第8話

 そんな騒動で生活は始まるが、トラブルは頻発した。

 ――モニカが不眠症に陥った。


 彼女を寝室に押し込み、リリィの隣のベッドで寝かせたところ、朝まで一睡もできずに固まる事態が発生。それ以来、どこに寝かせても彼女は連日寝不足になってしまったのだ。日中フラフラの彼女を眺め、ジビアは「なんで同棲を提案したんだ、コイツ……」と頭を抱え、リリィは「爆睡していた自分が恥ずかしい」と落ち込んだ。

 さすがに、いくら仲が良くても距離感は大事では、という可能性が全員の頭をよぎる。


 三人の生活を好転させたのは――とある任務。


「ティアから緊急指令。ビュマル王国とガルガド帝国が軍事同盟の噂だってさ」

「デマでしょ? 今の帝国と繋がるメリットなんてないのに?」

「だから、その真偽を確かめろって任務」

「その噂を突き止めた諜報員が判断しなよ、そんなもん」


 任務続行不可能に陥った同胞をフォローするのが『灯』の仕事。

 それは、ビュマル王国潜伏中の同胞からのSOSだった。機密情報の一端を掴んだが、真偽を確かめる最中、命を狙われているという。直ちに合流しなければならない。


 不平を口にしながらも、ジビアとモニカは準備を始める。

 しかし、普段なら我先に飛び出す勢いのリリィは、テーブルで頭を抱えたまま。


「……………………………………うおおおぉ」


 謎の呻き声を漏らす彼女に、ジビアとモニカも動揺していた。

 このメンタル怪物である彼女が任務に躊躇いを見せるなど、もはや非常事態。


「どうした? 腹痛か?」「なにを拾い食いしたの?」

「拾い食い程度では、わたしの身体は動じませんよ」


 拾い食い自体は否定しないリリィが苦しげな表情で「……アイツです」と呻く。


「「アイツ?」」

「えぇと『旗師』さんっていう、養成学校時代、因縁のある御方でして」


 言葉は濁しているが、養成学校でリリィを虐げていた人物とは察せられた。あの強かなリリィが青白い顔で「会いたくねぇ」と吐き捨てている。

 モニカとジビアは渡された任務の詳細を確認し、意外な名前を発見する。


「よく見れば、他の連中って、もしかして『堕落論』の――」

「――ん? あぁ、養成学校の退学者の犯罪集団――」


 かつて養成学校に在籍していた者も、今では前線に出ているようだ。リリィのコンプレックスを刺激する存在も、今や最前線で闘う同胞。

 ジビアとモニカは、躊躇うリリィの肩を強く叩いた。


「やるしかねぇだろ。『灯』が手本を見せてやろうぜ」

「人手不足が深刻なんだよ、ディン共和国。ボクたちが頑張るしかない」


 三人はその後ビュマル王国で、クラウスとの訓練で培った技術を発揮する。

 任務自体は成功し、軍事同盟の噂自体は敵諜報員を嵌めるための罠だと看破。

そして、なにより三人にとって思わぬ成果をもたらす。


 普段以上に奮闘しすぎた結果――モニカが帰宅後、ぐっすりと眠りについたのだ。



「働きまくれば眠れる」という力業が生み出され、三人の共同生活は進展を見せる。


 気絶寸前まで動き続けるモニカに、ジビアは「それでいいのか」と困惑しつつ、単独行動を増やした。ライラット共和国から帰国したジビアは、その足でサラやグレーテの下にも通うようになる。その溢れる行動力は、毎日任務で体力を使い果たすようにしていたモニカにはついていけなかった。


 同棲生活二か月、ようやくモニカとリリィは気まずさから解放された。

「余計な配慮はしない」というルールが効き始めたのだ。不眠症も次第に克服していく。


 任務後、二人はゆっくりと酒を嗜み、読書しながら身体を休める。

 余暇の時間が充実してくると、連動するように仕事も順調に回り出す。


「とうとうだっ……」


 ジビアが嬉しそうに家に駆け込んだのは、そんな時期。

 創作料理に励んでいたリリィとモニカに、彼女は嬉しそうに発表した。


「今日さ、対外情報室の本部に呼び出されて、スパイ候補生の招待枠をくれるって――」


 おぉ、とリリィとモニカは二人同時に手を叩いた。

 それは、上層部からの信頼を勝ち取った証明。対外情報室での一部の優秀なスパイには、養成学校へ招待するスカウト権が与えられる。


「ふぅん。ボクたちもとうとう、そっち側の立場か」

「このリリィちゃん、見込みある人をばんばんスカウトしちゃいますよぉっ!」


 偉そうに腕を組む二人に、ジビアが「認められるって嬉しいよな」と笑いかける。


「話の打診を受けたのは、あたしだけだけど」

「とうとうチーム内で格差が‼」「くっ、人脈モンスターめ……」


 やがて三人は早速「誰をスカウトするか」という議題で盛り上がる。

 思い出話が花開くと共に、たくさんの空想が飛び交った。


 筆頭は「秘密結社『LWS劇団』のお姫様・スージー」。外国人だろうと、なんでも構わない。他には「手段を選ばぬ暴走少女・ラフタニア」、「ジビアと関わりが深い孤児・フェルト」、「モニカ最初の弟子・マテル」などの名があがった。


「正直、過酷な環境すぎて、あんまりスカウトしたいとは思わねぇけど」


 結局スカウト権は使わない、という結論には落ち着いたが、実に楽しい夜だった。

 その空想はジビアの嬉しそうなセリフで締めくくられた。


「本気で国を救いたいって奴を応援できるのはいいよな」


 養成学校のすべては肯定できないが、すべてを否定することもできない。

 それはスパイとして自身が救われた三人の確かな実感だった。



 ◇◇◇



 他にも多くの思い出をリリィはマイヤーハームに語っていた。


「三人全員でサラの店の開店準備を手伝ったこと」や「任務として大学生に成りすまし、大学生活を堪能したこと」、「『創世軍』の接待でピルカの一流ホテルに連泊させてもらったこと」など直近の思い出を語っていく。

 無論、機密情報やモニカの事情などはしっかり伏せている。


 楽しく語り終えた時、官邸の周囲をぐるりと一周していた。

 出勤にちょうど間に合うよう、リリィが調整してくれたのだろう。

 その事実を悟ったマイヤーハームは、感心の心地でリリィを見つめる。


「案外、普通なんですよ。英雄の姿なんて」


 リリィが恥ずかしそうに頬を緩める。


「普通に、周りの世界を愛していて、へとへとになりながら進むだけ」


 彼女の意図に反し、マイヤーハームはそれが一切『普通』とは思わなかった。

 しかし、言わんとすることは理解する。


 行為自体は異なるが、根幹は同じ――仲間との関係に心配し、劣等感に振り回され、それでも仕事の成果を祝い、挫折と成功の狭間で、一日の終わりには自身を労う。

 それがスパイというならば、マイヤーハームと何一つ変わらなかった。


「わたしは、いいんじゃないか、と思います。『救国者』ちゃん」


 最後にリリィは、にっこりと微笑んだ。


「大丈夫、わたしたちを信じていい――絶対に後悔はさせない」


 マイヤーハームをじっと見つめながら、紡がれた言葉。

 その言葉を伝えられた時、彼女は胸で渦巻いていた恐怖が薄らいでいることに気が付いた。嘘だとしてもいいじゃないか、と思えるほどに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る