『続・秘事』

 自分は誰とも想いを共有できないまま死ぬ。

 いつの日か抱え続けていたモニカの諦念は、リリィの言葉で氷解した。

「とにかく、考える時間をくれませんか?」

 モニカの想いに、彼女は耳まで真っ赤になりながら訴えた。

 フェンド連邦任務後の出来事だった。任務中に死を覚悟したモニカは、隠していた恋心を伝えていた。本来返事を聞く気などない告白だったが、幸いにもモニカが生き残り、そして押し切るようにリリィが返答したことにより、答えと向き合わざるを得なかった。

 そして、そのリリィの答えこそ「時間がほしい」というもの。

「キミらしいね」モニカの口から自然と笑みが零れる。「ありがと」

 自身の感情を、本気で向き合ってくれる者がいる。

 その事実だけで彼女の心臓は温かな感情で満たされる。

 これは、モニカとリリィが会話を交わした直後の出来事――。


 ◇◇◇


「おええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええっ‼」

「いや、そうはならねぇだろ⁉」

「なぜ、そんな有り様に⁉」

 盛大に吐き気を訴えるモニカに、ツッコミを入れるサラとジビア。

 ジビアの自室である。

 ベッドの上で苦しそうに悶えるモニカを、ジビアとサラは呆れの視線で観察する。なぜか三分に一度の頻度で激しい嘔吐感に襲われているモニカ。一体どんな毒をリリィに盛られたのかと首を傾げるしかない。

 リリィと別れた直後のモニカを、部屋に招いたのはジビアだった。サラも付き添ってくれた。

『いや、マジでからかうとかじゃなく』『単純に心配で……モニカ先輩のことが!』

 モニカの感情の強さは、フェンド連邦の一件で判明している。

 多分大丈夫とは信じているが、恋愛に不得手なリリィが彼女の心を傷つけていないか、と案じ、二人はモニカを労わろうとしたのだ。

 が、そもそもにモニカが会話できる状態ではなかった。

「い、今は、話せる状況じゃない……」

 ベッド上で身悶えするモニカ。

 吐く寸前ならベッドから降りてくんねぇかな、という文句をジビアはなんとか我慢した。

「いや、緊張からの解放とか、咀嚼しきれない混乱とかが、混ざり合って……この世界で、誰一人、ボクの気持ちなんて、その――とにかく、うん」

 モニカにしては、あまりに要領が得ない言葉。

 ジビアが「つまり、どういうこと?」と首を傾げると、サラが「多分」と呟いた。

「過剰摂取じゃないっすかね?」

「過剰摂取?」

「甘味は美味しいっすけど、食べ過ぎると胃に悪いっすからね」

「リリィの言葉はドーナッツかなにかなの?」

 どうやら脳で処理しきれないほどの感情に襲われているらしい。

 再びベッド上で「胸やけがするううぅ」と足をばたつかせるモニカを、ジビアとサラは複雑な心地で見つめる。言いたいことは山ほどあれど、どうやらリリィとの会話は決して悪いものではなかったようだ。

 ジビアは「聞くのは、また今度だな」と肩を竦め、サラは「過剰摂取の感情が幸福、だったらいいんすけど」と苦笑する。

 嘔吐感の波を乗り越えたモニカは「と、とにかく一人にして」と立ち上がった。

「ちょっとシャワー浴びてくる……」

 そう言って、ジビアの部屋から出ていこうとするモニカ。ベッドの上から降りて、ふらふらとした足取りで歩き始める。

 そんな仲間の背中を、ジビアは「大丈夫か?」と呼び止めた。

「よかったら、大浴場までついていってやろうか?」

「そこまではさすがに。ちょっと体調が悪いだけだから」

「いや、窓から飛び降りようとしながら言われても……」

 開け放たれた二階の窓枠にモニカは足をかけていた。

 出口が違うと気付いた彼女は「……それもそうだね」と声を漏らし、サラが全てを諦めたように目を閉じる。


◇◇◇


 モニカの状態異常は、数日続いた。

「……モニカさん、今日の料理はわたくしが代わりましょうか?」

「どうしたの? グレーテ。料理くらい――」

 仲間の異変に気付いたグレーテは慌てて、台所で包丁を構えるモニカに声をかける。

 首を傾げるモニカに、グレーテは優しく指摘した。

「今、掴んでいるのは野菜ではなく、エルナさんの髪です」

 モニカは微塵切り直前の手元と、その対象を確認する。

 エルナがまな板の上に頭を乗せ「の、のぉ……」と震えていた。



 モニカの奇行は留まることを知らなかった。

「あ、あのモニカ。私だってね、本当にアナタのことが心配で――きっと、アナタは受け入れがたいかもしれないけど、悩みがあるなら言ってね」

「別に悩みなんてないけど?」

 その奇行は、普段積極的にモニカの恋愛に介入するティアでさえ、控えめに言葉をかけるに留めるほど。

 不愉快そうなモニカに、ティアはできるだけ優しく伝える。

「今、アナタが着ているのは、アネットの服よ」

 モニカは首回りの苦しい服を引っ張り「動きづらかった訳だ」と呟く。

 何も言えなくなるティアの背後では、アネットが腹を抱えて笑っていた。


 ◇◇◇


「おいテメェがなんとかしろや、このクソボケリーダー(笑)」

「理不尽な詰め方をされている気がするリリィちゃんです!」

『灯』の絶対的実力者の崩壊に、ジビアは元凶であるリリィを恫喝する。

 無実を訴えるリリィであったが、モニカの異常を取り除けるのは彼女しかいない。現在は休暇中ではあるが、このままモニカの奇行が続けば、いずれ『灯』の任務に支障が出かねない。

 ジビアがリリィの両肩を揺さぶり続けると、彼女は「わ、分かりましたよぉ!」と発して、早速、廊下を通りがかったモニカに声をかけた。

「あ、あの、モニカちゃん」

「ん? なに?」

 あくまで普段通りの対応のモニカ。

 今日はまだ、髪の結び目が四つに増えている以外の異常はない。

「なんだか、ここ数日モニカちゃん、様子がおかしいですし」

 リリィは、その髪型には触れずに笑いかける。

「も、もし、よければ、本当に一度くらいデ、デートなんて――」

「おええええええええええええええええええええええっ‼」

 ジビアは「テメェはもうすっこんでろ!」とリリィを蹴り飛ばし、駆けつけたサラが「モニカ先輩、大丈夫っすかぁ⁉ リリィ先輩はあっちに行ってください!」とモニカの背中を撫でながらリリィを追い払う。

「誰かわたしに振る舞い方を教えてくれませんかねええぇ⁉」

 必死で訴えるリリィを気にかける者は、この場には誰もいなかった。



コードネーム「ネスさん」より

 『11巻冒頭の話。人生最大の幸福感に包まれ、幸せすぎていろいろと調子を崩すモニカ』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る