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青春の終わりと始まり/柿ノ木の小説

青春の終わりと始まり

7,219文字14分

いのりさんが引退した後に今後どうやって生きていくか迫られて葛藤している司先生と、漸く自分のものに出来ると内心浮足立ってる夜鷹純の話。

※これはいのりさん達が引退後の時空です
※ファンブック2の内容を含みますのでご了承下さい

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「緊急事態です」

世間がいのりさんのオリンピック金メダル獲得のお祝いムードに酔いしれる中、連日のマスコミ対応も漸く落ち着きを見せ始めていたルクス東山はしかし新たな問題に直面していた。いやまぁというかこの問題に関してはいのりのオリンピック前から何度か浮上してはいたのだが。しかし今はそんな時期でも無いしあの二人にとって大事な大会を前に余計な情報は極力入らない方が良かろうと瞳と洸平が協力し何とか押し止めていた。だが彼女が金メダルを獲得し、そのコーチである司の手腕が日の目を浴びた今、遂にこの問題と本格的に向き合わなければならない時が来てしまったのだ。突然瞳と洸平に集められた司は、まさかいのりの身に何かあったのではと顔を真っ青にしているが、今回に至っては見当違いも良いところである。何せ今回の主役は他でもない彼なのだから。

「安心して、いのりちゃんの事ではないわ」
「あ、そうなんですね…良かった」
「問題は貴方よ、司くん」
「俺?」

ポカンとした顔を浮かべる司を置いて瞳は打ち合わせ通りに洸平に目配せをする。すると心得たと言わんばかりに頷いた彼は隣の事務所から何やら大きな段ボールと一台のPCを持ってきて司と瞳達を隔てるテーブルの上に置いた。段ボールを置いたときの重々しい音からその重量を察するが、これが一体何だと言うのだろうか。

「これは司くんにウチのクラブに来て欲しいという選手やコーチ達からの勧誘です」
「ハァ!?」
「手紙でも来てるしメールでも来てるし、何なら司くんがこの前休みの時に直接会いに来た人も居たわ」
「えぇぇ…??」
「一度司くんにもこういう話が来てるって話したでしょう?でもその時“今はいのりさん以外を見る気はありません、全てお断りします“って言ってたから此方としてもそれとなくお断りしてたんだけど、いのりちゃんがオリンピック代表に選ばれてから段々増えてきてね……」
「金メダル獲得という実績もあって、それが一気に増えたんだよ」
「ひえ………」
「という訳で!司くんにはこれの処理をしてもらいます!」

ズイッと目の前に押し出されたそれらに思わず司は逆方向に身を引く。しかし例え距離を取ったとて目の前の山が消えてくれる訳でもない。確かに自分は金メダリストを育てたコーチではあるが、それはまぁいのりさんの実力と努力あっての結果であるし、そもそもいのりのコーチは司だけでなく瞳や洸平も携わっていたし。などと脳内で誰にでもなく言い訳をするが、現に自分のせいでルクス東山に迷惑を掛けているのが現状である以上、責任を持ってこれらを処理するしか無いだろう。試しに段ボールの中から一枚手紙を取り出しその宛先を見て思わず固まる。何語だこれ。

「因みに国外からも来てるから翻訳も頑張って」
「俺、英語も日常会話が漸くなんですけど!?これ何処の言語?」
「多分ロシア」
「ロシア!?」

ロシアって何言語だ。ロシア語か、そうか。完全に混乱しているが段ボールの中を掻き回せば日本語もチラホラと見かけてそれが酷く安心する。しかし何やら見知った所ではないクラブの名前が其処には山程鎮座しており司は再度頭を抱えた。いや何で蓮華茶や名港からも来てんですかね、もう完全に他のクラブが出してるならウチも出そっかな!みたいなノリで出しただろ。揶揄うのも良い加減にして欲しい。案の定ライリー先生からも来てるし、でも日本語なのはありがたい。

「それでどうする?」
「えっ」
「貴方、移籍する気はあるの?いのりちゃんも今シーズンで引退を表明したし、司くんもこれから自分がどうしたいか考えないと」

瞳の言葉に司はガンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。そうだ、司の唯一の生徒であるいのりはもう競技の世界から去ってしまう。そうなればコーチである司の役目も終わりを迎えるのは当然というもの。何となく、司は今のままルクス東山でスケートを教え続けるものと思っていたが急に目の前に現れた選択肢にその考えを改める。そうか、別の道もあるのか。司はコーチとしてのルクス東山における人気は、自分は高い方ではないと自負している。基本に忠実な自分の指導は子供達にとっては厳しいようで練習中に苦言を呈される事も多々あるし、何よりアイスダンスをやる子供達が多い傾向にあるこのクラブ内では、瞳や洸平と違い現役時代に大した成績を残せていない司は保護者からの人気もあまりあるとは言えない。いのりの影響でシングルを始める子達もいない訳ではないが、それも全体で見れば少数だ。そもそも一対一で向き合いその子の為に全力を尽くす司の指導ではそう何人も掛け持ちして生徒を持つ事が出来ない。正直、自分が此処にいて今後クラブの為になることは少ないとも言えた。

「そう、ですね」
「司くん、自分がルクス東山にいても役に立てないからとか考えてない?」
「えっ」
「ほらやっぱり…あのね、私達はずっと司くんの才能を存分に発揮できる場所はもっと他にあるんじゃないかって思ってたの」
「そんな事は」
「貴方のスケーティングの技術とコーチとしての指導力は確かにヘッドコーチである私は喉から手が出るほど欲しい。でもね、今でも選手時代の司くんしか見てない人達が多い此処ではその力を思いっきり使ってあげられないのが凄くもどかしい」
「別に辞めろなんて言ってる訳じゃないからさ、でも折角これだけ選択肢があるんだから一度考えてみても良いんじゃない?」
「……うん、そうだね」
「因みに私のおすすめは此処です」
「いや其処は将来的なリスクが高すぎる、俺のおすすめは此処」
「洸平くんこそチャレンジ精神が足りないんじゃない?やっぱりある程度自由にさせてくれる所じゃないと司くんは活かせないわ」
「いやもっと慎重に考えるべきだよ、安定してる所でこそより確実な指導を得られる訳だし」
「あれ?俺の意思は?」

コメント

  • *遼*
    6月10日
  • asato
    4月18日
  • かくとん(千鶴子)
    1月31日
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