第3話

 以下、特務諜報課・マイヤーハームから語られた内容。


『現在、総理から諜報機関の予算を増額するよう指示が下りましてね』

『えぇ、皆さんの功績を考えれば、当然の判断でしょう』

『しかし、財務省含めて関係各所からも反発が多いのが現状でして』

『残念ながら、行政職員の七割はインテリジェンスの重大さを認識していないのですよ』

『皆さんのご活躍を公表できれば楽なのですが――さすがにダメですよねー』

『まさか「ライラットの革命は、スパイのおかげだ」とは公的に言えませんから』

『ゆえに別の広報活動! その名も「救国者ちゃん☆凱旋ハッピーパレード」!』


『結論から言いましょう』

『アナタたちお三方には、対外情報室の広告塔になってほしいのです』

『そうです。スパイも表舞台に立つ時代が来たのですよ!』

『フェンド連邦は諜報機関の存在を大々的に公表し、スパイが主人公の長編小説が大ヒット! ライラット共和国では「ニケ」が自身の写真集を発売していました!』

『ちなみに、後者もベストセラーです』

『信じられない? いや、本当です。ディン共和国の書店でも買えます』

『ヌードもあります。いや、本当だってば。なんですか、その目』


『……こほん。とにかく対外情報室とも相談し、許可は下りています』

『どころかご提案までしていただきました。「灯」の中心人物であるアナタたちをモデルにしたマスコットを作製し、知名度を上げるように』

『そのマスコットこそが「救国者」ちゃん――今のアナタたちに相応しい名です』

『当然、今後の活動に支障はきたさないように配慮します』

『そして、アナタたちスパイに断る権限などないのは把握しています。ですが、人間を駒扱いしたくない。私の信念から直接、頭を下げにきました』

『どうか広告塔として、この国を救っていただきたい』


『…………え?』

『………………すみません、小声で聞き取りづらく』

『……………………計画名のダサさ?』

『あー、行政は分かりやすさ第一なので……受け入れてください』

『なんにせよ――今後、この国の未来を担うアナタたちに相応しいお仕事です』


 それらの説明を聞き終えたところで、三人は帰路についた。

 現在、彼女たちはライラット共和国との国境沿いの街に構えている。

そばに建てられた工場の労働者用の集合住宅。革命任務後間もなく大恐慌が始まり、工場が一時停止し、住人が出払った隙を見逃さなかった。


「……………………さて」


 そんな1LDKの拠点に帰宅した途端、リリィはリビングの机をどんと叩いた。



「罪悪感が限界突破あああああああああああああああぁ‼」



 それは渾身の雄叫びだった。

 もはやリリィの言葉を遮る気力もなく、ジビアもモニカも同意する。


「これから国を裏切るあたしらが広告塔ってなに?」

「……なんで裏切るダメージを増やしていく方向なの?」


 先ほど言った覚悟もあっさりと霧散する。


 一応、三人の中でも温度差はあった。リリィは「一年前の自分なら、超喜んでいたのに!」派であり、ジビアは「本当に予算が増えるなら引き受けてもよかったけどな」派であり、モニカは「いや、スパイとして陰に徹したい」派。

 が、なんにせよ今の状況では「「「飽和罪悪感‼」」」という結論に辿り着く。


「しかもよぉ、去り際、こんなものまで渡されちまったよ」


 そうジビアが力なく呟き、渡された紙袋の中身をテーブルにぶちまけた。

 元気よく飛び出したのは――バールを握りしめた育ちが悪そうな犬のぬいぐるみ。


「なんですか、この腹立つ犬は」とリリィ。

「陸軍広報室のマスコット『クラクラちゃん』――これが目標だって」

「グッズ展開までされるんですか⁉」

「一応、あたしは知ってる。最近、子供たちの中で大人気なんだ。落ち着かない夜に抱きしめると、ぐっすり眠れるんだって……これに、あたしらがなるんか?」


 リリィはぬいぐるみを摘まみ、顔の前まで持ち上げた。

 なにか気になるところがあるのか、じっと見つめて「んん?」と首を捻っている。


 ジビアは「限定バージョンもあるんだってさ」と補足した。今度の冬には『スペシャルカラー・プレミアムエディション』なる物まで製作されるらしい。

 モニカが「さすがに付き合ってられないな」とぬいぐるみを摘まんだ。


「ねぇ、こればっかりは断らない? 胸が痛いし、単純に不愉快」

「けど、どうやって?」ジビアが顔をしかめる。「一応、総理の意向だろ?」

「その首相に直接、頼めばいいんだよ。どうせ今度、会うんだから」


 官僚が聞いたら卒倒しそうな、組織の指揮系統ガン無視のアイデアだった。

 だが、ちょうど実現できるチャンスはある。首脳会談の護衛を命じられたばかり。

 ジビアも「さすが、モニカ!」と指を鳴らした。


「それだ。まず、あたしらは任務を完璧に達成する! パーフェクトに!」

「うん。その後で頼んでみよう。さすがに聞いてくれるでしょ」


 今後の方針が定まり、二人は早速任務の詳細を詰め始める。

 その隣では、いまだリリィが「んんん?」と『クラクラちゃん』を見つめ続けていた。



 ◇◇◇



 ライラット共和国では革命後、臨時政府による国民投票が行われた。

 旧王政府では制限されていた選挙権は、対象を全国民に拡大。臨時政府は正式な政府として承認され、その後、新たな首相が誕生した。


 しかし様々な妨害があり、ディン共和国との首脳会談は先延ばしが続いていた。

 ゆえに、ようやくの首脳会談は――まさに両国民の待望の、歴史的瞬間。


 会談当日の朝、多くの国民が官邸の前に集まり、カウフマン首相を見送った。

 その数は五百人。全員が両国の平和を願う言葉をかける。

 想定以上の数に警護たちも一時混乱したが、それ以外は恙なく進行する。


 使節団は午前にはライラット共和国の空港に到着し、楽団による歓迎演奏。会談場所であるファグマイル宮殿に移動後、写真撮影、新政府樹立を祝う式典――順調に進む。

 拍子抜けするほどにあっさりと進み、リリィたちは手持ち無沙汰だった。


「警護が暇なのは、実にいいこと」

「つーか、『創世軍』の連中だって目を光らせているしな」

「むしろ、彼らを刺激しないよう、出歩くなって命じられているからね」


 現在は、宮殿最奥で非公開の会談が行われている。

 リリィたちは使節団の警護として同行し、応接室に待機していた。

 なにかあれば首相の下に駆け付ける態勢だが、その予兆もない。反政府結社は完全に押さえ込まれているようだ。豪華絢爛な宮殿の装飾を眺めるだけの時間。


 唯一の問題は――今、会いたくない人物との再会だった。

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