第5話

「終わったようですね、首脳会談」


 そうジビアが口にした瞬間、宮殿内部が騒がしくなった。

 待機している公使から、首脳会談が終わったという報告が入ったようだ。応接室で待機していた使節団たちは、宮殿の大ホールに足を運んだ。


 ほぼ同時に宮殿前で待機していた記者たちも流れ込んでくる。

 会談の結果は、使節団と記者たちに同時に報告されるらしい。


 かなり異例な態勢だとマイヤーハームが呟いた。

 大ホールにはディン共和国の使節団、そして、ライラット共和国の閣僚たちが並び立った。世界中の記者たちはカメラを構え、ホールの中央に置かれた講壇を見つめる。


 やがてホール最奥にある大階段から、両国の首相たちが下りてきた。


「万事が問題なく」


 その顔には、朗らかな笑顔が満ちていた。

 やがて講壇の前で、ライラット共和国の若い首相が挨拶を述べ、報告する。


「ライラット共和国とディン共和国は、恒久的平和の確保を目的として、経済・軍事・政治の諸分野にわたり、歴史上最高の友好関係を構築することを確認しました」


 直後、宮殿が揺れるほどにどよめいた。

 記者だけでなく、両国の関係者も同じように目を見開いている。まさか『歴史上最高の友好関係』というフレーズまで飛び出すとは、あらゆる想定を超えていた。


 シャッター音がしばらく鳴り続け、熱意が籠った記者たちが歓声をあげる。

 細かい調整は二日目に持ち越しらしいが、この分ならば問題ないだろう。

 記者の後方で眺めていたジビアが「ほら、問題なし」とマイヤーハームに笑った。


「会談時間の延長は、きっと演出ですね。この異例の報告も」

「ど、どういうことですか……」

「『創世軍』の発案か、あるいはティアかも。こっそり調整していやがったんですよ」


 経緯は不明だが、効果はあったようだ。

 記者たちは、この二時間の延長を、想定を超えた両国の友好の証明として解釈している。飛び交う質問の裏には、この会談の成功を祝う感情が隠しきれていない。


「こういうの共有してほしいよな。好き勝手しすぎ」


 ジビアが呆れると、マイヤーハームが感激するように「さすがです!」と笑った。


「やはり、アナタたちは『救国者』です‼ この国を救ってくれました!」


 差し伸べてきた手を、ジビアは苦笑しながら握った。


「自分だけじゃありませんよ。国家に関わるすべての人のおかげ」

「いえいえ、ご謙遜を。やはりアナタ方は国家の広告塔として相応しい!」

「あー、いや、そ、それじゃどうなんですかねー」


 両手でジビアの手を振るマイヤーハームの前で、ジビアは目を泳がせる。

 今後タイミングを見て首相に要望を伝える予定だったが、この会談の成功でマイヤーハームの熱量が増した可能性がある。一言、水を差しておきたい。

 それをどう伝えようかジビアが頭を回した時、冷ややかな言葉が飛んだ。


「――マイヤーハームさん」


 それは横に立っていたモニカだった。やけに険しい顔つき。

 彼女はマイヤーハームの手首を掴み、そのまま強引にジビアの手から離させる。



「――目の奥、笑ってなくない?」



 浮かれた空気を凍り付かせるような声音。

 モニカはマイヤーハームの手首を固く握り続けている。


「そろそろ本心を明かしなよ。今の反応で確信に変わった」

「え? いや、なんのことでしょうか……?」


 マイヤーハームは後ずさり、モニカの手から逃れた。

 退くマイヤーハームの両肩を、リリィが「いやいや」とその背後から掴んだ。


「モニカちゃん、さすがに殺気を出しすぎでは?」

「警戒だよ。なにか腹積もりがあるのが気に食わない」

「あまり脅さなくても。悪意は感じられませんでしたよ?」


 文字通りマイヤーハームの肩を持ち、微笑みかけるリリィ。

 が、彼女はその肩をがっしりと掴んだまま、離すことはない。


「ただ、なんとなく予想していたことが今確信に変わりましたね」

「ね。観察しておいてよかった」

「えぇ、首相から予算案増額の指示が下り、その方策含め、対外情報室から具体的なアイデアをもらっている。なのに、わざわざ、わたしたちに意思確認するなんて」


 マイヤーハームを挟むように話し続ける二人。

 最後にリリィが僅かに指に力を籠め、笑いかける。



 ジビアは全くピンとこなくて固まってしまう。


