『LWS探偵事務所』

 ふと思い立ち、副業で探偵事務所を設立したルーカス。

『焔』の中核を成す、双子の兄。『千戦無敗のゲーム師』を自称し、今や『焔』の次代ボスとして期待されている男は「スパイで培った技術があれば、探偵事務所で大儲けできんじゃね?」という雑な発想で、事務所を構えることにした。

 弟分のクラウスからは「ギャンブルでスッた活動資金の穴埋めだろう?」というツッコミを受けたが、完全無視。とにかく探偵事務所を共和国の首都に構えた。

 ――「難事件はお任せあれ‼」

 開店初日、掲げた看板の下で、バイトとして雇ったスージーは「オープンセールよおぉ! おほほほほー」とビラを配っている。謎のお姫様口調であり、謎のオープンセールである。

 とにかく彼女の頑張りもあって、依頼者は訪れるのだが――。


「ハイジが執筆した官能小説に、私とギードが登場しているのよ」

「うち、悩み相談は受け付けてないんで」


 最初の依頼者をルーカスは早速追い返していた。

 ――『紅炉』のフェロニカ。『焔』のボスであり、ルーカスの上司である。

 彼女はまるで娘の愚痴を零す母親のような顔でやってきた。

 ルーカスは顔を手で覆った。ハイジが副業として官能小説家をこなしているのは知っていたが、まさか身内をモデルにしていようとは。

 ルーカスも速読してみたが、確かにフェロニカとギードと思わしき男女が登場している。異国の地で出会った男女は心を通わせ、濃密に絡み合い――。

「読む悪夢?」

「さっき一読したクラウスは気絶しながら嘔吐したわ」

 気絶と嘔吐って両立するんすねー、と驚きながら「依頼じゃないなら帰ってくれません」と追い払う。

 ちなみに官能小説は本日世界同時発売であり、飛ぶように売れているらしい。

 ルーカスの退席勧告は無視され、なお愚痴を零し続けるフェロニカ。

「あの子、親しい人をモデルにしているらしく……いや、いいのよ。あの子の才能の活かし方は自由だし、ただ、自身の裸婦画も堂々と描くのは――」

「お姫様ぁ、お客さん、おかえりー」

 仕方なくスージーに連れて行ってもらう。

 フェロニカの腕を引っ張っていく彼女は「飴のサービスよ! おほほ!」とL字型のお手製飴菓子をプレゼントしていた。「あと! スタンプカードも!」

 どうやらこのバイト、探偵事務所と酒場の違いが分かっていないらしい。



 次の依頼者にいたっては「扉」という概念さえ知らなかった。

『ニケ』――ライラット王国の諜報機関のトップは、扉を破壊しながら事務所に入ってきた。長大な持ち手がついた槌を振り回したらしく、木製の扉が叩き割られる。

「ちいいいいいいいいいいっと、相談があってだなぁ‼」

「扉の修理費について?」

 なぜか喧嘩腰の彼女は大股で歩み寄り、分厚い本を投げつけてくる。

 凄まじいパワーで投げつけられた本はぶつかった机を倒した。

 その本は本日発売という、ハイジが執筆した官能小説。

「この著者は誰か調べろ。脳が逝った」

「発売日に読破してんじゃないですか」

 フェロニカとギードをモデルとした男女の絡みが、逆鱗に触れたようだ。

 ニケはその著者がまさか『焔』のメンバーであるとは知らないようだ。憤怒の情を漲らせるニケに、ルーカスは肩を竦める。

「心当たりはあるんですけど、ニケさん殺しちゃうでしょ? 依頼不可です」

「殺さねぇよ。『ニケ×フェロ』に書き直させる」

「…………言いたいことは山ほどありますが、人探しは探偵業務か」

 悩み相談よりはマシであったし、このままだと事務所全てが破壊されそうなので、ハイジの居場所を教えてやることにした。

 満足そうに去りゆくニケに、スージーが「しっしっ」と塩をまき始める。

 ニケは彼女にデコピンし、スージーは「あてっ」と仰向けにひっくり返っていた。



 その後に続いた依頼者もロクな人間はいなかった。

『灯』の一員――『忘我』のアネットが堂々と足を運んできた。

「俺様っ、ムザイア合衆国の軍事機密が知りたいですっ」

「自分の任務を丸投げにする度胸は恐れ入ったぜ。嬢ちゃん」

 クラウスから任された依頼を丸投げしてサボる魂胆らしい。「依頼料は?」と尋ねると「俺様がもらう成功報酬の半分」と答えられた。五割の中抜きだった。

 本来ならば断りたいが、幸い、ムザイア合衆国の機密情報には心当たりがあった。

「さっきニケさんが置いていったぞ。俺への依頼料として」

「テメェも仕事を丸投げじゃねぇですか」

 アネットはなにか言いたげな顔をしたが、渋々依頼料を置いていった。


『灯』の依頼人は連続した――今度は『愛娘』のグレーテ。

「……ボスの好みの男性について、調べていただきたいのです」

「ギリギリ探偵事務所の役割ってことにしといてやる」

 断りたいところだが、今回は特別な事情があった。

 引き受けてくれる事実に目を輝かせるグレーテに、ルーカスは「実は」と明かした。

「さっき同じ依頼を受けたんだ。マルニョース島在住の自称『クラウスの許嫁』で――」

「――その『許嫁』の通院歴も追加で調べていただけますか?」

「おぉ、グレーテちゃん。話題がセンシティブすぎてツッコミにくいぜ」

 通院歴を調べさせる理由を細かく尋ねず、静かにお引き取りいただいた。


 なぜか『灯』の中で探偵事務所は評判がいいらし――今度は『草原』のサラ。

「あ、あの! ルーカスさんなら、自分の動物をどう任務に活かすっすか?」

「真面目なのはいいけど、ここ探偵事務所なんだわ!」

 固く唇を結んで、真剣な眼差しを向けてくるサラ。

 が、彼女をスパイの世界に引き込んだのが自分なだけに、さすがに追い払うことはできない。

「……『草原』ちゃん好みじゃないけど、動物そのものに武器を持たせるかな」

「ぶ、武器? でも銃とかは重たいんじゃ――」

「もう手に入れているはずだぜ? 『草原』ちゃんなら乗り越えられるよ」

「????????????」

 困った顔のサラに手を振って、別れを告げる。

 新たな力を彼女が自分の物にできるのは、もう少し後のこと。



 終業後、初日とは思えないほどの依頼人に、スージーは疲労困憊のご様子だった。

「目が回るぅ」と大きく息を吐き、依頼人用のソファにごろんと転がっている。

ルーカスは頑張ってくれた彼女に「レストランででっけーパフェでも食おうぜ」と労わりつつ、探偵事務所の副所長兼広報の帰りを待った。

 依頼者が殺到したのは、無論スージーの頑張りだけではない。これまでの関わった人にも認知してもらえるよう、弟のヴィレに頼んでいたのだ。

「おつかれ、兄さん」と何食わぬ顔で帰ってきたヴィレに、ルーカスは「おい弟」と声をかける。

「ん? なにかな?」

「ロクな依頼者が来ねぇ。探偵事務所というよりお悩み相談室と化したが?」

 非難の目を向けると、ヴィレは笑顔を崩さぬまま肩を竦めた。

「うん、ダメそうな依頼者しか声掛けていないからね」

 だろうよ、と笑いつつ、ルーカスはスージーの横に倒れ込んだ。

『LWS探偵事務所』は今後も「スパイが好き勝手ワガママ言っていい場所」として名声を上げていく。



コードネーム「竜胆あおい」さんより

「LWS探偵事務所」(お題は一部省略)

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