『メタ』

「はぁい、カットおおおおおおおおおおおおお!」

 撮影スタジオにスタッフの声が響き渡る。

 本来、監督が行うことが多い掛け声だが、監督があまり声を張らない性格のため、助監督が担っていた。とにかく撮影が一時中断され、現場の空気は一気に弛緩する。


 撮影シーンは、陽炎パレスの一幕だ。巨大なスタジオに陽炎パレスの広間が完璧に再現され、今しがた、コメディシーンを演じていた役者たちが肩の力を抜いた。

 役者兼助監督を担っているアーディが、にこやかに笑う。

「お疲れ様あああああでえええす、『スパイ教室』特別ショートフィルム! シーン801撮影終了でーす。監督のチェック入りまぁーす!」

 役者たちは一度、陽炎パレスのセットから離れ、ソファに腰を下ろした。

 その間、美術スタッフのクノーと小物の微調整を行う。照明技師のヴィンドとカメラマンのビックスが、演者たちのライトの当て方について議論を始めた。結局、結論は出ず、音声技師のキュールが仲裁に入る。

 そんな慌ただしく動く撮影クルーを横目に、今しがた役を演じていたリリィは、メイクのファルマから化粧を直されながら「あわわ」震えた。

「いまだに信じられません! ま、まさか、わたしが自ら『リリィ』役を演じるなんて……!」

 彼女たちが撮影しているのは、自分たちの活躍を再現したドキュメンタリー映画。

『アナタたち「灯」の活躍を作品にしましょう』とプロデューサーのフェロニカから声がかかったのは、もう五年以上前の出来事だ。映画は14作目まで作られ、15作目の撮影がもうすぐ始まろうとしている。

「ううううぅ! でも慣れませんよぉ! わたし、こんなにうるさい子じゃなあああぁい!」


 一応「過去の完全再現」という建前ではあるが、そこはエンタメ作品。

 脚本は大いに誇張されている。作中では死亡した『焔』や『蛇』、『鳳』メンバーも生きている。特に『鳳』はこうして元気に撮影クルーとして奮闘している。

 中でも大きな嘘は、登場人物のキャラ付けだろう。

 化粧を直し終えると、リリィは大声で「きゃ、脚本さん!」と声をあげた。

「はい! 脚本のランですが――」

「確認ですけど、ドキュメンタリー映画『スパイ教室』の『リリィ』は、こんな元気なキャラでいいんですよね? じ、実際のわたしは真逆で引っ込み思案だと思うんですが――」

「今更も今更ですね。むしろ『もっとバカっぽくていい気がする。実際、そうだったからな』と監督は悩んでいて――」

「ふええええええ! か、監督ぅ! ちょ、ちょっとお話をおおおおぉ!」

 顔を真っ赤にしながら、駆け出していくリリィ。

 あまりに初々しい姿に、他の役者たちは「ドラマの『リリィ』と違いすぎるな」「もはや演技力を褒めたたえるべき」とツッコミを入れた。

「でも、役と本物が違うとすれば――」

 役者たちが休憩するソファでは、サラが足を組み、隣のモニカに肩を回している。

「モニカ先輩、あれー? 実際のモニカ先輩より、映画の『モニカ』はカッコつけすぎじゃないですかぁ?」

「そんなことないもん! ボク、昔はあんな感じだった!」

 彼女たちも自らと同名のキャラを演じている。

 意地悪めいた表情で笑っているサラは『サラ』という役であり、からかわれて頬を膨らませているモニカは『モニカ』という役だ。実際のサラはモニカに生意気な口調を叩くのだが、劇中ではありえない。

