返せなかった。

 タナトスはせせら笑うように、ひび割れた手をむける。


「ムザイア合衆国から始まった大恐慌は、すぐにガルガド帝国へ到達する……合衆国からの資金流入に依存していた帝国は破滅を迎える――諸外国も巻き込んでね」


 囁かれる不気味な未来は、今や多くの経済学者が指摘していた。

 世界大戦後――戦争で疲弊した西欧諸国は、ムザイア合衆国の経済に依存するようになっている。合衆国経済の陰りは世界に大打撃を与えるだろう。

 それはディン共和国といえど、例外ではない。


「縋るしかないんだ――ぼくたち、ライラットに」


 勝ち誇るように告げるタナトスに、ティアは舌打ちする。


「……っ、威勢のいいこと」

「事実、他に頼れる国はない。『世界の銀行』を担っていたムザイアもフェンドも諸外国への援助を一切打ち切った。ガルガド帝国を追い詰め、戦争に向かわせるため」


 それも《暁闇計画》の一環なのだろう。

 膨大な戦争賠償金とインフレで苦しんでいた帝国の経済を崩壊させ、戦争に駆り立てる。そのためには帝国を支えていた二国の大不況は不可欠だった。

 しかしライラット王国は、終戦以降、帝国に全く援助はしていなかった。


「ニケ様は、元々莫大な金を蓄えていた――新世界の『覇者』となるために」


 二国の崩壊を嘲笑うように、旧王政府の支配者は準備を進めていた。

 増税を繰り返していた理由の一つは、この不況を乗り越える備えか。


「……キミたちは、助けてほしいんだ――ディン共和国が、大恐慌に飲まれる前に」


 タナトスが普段半開きの瞳を開き、蔑みの視線をぶつけてくる。


「傅けよ、小国の物乞いども」

「………………………………」


ただの傲慢とは異なる。それは一切の弱みを見せない、強気の駆け引き。


(……こんな人だったっけ? 『タナトス』さん)


 その高圧的な態度を、ティアは意外に捉えていた。記憶にある彼とは、まるで印象が異なる。正直に言えば、どこか頼りない印象が拭えない男だった。


 ニケの死は――一体、この怪物に何をもたらしたのか。

 やがてタナトスは「両国友好の条件は、一つだ」と手を差し出してきた。



「ディン共和国の『対外情報室』――ぼくら『創世軍』の傘下に入れ」



 飲めるはずがない、吹っ掛けられた要求。

 一国の命運をかけた交渉は、最悪な形でスタートしていた。



 ◇◇◇



「マスター、いつものっ!‼ 今日は、ヤケ酒よおおおおおぉっ!」

「いや、まだオープン前っすから」


 帰国したティアはまず酒に逃げた。

 モニカと別れ、ディン共和国まで航空機で戻ったティアは、首都の路地に向かう。


 きな臭さ漂う繁華街には、とあるお店の開店準備を進めている仲間がいた。

『草原』のサラ――自国を離れるまでの一年、自身の夢を叶えようとしている。

 元々バーがあった居抜き物件を早速購入し、メニュー開発に勤しんでいた。任務と並行して取り組んでいるため多忙だろうが、その顔は常に生き生きしている。

 アポなしで訪れたティアにも、サラはすぐに対応してくれた。


「早く陽炎パレスに戻ったらどうっすか? 仕事が山ほどなんすよね」

「人がすっごく減ったから寂しいのぉ! のおおおぉ!」

「そんなエルナ先輩みたいな声を出して……」

「最近、考えを改めました! 癒しの彼氏が欲しいわぁ! 一夜の関係なんてダメ! 私のすべてを理解し、甘やかし、支えて、応援してくれる彼氏が欲しいわああぁ!」

「果たして、この変化を成長として捉えていいのかどうか……」


 そう言いながら、てきぱきとワインや燻製したナッツを用意するサラ。

 ひとしきり彼女の気遣いに甘えたところで、ティアは口元を引き締めた。


「『創世軍』との対立――覚悟はしていたけれど、やっぱり根深いのよ」

「うわ、突然真面目になった」

「徹底的に妨害をされる。いまだ首脳会談さえ実現させてくれないのよ?」


 彼女からの意見も欲しくて、端的に説明する。

 迫る大恐慌と、打開策となる両国和平、それを妨害する『創世軍』――。


「いや」サラは真剣な口調で告げる。「恨まれるのは当然なんですけどね」


 そのツッコミは正当ではあるがゆえに、この問題は面倒なのだ。

 ティアはワインを少し飲み「それを言っても始まらないわ」と頷いた。


「共和国のスパイとして引けないわ。『革命前に戻せ』なんて言われても無理な話よ」

「それはそうっすけど」

「分かっているでしょう? 何の手立てもないまま、ディン共和国に恐慌が来たら――」


 ティアは、政府の専門家が出した試算を伝える。


「――失業率三割超え。餓死者さえ出るであろう、あらゆる産業の終焉よ」


 ティアの言葉に、サラは顔を青ざめながら身震いさせた。

 事実、ムザイア合衆国では既に自殺者が急増しているという。本格的に大恐慌が共和国に波及するのはまだ先だが、影響は出ている。残された時間はもう多くない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る