 マイヤーハームの顔からは血の気が引いていた。

 その分かりやすい反応に、モニカも「そうなんでしょ?」と追及する。


「『人間を駒扱いしたくない』――アレは、自分に向けた言葉だったんだ?」


 そこで、ジビアもさすがに察した。

 彼女は――『灯』を『救国者』として崇める事実に複雑な心境を抱いている。


 そして、その理由は察せられた。

 この首脳会談の裏で行われていた密談を、彼女ならば把握していてもおかしくはない。


「もしかして、マイヤーハームさん」ジビアが尋ねる。「《暁闇計画ノスタルジア・プロジェクト》を知ってんのか?」

「……今回の会談には、その確認も含まれておりますから」


 マイヤーハームは気まずそうに俯いた。

 先ほどの不安の吐露は、本心なのかもしれない。彼女は両国の平和が失われることを不安がっていたのではない。むしろ築かれることを、憂いていたのだ。


 今、記者団たちの前で、両首相は固い握手を交わしている。


「総理は同意したのです、《暁闇計画》に」


 マイヤーハームは寂しげな瞳で、自国の首脳を見つめている。



「大量虐殺兵器の《叡智の実》で帝国民を数百万人、殺戮する計画を」



 その賛否を巡って無数のスパイたちが組織を裏切り、やがて身を滅ぼした。

 駒として生きるか正義を信じるか。その二択に迫られるのは、官僚も変わらない。



 ◇◇◇



 二日間にわたる首脳会談は、無事に終わった。


 使節団の帰国まで付き合ったジビアたちは、ディン共和国の拠点まで戻った。

 途中リリィが『ちょっと調べたいことがあり!』と言って、離れていった。

 サプライズでも企てているのだろうと察し、ジビアとモニカは追及しなかった。


「結局、首相は説得しなくてよかったのかな?」

「どうとでもなるでしょ? マイヤーハームさんが反対なんだから」


 パンとスープの晩御飯を取りながら、首脳会談の顛末について話す。

 首脳会談は無事に終了。当初は帰国後、首相に『広告塔拒否』の相談をする予定だったが、マイヤーハームの本心を引き出せた以上、実行する理由は薄れていた。


「最初からボクたちには断ってほしかったんでしょ」

「あのダサい計画名はそういうことか。なら、最初から本人が反対すればいいのに」

「そうはいかないでしょ。総理から直々のお達しなんだから」

「……お役所は大変なんだな」

「計画を変更するにしても『ボクたちの反対』という建前が要るんでしょ」


 不愛想に言い放ち、不服そうに唇を尖らせるモニカ。


「虐殺計画に自国を巻き込んだ元凶――そう逆恨みされたのかな?」

「そこまでじゃねぇだろ。ただ単純に……戸惑っているだけのように見えた」


 意地悪い解釈をするモニカを、ジビアは窘める。

 辿り着いたマイヤーハームの本音に対し、悪い印象は持たなかった。


《暁闇計画》――新兵器の《叡智の実》をもって、ガルガド帝国を蹂躙。圧倒的武力を全世界に知らしめ、その後、抑止力として三大国による恒久平和を実現させる。


 この計画に対し、恐怖心を抱くのは分かる。

 三大国は新兵器を使用する建前が欲しい――ゆえに次なる世界大戦を容認する。


「本人も結論が出てねぇんだよ。肯定も、否定もできねぇんだよ」

「確かにね。《暁闇計画》に絶対的な反対でもなかったか」


 モニカは皮肉気に笑い、ちらりとリビング端のラジオに目を移した。

 この日は、週五日の国営ニュースの放送日。


「それはそうだよ――その時は確実に近づいているんだから」


 ここ数日の放送は、ほぼすべて内容が同じだった。

 ライラット共和国との首脳会談、そして、ガルガド帝国の内情。


《ガルガド帝国は、レゲンス党の躍進が止まりません》


 固いアナウンサーが読み上げるのは、隣国の極右政党の拡大。


《ザイドル党首は、マルデディド芸術劇場で二千人の聴衆を前に――》


 次の選挙で、レゲンス党は第一党まで上り詰める勢いの政党だ。

 その思想の中心は、先の大戦で押し付けられた不平等条約の撤廃。賠償責任を放棄し、軍事費の倍増を謳っている。更には、報復の戦争さえも示唆しながら。


 世界は一歩、一歩、次なる戦争に向かっている。三大国の思惑通りに。

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