子育てへの讃歌

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コメントを頂きましたので御紹介します
自分父親は本当によく働く人で仕事から帰ってきてからも陽が暮れるまで毎日薪割りをしている姿しか記憶にありません。
当時の我が家は暖房から風呂、煮炊きにいたるまで薪で生活していましたからね。

不器用でもあった彼との父親と息子というコミュニケーションは出来ていませんでした。

同じく大正生まれの母親は旦那に従順であり妻としては優秀だったのだと思います。

父母ともに四十代になってから生まれた吾輩は兄を5人姉を4人、妹を1人持つ11兄弟姉妹の6男です。
子育ては母親の一手に任され、家事も同様に母親がやっていました。

母親にかまって貰った記憶がありません。

田舎の小さな学校の中ではそれなりに出来の良かった兄姉がいた中で、その流れから外れ学校や地域親にも迷惑を掛けるいわゆるワルガキでした。

仕方なくもありますが気持ちは親からの愛情を欲していたように思います。

そのクソガキも成長して子育てをするようになりました。
「自分はゲップがでるほど、子供たちと時間を過ごそう」
決めたのは一度目の親子関係で満たされなかった思いがあったからなのでしょう。

子供たちとの濃厚な時間を過ごしてきたことが、親として後悔の少ない生き方であったとそう思っています。

自分の親も同じ親として本当は我々子供とそんな時間を過ごしたかったのではないかと思ったりもします。

一緒に笑って過ごす時間ほど癒されることはありませんからね。
大正生まれであり出兵の経験もある父親はシャイな人間でしたし、またその時代背景もあり子供とじゃれることが出来なかったのではないかと思うようになりました。
母親も然りです。
こちらからもっとなつくべきだった、 
満たされなかった部分を親のせいにばかりしてきたことを後悔しています。

子育てに確固たるバイブルも正解もないのでしょう。

我が子を大事に思う自分の気持ちと
我が子の笑顔の量と質を
照らし合わせながら過ごすことが大事なのだと思います。

コメントに
〃ピリピリ家庭の負の連鎖、私のところでストップします〃
とありますが、力強く頼もしいお言葉です。

幸せな日々である筈の子育て期間を悩んで過ごすのは勿体ありませんよ。

二度と戻ってはこない時間です。

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