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山江まろんさん
2014/11/18 21:16
極端な話かもしれませんが、百均の登場からこっち、モノを使いきろうという気が失せた気がします。 江戸は、徹底したリサイクル社会でした。 紙一枚だって、それはそれは、大事にしました。 将軍すらが、手習いの紙をとっておいて、獅子頭にしたとか。 そもそもが、西洋の服と違い、着物は、リサイクルを前提に仕立てられています。 ほどくと、いい感じの長方形の布に戻ります。 小さいサイズの着物になり、最後は、おむつになりです。 高級な着物は、絹糸、安価な着物は、木綿糸。 これらは、実に、解きやすいのです。 もう、10何枚もほどきましたから、よく出来てるな・・・は、実感です。 九十九(つくも)神とか言って、モノは、100年使ってはいけないそうです。 魂が宿ってしまうためだそうです。 茶碗なら、99年目で、わざと割ったりしたそうです。 うちの田舎などは、私が少女のとき、ゴミの回収車は、回ってきませんでしたが、それぞれに、始末していました。 生ゴミは、堆肥に、そのほかは、とにかく、命を繋げていました。 修理、修繕などで。 ゴミ回収車が、滞ると生活に破綻をきたす我々は、見習うべきなんでしょう。
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質問者からのお礼コメント
九十九神にはそのようないわれもあるのですね。 実のところ、趣味で九十九神などについて調べていたときに 今回の問題にあたりまして。 私事で申し訳ないですが、BAはこちらに失礼します。 色んな意見が聞けて嬉しかったです。 皆さんありがとうございました。
お礼日時:2014/11/20 13:26
その他の回答(5件)
2014/11/19 1:20
高度成長期、70年代あたりでしょう 経済学としてみると パラッササミュエルソン効果といいますが、ある特定の産業が栄えるとそちらに人材が向かうため、内需産業が人手不足となり、人件費が上がりサービス価格が上がるとされます 長年日本の物価、特にサービス価格の高さの説明に使われます つまり、強力な輸出産業を手に入れ、サービス業が慢性的人手不足となれば修繕という行為が大変割高となるわけです
2014/11/18 20:34
確かに『消費は美徳』と言われていましたが、実際はその裏にある、資本主義経済の持つ問題そのものでしょう。 経済が進み、大型製造業が生まれてくると、その企業を支える為には、製造させ続けなければならなくなります。 そしてそれは質問者さんの言う、江戸時代からの修理屋達の仕事を奪い、常に造り続ける為に常に消費し続けるという、悪循環言わば『終わりのないマラソン』の状態になります。 そして、いずれ体力が無くなるように、資源か消費の限界が来た時に、自分達の過ちに気づくのでしょう。 ですから、いつからと言われれば、資本主義を取り入れた時か、家内制手工業をすて大量製造に踏み切った時でしょう。
ID非表示さん
2014/11/18 20:20
1980年代からかなぁ その前は自動車は10年乗るのが当たり前 服なんて女の子でも5着くらいだった 廃棄する食料品も少なかったしねぇ