第2話

「すべてはモニカが悪いのよ?」

「え? もしかして今ボクが責められてる?」


 任務を言い渡された翌週、ティアはモニカに八つ当たりしていた。

 当然モニカからは「最初から説明してよ」と睨まれるが、ティアにはその反応自体が腹立たしかった。現在のティアの非常事態は、彼女が原因に他ならない。

 モニカの怒気に負けず、ティアは「アナタに気づかされたこと」と説明する。


「――私は、いまだ恋愛したことがないって話」


 そこでようやく腑に落ちたのか、モニカは「あぁ、その話」と呟いた。


 それは先の革命任務で起きた大事件だ。

 性に奔放すぎる秘密結社に潜入した際、ティアはモニカと恋愛観について語り合った。そこで初恋を上手に語れなかったティアに、モニカが驚愕しながら指摘した。


 ――『キミって、まだ恋愛をしたことがない?』


 即座にありえないと否定したが、冷静に整理した時、認めざるをえなかった。

 一夜の性愛と、長期的な恋愛は、似て異なるもの。

 ティアは前者の実績ゆえに「恋愛マスター」を自称していたが、それは完全な勘違い。人生をともに生きたいと想った人間など、過去に一人もない。


 つまりは――ティアは、恋愛経験ゼロ女。


「で? ボクのどこが悪いって言うのさ?」とモニカ。

 ティアは「だからすべてよ」と即答する。


「アナタの指摘以来、会う人全員『恋愛的にアリね』とジャッジするようになったの」

「本当に、ボクのどこが悪いって言うのさ⁉」

「いや、アナタの指摘が事の発端だからよ」

「その一点に重きを置きすぎてない⁉」


 もちろん感謝もしているが、責任も感じてほしいティアだった。

 いまだ納得いかない顔のモニカに、ティアが「まずは聞いて」と肩に触れる。思い切り腕は振り払われたが、構わず「聞いてくれるのね」とそのまま進行。


「気づかされたのよ。私はまるで、クラッカーを砂糖で煮詰めて作った甘味を、本物のリンゴと思い込んでいた道化。あまりに哀しいピエロよ」

「『哀しい』より『滑稽』が似合うけれど」

「そんな道化が本物――本当の恋人を欲しがるのは必然じゃない?」

「……なるほど。言いたいことは三百ほどあるけど、面倒だから見逃すとして――」


 モニカは頭痛をこらえるように眉間をつねる。


「――会う人全員『恋愛的にアリね』ってなに?」

「端的に言えば、体の関係まで可能って評価よ」

「本質変わってないじゃん⁉ 直後はもっと厳しく男性を評価していたでしょ⁉」

「えぇ、『私に見合う男はいないわね』とか舐めた発言をね。こんな初心な恋愛素人が」


 初心ではないでしょ、というモニカの視線は無視し、ティアは頷いた。


「それはよくないと理想を下げたら、今度は男性全員が恋愛対象に」

「だからなんで、そう両極端なんだよ⁉」

「とにかく、それが今の私の状態なのよ。私自身、パニックだわ」


 とにかく驚かれても、答えは出てこないので仕方がない。

 そもそも元々「恋愛対象」という概念をティアは持ったことがないのだ。容姿の美醜や性格の良し悪しを評価することはあれど、自身とのタイプなど結び付けた試しはない。

 不思議だわ、と首をひねっていると、モニカが呆れた声をぶつけてきた。


「あのさぁ……今、そんな会話をしている状況?」

「あら? 私の恋愛観以上に、重大事項があるの?」

「場所が場所だって言ってんだよ」


 ティアが挑発的に微笑むと、モニカが静かに表情を引き締める。


「ここは虎穴さ。全員、ボクたちを殺したくて仕方がないんじゃない?」

「古巣の間違いでしょ? モニカの緊張を解してあげようと思って」


 そう、二人が今いるのは――恋話に似つかわしいカフェなどではない。

 ライラット共和国・諜報機関『創世軍』の本部。

 国会の機能を有するブルックボン宮殿の一角だった。経済規模は世界三位の大国の中枢。ほんの数か月前まで命を奪い合った、敵国の本丸である。

 革命時に一部は炎上したが、その豪華絢爛な内装は衰えを知らない。


 招かれた応接室には、まるで影そのものを纏うかのように陰気な男が待ち受けていた。しまりのない顔つき。どこを見ているのかさえも分からない、男。半開きの口元。

 彼こそが現在の『創世軍』のトップ――『タナトス』。


「まさか……キミたちがはるばるやってくるとはね」


 彼は、薄く、そして不気味な笑みを見せる。


「こんな形で会うとはね……『キルケ』君、『アイオーン』君……」


 それは、かつてモニカたちが名乗っていたコードネームだ。

 モニカたちは一時、『創世軍』に潜り込んでいた。その際、当時『創世軍』のトップである『ニケ』の付き人だった彼とは、何度も対面している。

 ティアは「久しぶりですね」と友好的に笑いかける。


「タナトスさんが新たな『創世軍』のボスになったのね。おめでとうございます」

「……挑発にしか聞こえないけど……ま、素直に受け取ろうかな……」

「心からの賛辞ですよ」

「で? そんなお世辞を言いに、わざわざここへ?」


 じとっとした陰のある視線をぶつけてくるタナトス。

 かつての同僚である彼だったが、一切は敵意を隠さない。


 理由は単純だ――


 正確にはニケを殺したクラウスだが、彼女を親愛していたタナトスが『灯』の敵対的立場をとるのは必然。仇敵と呼ばれても否定できない。

 媚びを売っても逆効果と捉え、ティアは「では単刀直入に」と踏み込む。



「アナタたち『創世軍』が邪魔なのよ――両国友好の妨害をしないでくれる?」



 現在推し進めている両国の首脳会談には、いくつかの障害が存在した。

 その最大かつ最重要の問題こそが――諜報機関『創世軍』。


 革命の成功で、旧国王や貴族の支持者は一掃されたが、この諜報機関は巧みに立ち回った。いち早く革命の大勢が決したと判断したニケは、新政府に迎合。国王を飛び越え、王国陸軍に指示を出し、この混沌を見事に収めてみせた。


 つまり、新政府においても『創世軍』はいまだ大きな権力を宿したまま。

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