『合コン』

『蛇』の諜報員――『白蜘蛛』はあらゆる雑務を請け負う。

 世界中の諜報機関を相手取るスパイチーム『蛇』の構成員は、一人一人が一国に大打撃を与えうる異能を有している一方、細かい仕事は不得手としていた。必要な人材の調達、現地での資金や武器の調達はあまり好まない。それらの弱点は、実質的な『蛇』の支配者『藍蝗』が、ガルガド帝国の諜報機関の中枢に入り込み、その構成員を働かせることでなんとか補っている。

 が、それでもサポートしきれない箇所を塞ぐのが『白蜘蛛』という男。

 その夜も仕事を任せられた彼が向かったのは――男女の出会いの場。


「どうもー、クリストハルトですぅ。うわー、二人とも可愛い子で緊張する」


 個室付きのレストランで待っていたのは、二人の若い女性。

 ドレスで着飾った身綺麗な女性たちは、二人ともガルガド帝国の政治家を父に持つ。男漁りを好み、毎晩出会いを求めて、夜遊びを繰り返しているという。

 金髪の派手な女性と、銀髪のおしとやかな女性――ターゲットは金髪の方だ。

 彼女たちは「髪型かわいいー」「今日はたのしもうねー、キノコ君」とにこやかに笑いかけてくる。初対面の印象は悪くないようだ。

(……ま、今日の仕事は楽で済みそうだ。女性を口説くのは久しぶりだがよ)

 純朴な男を装いながら、白蜘蛛は席に着いた。

 金髪の女性から父の弱みを引き出すことが、今回の任務。

(すまねぇが、藍蝗の旦那から命じられているんでな。ホテルまで付き合ってもらうぜ)

 それは『蛇』の活動を拡大させる一手。

 面倒といえど、なんとしてでも達成せねばならぬ。

 かくして超重大ミッション、白蜘蛛による合コン攻略任務が始まる――‼


「初めまして、クラウスです」

「心臓発作しかけたんで帰りますねー」


 ――四人目の人物が現れた時点で、絶望を確信。

 白蜘蛛も少し遅れてやってきた参加者には、見覚えがあったのだ。『蛇』の仇敵にして、『白蜘蛛』の天敵。この世界でもっとも毛嫌いしている男――クラウスである。

「どうかしたか? えぇと、クリストハルト君?」

 彼も一瞬驚いた表情をしたが、すぐになんてことのない笑顔で肩に手を乗せてきた。

「発作が恐いのなら、今すぐ止めてやろう――心臓を」

「止めんのは発作の方だろうが、クソボケがああああぁ‼」

 淀みなく肩を外そうとしてきた手を振り払う。

 クラウスと白蜘蛛は、互いに互いを殺したがっている間柄。

 まさか、ここまで追いかけてきたのか、と身構える。今この場でナイフを突き立てられてもおかしくはない。そして彼の戦闘能力の前では、白蜘蛛など二秒も保てない。

 が、どうやらクラウスは直ちに暗殺を実行する気はないらしい。「隙を見せたら殺す」とだけ言い伝え、席に着いた。

 いまだ命を保っている事実に、白蜘蛛は「ん?」と首を傾げる。

「あれ? そもそも今回は、五・五の合コンだったよな?」

「他の子たちは予定はいっちゃったんだってー」「そー、偶然ねー」

 質問に悪びれなく答える女性陣。

 その答えを聞いて、白蜘蛛はようやく事態を把握した。

(つまり――『燎火』も任務で合コンに参加している?)

