第2話

「……なんか、えらくなっちゃいましたねー、『灯』」


 そのまま導かれた官邸の会議室で、リリィはぼやいた。

 内閣府の官僚から会談のスケジュールなどの説明がされた直後だった。出来上がったライラット共和国の新政府には、過激な反対運動家もいる。万が一に備え、警察からも警護を派遣するが、諜報機関からも手練れを派遣してほしいとのことだった。


 官僚たちが去ったあと、ようやく一息吐ける時間が訪れた。

 朝から混乱しっぱなしだったリリィは「いやぁ、驚き」と天井を見上げる。


「総理大臣なんて新聞で見る存在でしたからね。はへえって感じです」


 高い天井には、共和国の職人たちがあしらったモザイクタイル。

 政府の威厳を示す装飾は、ここが国家の中枢であることを物語っていた。


「いやいや。元々『灯』はかなり偉いのよ?」


 会議室の椅子に腰を下ろし、ティアが呆れた視線を向ける。


「国家最高のスパイチーム『焔』の後継者――というより、公的には第四十代『焔』だからね。私たちが先々代と分けるために勝手に『灯』と言っているだけ」

「それでも、わたしは『灯』と呼び続けたい」

「……まぁいいけど。なんにせよ、元々首相から期待は寄せられているのよ」


 そう説明した上で、ティアは「それを自覚したのは最近だけど」と補足する。新たなボスとして活躍する中で、より多くのことが見えるようになったようだ。

 モニカが会議室に飾られた抽象画を眺めながら「てことは」と呟いた。


「実はクラウスさんも、首相って会っていたの?」

「いや、『部下のフォローで忙しい』って断っていたみたい」

「アイツのマイペースは首相さえ超越するのか」とジビア。

「責任の一端は、私たちにある気がするけどね」


 とにかく改めて『灯』の立場を確認する良い機会になった。

 ライラットでの革命任務の成果は、対外情報室にとっても異例中の異例らしい。軍隊を動かさずに一国の政府を打ち倒し、旧政府が推し進めた国家間プロジェクトの全容を入手。更にはこれから新政府と関係を結び、大きな国益を導こうとしている。


 その活躍は官邸を驚かせ、首相自らが挨拶に乗り出すほど。

 落ちこぼれとして蔑まれた養成学校とは程遠い名声だ。


 しかし、三人には素直に喜べない事情があった。

 ジビアが「称えられるのは嬉しいけどよ」と物憂げに呟き、モニカが「うん、悪くはないんだけど」と同意し、リリィが「そうなんですよねー」と両腕を組む。



「でも来年には国家を裏切るんですよねえええぇ、わたしたちいぃ‼」



「官邸で叫ぶな!」「小声でもアウト‼」

 ジビアとモニカがすかさずリリィの脳天にチョップを入れた。


 そう、それこそが彼女たちがこの現状を手放しで誇れない事情。


 現在、『灯』は九か月後に祖国を裏切る算段で動いている。あえて忠実に任務をこなしつつ、その一方で各々、祖国の日々を満喫しようという期間なのだ。

 なので一度リリィの口を封じたジビアとモニカも同時に叫ぶ。


「「けどっ、気持ちは分かるっ‼」」


 官邸でもノリのいい仲間たちに、ティアは「今更なに言っているの」と目を細めた。


「そもそも、立案者はリリィ――アナタじゃない」

「いや、それでも罪悪感が凄すぎて……」


 頭を押さえたリリィが、小声で反論する。


「裏切るにしても、できるだけ迷惑をかけない方法はありませんかね?」

「無茶苦茶言わないで」

「別にディン共和国に危害を加えたいわけじゃないので」


 そんなリリィの主張に、ジビアとモニカも頷いた。


『灯』の目的は《暁闇計画》と呼ばれる計画の阻止。なので計画の成就を願う祖国とは相容れないが、特段憎んでもないのだ。《暁闇計画》自体、擁護できる側面もある。

 が、ティアは顔を近づけ「ダメ。やるなら徹底的!」と厳しく口にする。


「周囲には一切疑念を持たせない――私たちはその時まで、ディン共和国に忠実な国士として完璧に仕事を果たし続ける。そうでしょう?」

「う。ティアちゃんが、ボスらしくなっている……‼」

「その通りよ。地獄に付き合わせたんだから、責任を取りなさい」


 ティアは指でリリィの胸を突くと、髪をなびかせ、踵を返した。


「私は打ち合わせがある。アナタたちはまだ用事があるから、待機!」


 颯爽と駆け出していく様は、スパイチームのボスに相応しい貫禄が宿っている。

 そんな雄姿を、残された仲間は、おぉ、と感嘆しながら見送った。


「ま、正論だな。アイツもしっかり成長してんな」

「……ところで、なんで胸を触られたんです? わたし」

「右の人指し指だよね? 折り畳んでおこうか?」


 最後のセクハラを除き、三人は改めて使命を認識する。


 ――裏切るその一瞬まで、完璧なスパイとして。


 後ろめたさはあれど、それは背反の必要最低条件。そのために、本来は再会したい盟友ランにも会わず、関係を断っているのだから。

 三人が頷き合っていると、会議室の扉が開いた。


「失礼します。今日はお時間を取っていただき、ありがとうございました」


 三人が視線を向けると、グレースーツ姿の女性が早足で歩いてきた。三十代半ばか。自信を隠さない、肩まで伸ばしたロングヘアーと白い歯が印象的だ。

 どうやら彼女が、ティアが言い残した『用事』らしい。


「内閣府特務諜報課・課長補佐――マイヤーハームです。初めまして」


 にこやかに差し出された手を、ジビアが「えぇ、初めまして」と握り返した。


「特務諜報課の方でしたか。お会いできて光栄です」

「ん、ご存知でしたか。基本、裏方なんですがね」

「この程度も覚えられなければ、養成学校は卒業できませんから」


 にこやかに笑うジビアに、リリィが小声で「まぁ、ジビアちゃんは覚えられてなかったんですが」とツッコミを入れ、モニカが「ボクらが覚えさせたんだよ」と補足する。

 ジビアが「今、覚えてんだからいいだろ!」と小声で怒鳴り飛ばした。


 特務諜報課――役割は、内閣府と諜報機関の橋渡し。


 諜報機関『対外情報室』はかなりの独立性が認められているが、もちろん好き勝手に諜報活動を行っているわけではない。大抵は、首相や閣僚、各官公庁からの調査依頼。

 そして依頼をとりまとめるのが特務諜報課という部門だった。


「それで、なんの御用でしょうか?」とジビア。

「はい、まずはおかけになってください。少々、込み入った話なので」

「どんな内容でも構いませんよ。ちょうど国家のために奔走したい気分だったのです」

「なるほど。総理と出会い、よりモチベーションを高めたのですね」


 勝手に納得してくれたマイヤーハームに促され、三人は椅子に腰を下ろした。

 なにやら普段とは異なる用事の予感は、官邸という場所の特別感からか。

 無意識に三人は身を乗り出している。


 既に首相護衛という大役を引き受けた三人。もはや、どんな任務も怖くない。

 マイヤーハームは嬉しそうに「士気漲る皆さんに相応しい任務です」と手を叩いた。



「任務名は『救国者ちゃん☆凱旋ハッピーパレード』ですっ!」



(((…………あ、超断りてぇ)))


 ここ最近は同居生活を始め、より連携を深めている三人。

 もはや視線一つ合わせることなく、内心で同じツッコミを入れていた。

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