 その隣では、エルナが無表情に「そうね」と頷いた。

「アネット。アナタのイタズラも、逆に実際より誇張されている。火薬の量、増やし過ぎ」

「ア、アネットはぁ、気のせいだと思うよぉ。で、でもエルナちゃん、ご、ごめんなさい!」

 大人びたクールビューティーな品格を纏うエルナが、陰気でオドオドしているアネットを叱責する。二人とも作中の『エルナ』や『アネット』とは程遠い。

「ふふ、『アネット』がそんなに謝っちゃダメだよ?」

 長い髪をかき上げるジビアに至っては、もはや容姿さえ大きく異なる。

「レンズの外だろうと、いつだって『灯』は煌めき続ける綺羅星。惑星であるファンには、三百六十度、完璧な偶像を見せないとね。ティアもそう思うだろう?」

 声をかけられたティアも「じゃあ、アナタも『ジビア』と全然違うじゃない」というツッコミを入れず、脚本を握らせ、顔を真っ赤にして肩を震わせている。

「わ、私、やっぱり脚本書き直してもらおうかしら? こ、こんなエッチな子じゃなかったよね? 絶対に誇張されているわよね⁉ ね⁉ しかも、ここ最近、エッチなシーンが増えてない? 11作目くらいから特に!」

 普段は「清楚」という評価を与えられることの多い彼女は『ティア』の個性にいまだ馴染めないでいるようだ。ここ最近増えてきた性的描写に頭を抱えている。


 その後も、実際の自分と作中の自分の差について話題が盛り上がっていると、監督へ交渉に行ったはずのリリィが戻ってきた。

「監督いわく――『このままいけ』とのことでしたぁ!」

 ヤケクソ気味に叫ぶリリィ。

「『多少の誇張はしているが、お前は言うほど引っ込み思案ではないし、常にうるさかった』とのことです! 絶対に嘘だぁ!」

 スタジオ中に響き渡る声に、役者たちは苦笑を漏らした。

「確かに根本は一緒だよねぇ。うーん、ボクってこんな人に惚れていたかなぁ? 劇中の『リリィ』なら分かるんだけど」「どっちのモニカ先輩も面倒くさくて可愛いっすよ! めちゃくちゃ惚れているじゃないっすか」「それより、やっぱり『ティア』濡れ場が気になるわ⁉ 絶対に、こんなエッチな子じゃなかったわよ!」「嘘。ティアお姉ちゃんの部屋は、エッチな本ばかりだった。むっつりエロから、オープンエロに変わっただけ」「煌めきは何一つ変わらないさ。アネット、キミだって本当は火薬を増やしたいんだろう?」「……よ、よく分かりましたねぇ。ア、アネット、実は既に監督に頼んで、火薬の量を増やしてもらっているんですよぉ……昔っから、ずっと、そう願っていてぇ……」

 役者たちが会話を弾ませている隣では、監督が映像データを確認している。

 監督の傍らに立つグレーテが、静かに微笑んだ。

「わたくしから監督への愛は、一切誇張がありませんね……」

「お前は劇中と一切変わらないな」

 監督のクラウスは、助監督のアーディに「問題なし」と宣言した。彼女がにこやかに「今日の撮影は終了でーす」と声をかけ、撮影クルーは撤収を始めていく。


 今しがた撮影をしていたのは、本編ではなくちょっとしたショートフィルム。

 本編ほどの密度はないが、それでも仕事を終えた感慨はひとしおだった。

「……今回の撮影も楽しかったですね」

 楽屋に戻っていく役者を見送り、グレーテが頷いた。

「『鳳』の皆さんがファミレスに行く話から、更には監督とギードさんのIFのエピソードまで」

「『スパイ教室』も相当長い作品になってきたからな。ここでなければ取り上げられないキャラも増えてきた」

「皆さんの応援のおかげで生まれた物語ですね……」

「だからこそ次の撮影に進むとしよう。込められる限りの感謝と愛と共に」

 新しい脚本を手に取り、クラウスは深く頷く。

 物語は、とうとうクライマックスに突入する。ここまで応援してくれた視聴者のため、改めて気合を入れ直さないといけない。絶対に後悔はさせない。


「僕たちが紡いでいく物語が、誰かの人生に細やかな幸福を与えられるように」


コードネーム「春樹ゆい。」さんより 

『IF 灯は俳優で、「スパイ教室」は出演作品』

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