第9話

 マイヤーハームから荷物が届いたのは、それから一か月後のこと。

 ちょうどリリィ、ジビア、モニカの三人が揃っているタイミングだった。


 任務で疲れ果ててダイニングテーブルで三人同時に熟睡した時、集合住宅前に仕掛けていた報知器が作動した。三人同時に顔をあげ、仲間の顔にハッキリ残った服の跡に笑う。自分の顔にも同じような痕がついていることに気づかないまま。


 やがて配達員が届けてくれた段ボールを見て、リリィが「お」と声をあげる。


「どうやら『救国者ちゃん』のグッズのサンプルが届いたようですな」


 マイヤーハームはあの後、手早く仕事をこなしてくれた。

 段ボールに入っていたのは、ぬいぐるみだった。諜報機関の広告塔になる三体のマスコットは、リリィ、ジビア、モニカがモデルという。


 三人はその姿を見た時、同時に叫んだ。


「「「なんか、でっぷりしてる‼」」」


 機密情報に配慮し、外見そのままは採用しないと聞いていた。

 確かに本人とは異なっていた。足や腕はムチムチで、顔はぱんぱんに膨らんでいる。愛嬌があると言えなくもないが、やはり本人を知っているだけに違和感しかない。


「太いですね! 実に太ましいです!」

「横に、でけぇな……」

「ボクたちの髪って一部、はねてるじゃん? それも完全に消えている……」


 なんにせよ、今後のスパイ活動に影響は出ないようだ。

 モニカは自身をモデルとした『救国者ちゃん・蒼』を持ち上げ、苦笑する。


「本当に認めてよかったの? こんな、ふざけた代物」

「いいんですよ。ここまで違えば、スパイ活動には影響はないでしょうし」


 リリィは『救国者ちゃん・銀』を抱きかかえ、高く掲げる。


「我々はクラウス先生を超えるんです――まずは打倒『クラクラちゃん』‼」


 謎の張り合いを始めるリリィは「うおおおぉ」と意味なく、ぬいぐるみを掲げる。

 ジビアは「なんだよそれ」と肩を竦めて『救国者ちゃん・白』を振った。


「で、本音は?」

「ん?」

「無駄なおちゃらけはいいんだよ。さっさとマジトーンで語れ」

「……首脳会談で痛感したじゃないですか。みんな、不安なんですよ」


 リリィは優しく微笑んで『救国者ちゃん・銀』をテーブルに置いた。


「もうすぐ大恐慌が来る。みなさんの恐れに、少しは寄り添えたらいいのかなって」


 ジビアが思い出したのは、宮殿で悩ましげに腕を組んでいた使節団や官邸前で首脳会談に向かう首相を見送った国民――ではない。


 ラジオを見つめ、苦しそうに恐怖を吐露したモニカの姿。

 モニカはじっと押し黙り、静かに「……そうだね」と呟いた。そのまま掴んでいた『救国者ちゃん・蒼』をテーブルに置く。『銀』の左隣に。


「クラクラちゃんの大ヒットも、そんな背景かもね。一家に一匹・クラウスさん」

「そりゃ子どもだって安心して眠れますよね」

「安心の対象は多ければ多いほどいい。今度は『茶』や『赤』も作ってもらおう」


 続くようにジビアも「『黒』、『桃』、『金』もな」と微笑んだ。


「最初は罪悪感もあったけど、もう、どうでもよくなってきた。あたしらの先生――クラウスが陸軍広報室のマスコットになって、堂々裏切ってんだからよ」

「それはそう」

「マイヤーハームさんの腰が抜けるかもしれねぇけどな」

「いいんですよ。わたしたちが国を裏切っても、『救国者ちゃん』は国民を守るんです」


 ジビアも『救国者ちゃん・白』をテーブルに置いた。『銀』の右隣に。

 三体並んだぬいぐるみを見つめ、リリィが満足げに頷いた。



「たっぷりと残していきましょうよ。わたしがこの国で奮闘した証を」



 これは一年の準備期間――いずれ手放す、儚い栄光の記録。

 彼女たちはすべてを手に入れながらも、そのすべてを失う。

 名誉も、安穏も、同胞も、切り捨てて、修羅の道を歩んでいく。


 けれども手放した物が、すべて消えるとは限らない――これは、そういう記録だ。


 だから三体並んだぬいぐるみは、ずっと世界のどこかに残り続ける。

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