 他の参加者を追い払えるとしたら、彼しかいない。そこまで手をかける理由が、ただ女性を口説くためのはずがない。おそらく彼も同じ相手を狙っている。

 ――任務を全うする以上、ターゲットの前で殺し合いは始められないのだ。

 なるほどなるほど、と白蜘蛛は頷いた。

 早速運ばれてきたビールジョッキを持ち上げ、女性たちと乾杯をかわすクラウス。あくまで合コンの参加者として徹する彼を見て、白蜘蛛の方針は確定する。

「えぇと、女性陣。俺から一個、提案あんだけど」

「ん? 改まってなにぃ?」「ゲームでもするのぉ?」

「今すぐホテルに行かない?」

「「露骨すぎる身体目当て⁉」」

 解答は一つ――ターゲットを持ち帰り、安全な場所まで向かうこと。

 金髪の女性はもはや女神。彼女が一緒にいる限り、クラウスは白蜘蛛に手出しできない。ならば彼より早く堕とし、自身の隣にはべらすしかない。

 初手強引に迫った白蜘蛛に、女性陣は愉快がるように腹を押さえた。

「クリストハルト君、おもしろーい」「ねー、大胆だねー」

「ま、その理解でも助かるけどよぉ」

 大胆なジョークとして受け入れられたらしい。切実な本心からの言葉だったが。

 が、この切り込みを契機に、場の空気は完全に白蜘蛛が支配した。

 女性陣が話したそうな話題を見極め、気の利いた受け答えをしてみせる。場を盛り上げる道化に徹する白蜘蛛に、やがて女性陣は熱のある視線を向け始めた。

 その間、クラウスはつまらなそうな相槌を打つのみ。

 元々察していたが、クラウスは女性の扱いが得意というわけではないようだ。

 後手に回る男を見て、つい白蜘蛛は内心で笑っている。

(ハッ、案外弱点だってあんだな。女の扱いにゃ俺の方が――)

「――店を変えようか」

 白蜘蛛の思考を遮るように、彼が淡々と呟いた。

 唐突な提案に、一気に場が白ける。

 唖然とする女性陣の前に、クラウスはカバンから取り出した札束を置いた。

「次の店では、この金を使いきろう」

「え……」「は…………?」

「あらやだ可哀想。兄弟子さんに恋愛のイロハ、教えてあげようかしら?」

 あまりの奇行にドン引きする白蜘蛛。

 金払いさえよければ、女性がなびくなんてことはない。行き過ぎた金払いは、もはや女性蔑視。むしろ、その空気の読めなさに、心の距離は開くばかり――。

「「すごおおおおおおおおっ‼」」

「あ?」

 ――と思ったのだが、女性陣から歓声があがった。

 明らかに興奮した反応。出していた声を一層高くして、早口に「ご職業はなに?」「もしかして親が資産家とかぁ?」と質問をぶつける。

 たった一瞬で興味を奪われ、白蜘蛛はただ唖然とする。

 クラウスは勝ち誇るような視線をぶつけてきた。

「自らに驕り、下調べを軽視したのが仇になったな」

「あ?」

「万人に好かれる男になる気はない。必要なのはターゲットを落とすことだ」

 つまりは全てが計算の上らしい。

 まるで見下すような態度に、白蜘蛛は眉間に皺が寄るのが分かった。なぜ勝利を気取っているのか分からないが、いまだ決着はついていない。

 白蜘蛛はテーブルに置かれた札束を掴んで、振ってみせる。

「なにカッコつけてんだ? そもそもこの大金、テメェの諜報機関持ちだろうが」

「必要経費だ。『蛇』はこの程度も使えないほど貧乏なのか?」

「っ、ほざいてろ! あぁ哀しいぜ! 兄弟子様がまさか金で女を買おうとするなんて」

「……語弊がある。そもそも二度と『兄弟子』などとほざくな」

「殺意出すな。大事な任務中でも私情を優先するのがギードさんの教えか?」

「っ、やはりお前とはここで決着をつける必要がありそうだな――!」

 つい怒鳴り合っている白蜘蛛とクラウス。

 アルコールがどうやら回り始めたらしい。普段ならばこの程度では酔わないのに、なぜか興奮が収まらない。それはクラウスも同様らしく怒りが顔に出ている。

 二人はほぼ同時に店員を呼んだ。「ビールッ!」「十本っ‼」

 どうやら、まずは語り明かさねばならないと判断。

 互いが互いに対して、鬱憤が溜まりまくっているようだ。

「そもそも、なに恋愛強者ぶってんだ⁉ モニカのケア、できていたんですかね―⁉」

「っ! その心を利用したお前が言うのか……!」

「利用されやすい弱点を放置していた上官が悪いだろ。あーあ、俺なら導くのに」

「最終的にモニカは『灯』に帰ってきた。お前にも導けなかっただろうが!」

「サラにあんなに無理させてよぉ。あーあー、かわいそー」

「だから! お前が! 言うんじゃないっ‼」

 ヒートアップするクラウスと白蜘蛛。

 女性陣がそっちのけになっている事実を、二人は見過ごしていた。

「なんかウチらそっちのけで盛り上がっているねー」「ねー、かえろっかー」

 ターゲットである彼女たちの帰宅に気づくのは、その一時間後。

 後日、二人はなんとか失態を取り戻すが、仲間から滾々と説教を受ける羽目になる。



コードネーム「かいり」さんより

「もし白蜘蛛さんが任務で合コンに行ったら」

(お題は一部省略)

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